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2/18UP済み「幼い賭け(跡宍)」の後日談です。

幼い賭け その後(跡宍)

「跡部どうした?ぼんやりして」
もう誰もいなくなった部室で、宍戸は首を傾げる。
一緒に帰る約束をしているから、当然のように俺が日誌を付け終えるのを待っていた宍戸は、シャワーも一緒に浴びるつもりらしくユニフォーム姿のままだ。
「さっさと浴びちまおうぜ?」
タオルやシャンプーなどを手に取ると、宍戸はそう言って微笑みかける。
「…ああ、そうだな」
俺は、その笑顔が眩し過ぎてそっと視線を落とした。
「…跡部?」
不思議そうな顔をしながらも、宍戸は「先入ってるぜ」とシャワールームに向かう。

子供のような賭けをして宍戸を抱いてから、もう1ヶ月になる。
忍足と向日は何だかんだと付かず離れずを繰り返しながら、結局向日が折れてまとまりそうだ。散々文句を言い続けた向日は、時には忍足に縋られるように反撃され、あの日の出来事を自分の中で昇華しつつある。何度も何度も謝られ、嫌いだと言っても「それでも俺は岳人が好きや」と食い下がられて、もう言う文句すら尽きてしまったように、座る後ろから抱きしめられたって逃げ出すこともない。
そんなやり取りを横目に、俺はいつも宍戸の表情を伺っていた。宍戸は困ったように笑いながら、それでも優しい瞳で二人を見守っている。
宍戸は、一度も俺を責めない。
最初はあれだけ嫌がって、恐怖して、震えていたはずなのに、俺を受け入れてしまってからは、一言だって俺を責めなかった。
「跡部ー?」
シャワールームから、呼ぶ声が聞こえる。
レイプした相手を、裸で、しかも事が起こった場所へと呼び寄せる宍戸の大らかさに、俺の胸には何とも言えない戸惑いが広がっていく。

あの日、俺と忍足は本当にどうかしていたと思う。あそこまで自制心が弱いとは思ってもいなかった。
毎日毎日毎日毎日…。宍戸を想い過ぎて何かが壊れていたとしか思えない。
賭けの話に宍戸が簡単に乗ってきて、その時点でもう、俺は期待に欲情していた。悪いが、あのダブルスで負ける気は全くしなかった。1ポイントも落とさず勝つ自信すらあった。それでも、大好きな食べ物を最後まで取っておくように勿体つけた試合をした。
これから俺のモノになる宍戸を、じっくりと瞳に焼き付けたい…。そっと伺い見た忍足の目も、期待に爛々と光っていた。
当然のように俺たちが勝って要求を突きつけた時の、驚きに見開かれた宍戸の瞳。本当は、固まった身体をその場で押し倒してしまいたかった。頭からむしゃぶりついて、食い千切り咀嚼して、己の一部としてしまいたい位、その存在に飢えていた。
更衣室で舐め上げた汗も、本当は全て啜りつくして…。もう本当に、触れる肌に舞い上がって、相当狂っていたと思う。
そして、無理やりに抱いた。
あんなに泣いていたのに、怖がっていたのに、俺はあの細い身体を組み伏せた。そして狂喜した。
最後の最後で、薬を使わず俺を受け入れた宍戸。その時は、手に入るとは期待もしていなかった心まで捧げられたようで、ただ嬉しかった。後から尋ねた時には、俺の本心に気づいて受け入れてくれたと言っていたが…。
不思議と、今になって見ない振りをしていた不安が、影のように付いて離れない。
宍戸の本音はどこにある?
向日のように、全てを曝け出して俺を責めたりしないから、宍戸の心が全く読めない。
その笑顔は本物か?あの時俺を受け入れたのは、本当は現実逃避だったのではないのか?
日ごとに、宍戸の笑顔を疑うようになった。

