牙～猫宍シリーズ22～（跡×宍） 2007/07/16 (Mon)

日常小話。

牙（跡×宍）
～猫宍シリーズ22～

隣に座った宍戸が、またテーブルへと手を伸ばす。
ガサガサと袋に差し入れられた手は、しっかりとしょう油煎餅を握っている。
宍戸の手のひらをいっぱいに広げたのと、たいして変わらなそうな大きさ。
それをもう既に3枚も食べている。
「…宍戸、さすがに食い過ぎじゃねーか？夕飯食えなくなるぜ？」
岩のように硬そうに見える煎餅に齧りつくと、バリっと豪快に割る。
そして、ゴリゴリと豪快な音を立てて噛み砕きながら、「そうなんだけどさぁ」と宍戸は情け無い顔をする。
「どうした？」
昔から煎餅が好きなのは知っているし、年寄りくさいなぁ…なんてからかった事もあったが、こんな表情で食べるのは見たことがない。
美味しく食べているようにはとても見えない、少し困ったような表情だ。
「…歯がさ、痒いんだ」
「痒い？」
歯が痒いなんて表現は聞いた事がない。痛いなら分かるが。
「なんかむず痒いんだよ」
そう言って「いー」っと前歯をのぞかせる宍戸。そして指差したのは左右の犬歯だった。
糸切り歯ってやつだ。
「コレが痒いのか？」
「ん」
宍戸は頷いて先っぽを突いている。
歯磨き粉のコマーシャルに出られるんじゃないかってくらい、真っ白で綺麗な歯並び。
その左右にのぞいた犬歯は、意識しなければ分からない程ではあるが、普通より尖っていて少し長い。
それが爪の伸びと同じくらい、宍戸にとってコンプレックスになっているのは知っていたが…。
「…痒い、か」
こんな事を言い出したのは初めてだ。
「ああー、どうしよう。痒いっていうかくすぐったいっていうか。何か硬いモノが噛みたくなるんだよ」
情け無い声でそう嘆くものだから、俺はいつものように慰めてやる。
でも、毎回甘く囁くだけじゃ芸がないしな…。
「ンな、泣きそうな声出す程大ごとでもないだろう？尻尾や耳に比べりゃ何てことないじゃねーか。噛みたいなら何か噛んどけ」
そう言って、柔らかな両頬をびよーんと横にひっぱってやる。
すると宍戸は「ちぇっ」と拗ねて、俺の胸を小さな拳で叩いた。そしてその勢いで、頭から胸の中に転がり込んでくる。
「お前から甘えてくるなんて、珍しいな？」
俺は強く、その身体を抱きしめてやる。
宍戸も、くすくす笑いながら俺の背に手を回した。

自分の姿に悩んで、苦しんでいる姿を見たいわけでは無いのだが、こうやって不安を抱えて縋ってくる宍戸を抱きしめるたびに、ついつい頬がゆるんでしまう。
俺だけが頼りなんだって風に力いっぱい抱きつかれると、宍戸を一生このままの姿でいさせてくださいと、信じてもいないカミサマとやらにお願いしたくなる。
…宍戸には秘密だけどな。

