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2/13アップ済み「Valentine Day」の続きです。


White Day  (跡宍+忍岳)

2月14日、バレンタインデー。
宍戸が目を覚ませば、そこは生徒会室だった。
生徒会長の跡部にくっついて何度か入ったことのある部屋に、宍戸は全裸に制服のジャケットを掛けられた姿でソファに横になっていた。
「…あれ?」
一瞬自分の置かれた状況が飲み込めない。
昼休みに弁当を食べ終わった後、ジローと滝が来てチョコレートをもらった所までは覚えている。少しお酒が入っていて大人向けな感じのチョコを、ガキだと言われるのが嫌だったから、あまり好きではないと言い出せなくて。平気な振りをして3個食べた後、記憶がない。
ゆっくりと身体を起こせば、身体に感じる違和感。何だか下半身が重いのだ。
それでもその片足を床について立ち上がろうとすれば。
「…っくっ!」
下半身から背中を走る鈍い痛み。正確に言えば、尻から走る痛み。
「な、に…?」
無理やり両足で立てば、その脚を閉じるのが辛いほどの異物感を後ろに感じる。
「これって…」
いくら鈍い宍戸にだって事の次第が読めてくる。
意識した途端にドクドクと激しく脈打ち始める鼓動。
「どうしよ…」
うろたえながらも、ソファに無造作に掛けられた制服に手を伸ばす。その拍子に落ちた下着が自分のものであると認識したら、物凄い勢いで着替えだす。
ガクガクと震える手が、それでも勝手に動くように衣類を身につける。
誰かが戻ってくるのが怖かった。どうしてこんな状態なのか良くわからないが、とにかく逃げなきゃと気持ちだけが焦る。
途中でシャツのボタンが掛け違ってる事に気づいても直す時間なんてない。シャツの裾も上手く仕舞えないままズボンのファスナーを上げ、ホックをかける。ベルトは上手に出来なくていつもより太い場所の穴で無理やり巻いた。そしてさっきまで自分に掛けられていたジャケットを引っ掴む。そこまできて鞄がないことに気づいたが、取りに行っているような心の余裕はない。
そのまま縺れる足で扉に駆け寄り、鍵を開けると廊下に飛び出す。廊下の窓から差す西日にようやく放課後なんだと気づくけれど、授業をサボった事なんてどうでも良かった。そんな事より自分に何が起きたのかが考えるだけで恐ろしい。
日ごろ使い慣れない廊下に、自分の下駄箱まではどちらに向かったら近いのか一瞬悩んでいると、右の方角から廊下を歩く音が聞こえる。上履きがキュッキュッと鳴る音。
「な、んで…?」
その規則正しい音には聞き覚えがあった。
「宍戸!?」
その足音の主が、宍戸が駆け出そうとするのを止めるように呼びかける。見れば、両手に二つの鞄を抱えて宍戸に駆け寄ろうとする跡部の姿。
「あ、跡部…」
やっぱり、と。宍戸の顔がボッと火がついたように火照る。きっと、自分の荷物を取りに行ってくれたのだろうと分かっても止まれなかった。
「宍戸!」
その声も聞かずに、宍戸は縺れる足で反対方向へ駆け出していた。

「どうしよう、どうしようっ!」
家に帰ると靴を脱ぎ捨てて慌しく階段を上る。階下から「亮!?」と呼びかける母親の声にも返事をせず、バタンと背中でドアを閉めた。
荒い息を吐いてフローリングに座り込むと、宍戸は胸ポケットに入れた携帯が鳴っているのに気づく。びくっと身体を震わせて止まるのを待つが、低いバイブレーションは一度途切れてもまた直ぐに鳴り出す。
「…どうしよう」
跡部だったらどうしようと、なかなか出ることが出来ない。けれど、何度も何度もかかってくる音に、仕方なく取り出して恐る恐るその表示を確認する。
「え…岳人!?」
その名前はさっき返事もせずに置いてきてしまった跡部ではなかった。記憶がなくなる直前まで一緒にチョコレートを食べていた岳人だ。
「岳人!」
急いで通話ボタンを押す。
岳人になら話せる。同じクラスで散々恋愛相談をし合った岳人になら。
「岳人っ!」
早く声を聞きたくて、話を聞いて欲しくて叫ぶように呼びかける。すると、向こうからも酷い雑音とともに宍戸を呼ぶ声がする。
『っ宍戸!どうしよう!』
「岳人!?」
荒い息遣いに、泣いた後のように鼻にかかった声。そして強く風が吹くような音。岳人は走りながら電話をかけてきているようだ。
「岳人っ!俺もどうしよう!」
つられて宍戸まで涙がこみ上げる。
『っ!宍戸今からそっち行く!』
どうしよう…と声を震わす宍戸に、岳人は叫ぶように言って電話を切った。

