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宍戸と岳人が女装でダブルデート。
海岸デート (跡宍+忍岳)
宍戸は細くしなやかな脚に絡みつく、柔らかな布地に眉を顰める。
「…滝、もう少しマシなの無かったのか?」
「マシってどんな?」
鼻歌でも歌いだしそうな滝は、イライラする宍戸を逆なでするような楽し気な声で聞く。
「…ズボンとか」
「そんなの罰ゲームにならないじゃない!?」
わざとらしく驚いてみせる滝。
「…俺のスカート何でこんなに短いんだよ」
同じく仏頂面の岳人は、ワンピースの裾を摘まんでピラピラと揺らす。
「何でって、似合うから?」
どこまでも愉しみたい滝は、これまたわざとらしく小首を傾げて岳人に言う。
「…たーきー!」
「わ~ブレイクブレイク!」
滝の胸元に掴みかかる岳人を抑えて、ジローも参戦。
「がっくん、すっごく可愛いよ?」
やはりジローもからかいたいだけだった。しかしその言葉は嘘ではない。
「ああ、お前は似合ってるよ」
つい状況を忘れて宍戸まで大きく頷く。
「あーあー、そうですか!宍戸も似合ってるぜ!」
岳人はヤケクソ気味に叫び、宍戸の姿を褒めてやる。投げやりな言い方だが、この言葉にも嘘は無かった。
「…ふざけんな!俺が似合うわけねーだろ!」
キッと目を吊り上げる宍戸。
「モデルみたいで似合ってるよ!」
岳人は怒鳴り返す。
「あー、はいはい。ストーップ」
そんな二人の間に入った滝は、パンパンと手を叩いた。
「二人とも良く似合ってるから。心配しないでデートに行ってらっしゃい」
「…っく」
滝の言葉に2人は握った拳をぷるぷると震わせた。
何故2人がこんな格好をさせられているかと言えば、話は先週まで遡る。
部活が休みの学校帰りに、嫌がる跡部を引きずって街のゲームセンターへ向かった面々は、真っ直ぐにあるゲームに向かった。
跡部がそこで見たのは、6人同時対戦ができるカーレースのゲームだった。
「…で?俺にこれをやれと?」
ゲームなど一切興味のない跡部はつまらなそうに、腕にぶら下がる宍戸を見遣る。冷たい視線にもメゲずに、跡部が逃げないよう全体重をかける宍戸は、傍から見ればおもちゃを買って欲しくてダダを捏ねる子供のようだが、皆はあえて口にしない。
折角の6人対戦ゲーム。出来ることならばフルメンバーで対戦してみたいではないか。
「…滝までこんな話に乗るな」
跡部は自分と同じくゲームには縁のなさそうな滝を睨むが、予想に反して滝はけろりと言った。
「最近ジローに付き合って遊ぶようになったけど、結構楽しいよ?」
そんな答えに溜息をつくと、跡部は諦めたように宍戸の頭を小突いて立たせる。
そして、条件を1つ出した。
「上位2名が、下位2名に罰を与えられる…ってなら、やってやってもいいぜ?」
経験もないくせに強気な跡部の言葉。
言いだしっぺの宍戸と岳人は、ガッツポーズで条件を飲んだ。
「よし!じゃ、やろうぜ」
勝つ気満々の宍戸。暇さえあればゲームに勤しむ岳人も余裕の表情でその条件を飲む。
「悪いけど、俺手加減しねーよ?」
そんな2人の大人気なさに苦笑しつつも、忍足は心の隅では微かな疑問を感じていた。
…何で跡部は経験もないのに自信満々なのか?
