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中学生跡宍。

春夏秋冬(跡×宍)

日曜日。
練習を終えて家路をのんびりと歩く。
引退してもう数ヶ月経って、幸い受験組が一人もいなかった俺たちは、新部長の日吉に半分迷惑がられながら後輩指導とは名ばかりにテニスコートに日参していた。

もうずいぶん風が冷たくなってきた。
俺も、そして少し前を歩く跡部も、去年の今頃に比べると随分髪が短くなって、耳の先っぽは冷たさに赤くなっている。俺は手袋をした手のひらで自分の耳を覆った。

けれど、こんな北風の冷たい日も実はそんなに嫌いじゃない。岳人なんかは毎日寒い寒いと文句を垂れるけれど、俺はこの澄み渡るような空気の冷たさが好きだ。
こんな風に晴れ渡った日は特にそうだ。
真っ青な空に銀杏の黄が良く映える。
俺は大きく息を吸い込んだ。
咽そうな位の空気の冷たさ。そして落ち葉の香り。

通学路の季節の香りを、俺たちはどれくらい一緒に感じたのだろう。
春の芽吹きの香り、夏の溢れる緑の香り、秋の風の香りに、この時季の枯れ草の香り。
跡部はいつだって立派な車で送り迎えされてたけど、休日の練習だけはこうしてみんなと帰宅した。
そして、この街路樹を潜り抜ける頃には俺と二人きりになる。

跡部は何も言わないけれど、俺たちは薄々感づいていた。
きっと跡部は、来年の夏にはイギリスへ旅立つだろう。
それが永住になるのか、短期間の留学になるのかは分からないけれど、少しずつ騒がしくなる跡部の周りがそれを証明する。
でも跡部は何も言わない。本決まりになったら言うつもりなのか、まだ自分自身迷っているのか。それとも言うつもりは無いのか。

いつもよりゆっくりと歩く跡部の背中を、俺は真っ直ぐと見つめる。
― 振り返れ!
ちょっとした願掛けだ。
もし、あの角を曲がる前に跡部が振り向いたら、俺は跡部に言ってしまおう。

この胸苦しいくらいの落ち葉の香りの中を、もう跡部とは歩けないかもしれない。
そう思ったら、途端に言わなければいけないような気がしてきた。
今まで、いや昨日まで。ううん、ついさっきまで。
一度だって考えたことなかったのに、胸いっぱい二人の帰り道の空気を吸ったら、急に今まで気づきもしなかった想いが、ぽん、と心の中に産まれてしまった。

春は桜の花弁の中お前の背中を見つめ、夏はワクワクするような入道雲の下お前と一緒に駆ける。秋は過ぎ去る夏にしがみ付くようにボールを追って、冬は低い雲の下鼻赤くしてやっぱり一緒に帰るんだ。
そういうもんなんだよ。そうじゃなきゃダメなんだよ。
なあ、跡部。
なんか俺、お前がいない日々とかって考えられないみたいだ。

あと10メートル。
お前、いつも大股でスタスタ歩くのに、この道だけはやけにゆっくりなんだ。大股なのは変わらないから、何だか壊れたロボットみたいだよ。
あと5メートル。
いつだって本当は名残惜しかったんだ。ここで素っ気無く「じゃあな」って背を向けるのが。たとえ明日の朝にはまた逢えるとしても。
あと3メートル。
もうこの季節を一緒に歩けないかも、なんて。気づいちゃったらもう。
あと…、
「…宍戸?」
「跡部…」
跡部が振り返った。
いつもなら、背中ごしに手を上げるだけなのに。
「宍戸、何たらたら歩いてるんだ」
「…人のこと言えるのかよ」
お前だって、十分ちんたらしてるぜ?
俺の言葉に、跡部は少し視線を落としてチッと舌を鳴らした。

「跡部、俺お前が好きだ」
「宍戸…?」
「好きだって言ったの」
「…」
だってお前が振り返ったんだ。一度こうと決めたら貫くのが男ってもんだろ?
俺は呆然と立ち尽くす跡部に一歩ずつ歩み寄る。
「俺、お前が海外行っても、多分ずっと待ってる」
俺がピッタリ横に付いて立ったら、跡部はゆっくりと歩き始めた。
俺も、跡部の隣でいつもと逆へと角を曲がる。
跡部の歩調はいつも通りだ。ゆっくりと、でも大股で、少し調子の悪いおもちゃみたいに。

「ずっとなんて待たせねえよ。1年だ。1年だけ待っててくれるか?」
とうとう油が切れてしまったように、ぎこちない動きで足を止めた跡部は、顔も上げずに俺の手を取った。
「…勿論。待つなって言っても、ずっと待ってる」
「だから1年だけだって言ってるだろ」
「それぐらいの覚悟だってことだ」
「…そうかよ」
跡部の声が震える。
何だよ。そんなのアリかよ。お前にそんな声出されたら、俺…。
「宍戸、お前が好きだ。もうずっと、長い間」
「っ…、」
俺は大きく息を吸った。
そうしないと、声を上げて泣いてしまいそうだった。
俺は繋いだ手を一度解くと、手袋を外す。
当然、跡部の手袋も外してやった。
そして、指先だけ冷たい跡部の手をぎゅっと握り締める。
跡部も、大きく息を吸った。

跡部の喘ぐような深呼吸に、俺の瞳からはとうとう熱い雫が溢れて落ちる。
跡部も俯いて、そのつま先が小さな雨粒に濡れた。

俺たちは、ゆっくりと歩き出した。
二人してぽろぽろ泣きながら。
いい歳した男子が手をつないで。

ただ、とても幸せだから。
次の冬は別々の土地で過ごしたとしても、それからの未来はずっと一緒だから。
春も夏も秋も冬も。

ずっと、一緒だから。

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