if（岳人＋ジローバージョン） 2008/08/30 (Sat)

岳人とジローが猫だったら。

超短編。忍足が苦労性です。

if　（岳人＋ジローバージョン）

なかなか壮絶な状況だった。
「がっくん！走っちゃダメや言うとるやろ～」
小柄な茶トラが、渾身の力で走り回る。
「痛ェっ！」
「わ、跡部大丈夫か！？」
勢いが止められなかったのか端から避ける気がなかったのか、がっくんと呼ばれた子猫は跡部の背中をジャンプ台よろしく踏みつけ、タンスの上に飛び乗った。
まん丸の目をした子猫は、好奇心に満ちた目で忍足たちを見下ろす。
「…すげェ、元気だな」
宍戸が関心したように言うと、忍足は情けない顔で「せやな」とため息をついた。
「片やコイツは、ぴくりとも動かないな」
跡部の視線の先には、がっくんこと本名「岳人」という猫とは正反対に、眠ったまま寝返り一つ打たない子猫が居る。
「ああ、ジローちゃんは一日の殆どを寝て過ごすんや」
「…それもすげえな。足して2で割れば丁度いいのにな」
「せやね」

忍足は、大学からの帰り道でこの子猫たちを拾った。赤みの強い茶トラの岳人と、それよりは少し薄い茶トラのジロー。一つの箱に入れられて捨てられていたから兄弟なのだろうが、その性格は正反対だった。
岳人は零れそうなくらい大きな吊り眼を爛々と輝かせて、いつも元気に暴れている。ジローは愛嬌のある優しげな眼で、いつも眠たそうにしている。

「ごめんなァ、騒がしくて。せっかく遊びにきてくれたのに」
「別にいいよ。猫が見たくて来たんだし」
宍戸は上機嫌で答える。
その膝の上には万年眠り猫のジローが丸くなっている。先ほどむくりと起き上ったと思うと、何故だか宍戸の膝によじ登って眠り直したのだ。
跡部がちょっかいを出す様にジローのひげを引っ張るが、気にも留めずに寝入っている。
そんな跡部の手の動きに反応したのは、タンスの上で丸くなっていた岳人だった。ただでも大きな目を益々大きくし、その指先を見つめる。そして、頭を低くしお尻をゆっくりと振ると。
「跡部、危ない！」
忍足が叫ぶが遅かった。岳人は床に飛び降りると、その勢いで跡部の手に飛びつく。
「痛！」
手加減なしの牙と爪、そして激しい猫キック。
「あたたたっ」
跡部らしからぬ悲鳴に、忍足は慌てて岳人を抱き上げる。そんな忍足にも強烈な猫キック。
「がっくん！」
飼い主すら蹴りとばして、岳人は勢い良く逃げ出した。
「忍足、ちゃんと教育しろ！」
跡部は立ち上がって仁王立ちに睨み上げる。
「まあまあ、跡部。相手は子猫だぜ？」
するするとカーテンレールに上った岳人と跡部の睨みあいが続く。

「なあ、忍足。もし大変ならどっちか俺たちで引き受けようか？跡部だってあんな事言いながらもかなりの動物好きだし」
跡部と二人、跡部所有のマンションで暮らす宍戸は忍足の部屋を見回して言う。決して狭くないアパートだが、育ち盛りの子猫二匹を飼うには少々窮屈に感じる。ましてや岳人のやんちゃっぷりを見たら、部屋を追い出される日も遠くなさそうだ。
「…そんなん無理や。もう手放すことなんて出来ひん」
「そっか」
情けない顔をし、でも愛おしそうにジローの背中を撫でる忍足。宍戸は苦笑した。

「ぎゃ！こいつ！」
またまた、跡部の情けない声が響く。
今度は跡部の頭を踏み台に、岳人が飛び降りたらしい。
そのまま走りまわる岳人。テーブルの下を潜りぬけると今度は窓に向かって高々と跳躍し、ガラスに猫キックを食らわし方向転換する。
ドン！と響く大きな音に宍戸は忍足を振り返る。
「忍足…、マジ平気？」
涙目の忍足は力無く肩を落とした。
「…ペット可のアパート、探すようやな」
隣の部屋では、跡部の怒鳴り声が響いている。