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攻めにイジワルされちゃう、哀れな受け子たち…。


追試 (跡宍+忍岳)

「あー、激うぜえ」
「マジやってらんねー」
宍戸と向日は手にしたシャーペンを机に放り投げる。
カツンと響く鈍い音は、ペンと机の上に転がるアルトリコーダーがぶつかった音。
「まさか、サボった日に丁度テストだったなんてなぁ」
「タローの奴絶対わざとだぜ!くそくそエセ音楽教師め」

昨日音楽の授業をサボった宍戸と向日は、今日になって呼び出されるとリコーダーテストの追試を言い渡された。
正直音楽の成績の良い二人は、追試といっても授業で習った曲なら軽い軽いと思って職員室へ向かったが、告げられたのは思ってもみない言葉だった。
「追試は5日後。サボった罰としてお前たちには皆とは違うこの曲を演奏してもらう」
差し出された楽譜の題名は二人が聞いたことが無い曲だった。
「…授業でやりましたっけ?」
宍戸の質問に、榊は変わらぬ口調で答える。
「やってないな。皆と同じでは罰にならないだろう?」
「げっ。マジ!?」
向日は思わず出た言葉に、口を抑えて言い直す。
「…ホントですか、先生?」
「嘘を言っても仕方がない。音楽は得意だろう?楽しみにしてるぞ」

言葉の最後に珍しく微笑みを浮かべた榊が、尚の事ムカツク二人である。
「長太郎にピアノ弾いてもらって何となく曲は分かったけど…。俺、音符って『ド』から数えていかねーと分かんねーよ。音符振るだけで今日は終わっちまう」
ボヤク宍戸に向日も頷く。
「部活出らんねーじゃん。マジむかつくタロー」
二人がもらった楽譜は『G線上のアリア』をリコーダーの練習用にアレンジしたものである。
二人で違うパートを吹くので作業を手分けできないのだ。
先ほど部活前の鳳を引き止めた二人は、事の次第を話してピアノで弾いてもらった。
「有名な曲ですからちょっと聴いたらすぐ分かりますよ。メロディーラインだけ簡単に弾きますね」
そう言って流れ出したメロディーは、なるほど耳にしたことがあった。

「頑張ってくださいね」と手を振り音楽室を後にした鳳を見送ってから、もう40分が過ぎようとしている。
「よっしゃ。音符振り終わった。岳人は?」
「俺もオッケー!」
「明日からは部活出たいから、今日出来るだけ合わせて後は家で自主練な」
「了解。じゃー始めるぜ」
そう言って向日が「いっせーの…」と合図をとり始めると…。
「おっ二人さん!何してーんの?」
唄うように陽気な声で忍足が音楽室を覗き込む。
「!!侑士!驚かすなよ!」
吹き始めるタイミングを逃した二人は、苛立って入り口に目を向ける。
「時間ねーんだから邪魔すんなよ!忍足」
「酷っ!部活に来ないから心配して探しに来たのに」
「長太郎に伝えただろ。休むって」
「…ああ、ちゃんと聞いたぜ。音楽の授業サボったんだってな?宍戸」
「げっ。跡部」
忍足が遠慮がちに開いた音楽室の扉を、後ろからやってきた跡部はバーンと豪快に開け放ち中へ入ってくる。
「壊れる壊れる」
焦ったように扉を閉めた忍足も中へ入り、テニス部レギュラーが4人揃った音楽室はまるで部室のようである。
「俺様が練習に付き合ってやるよ。さあ演奏してみろ」
「何なのお前。いきなり来て偉そうに」
宍戸の呆れた様な視線を、跡部はフンっと笑い飛ばす。
「どうせろくに吹けねーんだろ?俺様の優しさに甘えとけって」
「跡部も素直やないなー。宍戸がいなくて寂しいから様子見に来たって素直に言えばええのに。なあ、がっくん?ちなみに俺はがっくんに会いに来たんやで」
「…忍足。黙ってろ」
「…侑士うるさい」
「すんません」
跡部と向日の冷たい突っ込みに、忍足はしゅんと体を縮める。

