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健気な宍戸さんのお話。
セフレ(跡×宍)
ホームルームの終わった教室は適度な賑わいで、少々落ち着きの無い宍戸の挙動など大して目立ちもしない。けれどそんな宍戸の背中を忍足は興味深げに観察する。
多くの3年生が部活を引退した今、不本意ながらテニス部員も例に違わずで。受験のない冬に向けていまいち気合の欠けた表情が廊下を通り過ぎる。
そんな中、そこだけ不自然な静けさを保ったまま、青い瞳の横顔が生真面目な表情で通りかかった。お互いが牽制をし、近づきたいのに近づけないでいる女子生徒を差し置いて、今まできょろきょろと辺りを見回していた宍戸が過ぎ去ろうとする後姿に呼びかける。
「跡部っ!」
持ち前の反射神経で席を立ち上がった宍戸は、もう教室の入り口へと駆け寄っていた。上履きを踏み潰してバタバタと賑やかな足音に、呼び止められた跡部は一瞬動きを止めた。
そして、躊躇するように間をおいて、諦めたように振り返る。
「…何だ」
彼が不機嫌そうなのはいつもの事だけれど、その瞳が戸惑ったように泳いだのを見て忍足はほくそ笑む。返って視界を悪くする伊達眼鏡を外すと、宍戸の底抜けに明るい笑顔がはっきりと見える。何か悪いものでも食べたのじゃないかと疑いたくもなる宍戸の笑顔。何故って、ガラの悪さが専売特許だった宍戸だ。行き交う生徒は驚いたようにそんな宍戸を振り返る。
「でも俺的には、居心地悪そうに視線を落とす跡部の方がオモロイけどな」
クククと喉で笑った忍足を、隣の席の女子が不思議そうな顔で振り返った。
「んで?どないなったん?」
「あ?何が」
「さっきの。跡部と何話してたんや?」
「あ?ああ。今日帰り寄るって話」
「跡部ん家に?」
「そうだってば」
かったるそうな答えだが、話しかける忍足を無碍に扱うでもなく、宍戸は後ろの席に腰掛ける忍足の方へ椅子を向けて座り、手にした雑誌をぱらぱらと捲った。
「何か最近おかしいわ。自分ら」
「…どこが」
「宍戸が不気味なくらい明るい所とか、跡部がそんなお前に押され気味な所とか?」
「ふーん」
意外と見てるんだな、と。宍戸は口の中でもごもごと呟いた。そして手にした冊子を鞄に放り込む。
「もう帰るんか?」
「帰らねーよ。跡部が終わるの待ってる」
「どこ行っとんの?」
「生徒会。引継ぎだろ」
「成る程…」
忍足の机に肘を付いたまま、宍戸は自分の髪を弄び始める。夏に切り落として短いままだけれど、近くにもっと短い髪のヤツがいるものだから、随分伸びたように感じる。
会話もなく向き合う宍戸は何だか機嫌が良さそうで、忍足の興味を誘った。
「やっと土曜だな。久しぶりに寝坊とかしてみるかな」
そう呟いた宍戸の口角が緩やかに上がり、一重の瞼が優しげに細められる。
そんな表情に「きっとそうだ」と、忍足は自分の考えに自信を持つ。
「自分らデキとんのやろ?」
肘を付く耳元へそっと囁く。
すると宍戸は、楽しそうに片方の眉を上げてニヤリと笑った。
「へえ?よく気づいたな。でも惜しい」
「何が?」
「やる事やってるけど、デキてはいねえ」
「…なんやて?」
忍足は、不審そうに眉を寄せる。
想いが通じ合った喜びで笑みが溢れる宍戸に、照れくさくて顔を顰める跡部、という予想がハズレだとでもいうのだろうか?