何も言わず、ただその背中を撫で続けていたら、宍戸もようやく落ち着いてきたみたいだ。
身体の力が抜けて、リラックスしたように俺の腕の中で丸くなる。
そして気に入った角度を見つけたら、そのまま満足そうに全体重を掛けてきた。
…こういう仕草が猫っぽいんだ。でも、また不安になるだろうから言わないでおこう。
「なあ、宍戸？別に急激に歯が伸びてきたわけじゃねーし、取り合えず治まるまで何か硬い噛める物用意するか？」
「うーん。ずっと煎餅食ってるわけにもいかないから、そうしようかな」
宍戸も諦めたように、俺の意見に同意する。
しかし、硬いモノったって下手な物は口に入れられないし、何にするか？
そう思って俺が真剣に考えているのに、宍戸は全く違う方向で思い悩んでいるようだ。
「あーあ…。なんで痒いんだろ。成長期か？猫ってそういう時季でもあるのかな？」
「成長期…」
この姿になってまだ数ヶ月。季節としては秋と冬しか経験していない訳だが。
…そういえば。
俺は、思わず口をついて出そうになった言葉を飲み込む。
そういえばすっかり忘れていたが、いわゆる発情期を迎えたら宍戸はどうなるんだろう？
以前気になって調べてみたのだが、メス猫は生後5ヶ月～11ヶ月くらい、オス猫は生後9ヶ月くらいに迎えるらしい。宍戸の場合は姿が変わった日から数えていいんだろうか？それより、男だからオスでいいのか？それとも抱かれる側ならメスとして数えるのか？
ちなみに季節でいうと早春が最大の発情期らしいが…。
疼く身体に我慢できず、甘く誘ったりとかしてしまうんだろうか…？
色々、イロイロな宍戸が頭を飛び交う。
火照った自分の身体を抱きしめる宍戸。涙目の上目遣いで「抱いて」などと言ってきたらどうしたものか？いや、どうにもこうにも美味しく頂くだけだが。
「…てめえ、今良からぬ事考えてるだろ？」
「…何でだ」
何で分かった？
宍戸があまりに冷たい声で俺を見上げるから、危うく緩みそうになった頬に力を込める。
「お前の心拍数が急に上がったんだよ。何考えて興奮してるんだか…」
「…」
あーあ、俺はこんなに悩んでるのに…と溜息をつく宍戸。
…これだけ密着しているんだ、バレても当然か。
「とりあえず、成長期とかだったら暫らくの辛抱だと思って、何か噛んどくかなぁ。でもなぁ、いっつも噛んでたら赤ちゃんのおしゃぶりみたいだよなぁ」
「！？」
宍戸の言葉に、また心拍が跳ね上がったのに自分でも気づく。
宍戸は胡乱者でも見る目つきでもう一度俺を見上げる。呆れたような宍戸はもう何も言わない。
俺も開き直る。
「いいな、おしゃぶりか…。可愛いじゃねえか」
金属噛んだんじゃ歯が痛そうだ。陶器が良いだろうか？マウスピースのように噛みやすい角度を測って、宍戸にぴったりの物を作らせよう。
夜、俺の腕の中でおしゃぶりを口にスヤスヤ眠る宍戸…。
想像しただけで楽しい。
これ以上ないくらい、俺の鼓動は高鳴る。
「…俺、跡部のツボっていまいち分からねえ」
宍戸が呟く。
「気にするな。俺も自分でわからねぇ」
自慢にもならないけどな。

　　　＊＊＊

後日談。
「宍戸！お前、何かストレスでもあるのか？ここでの暮らしはストレスか？それともSEXが足りないのか！？」
そう言って急に抱きしめてくる跡部に、宍戸は目を丸くする。
「何だよ急に！？」
「それなら、今すぐヤるぞ！」
「はあっ！？何言ってんだ、こんな真昼間から！」
珍しく取り乱したような跡部の姿に微笑ましさを感じながらも、そんな暢気な事を考えてる場合ではないと、宍戸はすぐに気づく。
「Hは足りてる！十分！ってゆーかヤり過ぎなくらい！」
同じベッドで眠るのに我慢できるはずもなく、跡部は最近、毎晩のように宍戸を愛していた。
（俺も嬉しいからいいんだけどさ…）
宍戸はまたまた逸れそうになる思考を引き戻して、首筋に吸い付く跡部の身体を押し返す。
「跡部ってば！」
けれどそんな反抗は、跡部にとっては可愛く映るだけだ。ますます調子に乗って、セーターの裾から器用に指を滑り込ませる。
「あ、バカっ、」
もう、ツン…と立ち上がった乳首を乱暴に摘ままれたら、宍戸は声を我慢できなかった。
「んン…っ」
あえかな声に煽られて、はなからやめる気のなかった跡部は益々調子に乗るばかりだ。
そうなってしまった跡部を、宍戸がこの身体で止められる訳もなく…。
（ストレスっつったら、Hが足りないよりテニスが出来ない方なんだけどなぁ～）
激しく奪われ続ける唇から、そんな呟きを洩らすことも出来なかった。

宍戸の腕が跡部の背に縋りつき、甘い鳴き声が部屋に響く中。
先ほどまで跡部が向かっていたノートパソコンには、「猫はストレス解消のため、硬い物を噛むことがある…」と表示されたままだった。

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実家の猫が、やたら箪笥の端やらプラスチックやらに噛み付くので思いついたお話。
ネットで調べて「ストレス解消のため…」と読んだ時はちょっぴりショックでした。
我侭放題甘やかされ放題の実家の猫なのに、それでもストレスが溜まるのか！？と（笑）。
ところで、猫宍が段々小さくなっている気がしませんか？150センチは無さそうですよね。ま、いいか（酷）。