終わってみれば1位跡部2位忍足3位ジロー4位滝に5位岳人、ビリが宍戸だった。
「てめーがワケわかんないドリフトとかすっから、俺まで巻き込まれたじゃねーか!」
そう、確かに途中までは1位岳人、2位宍戸で快走していたのだ。
ちょっとした色気を出して岳人がカッコつけなければ、そのままゴールしていただろう。
「るせーな!いつもは上手く決まるんだよ」
岳人は逆切れして、文句を言う宍戸に掴みかかる。
「あーもー2人ともエエ加減にしい!」
忍足が間に入って静かになれば、その向こうで跡部が愉しそうに微笑む。
「…2人とも、約束は忘れてねーだろーな?」
跡部の言葉に、宍戸と岳人は動きを止める。跡部が最初に出した条件「罰ゲーム」を今更思い出したのだ。
跡部はこういう話で温情を見せることはほとんど無い。いや、一切無い。
「跡部、あんまり無理言いなや?」
諭すように忍足が言うが、跡部は全く無視だ。
どんな罰ゲームを下されるのかと思って怯えるように2人が見つめれば、跡部はニイっと嗤って言い放った。
「来週の土曜日。女装して俺たちとデートしろ」
良く通る声で言い放たれたのは、容赦のない罰ゲーム。
「マジかよ!」
2人が食って掛かるが、その答えは翻らない。
「で、でもさ。それでいったら、侑士までデートする事になるじゃん!侑士は女装の男とデートするなんて気持ち悪くて嫌だよなぁ?」
最後の頼みの綱忍足に岳人がそう尋ねれば、先ほどまでの穏やかな表情は何処へやら、急に何かが取り付いたように暗い笑みを浮かべると、忍足はそっけなく言い放つ。
「罰ゲームやから仕方ないやろ?岳人」
「…!?」
その表情は、すっかり跡部に寝返っている。
因みに、跡部は「ゲーム」の運転には慣れていなくても、実際には私有地内で車を乗り回している事を知っていた滝とジローは、そんな4人の攻防にあえて口を挟まなかった。
何故って、その方が愉しいからである。
…そんなこんなで現在の女装に至るのだった。
滝とジローに引きずられるようにしてリビングに入って来た2人を見ると、跡部と忍足は満足そうに頷いた。
「えーやないの2人とも。良く似合ってるで?」
忍足が言えば、
「ああ、イイ出来だ。滝、ご苦労だったな」
跡部もニヤリと笑って、滝に視線を投げる。
「どういたしまして。俺もかなり楽しかったしね」
屈辱に頬を引き攣らせて立ち尽くす2人は、表情はどうであれ、完全に女性にしか見えなかった。しかも、かなりの美少女っぷりだ。
「…俺無理。こんな姿で歩けない」
そう呟く岳人は、ローウエストの切替が可愛いハイネックの半袖ニットワンピを着ている。上に羽織ったWボタンのショートトレンチジャケットは丈と袖が短いデザインで、スカートの綺麗なネイビーは白い肌に良く映える。
「歩けない?じゃー俺が抱いてったる」
だらしない笑顔でそう言う忍足が、結構本気な事は誰よりも分かっているから、岳人はそれ以上文句を言わず黙り込んだ。
「がっくんはね、このブーツ履くんだよ!」
ジローが楽しそうな声で、手にした大き目の箱を掲げてみせる。
「なるほどな。まだ新しい靴だろ?ここで履いてもかまわねーぞ?」
今にも食いつきそうな忍足の表情に、跡部は苦笑して滝を促す。
「了解!はーい岳人。ここに座ってね」
近くのソファに無理やり座らせた岳人の足を取ると、滝はつま先から丁寧にブーツを履かせてやる。
「こんな明るい色を履きこなせるほっそりとした脚!女の子の注目の的だよ。岳人?」
そう言って褒める滝の言葉にも、相変わらず岳人は膨れっ面だ。
「…おお!」
嫌々立ち上がった岳人の姿は、足元の白が全体のスタイルをよりコンパクトに愛らしくまとめていて、まるで雑誌から抜け出したような完璧な美少女だ。
興奮して手を叩き喜びを表す忍足を横目に、跡部はドアの前に立ち尽くしたままの宍戸に目をやる。
「そんな所に突っ立ってないで、こっちへ来い」
跡部が呆れたように言えば、宍戸は渋々皆の前までやってくる。
「ふん。注文どおりの出来だな?」
