あの夏の空（青学） 2009/01/31 (Sat)

青学、大会後のひとコマ的ＳＳ。

インフル休暇中、青酢のシングルベストをぐーるぐる聴いてました。
好きだなァ、青学。
思い起こせば、最初にがっつり心持って行かれたのは、不二と海堂でした。

 

あの夏の空（青学）

「越前、君、大丈夫？」
「大丈夫て、何がっスか？」
「僕たちがいなくなって、さ」

コート脇のベンチ。
審判をしてくれてた不二先輩と、練習試合の終わった俺は並んで腰かける。
「はい」
「…どもっス」
差し出されたドリンクを一口含んだ。

先輩は、いつもの開いてるんだか閉じてるんだか分らない目で、向こうのコートまで首を伸ばして眺めている。
風が涼しくなり始めて、そろそろ先輩たちは、部活に出て来なくなるんだろうなって思う。手塚部長は、もう部長ではなくなった。

「…大丈夫っす」
「そう？…まあ、桃も海堂もいるけどね」
「…っス」
「ちょっと、こっちおいで」
「…おいでって」
この距離だって大分近いのに、不二先輩は「おいで」と言う。

コートからは、河村先輩の雄叫びが聞こえる。
中学でテニスをやめる先輩の、最後のバーニングかもしれない。
向こうでは他の1年が素振りしてる声。
いつもの、心地よいざわめきが流れる。

「…はい。何スか？」
俺は、先輩のすぐ隣に移動した。
不二先輩ってさ、目的とか先に言わないから、いっつも、かなり不気味なんだよな。
何か悪戯する気じゃないだろうな…。

先輩は、俺の頭を抱きかかえるようにする。
そして急に撫で始めた。
「いいこいいこ」
「はい！？ちょ、ちょっと！不二先輩！」
「うーん、寂しいな」
「何なんっスか！」
慌てて手を払ったら、先輩はいつもの目で少し寂しそうに笑った。
「本当にね、楽しかったんだ、この夏」
「…先輩？」
「去年だって楽しかったよ。でもさ、君が来てからのテニスは、何か世界が違ってた。ちょっと思い返すだけで、皆のはしゃいだ笑い声が蘇るんだ」
先輩はもう一度、帽子の上から「いい子いい子」と、笑って撫でる。
「もう、あんな夏はないんだね…」
「先輩…」
「寂しいだろ？大丈夫？」
「平、気…」
多分ね。
だって喧しい桃先輩と、寡黙なくせして意外と口うるさい海堂先輩が残るんだ。
今度は喧嘩止めてくれる人がいなくて、もっと煩くなるよ。

「楽しかったね」
「…はい」
不二先輩は、満足そうに笑った。

「あー！不二～、そんな所で休憩してたのか」
後ろから、大石先輩の声がする。
「おい、越前。竜崎先生がお呼びだ」
前からは、厳めしい顔をした手塚部…先輩がやって来る。
「ごめんごめん。僕が引き止めてたんだ」
不二先輩は大石先輩と手塚先輩…、いや、手塚部長に微笑んだ。
「まったく、先輩が邪魔をしてどうする」
手塚部長の言葉に、不二先輩は大して悪びれもせずに「ごめん」と誤った。

「だってさ、見て。夏が終わっちゃう」

そう言って、不二先輩は上を指差す。
空には、鱗雲がじゅうたんのように広がっていた。
その後の青空は、まだ高いのに。

「そうだな…」
手塚部長は、空を見上げてそう呟く。
「…だね」
大石先輩も。
そして、大石先輩はチラリと俺を見た。
「越前の面倒を見られなくなるのが、寂しいな」
「…面倒って。俺がどうしようもない子供みたいじゃないっスか」
不貞腐れて言ったら、手塚部長まで言うんだ。
「どうしようもない子供だろう」
「ハハっ、越前の負け」
「不二先輩！」
ったく。3年生が寄ってたかって1年をからかうんだからな、嫌になるよ。

「もう、行きますよ！」
俺は呆れて立ち上がった。
だってさ、口じゃ勝てる気しないんだよね不二先輩。
大石先輩を困らせるのも嫌だし、部長は無言で威圧かけるし。

「さーて、じゃ僕も行こう」
「あ、そうだよ。不二、次練習試合だから呼びに来たんだ」
慌てる大石先輩、飄々と気にもしない不二先輩。
ゆっくりと後に続く部長。

最後に歩きだした部長は、俺を追い抜きながら、その大きな手で俺の頭を撫でた。ってか、手デカすぎて頭抑えつけられる感じだ。
「っわ」
びっくりして肩竦めたら、大石先輩まで。
「急げ、越前」
ぽん、と一つ頭を小突く。
そして、不二先輩も。
「行こうか、後輩」
乱暴に、俺の帽子のつばを下げた。

「ちぇ、何なんだよ」
初めて、胸の奥に何かが溢れるのを感じた。
「…何だよ」
鼻の奥がツン…として、俺は慌てて俯いた。