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カテゴリー、「監禁シリーズ」の1話から順にお読み下さい。


restrain-束縛-(③跡宍編)
~監禁シリーズ6~

宍戸が漸く自宅へ帰れたのは、昨日の事だった。
夜の川っぺりで拉致されてから1ヶ月近く。いくら跡部に世話になっていると連絡をしたといっても、さすがに親が心配して跡部家へ連絡を入れてくるまで、宍戸は跡部の部屋で半軟禁生活を送っていた。
「宍戸」
それなのに、まだ満足がいかないのか、跡部はこうして宍戸の教室までやって来る。
(もう、勘弁してくれ…!)
宍戸は、ぎりりと奥歯を噛んだ。
跡部は、席に腰掛ける宍戸の机に片手を付くと、もう片方の手で乱暴にその顎を掬い上げる。
「家に帰って良いとは言ったけどな、休み時間に来るのを止めていいとは言ってないぜ?」
「っるせーよ!」
跡部の手を払いのけると、宍戸は席を立つ。
そして、クク…と笑う跡部を横目に、見守るクラスメートを掻き分けて教室を出て行く。
「…あーあ。宍戸次の授業サボる気かなぁ」
同じクラスの岳人がつまらなそうに呟く。そして、傍らに取り残された跡部を見上げて、呆れたように言った。
「ホント。いい加減にしろよな、跡部も」
何も話していないのに全てを見透かすようなその瞳に、跡部は小さく鼻を鳴らすだけだった。

3時間目開始のチャイムを聞けば、もう誰も追ってこないと頭では理解するのに、宍戸は走る足を止められなかった。
そして、そのまま親しんだ部室に駆け込めば、何だか現役の頃に戻ったようで少しだけ安心する。
宍戸は、並んだロッカーをゆっくりと見回した。
それから固く目を瞑り、跡部を部長として共に戦っていた日々の事を考える。それを思えば、今の自分たちの関係とは天と地ほどの差だ。
(何で、こんなになっちまったかなぁ…)
胸の奥が苦しくなる。宍戸は、シャツの胸元を強く掴んだ。
ただ、我武者羅にテニスをしていた日々。跡部は部長で、自分はレギュラーで。決してプライベートで仲が良いわけではなかったが、その関係は切磋琢磨し合える仲として、他のメンバーと同じく理想の部活仲間だったと宍戸は思う。
常に傲慢な程の自信を湛えた跡部は、部長としてはとても頼りがいのある奴だった。
けれど、こんな関係になってしまえば、それは厄介な相手でしかない。所謂敵にはしたくないというタイプだろうか。
「っくそー…」
ロッカーを背に床に座り込んで、宍戸は苛立ちをぶつけるようにしてその床を叩いた。
あの夜、跡部に抱かれてから、宍戸は自分でも理解できない自分の感情に苦しんでいる。
「離すつもりはない」と言った跡部は、あの屋敷から引き上げて跡部家本宅に戻ってからも、本当に宍戸を手放さなかった。
学校は勿論一緒に通って、休み時間も自分の元へ来るようにと命令する。そして夜は、自分から脚を開いておねだりが出来るまでに、抱かれる事に慣らされてしまった。
いくら拉致されての関係と言っても、その実情をバラされたくないのはやはり抱かれている側の宍戸であって、その結果、あらゆる命令に逆らえなかった。
けれど、跡部に従って、家でも学校でも隣にいて何をする訳でもない。ただ本を読む跡部を眺めたり、時には一緒に窓際で風に当たったり。仲間たちが不気味そうにするくらい、本当にただ一緒に過ごすだけだ。会話なんて殆ど無い。
仲間内でも一番の無邪気さを誇るジローが「お前たち、そうしてて楽しい?」と一度聞いてきた事があった。宍戸は咄嗟に答えられなかったが、跡部は実に可笑しそうに笑って言い切った。「ああ、楽しいな」と。
今思えばそれは、宍戸が戸惑い困っている表情を見ているのが楽しかっただけかもしれない。
けれどあの日から、宍戸は自分の感情が余計に分からなくなっていった。
自分から望んでいるのではない、弱みを握られているから仕方なくそうしているんだ。
そう言い聞かせなければ、自分の立場を忘れてしまいそうだった。
(愛されてるって、勘違いしちまう…!)
宍戸は、次第に跡部に惹かれていく自分自身が、何よりも怖かった。
そして極めつけは昨日だ。
いくら男と言えど、いくら友達の家に居るとは言えど。やはり1ヶ月の不在は不自然だ。
心配になって連絡してきた母親に、跡部は実ににこやかな声で話した。
「あまりに楽しかったので、つい引き止めてしまいました。申し訳ございません。明日には帰ると言っています」
明日には帰る。
その言葉が、宍戸の頭を駆け巡った。
促されるままに、跡部が自分のためにと用意してくれた衣類や教材をカバンに詰めて、そのファスナーを締めた途端。
もう誤魔化しの利かない自分の気持ちに気づいてしまった。
(…跡部と離れたくない)
そして、それはとてつもない恐怖になって宍戸を襲った。
何故なら、あの跡部が本当に自分を愛しているとは思えない。
拉致された時の、あの跡部の表情。あれはまさに、面白い玩具を見つけた時の子供の表情だ。
そして、自分を解放した時の表情。何の感慨もなく、ただ飽きた玩具を処分する時のように、その瞳は何も映してはいなかった。
「休み時間に来いだなんて、ショック受けてる俺をからかうつもりかよ…」
こんな事を思うようになった自分自身が、宍戸は本当に怖い。