丁寧に梳いて下ろされた宍戸の黒髪を一房つかんだ跡部は、その先にそっと唇を寄せる。
ちらりと視線だけで宍戸の表情を窺えば、頬を真っ赤に染めて口をパクパクとしていた。
「宍戸は身長もあるしね。跡部の注文にはぴったりのスタイルなんだよ」
岳人とは全く違う雰囲気の宍戸は、オフホワイトのVネックインナーに程よく色落ちした丈の短いデニムジャケットを羽織っている。スカートは膝下までの長さで濃い茶のシフォン生地が程よい透け感を生み、シャーリングと切り替えが複雑に絡み合ったデザインが大人っぽいシルエットを作る。
跡部が注文した「俺様に似合う大人な女性」像を滝は完璧に表現していた。
「あのね、あのね。宍戸の靴、超かわいいんだよ~!」
ジローはそう言うと部屋の隅に置いてあった荷物から、少し小ぶりの箱を持ってくる。
それを滝に渡したのに合わせるように、跡部は宍戸をソファに座らせた。
「宍戸のファッションはね、まずこの靴から決めたんだ。すっごく似合うと思うよ」
滝も気持ち興奮気味だ。
けれど宍戸は、その靴が出されると今までで一番嫌そうな表情を浮かべる。
「こんなので歩けねーって…」
岳人のブーツは確かに踵が高いが、膝下まで固定される分歩きやすいのだ。それならば女性用の靴に慣れない岳人でも何とかなるだろう。
けれど、宍戸に用意されたのは完全なパンプスだった。
何と、編み上げのウエッジソールパンプスだ。
「すね辺りまで編み上げて履くんだけどね、綺麗な足だからすっごく映えると思う!」
心なしか滝の語尾も強くなる。
溜息をつく宍戸を無視して滝はするすると皮ひもを編み上げ、その先を丁寧に結んだ。
「ほら!」
滝が宍戸の手を引いて立たせれば、皆の口から思わず「ほう…」と溜息が漏れる。
アンティーク調で自然な斑が入ったキャメルは、宍戸のスタイルを颯爽とした雰囲気にまとめる。
「似合うじゃねーか」
跡部は恥ずかしげも無く宍戸の腰を抱き寄せて、その腕に閉じ込める。履きなれない靴に絨毯張りの足元だから、宍戸は呆気無くその胸に崩れ落ちてしまう。
「さあ、どこへ行きたい?」
跡部が聞けば、忍足も岳人の肩を抱き寄せた。
「どこでもええで?」
2人の言葉に、宍戸と岳人は目を合わせて頷きあう。
「海!」
そう答える2人は、もうほとんどヤケクソだった。
「ご苦労だったな。帰る時は連絡する」
跡部が運転手に告げると、4人を下ろした黒塗りの車は、何とか流れているといった感じの車道へ戻っていった。
「…わざわざ車出させなくても良かったのに…」
宍戸と岳人は顔を見合わせて申し訳なさそうに言う。
「俺はどっちでも良かったけどな。けど、電車で海なんて行ったら、この時間だ、間違いなく泊まりだぜ?それでも良かったか?」
からかうような跡部の言葉に2人は大きく首を振る。
こんな姿で宿泊なんてしたら…!
最近激しくなってきた跡部のアプローチに、今度こそ捕まってしまうかもしれない!と。宍戸は自分の身の危険を感じる。
同時に岳人も、跡部程ではないにしても、冗談では済まされなくなってきた熱っぽい忍足の囁きに、今度こそクラリときてしまうのではないかと…。結構微妙な瀬戸際なのだ。
だから宿泊なんて…。
「まあ、ええやん。運転手はんも2人の姿にデレデレやったし?また喜び勇んでお迎え来てくれるで?」
「…まったくだ」
忍足の言葉に、跡部はムスっとしながら同意する。
最近雇った若い運転手だが、宍戸の姿を穴が空くんじゃないかって程見つめる姿に、跡部は近いうちにクビにしてやろうと心に決めていた。
「っすげー!寒いけど綺麗!」
さっきまでの不機嫌が嘘のように、岳人は海岸まで続く小道を駆けて行く。
まだ3月上旬という寒い時期にも拘らず、キラキラ光る波の上にはボードに乗るウェットスーツ姿がいくつも見えた。
「岳人、待てよ!」
ブーツ履きの岳人ほど自由に走れない宍戸は、すぐにでも砂浜に降りたい気持ちだけが先走って、前のめりに躓く。
「…焦んなって。海は逃げねーよ」
跡部は苦笑いで、そんな宍戸の腕を取り身体を支えてやる。
