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どシリアスで失礼★
ちゃんとハッピーエンドになりますので、しばらくお付き合いください。

別離の時(跡×宍)
~猫宍シリーズ28~

桜は、まだ咲かない。
いつもそうだ。卒業式には間に合わなくて、入学式ではもう遅い。いつだって間が悪く、集合写真のうしろには葉っぱだけの桜の木。
「宍戸ー、どうしたの?」
皆が呼ぶ声がする。
「今、行く」
もう、ここの桜を見る事は無い。

「ったくさ、卒業式ったって、ピンと来ないよな」
だらしなく胸元を寛げた岳人がボヤくのを、滝は苦笑いで返す。
「まーね、隣の校舎に皆で移るだけだし」
「でーもー、その割にがっくんのボタン全滅じゃん」
ジローは楽しそうに笑って冷やかした。
「…あいつ等が一個も寄こさねえから、俺ので間に合わせただけだろ。失礼な奴らだよ」
あいつ等と呼ばれた跡部と忍足は、ニヤニヤ笑い岳人を振り返る。
「よっ!男前やなぁ~がっくん」
「御見逸れ致しました」
「…ムカつく」

皆の笑顔が涙でぼやけそうになって、俺は慌てて背を向ける。
そろそろ、皆に話さなければいけない。
なかなか覚悟ができなくて、結局当日になっちゃったけど、俺はもうお前たちと学園生活を送る事はない。

朝練の道すがら、競い合う様に走る事はもうないんだ、岳人。
授業中居眠りして、一緒に立たされることもないんだぜ、ジロー。
調理実習のお裾分け、いつも楽しみだったのにな、滝。
屋上で煙草ふかすお前の背中に、蹴りを入れる必要もなくなるんだな、忍足。
死に物狂いでラケット握ってお前を追いかけることも、もう出来ないんだ、跡部。

「なあ、食堂いかねェ?」
「食堂?!」
俺の言葉に、みんなが振り返る。
「あー、確かに腹へったかも」
「えー?ジローさっきポッキー一箱あげただろ」
滝が驚いても、ジローはもう俺の横に駆け寄って来た。
「しゃあないな、付き合いますか」
「やりっ!実は俺、腹ぺこだったんだよね」
「…向日。お前もさっき菓子食ってただろ?」
跡部が呆れたように見下ろせば、岳人はボロボロの制服で胸を張った。
「若いですから!」
「…なんだそりゃ、同い年だろうが」
結局、揃ってぞろぞろと今来た校庭を横切って戻る。
悪いなみんな、付き合わせて。
最後にもう一度、みんなで学食、食いたいんだ。

跡部が俺の膝にナプキンを広げれば、滝がオレンジジュースのグラスを差し出す。
「どうぞ」
「…サンキュ」
「わー!何か久し振りだよね」
ジローがはしゃぐ様に足を振るから、隣の忍足が嫌そうに顔を顰める。
「ジロー、揺らすな」
「うるさいなぁ、忍足のばーかばーか」
「…お前、小学生か」
岳人も呆れてジローの頭を叩いた。
跡部は、静かに微笑む。
そして、膝の上で組んだ俺の拳を優しく撫でると、わざと明るい声を上げた。
「よし、食うか」
「いっただっきまーす!」
賑やかな俺達に、回りの生徒は驚いたように視線を向ける。
そりゃそうだ。
卒業式を終えた3年生が、胸に花をつけたまま学食食べてるなんて、ありえない光景だからな。
でも何も言わず放っておいてもらえるのは、やっぱりテニス部レギュラーのステータスだろうか?
俺は全てに感謝して、口にした大好きなハンバーグをゆっくりと味わう。
もう食べられないと思ったら、何だか勿体なく感じて必要以上に感傷的になってしまう。