岳人が宍戸の部屋着くと、二人はお互いの格好を見て納得した。いかにも急いで着替えましたというだらしなさ。シャツのボタンは仲良く掛け違っていた。
「宍戸…俺、侑士に、抱かれたみたい」
しばらく呆然と見つめ合っていたが、最初に岳人が口を開いた。
言ってしまったら身体の力が抜けたように床に座り込む。その時に「いてっ」と表情を歪ませたから、宍戸は同じように岳人も腰が痛むんだということに気づいた。大きなクッションを投げて渡したら、岳人は真っ赤になりながらもそれに寄りかかるようにして座り込む。
「…宍戸は?跡部に?」
岳人も宍戸の仕草や戸惑いの表情にそのことに気づく。
「…はっきりとは分からないけど。多分」
宍戸は先ほどの生徒会室を思い浮かべる。明らかに抱かれたような痛みに、鍵が掛けられていた生徒会室。そこへ自分の鞄を持って現れた跡部。生徒会長の跡部なら、あの部屋の鍵を持っていても不思議はない。使ったのがあの部屋だということが、相手は跡部だと教えているようなものだ。
「俺、チョコ食ってから記憶ないんだけど、やっぱそのまま抱かれたのかなぁ?」
岳人が溜息をつきながらポツリと言う。
「やっぱり、そうなのか…?」
自分ひとりの記憶では心もとなかった推測が、二人の記憶が同じとなれば俄然、現実味が増す。
「嘘だろ?こんなの有りかよ…?」
「…信じらんねェ」
「こんな抱かれ方嫌だ!」
二人は同時に叫んでいた。

「…ちゃんとチョコだって用意してたのに」
岳人は小さく言って肩を落とす。宍戸も同じように溜息を吐いた。
「…ホントだよ。わざわざ買ってきたのにな」
二人はそろって置いてきてしまった鞄の中身を思い浮かべる。
宍戸は跡部を、岳人は忍足を想って。長年の片思いに決着を着けようと恥ずかしいのを我慢して一緒に買いに行ったチョコレート。
顔を合わせれば生意気なことばかり言って相手を怒らせてしまう自分たちだから、こんな切っ掛けでもないと気持ちを打ち明けられないと、必死の覚悟で放課後に告白する予定だったのに。
「何でこんなことになったんだ…?俺もしかしてウィスキーボンボンに酔っ払って、侑士のこと襲っちゃったのかな?」
岳人が小さく言えば、宍戸も抱えていた不安を打ち明ける。
「…俺も思った。我慢できなくて襲い掛かってたらどうしよう。すげー見っとも無く『抱いてくれ』とか。そんなだったらどうしよう?」
「…ってゆーか、それしか思い浮かばねえ」
これまたお互い同じ考えに、いよいよ二人は真っ青になる。
「ヤバイよ。超呆れられてるかも…」
先ほどの跡部の表情を思い出したくても、逃げるのに必死でその記憶は残っていなかった。
「俺も。しかもびっくりして逃げてきたし…」
岳人も自分が飛び出してきた状況を思いだす。誰もいない体育倉庫のマットで目覚めた岳人は、やっぱり荷物を持ちドアを入ってきた忍足を突き飛ばして駆け出してきたのだ。
「本人になんて聞けない、よなぁー」
「俺が誘ったの?ってか。聞けねェよ」
宍戸はポフンとベッドにうつ伏せる。
大好きな跡部に抱かれた自分。本当なら喜ぶべきことなのかもしれない。けれど、こんな状況じゃ喜べなかった。
もし告白もしないで自分から誘ったのだとしたら、どんな見っとも無いヤツだって思われただろう。それだけではない。もしかして遊び慣れてるのか、なんて思われてたらどうすればいい?しかも、その場から逃げ出すなんて…。
「今思えば、逃げださなきゃ良かったんだよな…」
岳人も落ち着いて考えてみると、自分たちの行動が余計厄介な状態にしてしまったのだと気づく。
「だよなぁ。ちゃんと話聞いて、自分が悪いなら謝って、そこで告白すりゃー良かった」
泣いたって縋ったって、普通嫌いな人間を抱くヤツはいないだろう。もしかしたら抱いてくれたって事は脈があったのかもしれないのに。
「すげェ、自分でチャンス潰した気がする」
「気がする、じゃなくて潰したよ俺たち…」
岳人は涙目になると、クッションにポフっと顔を埋めた。