「…サンキュ」
自分がこんな格好をしているから、尚更に感じるその腕の逞しさ。宍戸の顔は真っ赤に染まった。
「ふざけるな!」「バカかお前は!」と跡部の気持ちを拒み続ける宍戸だが、もうすっかりその罠に絡めとられている事に、本人だけが気づいていない。
「あーあ、お熱いこって。俺もがっくんとラブラブしに行こ」
「忍足!?」
冷やかす忍足を宍戸は睨みつけるが、本人は飄々とした顔で先を行く岳人の背中を追って走り出していた。
「お前がそんな可愛い顔すっからだよ」
跡部は焦る宍戸が可愛らしくて、怒られるのを覚悟でその肩を抱き寄せる。
「…バカっ!」
そして、案の定殴られた。
「がっくん!そないに走ったら転ぶで?」
追ってきた忍足の声に、岳人はキキーっと音がしそうな急ブレーキで止まると、くるりと振り返る。
「何でシャワーがあるんだ?」
岳人の口をついて出たのは忍足の言葉への返事ではなく、まったく突拍子も無い質問だった。
「あんなぁ、がっくん。人の話聞いとる?」
いつもの事だが、そんな岳人に呆れながらも忍足は岳人が指差す方を見る。
海岸に程近い一角には、コンクリ作りの変哲も無いトイレがあり、その横には確かにシャワーが作りつけられていた。市民プールなんかに見られる素っ気無いものだ。
「ああ、海で泳いだりボードしたりした人が使えるようにやろ?きっと」
「おお、なる程!」
岳人は瞳を輝かせて納得すると、忍足が止める間もなくまた走り出す。
「わっ、がっくん!?」
そしてまた追いかけっこが始まる。いつも学校で見られるような、そんな2人の姿。
後ろをゆっくり歩く跡部と宍戸は、そんな2人の姿を指差して笑っていた。
慣れない靴に、岳人たちより大分遅れて砂浜に着いた宍戸は、自分の姿やこれが罰ゲームだなんてことも忘れてその頬を綻ばせる。
「砂白ーい。海きれー」
「なー!」
宍戸の片言のような感想に、先に着いていた岳人も嬉しそうに同意する。
砂浜際のコンクリート階段に腰掛けた岳人は、なれないスカートに脚が開いてしまわぬように膝を抱えている。
「…この辺の海じゃ大して期待もしてなかったが、悪くねーんじゃねーの?」
海水浴客のいない長閑な海岸を見回し、跡部もそうつぶやいて腰を下ろす。「座るか?」と自分の膝をポンと叩いて合図する跡部の頭を引っ叩くと、宍戸も隣に座った。
「がっくん。砂浜降りなくてええの?」
短いスカートを履く岳人の2段下に腰掛けた忍足は、振り返ってそう言うが、岳人は首を振る。
「このブーツ白いんだもん。汚しても責任取れないし」
跡部の出資で滝が買い集めた品々だ。自分たちが手の出せるような金額でない事だけは分かる。
「んなケチくせー事言わねえよ。どうせ他に履く奴もいないんだからお前にくれてやる。精々忍足とのデートで履いてやれ」
「はあ!?そんなのしねーよ!」
デートという言葉に真っ赤になって岳人は反論するが、そんな姿に忍足は微笑み、身体を捻って後ろを向くと目の前の膝小僧にチュっと音を立てて口付ける。
「照れんでもええのに」
「…!?!?」
眼鏡越しの上目遣いの笑みに、岳人は声も無くしてふるふると震える。それが怒りのせいではなく唯照れているだけだなんて、岳人以外の3人はちゃんと分かっているが、本人だけは自分の気持ちに気づかず「ふんっ」と大げさにそっぽを向いた。
そして、ふて腐れたように言い放つのだ。
「俺喉が渇いた!侑士ジュース買ってきて!」
「はあ?」
思わぬ命令に、忍足は間抜けな声を上げる。
「…あ。実は俺も喉渇いたかも」
宍戸まで申し訳なさそうに同意する。
「俺たちこんな格好だし!」
岳人はピラピラと自分のスカートの裾を摘まんで言う。
「…わりぃ。長い距離歩くの結構辛いんだよ」
宍戸にまで手を合わされれば…。
「分かった」
跡部と忍足は揃って腰を上げた。
「駐車場の向かいにあった自販機行ってくるから、すぐ戻る。動くなよ?」
「よろしく~」
揃って歩き始めた長身の背中に、宍戸と岳人はひらひらと手を振った。
