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ハッピーエンドなのか微妙なところです。

とにかく、跡部も宍戸も忍足も、みんな病んでますのでご注意を。


楽園(跡×宍)

「宍戸…なんか?」
呆然とつぶやく忍足に、俺はただ小さく頷く。
信じられない、と首を振るその眼鏡の奥に涙が溢れるのを、俺は見ない振りをした。
窓際の椅子に腰かけた宍戸は、差し込む日差しを浴びて気持ちいいのかそうでもないのか、何一つ感情が読み取れない。
ぽっかりと開いただけの眼はバルコニーに止まった雀を映しているようだ。
「宍戸、こっち来い」
呼びかければ、ゆっくりとこちらを振り返った。
俺が一つ頷くと、少し危なげな足取りでこちらへとやって来る。
急に細くなってしまった腕を、バランスをとるように広げる姿に、忍足はとうとう顔を背けた。
人の何倍もかけて歩み寄る宍戸に、俺は手を貸さない。危なっかしい動きに何度も手を伸ばしかけたけど、きっと宍戸ならそれを振り払う筈だ。あの日までの宍戸なら。
そう思うと、ただ見守ることしかできなかった。

あの日、ドライブに行こうと言い出したのは俺だった。
大学に上がり、親の干渉をウザったく感じ始めていた宍戸は、一も二もなく頷いた。
けれど俺は違った。
宍戸と違って、俺はただ宍戸を帰したくなかった。
部屋に留める理由を使い果たし、無理やり捻り出した誘いだけれど、宍戸が俺の車に興味を持っていたのは知っていたから。

助手席の窓を開け、気持ちよさそうに風を受ける宍戸の横顔は、随分穏やかに見えた。
中学を卒業し、高校、大学と上がるにつれて一緒に過ごす時間が増え、以前よりは心を許してくれるようになったのか。長めの黒髪を靡かせたまま、運転する俺を振り返り「楽しいな」と笑った。
その笑顔を見たら、もう我慢が出来なかった。
俺は路肩に車を寄せ、サイドブレーキを引いた。
「…どうした?跡部」
いつからだろう、こんなにも狂おしく好きで好きで。
俺は、宍戸の首根っこを引き寄せて、無理やり口づけた。
「…跡部?!」
驚いて突き飛ばされたのにもショックを受けたりしない。俺はそれくらい宍戸の事を分かりきっていた。
コイツが俺を受け入れるはずがない。そういう対象として俺の事を見ていないって、全て分かっていたのに。
「…ば、馬鹿っ、冗談にしちゃやりすぎだぜ?」
宍戸はそう言って、突き飛ばした俺の肩をポンポンと叩いてから、シートベルトを外した。
「運転変わろうぜ?俺、実は運転してみたかったんだよな」
気まずさに負けて、俺は運転席を譲った。
外車だ。左ハンドルだ。
もっと良く考えるべきだったんだ。俺よりよっぽど動揺していた宍戸の気持ちを。
車線に戻って、「すげー!」「気持ちイイ!」などと叫びながらハンドルを切る宍戸を、「ガキみたいに大声だすな」と言ったまでは覚えている。
その後は真っ白だ。
対向車線からはみ出してきたトラックと衝突し、俺達の車はバイパスの外壁に激突した。

「だから言ったのよ!跡部君とは縁を切りなさいって!いっつも連れ出して、良くない遊びに誘って!」
「…母さん!」
「いつかこんな事になると思ってたわ!」
「母さん、いい加減にしなさい」
「お父さん、何言ってるの!?彼のせいなのよ!?どう責任取ってくれるんですか!」
「…宍戸さん」
枕元でヒステリックに響く声を、俺は覚えている。
宍戸の家族と俺の家の執事だ。
「…跡部くん、ごめんよ。母さんちょっとパニックになってるだけなんだ。悪いのはトラックで君じゃない。君は君の体を治すことだけ考えて…」
宍戸の兄だと思う。
看護師に部屋から出される間際、彼は俺の手を握ってそう言った。
それきり、宍戸の家族には会っていない。

「…それで、何で宍戸はここにおるんや?」
やっと俺達の傍まで歩み寄った宍戸をソファに腰掛けさせたところで、忍足が尋ねる。
そう、宍戸は退院してからずっと俺の家で過ごしている。
「俺たちが退院するまでに、話し合いが持たれたらしい。どういう経緯か分からないが、宍戸の一生の面倒をみることで折り合いがついたらしい」
「ほんまか?そんな簡単に子供を手放すか!?それやったら、がっぽり慰謝料取ること考えるやろ?」
「どうだかな…」
最終的にハンドルを握っていたのは宍戸だった。ましてや、俺が無理やり連れ出したでも無いとすれば、跡部家の長男に怪我をさせたという方が強調されて然るべきだろう。

俺が、宍戸に口づけなければ、こんな事にはならなかっただろうか?
俺が宍戸を好きにさえならなければ。

「跡部の親御さんは、何て?」
「…隠し通せと」
「…は?」
「この事実を隠し通す、と」
「だから、宍戸はここにおるんか?」
「…」
事故後、たった一度顔を出しただけの父親は、俺の表情で気づいたのだろうか?俺の抱えている後悔を。
跡部家のマイナスになりそうな事柄は、どんなに小さくたって揉み消す男だ。
宍戸は、跡部家にマイナスとなるかもしれない小さな事項として、ここに閉じ込められた。恐らく、死ぬまで。

宍戸は話せなくなった。
今までの記憶もない。
生活能力も幼児のそれに等しい。
けれど、俺の声にだけは反応する。
「宍戸?」
呼べば、こちらを向く。そして、両腕を差し出す。
ここ何週間か二人きりで暮らすうちに、少しずつ俺にだけ反応するようになったのだ。
俺が部屋を出ようとすると、少し不安そうな表情になる。
俺が部屋に戻ると、大きく瞬きをし、その両手を伸ばす。
「…宍戸」
俺はそう呼んで、ただ見つめる。

「…跡部、ええよ?笑っても。俺に隠す必要はあらへんよ?」
一瞬の沈黙の後、忍足が小さく言った。
「…」
「誰が何言おうと、俺は、俺らは軽蔑したりせえへんよ?」
「…忍足」
やはり、コイツにはバレてしまった。
いや、気づいて欲しかったから、呼んだのかもしれない。

俺は宍戸を抱きしめる。
そして、ようやく笑えた。

「…宍戸、やっと手に入れた」

ずっと、長いこと恋い焦がれていた宍戸が、俺の腕の中に居る。
話さなくても、記憶が消えても、宍戸だ。
 
「大事にしたってな?俺らも協力するで?」
忍足が、俺と宍戸の頭を交互に撫でる。
宍戸はきょとんとして忍足を見上げていた。

鬼でも悪魔でも、何とでも言えばいい。
俺は、楽園を手に入れた。

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