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部活引退後の滝&宍戸の会話。
実は紳士な跡部様?


 (跡宍+滝)

駅の階段を下りると、目の前には賑やかな通りが広がる。
「『けやき街道』か。なるほどね」
駅前から真っ直ぐに続く大通りの両脇には、等間隔でケヤキの木が並ぶ。
「ふーん。ケヤキの木なんだ」
植物には全く縁のない宍戸は、感慨もなくただ滝の言葉を繰り返す。
「滝は植物好きなんだっけ?」
「そうだね、ガーデニングは好きだよ」
中学生らしからぬ渋い趣味だ。全く想像もつかない世界に「すげーな」と宍戸は呟く。

駅から、男の足で歩いて10分程度。
通り沿いのスポーツショップへ部活の買出しに繰り出した二人は、9月に入った途端急に涼しくなった風に思わず空を見上げた。
「なんかあっという間だったな…」
宍戸の呟きに滝はくすっと笑う。
「テニスばっかりしてたら、夏はあっという間にどこか行っちゃったね」
全国で敗れた氷帝学園男子テニス部の3年は、夏の大会を最後に引退した。
買出しだって本当なら下級生の準レギュ以下の部員に行かせればいいのだが、テニスから離れがたい宍戸はつい自ら名乗り出てしまった。
滝は半分お付き合いだ。

急ぐ途でもない。
二人はケヤキ並木の下をゆっくりと、散歩がてら歩いて行く。
遠目には気付かなかったが、街路樹のケヤキの間には花壇が設けられ、それらは等間隔に区切られていた。
「あぁ。ガーデニングコンクールやってたんだね」
それぞれに振られたナンバープレートを見て滝が言う。
秋が近づき、植え替えの時期なのか花壇にはぽつぽつとしか花が見当たらないが、まだ枯れずに茎だけは元気に立っている。
「けっこう流行ってるみたいだよね。敷地の一角を使ってコンクールやってる公園なんかも多いよ」
「滝もこーゆーの出来るのか?」
「まあ、人様に見せられる腕じゃないし、自宅の庭で愉しむ程度だよ。宍戸は…、全く興味なさそうだね」
そう言って笑う滝に、宍戸は口を尖らせて反論する。
「この年でガーデニングが趣味のヤツの方が珍しいんだよ!」
「えー、そうかな?忍足も意外と詳しいよ」
「…似合わねぇ。まだ家庭菜園とかの方が似合いそうだぜ」
「ああ、確かに!『食べられへんもの植えてどないする!』とか言ってそう」
ひとり暮しの忍足は、節約をこよなく愛していた…。

