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宍戸を想い続ける跡部。


初恋(跡×宍)

乱れたベッドに横になり、俺の腕の中で宍戸は呟いた。
「…何だか、不思議だ」
冬を越え、男にしては長めな位に伸びた宍戸の髪は、枕にした俺の腕をくすぐる。
「何がだ?」
呟きにそう聞き返せば、宍戸は吐息のように小さく言う。
「お前と、こうしてるなんて」
「…そうだな」
つい数ヶ月前までは、想像したくもないが、きっと宍戸はこうして鳳の胸に抱かれていたのだろう。俺よりも広いだろうあの胸に。
考えたら心臓がツキン…と痛んで、俺は宍戸の背を抱き寄せた。
気心知れた同士の心地よい沈黙。そこに溶け込む「恋人」としての新鮮な空気が、何だか気恥ずかしく感じられる。
今まで友達として過ごしてきた宍戸と、こんな風に愛し合う。
消し去るべきだった気持ちが、思いもかけずに報われたのだ。

あの日、陽の沈んだ暗い教室で、鳳と別れたと聞かされた。
別に俺に話したくて待っていた訳じゃなかったのだろう。ただ、その事実に押しつぶされそうになって立ち尽くす宍戸を、最初に見つけたのが俺だっただけだ。
好きなのに、本当に好きだったのに、こうするしかなかったと。
いつもなら絶対俺なんかに話さないだろう言葉が、宍戸の唇から零れていく。
話したくなんて無かっただろうに。でも、そうでもしないと、きっと宍戸は立っていられなかったのだと思う。
だから俺は言った。「泣いちまえ」と。
理由なんてどうでもいい。ただ、泣くだけ泣いてしまえば少しは楽になるだろうから、と。
「他に誰もいないから安心しろ」と言ったら、宍戸は俺の腕の中で崩れるようにして泣き叫んだ。
本当に不思議なものだ。泣くなら一人のほうがよっぽどいいだろうに…。そこまで考えて俺は気づいた。宍戸は、俺に言われるまで「泣く」ことを思い出せなかった位にショックだったのだろうと。
しばらく泣き続けたら、宍戸は俺の顔を恥ずかしそうに窺うくらいには復活した。
「…ごめん」
そう呟く声があまりに擦れていて、ずっと長い間想っていた宍戸がフリーになったことを喜ぶ気にもなれなかった。ただただ、痛々しくて。
窓側の壁に寄りかかり、床に腰を下ろした俺の脚の間で、宍戸は背を丸めた。
同じ向きで座っていたから背中しか見えなかったが、きっとまだ涙は止まっていなかった。時折引き攣るように肩が揺れていたから。
本当はすぐにでも後ろから抱きしめてやりたかったけれど、出来なかった。それ以上宍戸を苦しめたく無かったから。
行き場のない手を握り締めたとき、宍戸はそのままの体勢でゆっくりと話し始めた。
「あんなに好きだったけど。ダメだったんだ…」
切れ切れの言葉だったけれども、その意味はとても良く分かった。
宍戸と鳳が好き合い想い合っていることは、誰の目から見ても明らかだった。けれど俺は、同時に脆さも感じていた。
お互いがお互いを想いすぎて、本当の自分を見せられない。唯一無二の相手に嫌われるようなことは言えない。そうやって自分を抑え込んでいる様に見えた二人は、それでも好きだったから、自分の本音を見て見ぬ振りしていたのだと思う。
でも、そんな関係はいつまでも続かない。
いつからか、自分の本音に気づいてくれない相手が疎ましくなって、一緒にいることが辛くなって。案の定…。
「…それが『初恋』ってもんなんだろうな」
俺が呟いたら、宍戸は「そっか」と少しだけ笑った。
初恋が実らないって言うのは、きっとそういうことなのだろう。臆病になって、本当の自分を見せられない。ただ好きなだけなのに。

「…跡部の初恋って、誰なんだ?」
宍戸もあの日を思い出していたのだろうか?
抱き込んだ腕の中から、消え入りそうな声でそう聞いてくる。
「あの時の口ぶりから言って、お前はとっくに初恋は済ませてるんだろ?」
聞きたいけれど、聞きたくない…。そんな所だろうか?
その気持ちは痛いほど分かる。愛するお前の初恋を目の当たりにしてきた俺には。
俺だけこんな胸の痛みを一生抱えるのかと思ったら何だか癪で、教えるのをやめようかと思ったが、俺を見つめる瞳があまりにも切なく揺れるから、ここは俺が折れてやる。
「…初恋はお前だ」
「…嘘?」
確かに、あんな話をした俺がこんなことを言っても信じないかもしれない。
「あの時話したのは、あくまで一般論だ」
宍戸は信じないかもしれないが、本当だ。
「じゃあ、跡部…」
「…ああ」
俺はもう何年も、宍戸を想い続けている。ただのガキだった頃から。
宍戸が鳳と恋に落ちた時も、想いを育んでいた時も、それを失った時も。俺はずっと宍戸が好きだった。初恋は現在進行形だ。
俺の言葉に、宍戸の瞳は涙に揺れる。
「…そんな前から?」
想ってくれてたのか…と。宍戸の声は涙に消えた。
そしてその後に気づくだろう疑問には、先回りして答えてやる。いつもは勝気なくせに、恋愛となると臆病になってしまうお前が、不安を抱えて潰れてしまわぬように。
「俺様は世間の一般論なんかじゃ計れない男だからな。だから俺の『初恋』は実る。絶対に終わらねーんだよ」
結局は想いが強い方が勝つって話だ。鳳が宍戸を想う気持ちより、俺が宍戸を想う気持ちの方が強かった。ただそれだけだ。
「跡部、ムチャクチャ言うなァ」
宍戸は呆れたように笑いながらも、俺の胸に擦り寄って甘える。
俺は絶対に宍戸をあんな風に泣かせやしない。年季の入った初恋は最強なんだぜ?

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