「ふん。やっぱりここか」
「…跡部!?」
まさか追ってくるとは思わなかったら、宍戸は驚いて入り口を振り返る。
いつもは開きっぱなしの内鍵を、跡部がゆっくりと閉めれば、その音で宍戸の背には震えが走った。
恐怖ではない。いや恐怖かもしれない。
甘い予感を喜んでしまう、そんな自分に対する恐怖かもしれない。
宍戸は、一歩ずつ近づく跡部を見上げて、深い溜息を漏らす。
「宍戸」
跡部は口角を上げて薄っすらと微笑むと、傍らに膝をつき宍戸の頬を引き寄せる。
そして、静かな口付け。
宍戸は教えられたとおりに唇を開き、その舌を受け入れる。
「…いい子だ」
跡部はそう言って、宍戸の背を掻き抱く。
「跡部っ」
怖いくらいに、甘美な口付け。
たった一晩しか離れていなかったのに、その唇の甘さを感じたら、宍戸は抱えた感情を抑え切れなかった。
(もう、だめだ)
どんな日々が待っているのか分からない。どれだけ酷く傷つけられるか分からない。それでももう、言わずにはいられなかった。
たとえそれが一方通行でも。
「…跡部、好きだ…!」
搾り出すような宍戸の言葉。
一瞬、動きを止める跡部。
宍戸は、次に跡部の唇から発せられる言葉に怯えるように、その瞳をぎゅっと閉じた。
そうすれば、思いもかけない力強さで抱きしめられる身体。
「俺もだ、宍戸。愛してる」
「跡部っ?」
吐き捨てられるような乱暴な告白に、宍戸の瞳からは、大粒の涙が零れ落ちた。

2人して授業をサボり、跡部の部屋に逃げ込むようにして戻ったら、先に抱きしめたのは跡部だった。
こんな時間だから、いつものように車を迎えに来させる訳にもいかず、走って帰った身体は、冬に差し掛かっているのに酷く汗ばんで。それでも、その汗の匂いすら宍戸は逃がしたくなかった。
「跡部、跡部っ!」
昼間の宍戸が、そんな風に抱きついてくることは今までに一度もなくて、跡部はこれが現実なのかと疑ってしまう位だ。
縋りつく身体を抱き上げて寝室の窓辺に立てば、跡部は思い切りよくそのカーテンを開く。レースのカーテンも避けてしまえば、そこには穏やかな日差しが差し込んで、その温かさがこれが現実だと証明してくれる。
「宍戸…!」
今まで幻のような夜の宍戸しか抱けなかった跡部は、この現実を噛み締めて、震える宍戸の身体を強く抱きしめる。
「お前は、ただ逆らえずに、俺に抱かれていたのかと思っていた」
暖かな光の中、ベッドに横たえた宍戸に何度も口付けながら、跡部は狂おしく呟く。
「ば、か!それはこっちの台詞だっ」
「…宍戸?」
今度は、自分から跡部の頭を抱き寄せて唇を貪る宍戸。
「お前は、ただ玩具で遊ぶみたいに俺のこと抱いてるんだと思ってた」
堪えきれずに涙声になる宍戸を、跡部は潰してしまうのではないかという力で抱擁し、低く唸る。
「ンな訳あるか、馬鹿野郎!」

