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バージン喪失の危機!?な神尾。


踊る (千×神)

玄関のノブに手をかけると、言われた通り簡単に扉が開いた。
世間が慌しい大晦日の夕方だからって、幾らなんでも無用心だよな。
俺が遅くなっても開けとくつもりだったのかな?
ちゃんと注意しなきゃ。

何度も遊びに来ているから、迷うことなく千石さんの部屋にたどり着きドアを開ける。
「千石さん?」
暗くなった部屋で、千石さんは食い入るようにテレビを見ている。
せっかくお洒落なフローリングの部屋なのに、そこだけ全く違った雰囲気のコタツが置かれ、背を丸めるようにして座っている千石さん。
何だか千石さんらしいなって感じ。
「こんな暗い中でテレビ見たら目悪くなるよ」
俺がコートを脱ぎながら声をかけるけど、返事はない。
「家族が誰もいないのに玄関開けっ放しじゃ危ないじゃん。俺が早く来られたから良かったけど」
脱いだコートをクローゼットに仕舞い、テレビの邪魔にならないように俺もコタツに足を入れる。
「へえ、懐かしいの見てるね」
テレビに映っていたのは夏の関東大会の試合だ。
俺が千石さんに勝ったあの試合。
「まだ半年も経ってないのに、すごく懐かしく感じるよね」
やっとそう口を開いた千石さんの視線はまだ画面から離れない。
「どうして今頃?」
不思議に思って尋ねても、千石さんはただ微笑むだけだ。
どうしたんだろ?
今後の練習に役立てるったって、そんな研究はとっくにやってるだろうし。
別に大晦日の夜に見る必要はないよな。
だけど、千石さんはなかなか現実に戻ってきそうにないから、仕方なく俺も一緒に見ることにする。

それにしても本当に懐かしい。
すごく昔のことのように感じるのは、この試合の後から俺と千石さんの関係が変わったせいかもしれない。
この時はただ試合の相手ってだけだったけど、この数日後に千石さんが俺を訪ねてきてくれて、いわゆる恋人として付き合うようになった。
画面の中の俺が何か言ってる。
この時はまだかろうじて千石さんに敬語を使っているのが笑える。
今じゃすっかりタメ口だしな。