あーでもない、こーでもないと練習する二人を跡部が的確なアドバイスでフォローする。
高飛車な物言いに腹を立てつつも、跡部のお陰で早くに完成しそうだ。
一方、全く役にたっていないのは忍足である。
「侑士…。お前部活行けよ、邪魔」
向日が言っても、忍足は少しもめげずに居座っている。
ただ椅子に腰掛けて、向日がリコーダーを吹く姿を見つめているのだ。
邪魔なのもあるが、その食い入るような視線に照れているのが向日の本音である。
「なあ侑士。そんなに面白いか?俺がリコーダー吹いてるの」
頬を染めて尋ねる向日に、忍足は大きく頷いた。
「むっちゃ楽しい!笛吹く姿ってなんやこう…ちょっとエッチで、ドキドキしてしまうわ」
「!?」
向日の手からリコーダーが滑り落ちる。
「どうした?岳人?」
跡部と楽譜を覗き込んでいた宍戸は全く二人の会話を聞いていなかったので、なぜ向日が顔を真っ赤にして立ち尽くしているのかが理解できない。
「…岳人?」
拾ったリコーダーを差し出すと、向日は覚束ない手つきでそれを受け取り、そのまま忍足に向き直る。
「…ゆーしー。ふざけるな!!」
さっきまで硬直していたのが嘘のように、今度はリコーダー片手に忍足を追いかけまわす。
「ぎゃーっ!叩かんといて!イタイイタイっ」
「ばかやろー!人が真面目に練習してるのにっ!」
「だって!似てるやろ!?アレしてるんと」
「五月蝿い!」
「ほらっ!よく例えで『尺八』なんて言ったりするやん!」
「てめーはどこのエロ親父だ!!」
「がっくんは上手やから、追試も一発で合格やでー」
「待ちやがれ!」
ピアノと自分たちを中心にして追いかけっこをする二人に、宍戸は首を傾げる。
「何やってんだあいつら?」
「…なるほどな」
走り回る二人の会話で喧嘩の理由が分かった跡部は、ニヤニヤその様子を眺めるばかりである。
そうしてるうちに忍足は向日に捕まり、華麗な回し蹴りを頂戴している。
「…意味わかんねぇ」
「気になるか?」
「あー?んー、まあな」
「教えてやろうか?」
「俺でも分かる事なのか?」
「ああ、十分な」
「…」
するりと腰に手を回してきた跡部の表情に、宍戸は嫌な予感を覚える。
本能が伝えている。きっとろくな話ではないと。
「あ、跡部。やっぱり…」
「遠慮すんなよ。でもまあ、お前には教えるまでもないか?お前も大好きだもんなぁ。いつも上手に俺のを咥えてくれるもんなぁ?」
「…」
(…だんだん意味が分かってきた。)
宍戸はその手に乗るものかと、何食わぬ顔をして跡部の話を聞く振りをする。
「忍足は向日がリコーダーを吹く姿を見て想像してたんだろ。…自分にだけ見せるイヤラシイ姿をな」
宍戸の腰にまわる手に力が込められる。
(やべぇ。経験上その気になった跡部を止められた記憶は無いから、今のうちに逃げないと)
少しずつ逃げ腰になる宍戸を、舐めるように見つめる跡部。
「なあ、宍戸?俺的にはお前の方が上手だと思うぜ?どうだ、少しあいつらに披露してやったら。もちろん使うのはこれじゃない。…こっちだぜ?」
宍戸の手に握られたアルトリコーダーをそっと取り上げると、空いたその手を自分の下腹部へ導く。
「ふっ、ふざけるな!」
(案の定ろくな事になりゃしねえ!)
いやらしく絡まる腕を跳ね除けようとするが、意外に力強い腕は宍戸の抵抗なんて物ともしない。
「照れるなよ、宍戸」
「照れてない!」
「我が儘言うな。じゃあまず、その気にさせてやろうか」
「俺が我が儘なのか!?」
納得がいかないと憤慨しているあいだに、宍戸の視界はくるリと回転する。
そして気付けば、床に寝転び音楽室の天井を見上げていた。
「あ、とべ?」
(まさか、こんな所でしないよな?)
目の前には、いつも以上に優しく微笑むその唇。
その形良い唇は、腰に甘く響く声で最も酷い言葉を紡ぎだす。
「さあ。お前も可愛い声で鳴いてもらおうか?」
「跡部!」
(何考えてんだよ!こんな所で!あいつ等だっているのに…)
その時はじめて、先ほどの二人の喧嘩が終わっていることに気付く。
(岳人!?)
上から跡部に圧し掛かられているからよく見えないが、ピアノの向こうに重なる影は、きっとあの二人だろう。
「…っぁん!」
かすかに届いた声に、宍戸は驚いて眼を瞑った。
(あれって岳人の声!?)
「…くっそ忍足も何考えてやがる!」
そう苦々しく吐き捨てると、蛍光灯の光りを背負って逆光になった跡部の眼がギラリと光った。
「アーン?この体勢で他の男の名前を口にするとは余裕じゃねーか。そんな余裕なくしてやるよ」
口の端だけを上げてニヤっと笑うその姿。
(あーこいつ、マジにやるつもりだ…)
「ただ、リコーダーの練習したかっただけなのによっ…」
首筋に這う舌に、息が上がる。
「まあ、文句は忍足に言うんだな。いや、忍足を煽った向日か?」
跡部は愉しげにくくっと笑うと、今度は舌先で耳を舐めまわす。
「いや、違う。悪いのは手前ら二人だ。音楽の授業をサボらなければこんな事にならなかったのになぁ?」
「…ムカツク」
いつの間にか開かれたシャツの間から、跡部の指先が滑り込む。
「あんっ」
ビクッと体が震えたのはその冷たさのためか、快感か。
仰け反る視線に、音楽室の扉が目に入る。
(…しっかり中から鍵かけてやがる。マジ許さねぇ、あの変態眼鏡!!)

5日後。
跡部と忍足は放課後の音楽室を盗み見ている。

「どうした?宍戸に向日。顔が真っ赤だぞ、風邪か?」
榊の優しい問いかけにも、二人は揃って首を振るだけである。
「追試は延長するか?」
いつもの二人らしからぬ態度に、榊は不安そうに尋ねる。
「いえ大丈夫です。出来ます!」
「もう二度と追試なんて受けないで済むように、命をかけて吹きます!」
「そ、そうか?ではやってみろ」
もの凄い迫力に、榊は無表情ながらも明らかに戸惑っていた。

そんな彼等を眺め、忍足はくくくっと抑えた手の隙間から笑いをもらす。
「可愛ええな~がっくん。演奏しながらあの時のこと思い出してるんかなぁ?」
「…忍足うるせぇよ。バレる」
「跡部も人が悪いな~。宍戸のことあんなに泣かせて」
「…てめーもだろうが」
「俺はあそこまで苛めてないわ」
「…ご丁寧に鍵閉めたのはてめーだろ」
「そもそも、あんな事しに音楽室のり込むって言ったのは跡部やろ?」
そう言い合って、満足そうに笑う跡部と忍足。
二人は涙目でリコーダーを吹く愛しい恋人を、演奏が終わるまで愉しそうに見守っていた。 

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