見るでもなくナンバープレートの数を追っていると、30までで花壇は途切れた。
駅前商店街によるコンクールらしく、店が途切れるのと同じ十字路で花壇も途切れる。
「なあ滝?ガーデニングって、こんな狭い範囲にこんなに沢山花植えるのか?」
「ん?まあ、こんなもんじゃない?」
「ふーん。花咲いてねーから良く分かんないけど、何か苦しそうだな」
そう言って小首を傾げる宍戸の仕草に、滝はプッと噴出す。
「宍戸は優しいねぇ~」
子供を誉めるような言い方に、宍戸は顔を赤くして言い訳する。
「そんなんじゃねーよ。素朴な疑問ってやつだよ!」
「はいはい素朴な疑問ね」
まだ笑ってる滝に宍戸は膨れっ面になるが、滝はそんな仕草も子供のようで可愛いなと、口に出さずに微笑んだ。
「宍戸には少し苦しそうに見えるかもしれないけど、育てている人がとっても可愛がっているのが分かるから、きっと花も嬉しいんだと思うよ?」
「?」
何でそんなことが分かるのか…と言いたげな表情だ。
宍戸は性格に裏表がなく、思っていることがすぐに顔に出てしまう。
「見てご覧よ。ちゃんと雑草が抜いてあるだろ?夏の終わりのこの時期にこんなに綺麗なんだから、こまめに面倒見ている証拠だよ」
「なるほど…。そっか。なら良かった!」
納得がいったのか、先ほどまでの後ろ髪引かれるような表情はなく、花壇を振り返らずに店を目指す。
素直で裏表がなく、多少口が悪いから怖がられることもあるが、会話をしたことがある人には大抵好かれる宍戸。
正義感が強く真っ直ぐで、自分の信じた道を自由に突き進む宍戸。
滝はそんな宍戸を親友としてとても好きだからこそ、宍戸がレギュラーに返り咲いた例の試合の後だって、変なわだかまりを残さずこうして付き合っていける。
そして、そんな宍戸にだから、どうしても聞いてみたいことが滝にはあった。
(花壇を見てたら思い出しちゃった…)
気にしつつも、お互いテニス中心の生活をしていたために聞きそびれていたこと。
「宍戸。聞きたいことがあるんだけど」
年の割には落ち着いていて成績も優秀な滝が、宍戸に質問することなど滅多にない。
驚いたように眉を上げた宍戸は、すぐに笑顔になり滝の肩をポンポンとたたく。
「めずらしいな!俺にわかることならな」
滝が聞きたいのは、宍戸にも分かる事どころか『宍戸にしか分からない事』である。
「宍戸は苦しくない?跡部といて」
「…」
思ってもみない質問に、歩く足が一瞬止まる。
跡部と付き合っていることは隠してはいないけれど、みな触れてこないのが暗黙の了解になっていた。
滝だって日吉と付き合い始めたのは知っていたけれど、宍戸はあえて確認したことはなかった。
だから恋愛の話をするなんて、もしかしたら初めてかもしれない。
「…めずらしいな。そんな事聞くなんて」
「うん…。ずっと気にはなっていたけど、テニス漬けの生活だったろ?聞く暇がなくて」
「確かにな…」
言葉と共に鈍くなった足は、その質問への拒絶のようにも感じる。
「ごめん。言いたくないならいいんだけど…。さっき花壇の話してたら思い出しちゃってさ」
…苦しくない?
それは、宍戸と跡部の関係を見守っていた友人みんなが感じていた事だと思う。
岳人はもちろん、あのジローだって時に不安そうに二人の会話を聞いていた。
忍足は「あれはあれで上手くいってるんや」と笑っていたけれど、滝と岳人は元来の性格のためか心配で仕方がない。
「苦しそうに見えるか?」
反対に質問され、滝は正直に首を縦に振る。
「苦しそうっていうか、俺ならあんな奴と付き合ったら息がつまりそうだから…」
その言葉に宍戸は苦笑いする。
「まあ確かにそうかもな。あいつ俺様だから」
俺様の一言で片付けられる宍戸の人間のデカさというか、大らかさというか、鈍さというか…。何にしても滝は感心するばかりだ。
「…その一言で片付けられる宍戸はホント凄いよ」
今度は滝が苦笑いの番だ。
元々独占欲が強く、神経質なきらいがあった跡部だが、最近の宍戸への干渉っぷりは友達としてどうかと思う。
当然のように宍戸の時間割は把握しているし、お昼休みは理由がなければ必ず一緒に過ごす。休日のスケジュールだって跡部と過ごすことが大優先で、跡部自身に用事がある時は自分の部屋で宍戸を待たせて、宍戸に用事がある時は必ず内容を把握する。跡部が必要ないと判断した時は、その約束は断るように命令してくる始末だ。