それから何度も何日も鳴り続けた跡部の電話を、宍戸は取ることが出来なかった。
それでも家の電話が鳴ることはないから、それほど自分には感心がないのかもなんて、自業自得なのに落ち込んでみたりと、自分でも嫌になるくらい情緒不安定な日々を過ごしている。
15日に登校したら宍戸と岳人の席に鞄が置いてあったから、返してもらいに行くという切っ掛けも失ってしまい、そのまま何も無かったかのように毎日が過ぎて行く。
「…すげェ、やり辛い」
昼休みの教室で、岳人は頬杖をつきながら窓の外を眺めて言う。自分たちの気持ちとは違って、なんと気持ちよく晴れ渡っていることか。全てのものに八つ当たりしたくなる。
「やりにくいって、部活か?」
宍戸が尋ねれば、岳人は小さく頷く。
「確かにな。この状態でダブルスはキツイかも…」
次の日の部活はさすがに身体が辛くて休んだものの、その後は二人とも朝練から参加している。一体どんな顔をして会えばいいのだと散々悩んだ二人が呆気にとられるほどに、跡部たちはいつも通りだった。
「なんであいつら何も言ってこないんだろうな…」
宍戸も食べ終わった菓子パンの袋をゴミ箱へ投げ捨てると、パンくずを払った机の上にうつ伏せて言う。
跡部と忍足は怖いくらいにいつも通りだ。
二人が想像していたのは、逃げ出した事を怒る姿か、遊びなれたみたいに誘ったかもしれない自分たちを蔑む態度。それか、みっともなかった自分たちをからかう二人。けれど、そのどれにも当てはまらなかった。
「あいつらが考えてることなんてただでも分からないのに、こんなに離れてたら益々分かんねーよ」
岳人はクスンと鼻を鳴らした。
想いを打ち合けなくても、今までの方が余程幸せだったと岳人は思ってしまう。
部活中や放課後はベッタリと張り付いて、周りが笑ったって「パートナーだし」と言えば許されてしまっていた。忍足も嫌な顔ひとつせずに、飛びつけば抱きとめてくれた。
「岳人は、確かに辛いな…」
甘えん坊の岳人が思いのままに忍足に甘えられない状態は、見ている宍戸のほうが辛くなってしまう。練習試合でポイントを取りハイタッチした後、自然と抱きつきたくなる身体を必死に堪える岳人の姿。抱きつくことによって忍足はどう思うのだろう?と不安気にその瞳が揺らいでいるのは遠くから見ていたって分かる。そして抱きつかないことに少し困ったような顔を見せる忍足に、また岳人が揺らいで…。どこまでも、どこまでも怖がりになっていく自分たち。
日ごろ跡部にくっつくことがなかった宍戸に至っては、すでに接点すら無くなりつつある。
クラスも違う。シングルスで別々にプレーする部活。実質部長職を引き継いでいる跡部は、常に全員に気を配っていなければいけないから、宍戸の近くにいる時間はほんの数十分だった。
「俺、侑士不足で死んじゃいそう…」
クラスメートに聞こえないように小さくつぶやいた岳人の頭を優しく撫でてやりながら、宍戸も涙が溢れそうになるのを堪えていた。