「…で?どうなのよ宍戸」
「ああ?お前こそどうなのよ?」
2人きりになって、お互いに相手の状況が気になって仕方がない。
「宍戸、いいかげん跡部の事受け入れてやれば?あいつすげー甲斐甲斐しいじゃん」
常に宍戸の隣に立ち、慣れない格好で戸惑う宍戸を面倒見てやる姿は、岳人から見てもとてもいじらしく感じる。
「何が甲斐甲斐しいだよ!こんな格好してるのだってそもそも跡部のせいじゃん」
自分らが跡部を無理やりゲームに誘ったことは、すっかり棚上げだ。
「そーゆー岳人こそ。忍足必死じゃん。もういいんじゃねーの?」
ちょこまかと動き回る岳人の後ろを追い掛け続ける忍足は、最早哀れにすら映る。
「あー?何が必死だよ?鈍くさいだけだろ?」
岳人は、ばっさりと切り捨てる。
そして2人で顔を見合わせた。
「ま、何だ。何にしても今更って感じで、照れくさいんだよなァ」
そう呟く岳人。
そんな岳人の本音に、宍戸も「そうそう」と相槌を打ち、2人してハァーと溜息をついた。
そうして膝を抱えて俯く2人の上に、ふと黒い影が落ちる。
「…え?」
今まで暖かな日差しに包まれていたのに、急に空気が涼しく感じて、2人は揃って顔を上げる。
「ねえ、お嬢ちゃんたち。一緒に遊ばない?」
「…!?」
宍戸と岳人は驚いて身体を固まらせる。
「何だか暇そうじゃん?」
…どうしよう。
2人は顔を見合わせた。
目の前に立つ男の2人連れは、さっきまで向こうに見えるビーチバレーのコートで遊んでいたメンバーだ。そちらを窺えば、残されたメンバーがはやし立てるように大きく手を振っていた。
「どう?一緒にビーチバレー。楽しいよ?」
そう言って、返事も聞かずにその手を取ろうとする。
「ちょっ!?」
こんな時季に不自然なほど黒く日焼けした男。下品な金のブレスが揺れる腕を、宍戸は力いっぱい弾いた。
「…やっ!」
岳人も、もう1人の男の腕を思い切り押し退ける。
「へえ、かーわいいね」
大学生くらいだろうか?怯える2人の姿が気に入ったらしく、愉しそうに舌なめずりする。
「ねえ、どこから来たの?」
諦めずに手首を捉えようとする男たち。
…どうしよう!
宍戸は心の中で舌打ちした。力で負ける気はしない。けれど今はこの格好だ。スカートだけならまだしも、この靴では走れない。
岳人を見れば同様に「しまった」という顔をする。
この男たちは2人を女と信じて疑っていない。こんな格好なのだから当然なんだろうが…。女だと思っている内はまだいい。男だとバレたら、逆切れした男たちに何をされるかわかったもんじゃない。けれど、2人は混乱するだけで解決策が浮かばない。
「ちょっとだけ見ていきなよ」
とうとう岳人の手を強く掴んだ男は、自分の方へと引っ張り下ろす。
階段から落ちた弾みで、岳人はその男に抱きとめられる形になった。
「あれー?随分大胆だね」
「…!」
冷やかすような下品な笑いにも岳人は文句を言えない。声を出したら一発で男だとバレてしまう。
「ほーら、こっちの子も!」
宍戸も慣れないパンプスでバランスを崩せば、もう1人の男に抱きしめられる。
「…可愛いね」
耳元で囁く声。嫌悪感に鳥肌が立つ。
宍戸も岳人も、そしてナンパ男たちも。
自分の状況に夢中で、気づかなかった。
背後に立った跡部と忍足の姿に。
「うわー!?」
急にあらぬ方向に腕をねじり上げられて、宍戸を捕らえていた男が悲鳴を上げた。
「えっ!?」
自由になった宍戸が振り返れば、能面のような無表情で跡部が男を締め上げる。
「いややわァ、跡部ってば乱暴で」
そう言った忍足は、ポケットにつっこんでいた手を抜くと、素早く岳人を抱く男の首筋に押し当てる。
「ちょーどエエもん持っとった」
その手には、細いヘアピンが握られている。先が丸まっていないタイプのヘアピンが。
「うちのお姫さんに何か用か?」
ドスの利いた声で言えば、男は慌てて岳人から離れる。
そして、腰を抜かしたように砂浜に座り込んで言った。
「こ、こいつら。氷帝中等部の跡部と忍足!?」
