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ヤキモチ跡部。
友達に、ちょっと強引なくらいの跡部が読みたいと強請られて書いたモノですが。どうだろう?(笑)


牽制 (跡×神)

「お先っ!」
俺は急いで着替えると部室を飛び出す。
今日は金曜日。明日は学校も部活も休みだから、これから跡部の家に行くんだ。
ダッシュっで帰ってシャワー浴びて、お泊りセット用意して。
早く家を出ないと跡部が痺れを切らして車で迎えに来ちまう。
あのバカでっかい車で!
前に一度車で迎えに来てくれたんだけど、あまりのデカさに近所の人が驚いて外に出てきちゃったんだよな。
それからは、迎えは遠慮してる。
だって、あんな普通の住宅街にあのデカさと長さは無いよな!運転手さん細い道に四苦八苦してたっけ。
隣のおばちゃんには「アキラちゃん何かしたの!?」って心配されちゃったし…。
別に連行されたわけでもないのにな。
だから早く帰らなきゃ!

「神尾。今日は早いんだな」
「えっ?」
部室を出て校庭を横切ると、後ろから声を掛けられる。
俺は走っていた足を止め振り返った。
「あ、橘さん!」
危なく通り過ぎちゃうところだった。
もう部活を引退している橘さんとは、前みたいに毎日話すことが出来なくなっちゃったから、こうやって偶然会えるとすごく嬉しい。
つい頬がゆるむ。
「今日はみんなと帰らないのか?」
「あっ、はい。これから出かけるんで」
「跡部の所か?」
「はい」
俺が頷くと、橘さんは笑って俺の頭を軽く撫でる。
うちのテニス部を立て直してくれた、唯一の3年生である橘さんは、俺たちにとって兄貴みたいな存在だ。
よくこうやって頭を撫でて、褒めたり叱ったりしてくれる。
もう家族のようだから、俺が跡部と付き合ってることだっていつの間にかバレてしまっていた。
「あんまり急いで転ぶなよ?」
「ははっ、気をつけます」
俺は部活で転ぶことが多かったから、何だか橘さんも口癖になってるみたい。
これが跡部だったら「手前の取り柄はスピードだけなんだから、いちいち転んでんじゃねーよ」くらいは言いそうだ。
跡部と橘さんって同い年なのに、この包容力の違いって何だろ?
跡部はいつだって自分が一番だしな。
まあ、カリスマ性がずば抜けてるのは認めるけどさ…。

そうだ、ゆっくりしてる場合じゃない!
あの唯我独尊男が怒り出す前に早く行かなきゃ。
「じゃ、橘さん。俺はこれで」
「おう。気をつけてな」
「はいっ」
俺はまた走り出す。
まだ、大丈夫。
氷帝の方がいつも遅くまで部活やってるし。
跡部はまだ引継ぎとかで部活に出てるって言ってたし。
跡部が帰宅する頃には、俺は家を出られるはず…。

「あーん?神尾。俺様を待たせてんじゃねーよ」
「…え?」

もう少しで校門ってところで、俺は足を止める。
校門の横の塀にかったるそうに寄りかかるその姿。
地味な不動峰の制服の中で、ひと際目立つ氷帝の制服。
その長さを持て余したように投げだされた右脚が、イライラと神経質そうに揺れている。

「跡部…。何で?」
「あぁ?今日は部活に出なかったからな。たまには迎えに来てやろうと思ってなぁ」

寄りかかった塀から身を起こし、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる跡部。
そばを行き過ぎる女生徒たちは跡部のカッコ良さに囁き合うが、誰も勝手に校内に入ってきたことを咎めない。
男子生徒も、その迫力に圧倒されてこっそり指をさすだけだ。
―あれって、氷帝の跡部だぜ!―
ひそひそと洩れる周りの声が俺にも聞こえる。
手塚さんや越前とあれだけの試合をした跡部のことは、テニスに興味のない生徒たちにも知れ渡っているみたいだ。
ましてやあのビジュアルだし…。
夏に短く切られた髪も、今は少し伸びて軽く立たせている。
以前の華やかさに加えて男らしさの増した跡部は、どこのモデルにだって負けないくらいの存在感だ。
注目されるのは当然というように、ファッションショーのランウエーでも歩いているかのような完璧さでこちらへやって来る。
髪が長かったころの癖で右手で髪をかき上げる仕草に、とうとう女子の歓声が上がる。
―超かっこいい!!―
まるでその声に応えるかのように唇の端に浮かぶ笑み。
ますます女子が騒ぎだす。
でも、俺だけが知っている。
あの微笑は…。
跡部、むちゃくちゃ怒ってる…!?