「あの束縛は、ちょっと異常だと思うんだけど…」
跡部だって滝の大切な友達だからこそ、今まで口に出来なかったその一言。
でも、宍戸と鳳のダブルスが順調に行けば行くほど悪化するかに見えるその状況に、もう口を出さずにはいられなかった。
「確かにな…。跡部の束縛の仕方ってホント凄いなって俺も思うぜ。でも…」
宍戸らしくない歯切れの悪さだ。
「でも?」
「でもな、俺。それがすごく嬉しいんだ。幸せなんだ…」
そう言ってはにかむ宍戸は、滝が今まで見たことのない表情だ。
「宍戸…?」
「へへ…。驚くだろ?あんまり女々しくて言いたくなかったんだけど、滝が心配してくれてるの分かってたからさ。あと岳人もジローもな」
悪かったな心配かけて…と鼻の下を擦る宍戸は、滝が今までイメージしていた宍戸ではない。
少し自信がなさそうな、小さな声で照れ笑いを見せる宍戸は、陳腐な言葉だけど「ああ恋をしているんだな」とひと目で分かる。
「跡部は優しいんだよ。全部お見通しだからいつも一歩先回りをする…」
そう言って悔しげに舌を鳴らす宍戸だけれど、裏腹にその表情はとても幸せそうだ。
「俺は跡部に干渉していてもらわないと凄く不安になるんだ…。べつにそれだけが愛情の証じゃないって分かってるんだけど『俺のこと好きか?』って聞きたくなっちまう。でもそんな女々しい自分が嫌で言い出せなくて、でも不安で…って。1人でグルグルしてたら、跡部が気付いてくれたんだ」
宍戸は干渉を嫌い自分の思った道を突き進むタイプだと思い込んでいた滝は、想像もしなかった言葉に驚きを隠せない。
岳人だってジローだってそう思っていたからこそ、いつも不安な表情で二人を見守っていた。
そうすると、忍足だけは二人の本当の姿に気付いていたのだろうか…?
「俺が『一緒にお昼食べたいな』と思えば『昼は俺の所へ来い』って言ってくれたし、『休日はいつも一緒にいたいな』と思えば『休日は俺以外の奴と会うことは禁止する』って言ってくれた。いつだって俺が言う前になんでも気付いてくれて、しかも俺がそう思うことを恥ずかしいと感じていることにも気付いてるから、全て『命令形』で言ってくれる…。まるで俺が跡部の指示に従ってるみたいに皆に思わせたんだ。跡部だけ悪者っぽく見られるのは嫌だって言ったんだけど、『俺の願いでもあるから』って微笑ってるんだアイツ」
今まで跡部だけを悪者にしていたようで、自分が許せなかったのだろう。
堰を切るように話し始めた宍戸は、やっぱり正義感にあふれる滝の大好きな宍戸だ。
「そっか。それなら良かった」
ただ一言微笑んだ滝に、宍戸は無理して笑顔を作る。
「驚いたろ?俺って女々しくて…」
「驚きはしたけど女々しいなんて思わないよ。ただ新しい宍戸の一面が知れて嬉しいだけ。俺たちは宍戸たちが幸せならそれでいいんだよ」
らしくない無理した笑顔をデコピンしてやると、宍戸はやっとその強張りを解いた。
「よかった…滝が聞いてくれて。自分からじゃなかなか言い出せなくてよ。俺ってば激ダサだな」
「うん『激ダサ』だったね!」
宍戸の口調を真似ると、どちらからともなく声を上げて笑った。

「ねえ、宍戸。さっきの話だけどね」
帰り道。二人は新しいジャージにテーピング、テニスボールにコールドスプレーと両手一杯に荷物を抱えていた。
そして同じ花壇の前を通りながら滝が口を開く。
「宍戸は花壇の花と同じで、俺たちからは窮屈そうに見えても、跡部が可愛がって優しく面倒見てくれるから幸せなんだね」
「ははっ!面倒見て、か。確かに跡部に頼りっぱなしだからな~」
高校上がったら少し自立しなきゃな…と声に出さずに思ったのが、滝に通じたのかどうか。滝はダメダメと首を振る。
「ひとり立ちしようとかしちゃダメだよ!宍戸の面倒みるのは跡部の幸せでもあるんだからね」
これは花を育てるのが趣味の僕だからこそ言える台詞だよ!と、器用にウインクしてみせる滝。
「宍戸は跡部に面倒見られて、愛でられていればいいと思う!」
そう言い切る滝の表情は、今日の空と同じように晴れ渡っていた。


 

全く跡部の出てこない跡宍でした(笑)。でも、こんな日常の会話を書くのも大好きです。
最近、滝様が出張ってる気がする。

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