「やる事やっとんのなら、恋人とちゃうの?」
「フフン、忍足くん。この世には『セフレ』って言葉があるんだぜ?」
「…本気か?」
さっきまでの軽口も忘れて、忍足は声を潜める。けれど当の宍戸は相変わらず穏やかな表情だ。
「何がどうなってそうなったんか知らんけど。自分らなら、その、宍戸が…」
「そ。女役」
「何を暢気に…」
大きく息を吐き、忍足は肘を付いた両手で顔を覆った。
まさかと思って冗談めかしに言った言葉があっさり肯定され、いやそれは構わない。どちらも大切な親友で仲間で、その二人が決めたことなら「男同士で何言ってるんだ」と思うことも無い。
けれど「セフレ」となったら話は別だ。
「笑ってる場合と違うで?自分それでええんか?嫌なら嫌やって言わんと、受け入れる自分の方がどんだけ負担大きいんや」
「別に負担なんてねーよ」
「アホか!どうせ坊っさまの気まぐれやろ?勢いで流されたんとちゃうん?」
「…何でそう思う?」
口調を荒げる忍足を、宍戸はからかうようにして流し見る。
「…え?」
弧を描いた宍戸の唇から小さく覗いた八重歯に、忍足は言葉を詰まらせた。
「もしかして…?」
「そ。俺が襲っちった」
「おいおいおい…」
いよいよ机に突っ伏しながらも、忍足は成る程と納得する。
それならばさっきの廊下での表情が頷けるのだ。追いかける宍戸と躊躇いつつも流される跡部。
それにしても…。
「跡部のヤツ、よう宍戸の事抱けたな?」
「失礼なヤツだな。まあでも…」
宍戸はうつ伏せたままの忍足に、息が触れるほど近くで囁いた。
「俺、相当勉強したから。あいつが逃げる隙も与えなかったからな」
「…自信たっぷりに何言うとんのや。部活引退した途端つまらん勉強に励みよって…」
誰よりもストイックにテニスに打ち込んでいた宍戸が、まさかこんな事を言うようになるなんて。
「鳳泣くで?」
「ああ?長太郎?知らねーよ」
可哀想なほど、あっさりと切り捨てる。
「ああ、まあ確かに。けどな宍戸、俺かて自分らが心配やわ。そんな不毛な関係やめたほうがええって」
「別に不毛じゃねーよ」
「不毛やろ?もし跡部が流されとるだけなら、自分切なすぎるわ。何でちゃんと付き合わへんの?」
「付き合った方が切ないだろ?」
「何でや」
どうにもすれ違う会話に、忍足は呆れて顔を上げる。するとそこには、思いもかけず真剣な眼差しの宍戸が真っ直ぐに忍足を見ていた。
「付き合っちまったらダメなんだよ。恋愛って絶対終わりがあるんだから」
「…宍戸?」
「俺、跡部のあの試合みて決めたんだ。絶対跡部から離れないって。一生アイツに付いて行くんだって」
「…だからって」
だからって何も、もう少しマシな方法だってあるだろう。
忍足の無言の訴えに、宍戸は笑う。今度は酷く儚く、ともすれば泣いているようにも見える笑顔だ。
「友達は、友情は永遠だぜ?一生付いてくって決めたんだ。あいつが女作ったって『友達』なら近くにいられるんだよ。それが恋人になったらどうだ?もう傍には居らんないだろ?」
「…だから、これが一番跡部の近くに居られる方法だって言うんか?」
「これしか思いつかなかったんだよ」
困ったように眉を下げた微笑に、忍足の胸がギュッと締め付けられる。
「どんだけ健気なんよ…」
そんな忍足の声はもう宍戸には届いていない。
その瞳は真っ直ぐに、壁の向こうの見えない生徒会室だけを見つめていた。
***
「ねえ、ちょっと。やる気無いなら帰って欲しいんだけど」
滝の容赦ない一言に、生徒会室は凍りつく。
引継ぎを控えて、帳簿の調整やらマニュアル作成やら、確かに遣り甲斐が無いと言えば無いような仕事なのだが。
流石にこの腑抜けっぷりには、人の成す事に口を挟みたくないタイプの滝でもカチンとくる。たとえ相手が跡部であっても。
「…ああ、悪い。ちょっと考え事してただけだ」