どう見ても大学生以上にしか見えない男が跡部と忍足を知っているとなれば、それはテニス関係者だとしか思えない。
そして当然、跡部と言えばあの大富豪であり、政財界の裏を牛耳る「跡部家」である事も知っている訳で…。
「お兄さん。跡部の名にビビるのも分かるけど、それ以前に、中学生に手出しちゃあダメやろ?」
からかうような忍足の言葉に、見っとも無く座りこんだ2人は慌てて走り去って行った。
「良かった…」
宍戸は跡部の腕に抱きとめられて、急に力が抜けたように座り込む。
「マジ、焦った」
岳人もスカートが汚れるのも忘れて砂浜にペタリと座り込む。
「間に合って良かったわ」
忍足は微笑んで、座り込んだ岳人を強く抱きしめる。
「侑士…サンキュー」
岳人は広いその胸に、コツンと額を預けてお礼を言った。
「…跡部?」
宍戸は無言で自分を抱きしめる跡部に声を掛ける。さっきから一言も口をきかない跡部。
「…跡部ってば!?」
痛いぐらいの抱擁に、宍戸は眉を顰める。
「…どうした?」
自分よりよっぽどショックを受けているような跡部が心配になって覗き込むと、その目は酷く怒ったようにギラギラとしている。
「…何で、男の腕を振り払わなかった」
「払ったさ!また掴まれたけど」
跡部の搾り出すような声に、宍戸は食ってかかる。
「殴り飛ばせばよかっただろ?」
「あのなァ、この格好じゃ逃げきれねーだろ?」
「…お仕置きだ」
「はあ!?意味わかんねーよ!」
強く抱きしめるくせに、口では宍戸を責める跡部。
宍戸は訳が分からなくて、忍足を見る。
すると忍足は、ようやく落ち着いてきた岳人の背を撫でてやりながら苦笑いで言う。
「宍戸が他の男に抱きしめられたんがショックやったんやろ?それを防げなかった自分が許せんのや」
「…んな事言っても」
呆れる宍戸を他所に跡部は立ち上がり、宍戸の腕をつかんで歩き始める。
「…ちょっ!?」
パンプスにふらつけば、跡部は焦れたように宍戸を抱き上げた。
「跡部!」
勿論お姫様抱っこだ。
…ショックを受けるのは普通俺だろ?
納得いかないままに、宍戸は跡部の腕に身体を預けた。
跡部がやっと宍戸を下ろしたのは、さっき通りすぎたシャワーの向かい。不自然なコンクリの壁に囲まれた一角だった。中途半端な高さの壁に天井はない。まるでそこだけ廃墟のようだ。
そこには使い込まれたスケボーのジャンプ台が置かれ、壁にはカラフルなスプレーで意味を成さないアルファベッドが落書きされている。
スケボーに時季があるとは思えないが、壁沿いに覗いた雑草や何となく寂れた感じが、最近使われてない事を感じさせる。
「宍戸」
「…跡部?」
そんな異空間の中、真剣な表情で壁に押し付けられて、自分が悪い事をした訳でもないのに宍戸はびくっと肩を揺らす。
「…どこ、触られた?」
「え…?」
宍戸は一瞬理解できなくて聞き返したが、跡部の苦痛に歪んだような表情に、それがさっきの男への嫉妬だとすぐに気づく。
「腕掴まれて、抱き寄せられた、だけ…」
宍戸が言い終える前に、跡部は宍戸が羽織ったジャケットの襟元をつかみ、素早く下ろす。
「…ちょっ!?」
肩から無造作に脱がされたジャケットの下は半そでのニットで、男に掴まれた上腕にはうっすらと赤い跡が残っている。
強引に左の袖を抜くと、跡部はその腕に唇を寄せる。そして、残された赤い跡を消し去るように自分の所有印を付けていく。
「…や、」
強く、甘く。何度も吸い上げられる肌。
合間に狂おしく舐め上げられれば、宍戸の脚からは力が抜け、ズルズルと崩れ落ちる。
座り込んでしまった宍戸を、跡部はまだ許さない。
「…ここも」
そう言って宍戸の耳に唇を寄せる。さっき、あの男が囁いた耳元だ。
濡れた舌先で、耳の縁を下からなぞられる。宍戸は息を呑んで首を反らした。
今度は耳朶を、くちゅくちゅ…と含まれる。
淫らな水音に、宍戸の背中が甘く粟立つ。
「…も、許して」
「だめだ。お仕置きだって、言ったろ?」
押し殺した吐息だけの囁きに、宍戸は「あぁ…」と甘い声を上げる。
