春の嵐 Side跡部 （跡×宍） 2007/03/02 (Fri)

前々日アップ済み「春の嵐」の跡部sideです。

 

春の嵐　Side跡部 （跡×宍）

俺は闇雲に走っていた。

「ちくしょう。どこ行きやがったあいつ！」
生徒会室を飛び出した宍戸を、手分けして探し始め全員がバラバラの方向へ走り出す中、俺はきっと誰よりも混乱していた。
他のメンバーは悪戯が過ぎた事を後悔していて、それを謝れば済む事だろう。
でも、自分は違う。
宍戸の口から「さよなら」を聞くなんて。
まだ震える指先をきつく握り締める。
悪戯を謝ったところで、その「さよなら」は本当に取り消されるのか？
あんな苦しそうに、悲しそうに泣かせてしまった。
謝ったところで、宍戸は許してくれるのか？
もしかして、今回の事は一つのきっかけに過ぎなかったのではないか？
嫌な考えが次々と頭に浮かんでくる。

去年、あんな切っ掛けで付き合い始めた自分たちだが、俺は本当にあの偶然が奇跡だと思っている。
素直になれない自分の前に、突如訪れた奇跡。
ずっとずっと幼い頃から、自分を他の人間と同じに扱ってくれる宍戸が好きだった。
「跡部」の名ではなく、「跡部景吾」という自分に真直ぐぶつかって来てくれる貴重な存在。
友人としての好きが、恋愛としての好きに変わるまでにはそう時間がかからなかった。
ずっと心に秘めてきたこの想い。
付き合うようになった今でも、照れくさくてまだ一度も口にできていないこの想い。
「言わずに終わるなんて、あり得ねーだろ…」

もし宍戸が、自分はそれほど想われていないんだ…なんて感じていたとしたら。
もしそんな中、俺が浮気したなんて聞いたとしたら。
どんな行動に出る？
その答えこそ、さっきの宍戸の言葉としか思えない。

― さよならだ跡部。
恐ろしい言葉が頭の中でリフレーンする。

いつも真直ぐに自分を見つめる宍戸。
本人は気づいてないだろうけど、俺の行動一つ一つを目で追う姿は幼子のようでとても愛らしい。
喧嘩した後には必ず、俺の指先をぎゅっと握った。
素直に「ごめん」が言えなくても、縋る指先が全てを語ってた。
誰より情に篤くて、自分の心配より俺の心配ばかりする。
口が悪いから誤解されがちだけど、周りの感情にいつも気を配ってた。

宍戸。
宍戸…。
たった一言「好きだ」と言わなかった事が、今とても重く圧し掛かる。
早く、伝えなければ。
俺はあても無く走り続ける。

「宍戸っ！」
押しつぶされそうな恐怖にその名を叫んだら、自分の声で目が覚める。
「…夢？」
いや、夢ではない。つい数時間前の自分がリアルに繰り返されていた。
「…宍戸！？」
慌てて自分の隣に手を伸ばせば、すぐに触れられるほど近くに宍戸の体温を感じる。俺は詰めていた息をハァーっと吐き出した。
良かった…。
激しい鼓動がようやく落ち着きを取り戻す。

温かな腕に触れたら今度は小さな寝息を立てる表情が見たくて、顔を覆ってしまっていた黒髪をそっとよける。その目は痛々しいほど腫れていて、明日には上手く開かないかもしれない。
「宍戸…」
深く寝入っている宍戸は俺の声にピクリとも動かない。
けれど俺は不安にはならない。その口元はとても穏やかに微笑むようなカーブを描いているから。
「宍戸、好きだ」
聞こえないことが分かっていても声に出してそう告げる。
「宍戸。宍戸、愛してる」
そっと抱きしめると、宍戸の体はころん…と俺の腕の中に収まった。
「好きだ、宍戸」
俺は何度も口にする。まるで箍が外れたように自分でも止められないこの言葉。

宍戸を二度と泣かせないように。
あの悪夢をもう二度と見ないように。
俺は何度も口にする。