「ねえ、神尾くん。この時覚えてる?」
「え?そりゃ覚えてるけど」
画面ではタイブレークに突入した後、俺がサーブのトスを上げそこなったところが流れてる。
序盤から散々走り回って、ソニックブリットまで出した俺は体力がギリギリだったんだよな。
「神尾くんはこの時、何か言ったのかな?」
「…え?」
震える手からボールが転がる瞬間。
確かに俺の口は軽く開いたけど、この時に何か言ったかな?
その後で「ワリィ」って謝ったのは覚えてるけど。
「何も言ってないと思うけど?ただ息が上がってただけじゃないかな」
「そっか。本人が言うんだからそうなのかな…」
「でも、何で?」
どうも練習のための研究って訳じゃないらしい。
よく見ると、千石さんの目はテニスの時に見せるものとは違った表情だし。
「俺はね、いつもこれを見ながら想像してたんだ。この時神尾くんの口からはどんな可愛い声が零れたんだろうって…」
……ん?
何だか話がオカシイぞ?
「じゃあ神尾くん、この時は?」
映像は最後の最後。
俺が膝から崩れそうになった時。
「神尾くんこの瞬間、ほんの少しだけ、意識が遠退いたみたいに目が虚ろになったんだ。このときに洩れたのはどんな声かな?」
「何でそんな事気になるの?」
また巻き戻して再生しようとする千石さんの手を止める。
放っておいたら永遠に見ていそうだから。
リモコンを放した千石さんは、空いた両の手で俺の手を包み込む。
まだ少し冷たい俺の指先を、暖めるように撫でてくれる。
「俺ね、もちろん最初は研究としてこのビデオを見まくったんだ。でもそのうち興味が神尾くんの声にうつってって…」
話ながら包み込む手に力が込められる。
「この時の声はちょっと擦れてたかな?いつもより高い声かも…てね。色々想像してたらね…」
今度は片手で俺の腕の動きを封じ込める。
「…分かるだろ?」
分かんないよ。
「擦れ声や、荒い息遣いや…。想像してたらさ」
伸ばされたもう片方の腕で、強く抱きこまれる。
「すっごく欲情したんだよ…」
耳元で囁く声。
「千石さん…!?」
そのまま床に転がるようにして、千石さんは俺をぎゅっと抱きしめた。
「このビデオをみて欲情した俺は、次の日には不動峰に向かってたよ」
「それが、あの日?」
「そうだよ」
今ではもう見慣れた白ラン姿で、うちの部室を訪ねてきた日を思い出す。
俺もそうだけど、みんなびっくりしてたっけ。
深司だけは別だったけど…。
「俺が言いたいこと、分かる?」
「え?分かんない」
「…あ、そう」
苦笑する千石さん。
でも、だって。
「あれから、ちゃんと恋人として付き合ってるんだから問題ないよな?」
「う~。覚悟はしてたけど、とんだお子ちゃまだなぁ」
「何それ!?」
失礼しちゃうな。
俺的には、初めて二人きりで話した日にキスされて恋に落ちるなんて、すっごく大人な恋愛みたいに感じてたのに。
「家族が旅行でいない家にお泊りに誘って、しかもはっきり『欲情』したって言葉にしたんだ。…答えは一つだろ?」
「…答え?」
それは…。
いわゆるそういう事?
でも、俺男だよ?
まあそれは今更だけど…。
まだ付き合って半年も経ってないよ?
そんなすぐにするものなの?
まだ中2なんだけど…。
友達だってみんな、Hしたなんて聞いたことないし。
「うーん。泊まりをOKしてくれた時点で、それなりに覚悟を決めてくれたのかなって期待してたんだけど、見当違いだったみたいだね?」
「…そんな」
そんな覚悟を決めた返事じゃない事なんて、あの時の俺の表情見たら分かりそうなものじゃないか。
泊まりにおいでって千石さんに言われた時、俺ハンバーガー食べてモゴモゴしながら「うん行く!」って言ったじゃん…。
そんな色っぽい返事じゃないのなんて一目瞭然だろ!?
「まあいいや。そういう訳で覚悟決めてね。神尾くん」
「ええー!何それ!?」
うっ!
気づくと強く抱きしめられた腕は、とっても外れそうもない。
「俺すっごく我慢したと思うよ。だいぶ神尾くんのペースに合わせたと思うけど?」
「じゃあ最後まで合わせてよ!」
「だって、それじゃいつになったらさせてくれる?」
…うーん。
考えてなかったからな。
「俺が高校上がったら…?」
「はあ!?そんなの待ってたら、俺欲求不満で死んじゃう!」
「死なないよ!」
「…もうヤルったらヤル。本当のこと言えば、最初に会った時に押し倒してやろうって思ってたんだから。俺の愛に感謝してよね」
「!?」
何てこと考えてたんだ、この人…。

千石さんは、思い立ったら早かった。
俺は力任せにコタツから引きずり出された。
その勢いで壁際のベッドに放られる。
そして、両手首を押さえつけられた。
まるでベッドに張付けるように。
最後に、あの瞳。
いつもの明るさが嘘のような、色を含んだ大人びた瞳。

何だ。
やっぱり予定通りなんじゃないか。
俺が今日そんな覚悟で来たわけじゃないことも。
ビデオを切っ掛けに話を持っていくことも。
俺に覚悟を決めさせることも。
全部千石さんの予定通り。
余裕の瞳がそう言ってる。

上手いよなぁ。
あんなビデオ出されて、あの時から我慢してくれてたなんて知ったら、そりゃー絆されるよ。
あんなに明るく追い詰められたら、恐怖心抱く前に覚悟決めちゃうよ。

なんて思ってる俺の心もお見通しだよね、千石さん。
俺が諦めたようにため息ついたら、してやったりっていう表情。
恋愛に関して言えば、俺はいつも千石さんの手のひらで踊らされてる感じだ。

いいよ。
ずっと、千石さんの手のひらで踊らされてあげる。
それが一番、俺と千石さんが幸せに過ごせる秘訣みたい。

でも、あんまり踊らされっぱなし…ってのも癪だよな。
少しくらい千石さんを驚かせたいから…。


「…優しく抱いてね?」
わざと甘えた声で言ってみる。
「!?」


よっしゃー!
千石さんの本気でビックリした顔、すごく可愛いね。

 


 

「落ちる」の後日談って感じです。いつも、これから!ってところで終わってすんまそん。ヘタレですんまそん。

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