「なあ、高校のテニス部ってやっぱりヒラから始めるの?」
真っ先に食べ終えた岳人が口を開く。
「あー、そりゃ、そうなんやないか?」
「え~?レギュラーは準レギュから始まるって聞いたけどなぁ」
ジローはそう言って首を傾げてから、思い出したように滝に尋ねる。
「ねえ、滝は決めたの?テニス続けるか」
「ああ、それね…」
滝はナプキンで口を拭うと、改まったように姿勢を正す。
「俺は、テニスをやめるよ」
「そ、うなの?」
「ああ。色々やりたい事がでてきてさ。でも、もしかしたらマネージャーとしてお世話になるかもしれないな」
岳人は少しがっかりしたように表情を曇らせたが、すぐに明るい笑顔を見せる。
「じゃあさ!差し入れいっぱい作れよな!」
「え~?お菓子?そんなの食べてたら体動かなくなるよ?」
「平気!そうだ、ところでさ。宍戸は?」
「…俺?」
いよいよ来た瞬間に、心臓が縮み上がる。
「そーだよー。宍戸のこと全然聞いてないCー」
「跡部が日本に残るんや、宍戸も続けんのやろ?」
あーあ、寂しいよな。
もうこうやって、賑やかに会話することもないのかな。

「俺は、進学しない」

俺の言葉に、皆が動きを止めた。
ただ跡部だけが、優しく背中を叩いてくれる。

「…何で?嘘だろ?」
笑顔のまま固まっていた岳人が、掠れた声で尋ねた。
「嘘じゃねーよ」
「何で!」
ジローが珍しく怒ったような顔をする。
「別に、テニス出来ひん訳でもないやろ?その体でも十分試合しとったやないか」
忍足でさえ、驚いたように眼を瞠る。
「それに、テニス出来なくたって、何も学校やめなくたって」
滝の言葉に、それぞれが頷いた。
「…跡部?」
忍足が促すと、跡部は小さくため息をついてから口を開く。
「正直、この体では中等部までが限界だと思う」
「跡部が決めたのかよ?!」
「…ジロー、違うよ。俺が自分で決めたんだ」
「何で…」
ジローの唇が歪んで、いつも幸せそうに眠る瞳から大粒の涙が零れた。
「いやだよ…」
「…ジロー」
滝がハンカチを取り出し、その頬を拭ってやる。
「俺も、分かんねえよ!」
「…岳人」
荒々しく立ちあがった岳人の腕を、忍足は困ったような顔をして掴んだ。
「だって、ちゃんと通ってたじゃん。みんな協力してくれたじゃん!高等部だって平気だよ!」
「…いや、きっと無理やな」
「忍足!」
岳人は掴まれた手を振り払い、忍足に食ってかかる。
「俺もよう考えんと驚いてしもたけど、確かに高等部では難しいやろな」
「何が!」
「岳人、座れ」
忍足の冷静な声に、岳人は苛立ったみたいに乱暴に腰掛ける。
「まず、高等部は経営陣が全く別物なんや。中等部長のような特殊な人間かなんて分からへんしな」
滝も納得したように呟く。
「そうだね、それにマスコミ…」
その言葉に、跡部は頷いた。
「どちらかと言えば、問題はそっちなんだ。氷帝ともなるとマスコミの干渉具合が普通じゃねえからな。ましてやテニス部となれば」
「…そっか、」
岳人も、流石に納得して項垂れる。
「何だよ、がっくんまで…。俺は嫌だよ?ねえ、宍戸?いいじゃん、部活しなくたって楽しく過ごせるよ?」
ジローは俺の足元にしゃがみ込み、縋るような眼で見上げる。
「ねえ、宍戸!」
膝を揺する手が震えてて、俺まで涙が込み上げる。
「…ごめん、ジロー」
「っヤダー!」
叫ぶようにして、ジローが泣き出した。
「や、だよ!宍戸宍戸…」
切ない泣き声に、皆俯く。
「やめないでよ、…亮ちゃんっ」
懐かしい呼び名だ。
俺の頬も、涙で濡れた。
「ジロー…」
滝はジローを抱き起こし、その胸に抱きしめてやる。
「ごめんね、宍戸。宍戸が一番悲しいのにね。ジローってば」
よしよしと背中を撫でると。ジローはその肩に顔を埋めてしゃくり上げる。
「岳人…」
忍足は、岳人の頭を優しく撫でてやる。涙をこらえて噛み締められた唇は真っ赤で、見ているだけで痛々しい。
「アホやな、そんな無理せんでもエエよ?」
優しい声に、岳人の涙線も緩む。
「…っひ」
大きな瞳を見開いたまま、岳人は静かに涙を流した。
「なんや、そないな悲しい泣き方…」
俯く忍足の眼鏡にも、一粒の滴が光る。
「ったく、何も一生の別れじゃないんだぜ?」
舌打ちする跡部も、キツク唇を噛みしめた。

時間はずれの食堂で、俺たちは日が傾くまで動けなかった。

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