「どうだか…」
自分たちの会話をおろおろと見守る下級生が可哀想になって、滝は仕方なく口を噤む。
「今日は皆帰らせるよ?この程度なら俺たちだけで十分だろ?」
「あ?ああ。そうだな」
仕事の量の問題でなく、トップがこの様では終わるものも終わらない。
心ここに在らずの跡部に、滝はわざとらしく溜息を吐いて後輩を見回す。
「今日はここまでにしよう。帰っていいよ」
「あっ、はい。お先に失礼します」
いつもなら先輩だけを残して帰ったりしない下級生も、今日ばかりはただならない空気に一目散に生徒会室を後にした。
「で?何なんだよ、その腑抜けっぷり」
最後の後輩が扉を閉めた途端、滝は手にしたシャーペンを放り投げて大きく背伸びした。皆の前ではあんな事を言ったが、このまま仕事を続ける気など更々無い。
長い付き合いの中で一度も見ることがなかった、跡部の「ぼんやり」の原因を突き止めるつもりなのだ。
会議机の木目を見るでもなく見つめる跡部の前で、滝は大きく手のひらを振る。
「あーとーべ!」
「っあ、ああ」
ようやく滝の存在に気づいたかのように顔を上げる跡部。その眼はやはりいつもの鋭さが見当たらない。
「らしくないんじゃないか?こんな跡部初めて見るよ」
「そう、か」
「もー!気持ち悪いって!」
「…そうか」
「…」
テンポの悪い会話。滝は呆れたように肩を竦める。
そして両の肘を付き、目の前に座る跡部の方へと身を乗り出す。
「原因は、宍戸?」
「…何でそう思う」
やっぱりねと苦笑する滝に、ようやく跡部の瞳に生気が蘇ったようだ。
「何でも何も。跡部がそんな状態になるのは、宍戸と話した後だけだろ?もう何週間もそんな調子だよね?」
「…良く見てるんだな」
「そんなんじゃないよ。あれだけ積極的に跡部に話かける宍戸なんて珍しいからね。もう学校中の噂だよ?」
「…」
「話くらい聞くけど?」
遠慮がちに言ってみるが、本音を言えば是非とも聞かせてくださいってところだ。けれどそこは滝。押し付けがましい事を言わずにさらりと尋ねる。
すると思いもかけず跡部は引っかかった。
いや、本当は誰かがそう振ってくれるのを待っていたのかもしれない。それくらいに間を置かずに跡部は顔を上げた。
「お前、付き合ってる人はいるか?」
質問に質問で返された。
滝は急に何かと瞬きをしつつも、小さく頷く。
「え?あ、ああ。いるよ」
「年は?」
「2つ上」
「付き合ってどれくらいだ?」
「…珍しいね。跡部がそんな事に興味持つなんて」
選り取り見取りで、手当たり次第。来る者を拒まなければ去る者も追わない。テニスに勉強に生徒会にと忙しく過ごしながらもヤル事はヤッてる跡部が、他人の色恋沙汰に興味を持つなど今まで無かった。
跡部も人の子なんだな、と思ってしまう。
「悪いな。プライベートな事聞いて」
「別に悪くないよ。普通するでしょそのくらい。因みに付き合って半年くらいだよ」
「もちろん、する事はしてるよな?」
「そりゃあねえ?お年頃だし?」
ジローや岳人が相手ではこうは行かないだろう。変に興奮して騒ぎ立てるでもなく、滝はおどけて答えた。
「聞くまでもないと思うが。…相手は女だよな?」
最後の質問に、滝は表情を固まらせる。
跡部も年相応に恋愛話が気になるようになったのか…なんて、微笑ましく思っていられたのはほんのひと時だった。
こんな質問を寄越すとなれば…。
「え?まさか、宍戸と?」
恐る恐る口にすれば、まっすぐ見つめる青い視線が頷いた。
「えっ…と、その。まあ、同意の上なら俺は別にアリかなって思うけど。そうじゃないの?」
跡部の事だ。もしそれが自分で決めて納得しているのならば、こんな遠まわしな話し方はしない。自信たっぷりに公言してみせるだろう。
「ったく、あの野郎何をトチ狂ったのか、いきなり家に押しかけてきて押し倒しやがった」