「なぁ神尾。橘とは随分仲が良さそうじゃねーの?」
「…そりゃ先輩だし」
「…なるほどね」
目の前に立った跡部は、ポケットに両手を突っ込んだまま俺の顔をのぞきこむ。
この体勢って、チンピラとチンピラに絡まれてる中学生って感じなんだけど…。
すっごく注目を集めてるのが分かるけど、俺はあえて何も言わない。
こんなところで喧嘩するわけにいかねーし。
「お前の先輩は、いっつもこんな事をするわけか。あーん?」
右手を俺の頭に伸ばすと、軽く撫でた。
やっぱり、さっきの見てたんだ…。
橘さんと話していた所を。
ちらりと後ろを振り返ると、好奇の視線のもっと向こうに、なるほど立ち止まる橘さんの姿が見えた。
こっちから見えるんだから、当然向こうからも見えるわけで。
俺たちの視線に気づいた橘さんは、その場で軽く片手をあげた。
それは俺にではなく、久しぶりに会った跡部への挨拶だ。
跡部もそれに応えて片手を上げる。
その表情に懐かしさや、再会の喜びなんて当然見えない。
まるで敵を見据えるような、冷たい瞳。
この距離なら、橘さんに表情までは見えないよな。よかった…。
「橘さんは俺たちみんなに同じことをするんだよ。後輩として可愛がってくれてるだけだよ」
「俺は後輩にこんな事しないぜ?」
気味悪いくらいに優しく頭を撫で続ける跡部。
本気で俺と橘さんの関係を疑ってる訳じゃないくせに、俺の言葉なんかじゃちっとも機嫌を直してくれない。
こうなるとなかなか頑固で、丸1日不機嫌なままなんてのも日常茶飯事だ。
まいったな、こんな場所で。
折角今夜から明後日まで一緒に過ごせるのに、このままなんてすごく嫌だ。
いつもなら甘えて「機嫌直して」って言えば一発で元通りなんだけどな。
校門じゃーなぁ…。
どうしよう。
少しでも跡部の機嫌が直ったらと、まっすぐ見つめる。
「あーん?なんだよそんな上目遣いで。早く機嫌直せってか?」
珍しく自分からそう切り出す跡部。
俺は大きく、何度も頷く。
こんな事自分から言い出すなんて跡部らしくないけど、そんなの気にしてる場合じゃないよな!
取りあえず、うまいこと場所を変えることだけ考えなきゃ。
「そんなに機嫌直して欲しいか?」
「ああ!折角一緒にいられるのに、喧嘩してたんじゃ勿体無いよ」
…本音はこんな所で騒ぎを起こしたくないってのが一番の理由だけど。
別に嘘は言ってないからいいよな!
勿論休みを楽しく過ごしたいとも思ってるんだから。
「ふん。手前の本音なんてお見通しなんだよ。こんな所で騒ぎを起こしてくれるな、だろ?」
「!?」
…バレてる。これがインサイト!?
「ばーか。こんなのがインサイトなもんか。お前は顔に全部出てんだよ」
「!?!?」
俺ってばダメダメじゃん。
跡部に遊ばれてるよ…。
「んな情けない顔すんなって。別にイジメに来た訳じゃねーんだし」
「…よく言うよ。俺のこと困らせて楽しんでるくせに」
口を尖らせて文句を言うと、やっといつもの様に笑ってくれた。
「ふん。その情けない顔に免じて許してやるよ」
…許してやるって。
俺何にも悪い事してないと思うけど?
いつもこうなんだ。
跡部のペースに巻き込まれて、いいようにからかわれる。
「…許してはやるが、まぁ牽制だけはしとくかな?」
「!?」
ヤバっ。油断した!
この目つきは何か善からぬことを考えてる顔だ!
そう気づいた時はもう遅くって。
頭を撫でていた手が滑るように後頭部を包んだかと思うと、がっしりと固定される。
嘘!まさか…?
パニくった頭じゃ碌なこと考えられなくて。
ポケットに突っ込まれていた左手は、気づくと俺の腰に回ってる。
そんな…!
「うそ…」
口をついて出たのは、何の役にも立たない言葉。
「残念。本当だ」
愉しそうに口の端で微笑んだ跡部は、大げさなくらい強く俺を抱きしめて…。