「ねえ、ちょっと。いつまで放っておくつもり?」
着替えて部室を出ようとする跡部と忍足を滝が呼び止める。日が沈んで真っ暗になったコートにはもう誰の姿もない。宍戸と岳人も疲れたように帰った後だった。
「…滝」
跡部が足を止めれば、後ろにいた忍足の足も自然と止まる。二人は滝の穏やかな視線とは裏腹に鋭い口調に表情を硬くする。
「何が言いたいのか、分かってるでしょ?」
ニーっと笑って見せて滝が促すと、二人は渋々ソファに腰掛けるのだった。
「で?あの二人を抱いたくせに何も言わずに放っておくのは何で?」
前置きもない率直な質問。跡部は溜息をついて口を開いた。
「…あれはお前とジローの仕業だろ?なんでお前が文句を言う?」
そう言い返せば、滝は苛立ちを抑えられないかのようにテーブルを爪でトントンと叩く。
「誰がやり捨てろって言ったよ?君たちがちんたらしてるから切っ掛けを作ったつもりだったけど、あの二人が悲しめばいいなんて思ってないよ」
「ちょ、やり捨てなんて人聞き悪いわ!」
忍足が焦ったような声を上げれば、滝はそっけなく言う。
「忍足がどう思っても、傍から見ればそうなの!」
酷いわぁ…と忍足が苦笑いすると、跡部も納得行かないというように口を開く。
「俺はあの後散々連絡取ろうとしたが、電話に出なかったのはあいつだ。距離を置きたいんだろうと俺は判断したんだけどな?」
「よく言うよ。どうだってやり様はあるくせに。で?何が目的なの?」
跡部のセリフをさらりと交わして滝がそう切り込めば、初めて跡部の唇に笑みが浮かぶ。
「何だやっぱりお見通しかよ?」
「フン。何かくだらない事考えてることくらいすぐに分かるよ。忍足もね」
キッと睨まれれば、先ほどの情けない表情はすっかり消えて、こちらも愉しそうに微笑んだ。
「別に大した事やあらへん。なぁ?跡部」
「そうさ。ただ、折角向こうからしてこようとしていた告白を聞かずに終わるのは勿体ないからな」
「そうや。もう一度向こうから言わせたいってだけやん。こっちも必死なんや」
二人はあの日、教室に置きっぱなしになっていた自分の想い人の鞄を取りに行った時、その中身を見てしまったのだ。すると大事そうに仕舞われたチョコレート。焦って、添えられた小さなメッセージを盗み見れば、自分に向けられた愛おしいメッセージ。
「あいつのことだ。最初に言わせなきゃ、頑として口にしなさそうだからな。告白だなんて」
跡部は苦笑いを浮かべながらも、やはり嬉しそうだ。
「呆れた…。それで二人をギリギリまで追い詰めてるって?可哀想に、岳人なんかボロボロじゃない」
冷たい視線を投げる滝。忍足は「それを言われると辛いんや…」と頭をガリガリと掻いた。
「岳人があんまりにウルウルした目で見上げるから、つい抱きしめたくなるんやけどな。でもあと数日待てば、覚悟決めてくれると思ってるんや」
「あと、数日?」
滝は不思議そうに、壁に掛けられたカレンダーを見つめる。
「ああ、なるほどね」
3月14日。それが忍足の言う日だとすぐに気がついた。

