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大学生跡宍。

嵐のような(跡×宍)

いつもの様に、自然とカフェテリアに集まるメンバー。それは、幼い頃共に全国を目指していた面々だ。欠ける事もなく増える事もなく、時折やってくる後輩もあの時一緒に戦った奴らだけだ。
きっと俺達は他者を受け付けないオーラでも出しているのだろう。俺や忍足はまだしも、岳人やジローはそれが顕著だった。あからさまに向けられる「邪魔なんだよ、テメェ」という視線に、この輪に加わろうとした何人もが弾き飛ばされた。
木曜の午後だけは全員揃いも揃って授業を入れていない。別に示し合わせたわけでもないのに自然とそうなったものだから、岳人が楽しそうに「木曜は定例会議だ。全員出席すること!」と言い出し、それからは本当に皆して顔を出す様になった。

「何だよ、宍戸。あいつとまだ別れてないの~?」
吐き気がしそうなくらい砂糖とミルクをぶち込んだコーヒーを飲み干すと、ジローは大げさに顔を顰める。
「あ?ああ、まあね」
「何で?『あんな最低なのすぐ別れてやる!』って先週息巻いてたじゃん」
そう言ってメールを覗き込もうとする岳人を、宍戸は器用に押しのけつつもメールを続ける。
「短い付き合いじゃないんだ。そんなすぐ、さっぱりとは行くかよ」
そんな宍戸に、ジローも岳人も不満を隠そうともせず顔を顰めた。
宍戸は半年ほど前から、友達の友達だという男と付き合い始めた。忍足に聞かされたその事実に、正直ショックじゃなかったと言えば嘘になる。こいつが、男を受け入れられるなんて思いもしなかったのだ。それを知っていれば俺だってと、何度頭を過ったことか。
「宍戸。また殴られたんか?」
俺に劣らず口数の少ない忍足は、岳人が残したサラダのプチトマトを口に放り込みながら、あまりにも淡々と、見れば分かるだろうという事実を口にした。他のメンバーが言えずにいたその言葉を。
宍戸は一瞬だけメールを打つ手と止めてから、また何もなかったように素早く指を滑らせた。
「…ま、ね。ムラっ気があんだよねあの人。機嫌がいい時はそんな事ないんだぜ?」
宍戸の言う年上の「あの人」は、一度だけ遠目に見た時はとても穏やかそうに見えた。そんな男のことをいつもはボロクソに言うくせに、俺達が彼を責めると困ったように笑いながらも決まって庇う。
「ねえ、宍戸。機嫌が悪けりゃ手を上げる、それが彼の本性だよ?もう気づいてるんでしょ」
滝の言葉は決まって宍戸が避けていた真実を突き付ける。そして、いつものように宍戸は苦笑した。
「…ああ、そうなんだろうな」
宍戸は、途方に暮れた子供のように視線を泳がせる。
その表情は、滝が一番苦手なものだ。自分が酷い意地悪をしているように感じるのだという。滝は溜め息をついて開きかけた口を噤んだ。

温かな陽だまりのような場所が、無くなろうとしている。そんな予感が俺達の雰囲気をぎこちなくする。そんな俺達に気づいている宍戸は、遠からずこの輪から去るだろう。
仲間たちにどれだけ諭されようとも、情に篤い宍戸が一度肌を重ねた相手を簡単に切り棄てられないのは分かりきった話で、それが初めての恋愛だとすればなおのことだ。
そう、宍戸の初めての男。初めて好きになった相手。それが俺じゃないだなんて、俺は未だに信じられないでいる。

「…跡部、何か言うことねえの?」
岳人がイライラしたように俺に振る。
こいつはいつだってそうだ。宍戸を引き留めたいのに上手い言葉が浮かばない。もうどうしていいか分からなくなると、頼みの綱のように俺をせっつく。
俺は宍戸を見る。宍戸も俺を見て「悪いな」というように苦笑した。
宍戸は、俺が宍戸の恋愛沙汰になんて興味が無いだろうと思い込んでいる。だから、こんな会話に巻き込んでごめんなというように、いつだって苦笑いを返すのだ。
いつもだったら、そんな眉を下げた困ったような笑みに肩をすくめて返すだけなのだが、俺は初めて口を開く。
宍戸がエンドマークをつけられない恋愛に、初めて口を挟む。