唇が重なった。

きゃーっ!という女生徒の甲高い叫び声の中、俺の頭はもう真っ白だ。
悲鳴というよりは歓声に近い叫びの真ん中で、跡部は気を良くしたように何度も角度を変えては唇を吸い続ける。
俺はもうどうにも出来ない。
パニくってるのもある。
恥ずかしくて、どうしていいのか分からないのもある。
でも何より…。
俺は跡部のキスに弱い。

視点が合わないくらいの近距離で跡部は囁く。
「…随分静かじゃねーの?」
そして、すぐにまた俺の歯列を割って跡部の舌先が入り込む。
跡部は俺に返事なんて求めてない。
俺がこのキスに弱いのは百も承知だもの。
ピチャ…と洩れる濡れた音。
だらしなく開いた俺の唇の端からは、含みきれなかった唾液が伝い落ちる。
「ハぁ…」
声が零れる。
だって、もう我慢できない。
いつもだったらもう膝から崩れ落ちてる頃だ。
もうすぐベッドに縺れ込む頃だ。
「我慢してんじゃねーよ」
いつの間にか耳たぶを舐め上げる舌。

…いいかな。
もういいかな?
俺、もうダメだ。
俺ってこんなに、淫乱だった?
こんな大勢の人に見られながら、感じちゃうなんて。
でも、甘えちゃおう。
跡部の言葉に甘えちゃおう。

「あとべ…。もう、我慢できない」
俺はいつものように、その広い背中に腕を回して縋りつく。
膝から崩れ落ちる俺を、跡部はやっぱりいつものように抱きとめる。
「上出来だ」
嬉しそうな跡部の声を聞いた途端、俺の意識はぷつんと途切れた。

                                ***

神尾の荷物を肩にかけて、意識を失った神尾を横抱きに抱える。
その表情は、キスのひとつも知らなそうなあどけなさだ。
校門に向かって歩き出すと、遠巻きに俺たちを見ていた生徒たちは波が引くように避けて道を作る。
まるでモーゼの十戒だな。
以前観た映画の場面が思い出される。
「まったく、無茶するな跡部」
「あーん?」
振り向くと、橘が苦笑しながら近づいてくる。
…原因作った奴がよく言うぜ。
「俺が神尾に対して恋愛感情を持っているとでも思ったのか?」
「さーな」
そう返事しながらも、橘がそんな感情を持っていないことなんて分かりきっていた。
そんなことは問題じゃねーんだ。
俺以外のヤツが神尾に触れるって事が問題なんだ。
そんな事を橘に言うつもりもないが、橘の方も特に問いただす気はないらしい。
「うちのエースをあんまり苛めないでやってくれよな」
「…無理な相談だな」
俺はこうやって、神尾の気持ちを確かめないではいられねーから。
俺の返事に、橘はしばらく無言で俺の目を見つめた。
「まあ、いい。神尾のこと頼んだぞ」
意識を失った神尾の看病を頼んだのか、恋人として今後も神尾を頼むということなのか。
真意は分からないが、そう言った橘は疲れたように微笑んだ。
「後は上手くやっておくから早く帰れ」
事の次第を見守る雑魚どもに言い訳などするつもりなんて更々無かったが、橘が買って出てくれると言うなら任せよう。
神尾がまだ1年以上通う学校だからな。
「じゃ、任せたぜ」
今度こそ、騒然とする校門を抜けて待たせていた車に乗り込む。
俺の膝を枕にシートに横になった神尾は、下ろされた揺れにも目を覚まさず、その唇はむしろ心地良さそうに微笑んだ。
「ちょっとばかり無茶したが、俺と付き合うならこれくらいの事は覚悟しといてもらわないとな」
滑るように走り出した車は真っ直ぐ俺の家に向かう。
「部屋についたら、思う存分可愛がってやる」
そう言って、そっとその唇に触れる。
神尾の唇は、まるで返事をするかのように俺の指先を軽く含んだ。

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