「ええっ!?跡部がヤラれちゃったの!?」
「んな訳あるか!」
「じゃあ、襲い受け…?」
「ああ?何だその日本語は。とにかく!いきなり押しかけてきて、押し倒されて!あれよあれよと言う間に…」
「裸に剥かれて?」
「…まあ、似たようなものだ」
ふーっと滝は大きな溜息を吐く。
「押し倒されて、あれよあれよと言う間に裸に剥かれて、抱いちゃったと?」
「…何度も言わせるな」
「はいはい、ごめんなさい。ところでさ素朴な疑問なんだけど、よく抱けたよね?」
「……」
あまりに直球な質問に、跡部はムスっと押し黙る。
むしろそれは自分が聞きたいくらいなのだ。どこから見ても男、むしろ「男らしい」部類に入る宍戸をどうして抱くことができたのか。
「それだけ宍戸がその気にさせてくれた…と?」
「……あいつ、頭オカシイんじゃねーか?」
さすがに居心地悪そうに跡部は吐き捨てる。
その態度だけで、滝には大体の想像がついた。
まったくそういった対象で自分を見てくれない相手をその気にさせるとしたら、体に訴えるのが一番だ。
となれば勿論、跡部のモノに宍戸がナニして…。
…自主規制。
滝はその先を想像するのを止めた。というか想像が出来ない。
「でもまあ、あの宍戸がそこまでするなんてね」
宍戸は、誰よりもテニスだけだった。
女にだって興味ない。勉強なんて言うまでもない。遊ぶにしたってテニスしか思いつかないんじゃなかろうかという位、テニス馬鹿なのだ。
「…知らねぇよ!」
跡部はイラついたように、自分の短くなった髪を乱暴にかき上げた。
「俺はもちろん経験ないから詳しいこと分からないけど、男を受け入れるって大変な事らしいよ」
「…そりゃ、そうだろ。普通じゃねーよ」
「いや、もちろんそうなんだけど。当たり前な話、入れるように出来てない身体だからね。気持ちよくなるのなんて、相当時間かかるらしいよ?」
「…そうなのか?」
「そうでしょ。どう考えたって痛いでしょ?考えてもみなよ。女の子だって、入れるように出来てる器官だって最初は痛いでしょ?」
そう言えば処女を抱いたことがない跡部は、そんなものだろうかと首を傾げる。
「…ったく。遊び慣れた女ばっかり相手してるから長く続かないんだよ!」
「うるせえ。面倒はゴメンなんだよ!」
「…最低。きっと遊びまくってきたツケだよ!誰よりも面倒なのに惚れられて、しかも抱いちゃっただなんて」
その言葉に一瞬シン…と場が静まる。
そして、跡部はぽつりと言った。
「…惚れられて?宍戸が?俺にか?んな馬鹿な…」
そう言ったまま目を見開く。
こんなにきょとんとした跡部は見たことがない。あまりの驚きに思わず口まで開いている。
滝は「まったく…」と机に突っ伏した。
「惚れてなきゃ何で宍戸がそこまでするんだよ!」
「…セフレだって言ってたぜ?」
跡部はそう吐き捨てる。
どこか苦々しい表情で。
そのもの言いに、滝はガバっと身を起こした。
急に起き上がった滝に、跡部は「何だよ」と驚いて軽く身を引く。
自分を見つめる訝しげな視線を無視し、滝は最近の跡部が見せた、彼らしくないいくつもの表情を思い出す。
戸惑ったように宍戸の視線から目を背けていた跡部。
今まで見たことの無いような笑顔で駆け寄ってくる宍戸を、どう扱っていいのか分からないかのように視線を泳がせた跡部。
ここ何日かの跡部の態度を思い返し、滝はにやっと口角を上げる。
「…何だよ、気味悪いな」
跡部は顔を顰めて、机の下で滝の足を蹴飛ばした。
それでも滝は込み上げる笑いを堪えようともしない。
「…変なヤツだな」
蔑むような目の跡部も、こうなると何とも愛おしい存在に感じる。
自分の気持ちに気づいていない跡部に、滝は実に楽しそうに質問する。
「なあ跡部?宍戸は跡部に抱かれて気持ち良さそうだった?」
「ああ!?」