火照る身体。潤む瞳。爆発しそうな胸の鼓動。
もう、降参だった。
「も、お前以外には触らせない…!だから、」
許して、と。
宍戸が跡部の背に腕を回せば、跡部はようやく満足したように口の端で微笑んだ。
「仕方ねーな」
そして、宍戸の唇を優しく奪う。
追いかけてきた忍足と岳人は、そんな2人をコンクリ囲いの外で待っていた。
「…跡部のヤツ、きっとこうして俺たちが見張りしてくれるだろうって思ってたんだぜ!」
いくら季節はずれの海でも、人がいない訳ではない。そんな事は当然分かっている跡部だから、入り口の狭まれたこんな所へ宍戸を連れ込んだのだ。
「ま、ええやん?それであの2人が上手くいけば」
岳人の隣にしゃがみ込んだ忍足は、そう呑気に答える。
「…侑士って、ホント人がいいっていうか、バカっていうか」
そう言って呆れる岳人。
「ん?俺はそんなエエ人やないで?」
「そうかー?」
否定する忍足を、岳人はニヤニヤ笑って肘で突いた。
すると、忍足は素早く岳人の肩に腕を回して小さな身体を抱き寄せる。
「跡部が宍戸と2人きりって事は、俺は岳人と2人きりってことやねんで?」
そう言って、イタズラな笑みを浮かべる忍足。
「俺、さっき助けてやったご褒美が欲しいんやけどなァー?」
甘えるように覗き込めば、岳人は苦笑いを浮かべて「…バカ」と呟く。
そして、ゆっくりと近づく2人。
初めてのキスは、ほのかな潮の香りに包み込まれる。
迎えの車に乗り込んだ時にはもうすっかり日が暮れていて、ラッシュに当たった道路は一向に動く気配がない。
けれど跡部と忍足は苛立つこともなく、穏やかに、お互いの膝を枕に寝入っている想い人の髪を弄んでいた。
「…そうだ、忍足」
宍戸の額を隠してしまった長い髪を梳く手を止めて、跡部が声をかける。
「何や?」
向かいのシートに座った忍足は、ポカンと口を開けて眠る岳人から目を逸らさないままに返事した。
「ナンパ男追い払った時、何持ってたんだ?お前」
角度的にも大きさ的にも、忍足が手にしたヘアピンが見えていなかった跡部は不思議そうに尋ねる。
「ああ、岳人の今日の格好なら前髪上げた方が似合うかなァ思うて、滝から借りとったヘアピンや」
「…なるほどな」
確かにそれなら凶器にはなる。
「跡部は護身術やっといたんが役に立ったなあ?」
「…まーな」
まさか、こんな事で使うとは思ってもいなかった跡部だが。
「しかし、何だ。こういう格好は危なっかしくてダメだな」
「そうやな。自分らだけで楽しまんと。他のヤツに見せるなんて勿体ないわ」
「…全くだ」
ようやく、長い時間を掛けてようやく手に入れた恋人を、2人は心底幸せそうに撫で続けた。
以前yosi様からリクエスト頂いた「女装」ネタをようやくUPです。長らくお待たせいたしました…!
「罰ゲームで宍戸(長髪)&岳人が女装、でデート!その最中にナンパされておしおきみたいな話」というリクだったのですが…。
お仕置きがっ。お仕置きがー!…温い。ってゆーか、これはお仕置きではない。力不足で申し訳ないです(泣)。
跡部のヘタレっぷりも相変わらずで…。今回の忍足は男前度高いですね(笑)。
■R-18作品、猫化・女体等のパラレルがオープンに並び、CPもかなり節操なく多岐にわたります。表題に「CP」や「R-18」など注意を明記しておりますので、必ずご確認の上18歳未満の方、苦手なCPのある方は避けてお読みください。また、お読みになる際は「自己責任」でお願い致します。気分を害する恐れがあります…!
これらに関する苦情の拍手コメントはスルーさせて頂きますのでご了承ください。
■連絡事項などがありましたら拍手ボタンからお願い致します。
■当サイト文書の無断転載はご遠慮ください。
■当サイトはリンク・アンリンクフリーです。管理人PC音痴の為バナーのご用意はございませんので、貴方様に全てを委ねます(面目ない…)。
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