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猫宍シリーズ番外編。

猫宍結婚式の朝の出来事。

結婚式のその前に(跡×宍)
~猫宍シリーズ32~

「はあ!?明日?…ま、勿論行けるけど」
「やるとは思ってたけど、随分急だね」
「跡部~。また突然やなぁ」
「マジマジ!?超楽しみだC!」

明日都合付けろ、結婚式するぞ。
そんな素っ気ないセリフは意外にもすんなりと受け入れられる。長年跡部景吾と付き合ってきた内に培われた柔軟性だ。ちょっとやそっとの事じゃもう動揺なんてしない。

「そんな訳だから、急遽メンバーを集めて欲しい」
「了解!青学に声かけとくぜ。大石あたりに伝えりゃ早いだろ」
岳人はそう言って、早速携帯のメモリーを探る。
「俺は立海に連絡しとくわ。柳あたりの連絡先聞いといたはずやけど…」
忍足も、携帯を開くと指を滑らせる。
「俺は山吹と不動峰に連絡すっから、ジローは2年連中に頼む」
「オッケーオッケー♪」
「あと滝は…」
「分かってる。ドレスとメイクは任せといて」
胸を張り拳で叩いて見せる滝に、跡部は満足そうに大きく頷いた。

「あ、大石?久しぶり、向日だけど。頼みがあるんだけどさ…」
岳人の声が弾む。大石は驚きながらも快諾してくれたようだ。
「あ、柳か?氷帝の忍足やけど。おお、久し振りやなぁ」
一頻り挨拶を終えて本題に入る忍足の表情も明るい。携帯を耳に当てながら、空いた手でOKマークを作って見せる。
「長太郎、うぜーよ!泣くな!」
イライラしたように吐き捨てるジローも、その表情は楽しそうに輝く。
「ところで跡部、ドレスとタキシードのデザインに拘りある?」
滝は慌ただしそうに手帳を開きながら、跡部に視線を投げた。
「いや。全部お前に任せる」
「了解。今日の明日じゃオーダーは無理だけど、どうする?買い取っちゃう?レンタルって手もあるけど」
「買い取ってくれ、手元に残してやりたいんだ。金額に糸目はつけない」
「そうだね。…あ、母さん?急で悪いんだけど…」
それぞれが、任された分担を順調にこなしていく。
ソファを立つと、跡部は窓際に歩み寄った。
客室だけを配置した離れからは、宍戸のいる部屋は見えないが、きっとまだ冴えない顔して同じ空を眺めていることだろう。
「…バカが。居場所がないなんて」
先ほど、自分の胸を深く抉った言葉を反芻する。
分かった気になったって所詮は違う人間で、やはり少しも宍戸の気持ちなど汲み取ってやれていないことに愕然とした。
それならば、自分の思いつく限りの方法で、その気持ちを示すしかない。

翌朝。
宍戸が目覚めるまで添い寝してしまった跡部は、急ぎ足で別荘の大ホールを目指す。
各学校に車を手配したはいいが、正直どれだけの人数が集まれるかは確証が得られなかったのだ。
昨日の今日だから仕方がない。流石の跡部もどれだけ無理を言っているのかは分かっているつもりだから、その扉を開くのに、らしくもなく緊張する。
綺麗に磨き込まれた重厚な扉を、ゆっくりと押し開く。
「あ、跡部!」
振り返る明るい表情の面々に、跡部は一瞬目を瞠った。
「おめでとう!」
ひしめき合う人々は、口ぐちに祝辞を述べる。
「しかし、突然だな。まあ目出度い事だからいいけどな」
「…ああ」
跡部の表情が次第に綻んだ。

「すげーな。スーツまで用意してあるなんて!」
不動峰の神尾は、目を丸くして数々の服を手に取った。
「…俺、サイズあるんスかね?」
越前はいつもの不遜な表情に、薄らと不安を覗かせる。
「おっちびー!こんなのはどうかにゃ?」
「…それって、子供用じゃないッスか!」
菊丸が見つけたのは、蝶ネクタイに半ズボンが可愛い、いかにも七五三ですといった衣装だ。
ムッとした越前は、菊丸に食って掛かる。
「大丈夫だ。サイズは幅広く揃っている。ここにも500以上はあるはずだからな。合ったのを探して、早速着替えに移ってくれ」
跡部が苦笑しながら言うと、それぞれが自分に合ったサイズの場所に移動していく。