答えにくい質問をいとも簡単に口にする滝に、跡部は鋭い視線を投げた。
「ねえ?」
けれど滝は食い下がる。
「…良かったんじゃねーの?」
諦めない滝に、跡部は呆れたように答える。
「そう。なあ俺言っただろ?男が男に抱かれてそうそうすぐに気持ちよくはならないって」
「…あ?ああ」
「じゃあ宍戸は、何時の間にそんな身体になったのかね?」
「あ?」
「何時から、男に抱かれて感じるようになったのかな?って言ってるの」
「ンな事……!」
少し考えて行き着いた答えに、跡部はガタンと大きな音を立てて立ち上がった。揺らいだ椅子が跡部の後ろで盛大にひっくり返っている。
「悪い、先帰る」
そう言って生徒会室を飛び出す跡部。
物凄いスピードで見えなくなった背中に、滝はひらひらと手を振る。
「処女は面倒なくせに、宍戸が処女じゃないのは面白くないなんて…。跡部も可愛いとこあるじゃん」
簡単な誘導にいとも容易く掛かった跡部の去り際に見せた横顔は、初恋に戸惑うただの15歳の少年だった。
***
「おいっ!どうしたんだよ?」
慌しく駆け込んだ跡部の部屋で、宍戸はその勢いのままベッドの上に放り投げられる。車を降りてから屋敷内を走る間繋がれていた温もりが消えて、宍戸は少し残念そうに自分の右手を握った。
そして部屋の外では、執事とメイドが皆して驚いていた。景吾おぼちゃまが屋敷内を駆ける姿など、もう何年も見ていなかったからだ。幼い頃、はしゃいで駆け回った時期も決して長くはなく、執事は何事かと慌てると同時に懐かしさを感じていた。
しかし、跡部本人はそれどころではない。
ようやくベッドの上で体勢を立て直した宍戸を、そうはさせぬともう一度強く突き飛ばす。
そして、自分の身体を使ってその場に羽交い絞めにする。
柔らかな羽根布団に埋もれながら、宍戸はそんな跡部を見上げた。
「跡部…?」
「…誰に抱かれた?」
「…は?」
見上げる表情は逆光になってよく見えない。けれど、凄く怒っているらしいことだけは分かる。
間抜けな宍戸の返事に、跡部はなおもイラついたように怒鳴り飛ばす。
「俺の前に誰に抱かせたんだって聞いてるんだ!」
「ンだよ、それ!?」
突然捲くし立てる跡部の言葉の意味が分からない。宍戸は眉を顰めて怒鳴り返す。
「初めて男に抱かれて、あんなにヨがる何ておかしいだろうが。ああ?どこのどいつに仕込んでもらったってんだ!?」
「ふざけんな!ンな事する訳ねーだろ!」
「ああ!?じゃあどういうわけなんだ、言ってみろ!どうして初めて抱かれて、あんなに悦べる!?」
「それは…!」
宍戸は言いかけて、慌てて口を噤む。
それは跡部だから。大好きな跡部に抱かれたから。そう言えたらどんなに楽だろう。
けれどそれでは、無茶をしてまでこんな関係になった意味がなくなってしまう。
「ああ!?何だよ」
「…それは」
「何だ。やっぱり言えねえんじゃねーか。学園のヤツか?それとも行きずりの男か?」
「違う…!」
「じゃあ、言えよ!どういう事なんだ」
「…自分で、自分で慣らしたんだ」
「…自分でだって?」
それは、本当だった。
こういう関係があると話には聞いて知っていたが、実際同性に抱かれたいと思ってしまって途方に暮れた宍戸。そんな宍戸が悩んだ末に頼ったのはインターネットだった。
恐る恐る、兄の目を盗んで調べた情報を、宍戸は無我夢中で試したのだ。
ひたすら跡部の傍にいたい一心で。
「あ、ああ。色々道具とかがあるんだよ。もう、いいだろ?」
目元を薄っすらと染め、跡部の視線から逃げる宍戸。
困ったように顔を背ける姿が嘘を言っているようには思えない。誰よりも嘘が嫌いで、そして嘘をつくのが下手な宍戸のことだ。
跡部の直視に耐えられずに固く目を瞑った宍戸は、嘘をついた後ろめたさを感じているというよりは、純粋に恥ずかしがっているようにしか見えない。
では、何故?