「ねえ、宍戸?俺たちこのままどうなるんだろ?」
もう何度目にもなるこの会話。
ここ一ヶ月間の日課は、部活後に宍戸の家か岳人の家でこうして二人で時間を潰すことだった。お互い余計なことを考えすぎて、一人きりが辛いからこうして会うようにはしているが、結局話している内容は一人のときと同じく後ろ向きな事ばかりだった。
日が経つにつれて、段々自分が相手にどう見られているのだろうという不安よりも、この中途半端な関係が辛く思えてくる。正直宍戸は、振られるならさっさと振られてしまいたいという投げやりな気分にもなってきていた。とにかく、前にも後ろにも進めないこの状態が辛いのだ。
「なあ、岳人?」
あの日のように大きなクッションに顔を埋めている岳人に声をかける。「なーに?」と答える声は消えそうなくらい小さくて、全然岳人らしくない。
こんな自分たちの状態に決着をつけたくて宍戸は覚悟を決める。
「なあ、ホワイトデーにもう一度ちゃんと告白しないか?駄目なら駄目で、もう終わらせられる。俺こんな状態続けらんねーよ…」
「宍戸…」
相手に行動を求めるだけで動けずにいたこの一ヶ月間。傍にいたいのにいられない、見つめていたいのにそれも出来ない。そんなじれったい日々を過ごしてようやく岳人も決意ができた。
「…そうだな、もう一度だけ勇気をだして告白してみよう」

3月13日の夜。宍戸はあの日以来始めて跡部に電話をした。
今までにないくらい緊張して、怖く感じる呼び出し音。携帯を放り投げてしまいたい衝動に駆られた時、思った以上の早さで電話が繋がる。
『…宍戸か?』
早く繋がった割には、少し沈黙を置いて跡部が宍戸の名を呼ぶ。そんな僅かな沈黙にでさえ、宍戸の決意は揺らいでしまいそうになる。
「…あ、跡部?」
久しぶりに聞いた自分を呼ぶ声、そして自分が跡部を呼ぶ声。どもって声が途切れてしまうと、跡部は穏やかな声で促した。
『…何だ?ゆっくりでいいから言ってみろ』
染み渡るような温かな声。時々二人きりの時に聞かせてくれる宍戸の大好きな声だった。
「跡部、明日…部活休みだろ?放課後話があるんだけど、空いてるか?」
『…ああ、大丈夫だ』
跡部の返事に、宍戸は詰めていた息をゆっくりと吐いた。

3月14日の朝練。岳人は柔軟体操で忍足の背中を押しながら、緊張した声で切り出した。
「…侑士。今日の放課後暇か?」
すると一瞬だけ動きを止める忍足の背中。岳人は慌てて言い続けた。
「あ、いや。無理ならいいんだ!」
「空いとる」
忍足は座ったまま、顔だけ振り返ってそう言った。そして肩に置かれた岳人の手の上からそっと自分の手を重ねる。
「空いとるよ、岳人」
もう一度、かみ締めるようにそう言った。