ざっと見て30人以上。
急なお願いにも、これだけの人数が応えてれたことに、跡部は素直に嬉しいと感じる。
「皆、有難う」
そう言って微笑む跡部は、随分大人に見えて、集まった面々はその手を止めた。
「…跡部」
守るべき者がいるというのは、こんなにも人の表情を変えるのだろうか。
「跡部、宍戸さんを守ってくれよな」
「神尾…」
神尾は、スーツを手に俯きながら言う。
「俺、宍戸さんに無神経な事言っちゃって、すげェ反省してる。宍戸さんがどんな気持ちでいるか…」
「神尾。宍戸はそんな事を気にする奴じゃない。きっと感謝してるはずだぜ?ずっと悩んでたあいつの背中を押してくれたのは、お前の言葉だったからな」
「跡部…」
顔を上げない神尾は、きっと零れる涙をこらえているのだろう。
跡部が視線を巡らせば、人混みから姿を見せた千石が微笑んで頷く。
そして、千石の腕に抱き寄せられると、神尾は漸くその涙を解放した。

「ああ、そうだ」

皆がほっと息をついた所で、滝が呑気な声を上げる。
「どうした?」
跡部の声に、滝は焦った声で答えた。
「忘れてたけど、バージンロードどうする?誰がエスコートする?」
「ああ、そんなのがあったか」
流石の跡部も、結婚式の流れまでは把握していない。こればかりは、滝と樺地に任せきりだったのだ。
「普通はお父さんだよね。でも、今回はこのメンバーだし…」
滝の言葉に、回りを囲む円陣がぐっと小さく近づく。
「え?ええ?」
手塚に橘、真田に亜久津、そして忍足。その後からは柳に乾も顔を覗かせる。
「それは俺が適任だと思うが」
「…手塚」
あまりの迫力に、滝は一歩後ずさった。
「いや、それは俺が。神尾が迷惑かけたのもある。ぜひ俺に」
「た、橘?」
そんな二人を掻き分けて歩み出るのは真田だ。
「いや、俺がやろう。俺が一番宍戸を想っている」
「ああ?聞き捨てならねえな、そんなの俺に決まってるだろうが」
「ぬ、亜久津か」
とうとう、真田と亜久津の睨み合いまで勃発する。
「そんな喧嘩腰では、宍戸が怯えてしまうだろう。ここは俺が」
「それなら俺が適任だと思うが?」
淡々とした乾の声を遮るのは、これまた落ち着いた柳の声だ。
「あ、あの…」
厳つい面々は、滝を囲んで牽制し合う。
試合ではなかなか見られない、強面メンバーの顔合わせだ。
「あ、跡部!どうするの!?」
「ったく…」
滝のヘルプに、跡部は呆れて溜息を吐く。
「時間がねえんだ。何でも良いから決めちまえ」
「え~、何でもって…」
困り果てた滝に、ジローが助け舟を出す。
「じゃあさじゃあさ!『あっちむいてほい』にすれば?」
「…あっち向いてほい?」
手塚が復唱すれば、菊丸も調子に乗って賛成する。
「いいね、それ!」
「…でも、人数奇数っすよ」
「じゃあ、俺も参加させてもらおうかな?」
越前の声に答えたのは、幸村だ。

雁首そろえたメンバーに、2年組はひそひそと囁き合う。
「…真田副部長、あっち向いてほい知ってるかな?あの人ラストサムライだからよ」
切原の言葉に、桃城も同意する。
「手塚部長も、きっと知らねえぜ」
「…だな」
海堂も心配そうに頷いた。
「しかし、凄いメンバーだよ。全国ナンバーワンを決めるみたいな緊迫感だよね、日吉」
「…あっちむいてほいだけどな」
興奮したような鳳の言葉に、日吉は溜め息を吐く。
そんな中、もう二度と見られないであろう熾烈な争いが、幕を切って下ろされたのだ。

呆れるメンバーや、指さして笑う後輩たち。
賑やかな声の中、跡部は部屋で待つ宍戸を想う。
「宍戸、楽しくなりそうだぜ?」
見上げた空は、雲一つない青空だ。

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