「なあ、言って?俺が好きだって…」
裸の胸を合わせて、宍戸は何度もそうねだる。
身体の結びつきよりも、よっぽど餓えていたその言葉を、宍戸は何度も何度も欲しがった。
「ああ、宍戸が好きだ」
繋がったままの腰を揺らせば、宍戸は甘い声で鳴く。
「もっと、言って」
「宍戸、愛してる」
激しい繋がりは、今はいらなかった。
じっくりと、ゆっくりと、溶け合うように繋がっていたい。
跡部はそう思って、熱く脈打つ楔を、ただ宍戸の中に埋めている。
そして、宍戸の思いも同じだった。
穏やかな快感と歓びの中をゆうるりと揺られるように、2人は眠りにつくまで、そうして囁き合っていた。

翌朝、目覚めた宍戸が真っ先にしたことは、親への電話だった。
勉強教えてもらうし、ちゃんと家の手伝いはしてるしと、ありとあらゆる、こじ付けとも取れる理由を並べ立てた宍戸は、圧倒された母親に同居を納得させてしまったのだ。
「おい宍戸、平気なのか?」
先日、泣く泣く宍戸を家に帰したことを思えば、嬉しいのは嬉しいのだが、あまりのやり方にさすがの跡部も言葉を失う。
「あ?平気だって。男の子供を持つ親なんてそんなもんだって!俺次男だし」
自信たっぷりに頷く宍戸に、跡部は「そんなもんか?」と首を傾げることしかできない。何せ自分は跡部家の長男だ。扱われ方が全く違う。
「何だよ、嬉しくねーのか?」
挑発するように、細い腕を絡めて宍戸が抱きついてくれば、跡部はだらしなく頬を緩ませる。
「嬉しいに決まってる」
そう言って、目覚めてからもう何度目になるかも分からないキスを交わす。
神懸かり的な偶然と、跡部の子供じみた悪戯心から始まった2人の関係が、こういう結末を迎えるとは、当の本人の跡部ですら思ってもいなかった。
「…越前が言ってた必然ってのも、満更嘘でもなかったかもな」
あの夜の会話に思いを馳せれば、宍戸がその耳たぶを強く引っ張る。
「痛てーよ」
そう零す跡部を、宍戸は強い視線で睨み上げる。
「お前が今までどんな悪さしてきたか追及はしねーけど、こうなったからには、もう何もできると思うなよ?マジ俺、浮気とか許さないし」
脅すような口調の割には可愛らしいその内容に、跡部はククク、と笑ってその身体を抱き寄せる。
「こんな可愛いのが手に入ったのに、他に何がいるってんだ」
「…絶対だぞ?」
初めて知った宍戸の甘える姿に、跡部は蕩けるように微笑んで頬擦りする。
「死ぬまでお前だけを愛するよ」
「よし!」
実は跡部並みに束縛が強いのかもしれない宍戸の言葉も、跡部にとっては可愛いおねだりにしか聞こえなかった。

2日後の教室で、岳人は呆れたように目の前の二人を眺める。
「ちょっと。こっちはすげー心配してたのに。何だよ、それ」
片時も離れたくないとばかりに寄り添う二人。一昨日苛立って教室を飛び出した時とは別人のような宍戸の笑顔。
「小さい事でガタガタ言うなよ、岳人」
そんな宍戸の暴言に、ムカッときた岳人が机を叩いて席を立とうとした時、その視線が小さな煌めきに気づいた。
一昨日までは無かった、宍戸の左手に輝くリング。
もしかしなくても、それは薬指で…。
「お前ら、寒い!寒すぎ!」
もちろん跡部の指にも輝くプラチナのリングは、昨日、急遽跡部が用意したものだった。朝の思いつきで、午後には有名宝飾店の店員が5人がかりでやってくるあたりは流石の跡部家と言うべきか。
「長い道のりだったんだ。少しは多めに見てくれ」
そう言って、珍しく跡部が嬉しそうに微笑むから、岳人はそれ以上何も言えなかった。
悪名高い跡部も、尻に敷かれて精々大人しくなってくれたら…。仲間としてはそう願って、宍戸に全てを任せるだけだった。

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