あなたの香り （跡×神） 2007/01/20 (Sat)

いじわる跡部。でもラブラブ。

あなたの香り　（跡×神）

横になったまま、ついさっきまで跡部がいたベッドの左側を仰ぎ見ると、その向こうにナイトテーブルが見える。
アンティークな作りのその上には、読みかけの文庫本と眼鏡、そして見慣れない小瓶が無造作に置いてある。
…何だろう？
跡部がシャワーを浴びに部屋を出たのをいいことに、俺はハイハイの姿勢でナイトテーブルに近づく。
跡部のベッドは部屋の広さに比例して、やっぱり無駄に大きい。
「何だろ？」
手にとった小瓶は、片手ですっぽり握ってしまえるくらい小さい。
薄く色のついた硝子が丁寧にカットされ薔薇の花びらを描き、テーブルを灯す暖かな光を浴びてきらきらしている。
「きれい…」
誘われるように、その金色の、指の先ほどの大きさしかない蓋を回し開ける。
「あれ？」
途端、フワリとあたりを包む香り。
「跡部のにおい…」
跡部がいつも使っている、甘い香りだ。
満員電車でOLが匂わせているあんな嫌味な香りではなく。
そうとは意識しないくらいの自然な香り。
「跡部…」
そう口にすると、胸の奥から指先まで。
切なく痺れる。
ついさっきまで跡部の香りに包まれて。
その逞しい腕に絡められ。
熱い唇を感じたばかりなのに。
「あとべ…」
もう一度つぶやいて、甘い空気を深く、深く吸い込む。
あと一時間もしたらこの部屋を出なければいけない。
また来週まで、会えない。
引退したって、跡部は高校進学控えてるし生徒会もあるし、後輩指導もするし。
俺だって、部活あるし成績ヤバいし。
分かってるけど、寂しい。
「そうだ！」
いい事思いついた！
この香水をどこかに付けて帰ろう。
会えない一週間、自分の部屋を跡部の香りにしたら、きっと一緒にいるみたいで寂しくないはず。
「なんか丁度いいものあるかな？」
持ってきた鞄をあさると、丁寧にアイロンをあてたハンカチが出て来た。
「そーだ、今朝母さんに持たされたんだっけ。よし、これでいーや！」
早速ハンカチに香水を染み込ませる。
減ったことが分からないように、少しだけ。
家までもってくれるかな？
香りが逃げないように、ハンカチを裏表逆に畳んでみる。
消えなければいいな。
今度は丁寧にハンカチをしまい込んだ。

「どうした？神尾」
ベッドの上でシーツに包まる俺に、シャワーから戻った跡部は楽しそうに話し掛ける。
「何が？」
「あーん？さっきまでこの世の終わりみてーな顔してたくせに、急に機嫌よくなったからよ」
そんなに顔に出てるかな？俺。
「何でもなーい」
「そうか？」
バスローブ姿でベッドの横に滑り込む跡部は、とても中学生には見えない。
間接照明だけの薄暗い灯りが、綺麗な横顔をより堀深く見せている。
「お前もシャワー浴びてくだろ？手伝ってやろうか」
ニヤっと笑って尋ねる跡部。
「…んなの一人で平気だよ！」
照れくさくてデコピンしようとした俺の手を取ると、跡部は指先に軽く口付けた。
「遠慮してんじゃねーよ」
「してない！」
俺は焦ってベッドから飛び降りた。
「行ってくる！」
勝手知ったる跡部の家だ。
真っ直ぐドアへ向かうと跡部が呼び止める。
「神尾」
「なに？」
振り向くと、珍しく苦笑いを浮かべる跡部。
「余計寂しくなったら、すぐ連絡しろよ」
「…はあ？」
よく分からない台詞に、俺は首を傾げる。
「まあ、いい」
フッと口の端を上げて笑い、跡部が早く行けと手を振るから。
俺は言葉の意味も考えないままシャワーへ向かった。

結局、その台詞の意味を理解したのは、三日後。
跡部の香りの染み込んだハンカチを片手に、俺は跡部の家に駆けつけた。
跡部の香りがするのに、隣に跡部がいないなんて！
いつもの会えない一週間より、もっともっと寂しかった。
泣きじゃくる俺を抱きとめた跡部は、あの時と同じように苦笑いを浮かべてた。

「なあ、跡部。いつ気付いたの？」
「お前の手にキスした時。香水の香りがした」
「何でこうなるって分かってて、止めてくれなかったの？」
「泣き顔見たかったから」
「…いじわる」