そこまでして自分に抱かれる必要がある?
そう思った瞬間、脳裏に先ほどの滝の言葉が蘇る。
同時に、跡部は自分の心臓が跳ね上がったことに気づく。
ドクドクと、血液の流れを耳元で感じるかの如く、興奮に身体が熱くなる。
込み上げるその想いは「期待」だ。
そして「確信」だった。
「言えよ」
「…だから自分で、」
「違う。何でそこまでする必要がある」
「…別に」
「意味なんて無いってか?セフレなら女で十分だろ?…ああ、色々面倒だってか?なら鳳でもいいだろう。優しく抱いてくれるだろうな?あ?」
「…そんな」
「ああ、そうだ。忍足だってかまわないだろ?あれでいて俺よりよっぽど遊んでるぜ?お前が知らないわけ無いよな?」
「そ、れは…」
素っ気無く言い放つ跡部は宍戸の答えなど期待はしていない。しどろもどろな答えも意に介さない。欲しいのは、たった一つの答えだけだ。
「答えられないよな?なあ、宍戸。他のヤツじゃダメなんだもんな?」
「…」
「…俺じゃなきゃ、ダメなんだよな?」
「…!」
待ち望むのはたった一つの答えだ。
ビクンと肩を揺らし息を呑む宍戸を、跡部はじっと見つめる。
先ほどまでの勢いが嘘のように、跡部は宍戸の返事を聞き漏らさないとばかりに口を噤む。
「別に、俺は…」
宍戸は視線を逸らす。
「言えよ、宍戸」
「……」
「何を躊躇う?もう俺には分かってる。だからお前の口から聞かせろ」
「何が、分かってるって?俺は別にそんな…」
「宍戸!」
抑え付ける腕に力が篭る。食い込む指に宍戸は顔を顰めた。
「お前に言うことなんか何もねえよ!ただのセフレだよ!それでいいだろ!?」
「下手な嘘は止すんだな」
「嘘なんかっ!」
「…宍戸。大概にしとけよ?」
「…跡部」
冷たく見下ろす視線に、宍戸の心が怯えて縮こまる。
まるで詰まらないゴミでも見るような、感情が消え去った瞳は、その青の効果もあって今までにない恐怖を与える。
「…宍戸、最後にもう一度聞く。どうして俺に抱かれた?」
尋ねながら宍戸の両腕を抑え付ける力を緩めると、跡部は上体を起こして宍戸の上から降りる。
たった今まで跡部が触れていた箇所が、ひんやりと冷たい。
「…!やだっ」
恐怖が宍戸を襲う。
跡部が離れていってしまう。
折角これからずっと、何十年先も跡部の隣に居られると思ったのに。そんな願いをあっさりと消し去るような冷たい瞳が、今まさに遠ざかっていこうとしている。
まだ見えぬ先を願って、今、目の前の跡部を失うかもしれない。
でも、本音を言ったならば全てが無駄になってしまう。
本当は大好きだと叫んでしまいそうな唇を、必死で噛み締めたあの我慢が。
背中に回すことが出来なかった腕のせつなさが。
無駄になってしまう。望んだ未来が霧のように儚く消えてしまう。
けれど、やっぱり。
たとえ浅はかだとしても、今ようやく手にした暖かさを手放すなんてできない。
「やだっ、言うから!行くな…!」
そう叫んで、宍戸は離れていく跡部の手に追い縋っていた。
「…ここは俺の家だ。どこへ行くっていうんだよ」
震える腕で抱きつく宍戸。