「あーとーべ!」
宍戸はとうとう痺れを切らしてシャワールームから顔を覗かせる。
長い髪を頭の上に団子にして、泡の帽子を被ったような宍戸が無邪気に笑う。
「宍戸」
その笑顔に、無性に泣きたくなった。
「跡部…?」
宍戸が表情を曇らせて眉を寄せる。
「宍戸」
俺は素早くユニフォームを脱いで、宍戸に近づく。湯気の逃げる扉を閉めて、心配そうな表情で見上げる宍戸を抱きしめる。
「どうした?」
いつもなら照れて一度は抗うのに、その腕は俺の肩をそっと包み込む。
額を流れ落ちるシャンプーの泡を手のひらで拭ってやりながら、小さく開いた唇にそっと口付ける。
「…ん、跡部。一度流しちゃう」
宍戸が辛そうに両目を瞑る。
俺は唇を離して、シャワーの下へと手を引いて連れて行った。
細い指が、器用に長い髪を梳き洗い流していく。濡れて益々美しい黒が、日に焼けていない胸元を余計に白く魅せる。
気持ちよさそうに仰いでお湯を受ける表情はとても穏やかで、心の奥に違った本音を抱えているようには思えない。
人の考えを読むのには長けていると自負していたけれど、相手が宍戸となると俺の眼は狂ってしまうようだ。想う心が狂わせる。
「何泣きそうな顔してるんだか」
キュッと音を立ててシャワーの音が止む。
宍戸は、ブースの扉に掛けたタオルで簡単に自分の顔を拭くと、呆然と立ち尽くす俺の頬も拭ってくれた。
「お前気づいてる?最近いっつもそんな顔してる」
頬を突く指が酷く甘くて、また熱く込み上げるものを必死で飲み込んだ。
「……」
声を出したら、見っとも無く泣き出してしまうかもしれない。そんな事は我慢できなかった。特に宍戸の前では。
「跡部は、とんでもなく我侭に見えるのに、本音を晒すのはヘタクソだな」
宍戸はそう言ってクスクス笑うと、一歩近づき俺を抱きしめた。
背中に回った手が、優しく上下する。
「その辺は忍足の方が上手だよな。あいつは岳人に謝ることで自分の中の罪悪感を少しずつ消化してる。もちろん謝る気持ちは本当だろうよ?でも、同時に自分を楽にしてやってるんだよ。無意識だろうけどな」
「……っ」
宍戸は俺の肩に顎を乗せ、今度は俺の背をポンポンと叩いた。
「見えないからさ。泣いちゃえよ?」
「…っく、」
抑えていた声が漏れる。
宍戸は俺の気持ちなんて、とっくに気づいていたんだ。
情けなくて、嬉しくて。優しくて、大きくて…。
もう、涙を堪えられなかった。
「…っ、」
熱い雫が頬を伝う。
宍戸はホッとしたように体の力を抜き、俺の頭をガシガシと撫でる。
「お前は無茶するわりに真面目で…。俺が文句言わないんだから自惚れときゃ良いのに。でもまあ、ヤラれる側よりヤッた側が辛いってのも、あるのかもしれないな…」
「…宍戸、」
俺はもう、泣き顔を見られるのも構わず、宍戸の頬を両手で包んで口付けた。
「ン…」
零れる吐息。俺はその隙を狙って舌を差し入れる。宍戸は、優しくその先を吸ってくれた。
「…お前の泣き顔なんて初めて見た」
「宍戸…」
あんなにも酷いことをしたのに、全てを受け入れてくれる宍戸。それなのに涙を隠すなんて、何だかフェアじゃない気がした。
「跡部は、泣き顔もカッコいいな?」
「…お前は、いつからそんなに口が上手くなった」
照れ隠しの口答えも、宍戸は笑って抱きしめた。
「跡部?お前にとってこのシャワールームがどんな意味を持つのかは分からないよ?でもな。俺にとっては大事な始まりの場所なんだよ。強がりでも現実逃避でも何でもないぜ?本当にそう思えるんだ」
「…っ」
宍戸は、どうにも俺を泣かせたいらしい。

それからはもうグダグダで。抱き合って、体洗って、笑い合って、キスをして。
シャワーを上がった頃には、もう9時を過ぎていた。
「わあ、俺らどんだけ入ってたんだ?」
そりゃ、指もふやけるわ…と、宍戸は笑って手のひらを俺の方に向ける。
その手を掴んで指先に唇を寄せれば、なるほどいつも以上に軟らかい。
宍戸は頬を染めて、バッと俺の手を払った。
「お前はそんぐらいの方が、『らしい』よ」
「…ふん」
抱える不安に、自然と触れる回数が減っていたのを、宍戸なりに気にしていたらしい。
だからもう一度、噛み付くようにキスをしてやる。
もう、不安はない。
いつかまた、シャワールームで抱いてやろう。


以前「幼い賭け」の跡部サイドのお話をとリクエスト頂いたのでチャレンジ。
同じシーンは2度書いているので(忍岳でも書いてるんで)、今回は後日談にしてみました。
それにしても跡部へタレです…。

 

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