一人二人とクラスメートが教室を出て行く中、岳人は窓際の自分の席で中庭を見下ろしていた。もう日は傾き、さっきまで竹箒を振り回していた1年生たちの姿もなくなり、まるで校舎に一人取り残されたような静寂に包まれる。
「宍戸、どうしたかな…」
斜め前の宍戸の席には鞄だけが残され、本人は職員室に呼び出されていた。戻ったら跡部と話すらしいが、どこで何時に会うのかは聞いていない。今日はお互いに緊張していて物思いに耽ってばかりだった。
岳人は腕時計を確認して溜息を落とす。約束の時間まであと5分。たったこれだけの時間でさえ途方も無く長い時間に思えたり、短い時間にも思えて…。緊張のあまりに強く握り締めた手のひらには、じんわりと汗が滲んでいる。
「俺、汗かかない方なのに…」
試合でも経験のないその汗に、今の自分の緊張がどれだけのものなのか実感する。ポケットから出したハンカチで拭ってから、ふーっと息を吐きかければ少しひんやりした。まだ寒い季節なのに、やけに火照っている身体を冷ましてくれるようだ。
「…お待たせ。岳人」
ごく小さな声なのに、甘く響きわたるような忍足の声。岳人は慌てて後ろのドアを振り返った。
「…あ、侑士」
ガタガタと椅子を鳴らして不器用に立ち上がれば、忍足はいつものように微笑んで自分から岳人の方へと歩み寄る。
「…用って何や?」
その言葉に岳人はビクっと肩を振るわせる。この一ヶ月間で酷くマイナス思考になってしまった岳人には、忍足の言葉がまるで自分を責めているように感じてしまう。
「…ご、ごめんっ。あの!」
落ち着き無く自分の鞄を机の上に引っ張り上げ、震える手でファスナーを開けようとするが、思ったように動かない。
「…ご、ごめんっ」
岳人は震えを抑えるように、ぎゅっとその両手を握る。
何でこんなに緊張するのか分からない。振られたらどうしようとか、冗談にとられたらどうしようかとか、そんなことに怯えているわけではない。自分でも理由が分からないのに、ただ震えが止まらなかった。
「岳人。ゆっくりでええで」
そんな岳人の両手を、忍足の大きな手がすっぽりと包み込む。
本当はスマートに鞄からチョコレートを出して、真っ直ぐ見つめて「好きだ」と言いたかった。それから、自分と付き合って欲しいと言うつもりだった。
けれど、何ひとつ上手くいかない。気持ちだけが焦って涙がこみ上げる。
「…ゆ、し」
「…なんや?岳人」
切れ切れの言葉にも穏やかに応えてくれる忍足。
もう一度握った手に力を込められれば、次第に岳人の震えは収まっていく。
「ゆーし…」
「岳人?」
「侑士、俺分かったよ。俺、侑士がいないとダメなんだ…」
ピタリと落ち着いた自分の手を見つめて、呟くように岳人は言う。
「岳人…?」
忍足が続きを促すように見つめれば、岳人はもう何も躊躇はしなかった。
「侑士。俺、侑士が好き。大好き!」
そう言って、やっと取り戻した晴れ渡った空のような笑顔で微笑めば、忍足はその小さな頭をかき抱いた。
そして、力のまま抱きしめる。
「岳人っ!俺もや。俺もお前が大好きや」
そう言って唇を寄せれば、岳人は頬を真っ赤に染めながらもそっと瞼を閉じた。

宍戸が教室に鞄を取りにかえれば、人気がなくなり薄暗くなった教室で岳人と忍足が抱き合っていた。目を閉じて口付けを受けていた岳人は気づかなかったが、忍足は直ぐに宍戸の気配に気づく。
宍戸が顔を真っ赤にして「ごめん」と言おうとすると、忍足は静かにと言う様に人差し指を立てて見せた。そして口付けたまま、瞳で優しく微笑む。
良かった…と声に出さずに微笑んで、宍戸は自分の荷物をそっと掴み教室を出る。
そして廊下に出てから、もう一度二人を振り返った。
ついさっき余裕で自分に微笑んでみせた忍足が、まるで別人のように狂おしく岳人を抱きしめている。
「…あいつ、格好つけやがって」
そう笑いながらも宍戸は安心した。
大丈夫、忍足は本気で岳人を愛している。