その姿に、跡部は僅かに口角を上げて微笑んだ。
そしてほっとしたように、本当に安心したように肩の力を抜く。
けれど宍戸は、そんな仕草には気づかない。
「跡部が、俺は跡部がっ」
「…俺が、どうした?」
「…やだよ、行くな。こんな事言って、お前が俺をっ、」
「大丈夫だ、言ってみろ」
「…でも!」
「宍戸?俺が言えと言ってるんだ」
「跡部ぇ」
完全にパニくった宍戸は、抱きしめる跡部の腕の意味すら気づかずに我武者羅に抱きつく。
再びその身体でもって、暖かさでもって跡部が宍戸を抑え付ける意味に、ずっしりと逃がさぬように抱きしめる意味に、取り乱した宍戸はまだ気づかない。
「宍戸…?言ってみろ」
今度は優しく、耳元で促された。
宍戸の瞳は、見る見るうちに潤んでいく。
「…好きだ、跡部。ずっと、お前の傍にいたいんだよぉ」
とうとう零れ落ちる宍戸の本音。
そして、背に回る宍戸の腕にぎゅっと力がこもれば、跡部は衝き上げる、苦しいくらいの胸の締め付けに息を詰める。
大きな熱の塊が胸の中で膨らんで、膨らんで。跡部は行き場を無くしたその熱さを吐き出すように言った。
「好きだ。俺も、お前が好きだ」
「…っ!」
声にならない声で呻いて、宍戸は泣き崩れる。
「馬鹿だな、お前は。セフレとでも言わなきゃ、俺の傍に居られないと思ったのか?」
ようやく落ち着いてきた宍戸は、2、3回しゃくりあげると、すっかり鼻声になった声でぽつりと呟く。
「…だって、実際そうだったろ?俺がああやって無理にでも近づかなきゃ、お前は俺のこと意識しなかったじゃねーか」
「ま、な…」
確かに。勢いで襲われでもしなければ、宍戸とこのような関係になったかは怪しいものだ。抱いてしまって初めて、跡部は自分の気持ちに気づいたのだから。
「だろ?」
「だが…」
制服姿のまま擦り寄る宍戸を強く抱き寄せながら、跡部は残念そうにその尻を撫で上げる。
「跡部?」
「お前の初めてを、俺の手で開発したかったな。つまらねえ道具になんて頼らねえで、さ」
先ほど跡部の追及でつい口にしてしまった言葉に、宍戸は顔を真っ赤にする。
「仕方ねえだろ!そうしなきゃ…こうはなれなかったんだ」
「まあ、そうだけどな」
きゅっとシャツを握る宍戸の指を取ると軽く口付けて、跡部はもう一度強くその身体を抱きしめる。
「これからはそんな道具なんかには頼らないぜ?続きは俺が、優しく教えてやるから」
「お前が『優しく』?なんか、怖いな」
宍戸はそう言って苦笑しながら、近づく唇を、瞳を閉じて受け止めた。
■R-18作品、猫化・女体等のパラレルがオープンに並び、CPもかなり節操なく多岐にわたります。表題に「CP」や「R-18」など注意を明記しておりますので、必ずご確認の上18歳未満の方、苦手なCPのある方は避けてお読みください。また、お読みになる際は「自己責任」でお願い致します。気分を害する恐れがあります…!
これらに関する苦情の拍手コメントはスルーさせて頂きますのでご了承ください。
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