「宍戸、簡単だ。天秤にかけてみろよ?あの男と俺達、どちらが重い?」

「…跡部!」
滝が、咎めるように鋭く言う。
友達と恋人どちらが大切か?なんて、最低な質問だ。俺ならそんな事言う女はもちろん、男だって願い下げだ。それでも、あえて口にする。
なあ宍戸、お前なら何て答える?
宍戸は、苦しそうに眉間に皺を寄せた。
見守るメンバーも、不安そうに俺と宍戸の表情を窺い見た。どの顔も、宍戸が俺達を取るとは思っていないようだ。忍足も、何故宍戸がここへ来られなくなるような質問をするのかと、憤りの鋭い視線で睨めつける。
「宍戸?」
「…跡部」
泣き出すかと思うそんな目を、宍戸はすぐに床に落とした。そして、ふら付く様に立ち上がる。
「ちょお、宍戸」
忍足が、慌てて腰を上げる。
宍戸は「いや、いいんだ」と口の中で呟いて、椅子の背に掛けたリュックを掴みとる。
「跡部!そんな言い方」
滝のヒステリックな声が追い打ちをかけて、宍戸は慌てたように背を向けた。そのまま歩き去ろうとする。

俺は、笑っていた。いや、声を出してる訳じゃないから傍から見たらどうだか分らない。けれど俺自身は、手を叩いて「良し!」と叫びたいくらいだ。

「もちろんお前らだよ」と答えたなら、喜んだメンバーがここぞとばかりに宍戸を奪い返しただろう、あの男から。
「あの人だ」と言ったなら、何も無理に止めやしない。幸せになれと祈るばかりだ。まあ、そんな事言う筈もないがな。
思ったとおり宍戸は何も答えなかった。傷ついた顔をして逃げ出すしか術が無かった。

俺は立ち上がる。
「…跡部?」
宍戸の背を追いかねていた皆が、俺を振り仰ぐ。
こいつらはいつもそうだ。「跡部、後は頼んだ」とばかりに必至の目で見つめる。
それは、宍戸も同じだった。
足もとも覚束なく、ふらつく背中はまだ走り去ってはいない。カフェテリアの人ごみに揉まれた宍戸は可哀相なくらい小さく見える。
さあ、俺の出番だ。

「奪うぜ、お前を」

俺の言葉に、メンバーは息を呑んだ。
そして、去ろうとしていた小さな背中が足を止める。過ぎゆく人たちが、そんな宍戸を邪魔くさそうに睨んでいる。

「知ってるぜ?誰かに攫われてしまいたいって、嵐のように奪ってくれたらって思ってたんだよな?」
ゆっくりと歩み寄る俺を、宍戸はぽかんと口を開けて振り返った。
「跡部?」
俺は目の前に立つと、宍戸の望むとおりに、力無く垂れたその左手を掴んだ。そして思い切り引く。
バランスを崩して俺の胸に付いた右手首も強く繋ぎとめてしまう。
「決められないなら、俺が決めてやる。お前はあの男とは別れる、そして俺のものになれ」
「跡部…」
驚きに目を見開き過ぎて、眼玉が転がり落ちるんじゃねえかってくらいだ。
「分かったか?」
「え、何で…」
「何でもだ」
「ええ!?」
抱きしめれば、流石に慌てて抜け出そうとする。
午後のカフェなんて当然学生が溢れていて、人の噂を止めることなんて出来ない。そう、そんなに遅くないうちに、この話はあの男の耳にも入るだろう。

「俺様が決めた事だぜ?逆らえる訳ねえよな?」
俺様だなんて、何年ぶりに使った言葉だろう。こっ恥ずかしいが背に腹は代えられない。
「いいな。あの男には二度と会うな」
そして、俺は大げさなくらい派手に宍戸を抱きこんで、真っ赤に染まった額に口づけた。

見て見ぬふりするギャラリーが、本当は「見てみて!」と噂したがってるのは一目瞭然で、それぞれがこの事件を自分の友達に知らせようと慌ただしく外へ飛び出すのが分かる。
そうだ、精々派手に言いふらしてくれ。特別に写メだって許してやろう。
宍戸がもう、あの男の許に戻るなど言い出せないように、外堀を固めてくれ。

「宍戸」
腕の中で縮こまる宍戸の耳に唇を寄せる。そんな所まで見事に赤かった。
「俺に逆らったらタダじゃおかないぜ?」
くすぐったいのか恥ずかしいのか、びくんと肩を震わせてから宍戸は小さく頷いた。

振り返れば、アイツ等が笑ってる。
岳人とジローが飛び上がってハイタッチした。

全く、アイツ等も宍戸も。いつも最後は俺に委ねるんだ。
大切な場所は無くさせない。
そして、宍戸をあんな困ったような顔で笑わせたりはしない。
抱き寄せた背中から、安心したように力が抜けたのを感じた。

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