生徒会室をノックすれば中から扉が開けられる。
「遅かったな」
跡部がいつもの様に言うから、宍戸も「悪ィ」と自然に答えられた。
けれど、それからは無言で立ち尽くす跡部。
電気がついていないから、西日の入らない角度のこの部屋は酷く暗く感じる。
窓の前に立つ跡部のシルエット。右手を軽く腰に当てた立ち姿は、意識していないだろうに計算されたような完璧さで宍戸の胸を締め付ける。
誰でも好きになってしまうだろう、完璧でカッコいい跡部。
絶対に自分は好きにならないと思っていたのに、思えば思うほど惹かれていってしまった。
自分がモテる事を当然分かっている跡部は、自分が抱いた奴に逃げられてどう思ったのだろうかと、今更のように気になる。こうして顔を見るまでは、ただ中途半端な自分の状態が嫌で、振るなら振ってくれなんて投げやりな気分でいたのに。やはり目の前にしてみれば欲が出てしまう。自分を受け入れてくれないだろうか?この間抱いてくれたのも、自分がせがんだからではなく、跡部自身の意思だったと言ってくれないだろうか?宍戸の頭を色々な思いが巡っていく。
「…何か用があったんじゃないのか?」
とても穏やかな声。
跡部のその言葉で、ようやく宍戸も覚悟が決まる。
跡部の本当の気持ちも、一ヶ月前に跡部が思ったことも、今自分が気持ちを告白しなければ考えても仕方のないことだ。
進むも戻るも、自分の気持ちを打ち明けなければ何も始まらない。
宍戸は自分でも不思議なくらい落ち着いて、鞄のファスナーを開ける。そしてあの日渡せなかったままのチョコレートを取り出した。
「遅くなったけど、これ貰ってくれないか?チョコレート」
一歩、二歩と歩み寄って差し出せば、跡部は無言でそれを受け取る。
近づいてその瞳の彩が自分の姿を捉えると、思い出したように宍戸の胸がどきどきと鳴り始めた。
チョコレートの箱を手にしたまま、跡部のブルーアイズは真っ直ぐ宍戸を見つめ続ける。冷たく見えて本当は誰よりも熱い瞳。まるで炎のように、その青は熱く燃えている。
その熱に促されるように、宍戸は唇を開いた。
長い時間かかって、やっと口にできるこの一言。
「跡部、お前が好きだ」
暗い中でも、跡部の瞳が微笑んだのが分かった。
「やっと言いやがったな…」
そう言うと跡部は箱を机に置いて、ゆっくりと宍戸にもう一歩近づく。
「…跡部?」
「散々待たせやがって!」
「…あとべっ!」
強く抱き寄せる跡部の腕。その力強さに驚く宍戸。
「俺も、宍戸が好きだ」
喘ぐように言って、跡部は宍戸の背を撫で頬に口付ける。
「俺がどんな気持ちで一ヶ月過ごしたか…」
「あと、べ…」
今まで一杯に張って溢れそうになっていた感情が、強く抱きしめる跡部の腕にとうとう零れ出す。
「跡部っ!跡部、跡部、あとべ…っ!」
感情のままに大好きな名を呼んで、宍戸も強く腕を回す。
「好きだっ。ずっと、ずっと好きだった…!」
まだ足りないと、跡部の肩に顔を埋めて抱きつく宍戸。
「知ってる…」
跡部も少しの隙間も無くなるように、細腰を引き寄せて覆いかぶさるように抱き込んだ。そして、そのまま涙に濡れる宍戸の顔を覗き込む。
「…くっそ、暗くて良く見えねェ」
舌打ちして感情を露わにする跡部を、宍戸はとても愛おしく思う。
「後でゆっくり見ればいい。今は…」
キスして、と。
その頬を、両手で包んで引き寄せた。

そしてその夜。
宍戸と岳人はそれぞれお持ち帰りされて、あの日の話を聞くこととなる。
「そっか、やっぱりあのウィスキーボンボンの所為か…」
自分たちのもとへ、チョコレートの箱を持ちニコニコと寄ってきた滝とジローの顔を思い出し、岳人はギリリ…と奥歯を鳴らす。
「そっか。別に俺が酔って誘った訳じゃなかったのか…」
見っとも無く酔った自分が跡部を誘ったのではなく、酔って正体を無くした自分を跡部が生徒会室に連れ込み抱いたのだという真実を聞いて少し安心する宍戸。
上手く行った今では、岳人も宍戸も、恋人が自分からの告白を聞きたいがために一ヶ月間何も仕掛けてこなかったのだという真相すら可愛く思えてしまう。
ただ二人が納得いかないのは、互いに愛する人の腕の中でたどり着いた腹立たしい一つの結論。
「滝とジローが余計な事しなけりゃ、上手くまとまってたんじゃねーか!」
握りこぶしで叫ぶ二人を、それぞれの恋人はそれぞれのベッドの中、苦笑いでなだめ続けた。

そして翌日。
二人の指には、きらきらと輝くプラチナのリングが…。



遅くなりましたが、ホワイトデー話でした。
きっとあのチョコには薬が盛られていたに違いありません。跡部はきっと2年から生徒会長を務めているに違いありません…!よく考えないで書くからこういう事になります。反省…。
  
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