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4/1アップ済み「猫宍奇想曲①」から順にお読み下さい。


猫宍奇想曲⑧ (跡×宍)
~猫宍シリーズ8~


俺が椅子に腰掛け足をぶらぶらとしていたら、岳人が横にしゃがみ込んで見上げるように尋ねてくる。
「宍戸、何考え事してるんだ?」
「うーん」
自分では分からないんだけど、どうも仲が良いヤツには俺の機嫌が分かるみたいで。こうして悩んでる事を言い当てられるのもしばしばだ。
「尻尾が元気ないぜ?」
…やっぱり尻尾のせいでバレるらしい。愛想笑いみたいに愛想尻尾振り(?)とか出来ないもんかな?猫歴の浅い俺には分からないことだ。
「言ってみろよ」
机についた肘を岳人が揺らすから、俺は乗せてた顎をがくんと落としてしまう。
こいつって気は良いんだけど、乱暴なんだよな。
「…悩みはあるにはあるんだけど」
俺は教室を見回す。自意識過剰かもしんねーけど、この姿になってからやたらと人に見られてる気がして落ち着かない。それでなくたって俺の悩みは口にするのも恥ずかしい事なんだから…。
「屋上行く?」
岳人がそう誘ってくれるから、俺は素直に頷く。
そろそろコートが欲しくなる季節だ。さすがに吹きさらしの屋上には誰もいないだろうと思って俺は席を立つ。昼休みもまだ残ってるし、跡部はさっき俺の顔見て安心したように教室に戻ったし。
「はい、手」
岳人は俺が歩き出すと自分の手を差し出す。
「…だからさ」
しつこい様だけど、手は繋がなくていいんだよ。
そう思ったが、俺はもう口にするのをやめた。何度言っても誰も聞いてくれないから、もう諦める。
そのまま教室を出るが、中3男子が仲良く手を繋いで廊下を歩いても、誰一人として驚いたりはしない。慣れって恐ろしいよな…。

屋上に出ると、さすがに空気が冷たく感じる。
「宍戸、こっち行こうぜ」
コンクリ壁の後ろに回れば、少しだけ風が弱まり話をするくらいなら大丈夫そうだ。
俺がいいって言ってるのに、岳人は自分のジャケットを脱ぎ俺の肩に掛け、冷たい空気から守るように背中に腕を回した。
…これは岳人に限った事じゃない。仲間全員がこの扱いなのだ。後輩の長太郎や日吉、樺地だって、すっかり俺を子供扱いだ。
でも、以前より寒さに弱くなったことは感じていたから、素直に抱きしめられたまま腰を下ろす。
「で?何がそんなに気になってるんだ?どうせ跡部絡みだろ」
「…何でそう思う?」
まさか、尻尾が『あとべ』って形に揺れてるわけでもあるまいし。
不思議に思って俺が聞いたら、岳人はあっさりと言いやがった。
「お前の頭からテニスを取れば、残りは跡部だけだろ?」
当然のように言い放つ岳人に、俺の頬はカァっと熱くなる。
…そんな風に思われてたのか?確かに部活を引退した今、勉強の事じゃ(今更)悩まないし、残りは跡部と自分の姿についてしか悩みは無い気がする。
「跡部がどうかしたか?」
岳人の心配そうな声に、俺は小さく溜息をつく。
他の人からしてみればつまらない事なのかもしれないけど、この姿になった今、抱える悩みは結構深刻なのだ。
真面目な表情で岳人が見つめるから、俺は遠慮せずに聞いてみる。でも、まずは遠まわしに…。
「岳人は今俺とテニスしたら、全力ではやらないか?」
俺の言葉に、岳人は一瞬意外そうな顔をしてから「うーん」と呻る。
「てっきり跡部絡みだと思ったのに、テニスか?そうだな…」
岳人は俺の手首を取ると、その太さを測るように指を回した。
「こんなに華奢になっちまったもんなァ。でも、俺は全力で行くぜ?俺なら体格そんなに変わらないから大丈夫だろ?」
俺がテニスの相手をしてもらえなくて拗ねてると思ったのだろう。岳人は励ますように言ってくれる。
「…さすがに鳳はスカッドサーブは出せないだろうし、樺地もなァ。女子を相手にする感じだろ?壊しちゃいそうで全力では難しいかもな…」
俺が悲しむと思ったのか、そう続けた岳人の声は尻つぼみに小さく消えた。
「壊しちゃいそう、か」
その言葉に、俺は大きく息を吐く。
本当はテニスの心配をしている訳じゃなかった。正直体力では大きなハンデができたが、益々上がったスピードは大きな武器になると思っている。実際青学の越前は、あの体格でもあれだけの成績を残してるしな。
実のところ岳人から聞き出したかったのは「壊しそう」の言葉だった。聞きたいというか、確認したかったというか…。
「岳人、笑うなよ?」
本音を打ち明ける前に釘をさす。
「…何が?」
俺の心配がテニスの事だと思っている岳人は、きょとんとした顔で聞き返す。
「いいから。絶対笑うなよ!」
「あ?ああ」
俺の勢いに押されて、岳人は何度も頷いた。
本当はこんな女々しい事言いたくねーんだけど。こんな姿になった俺を、仲間として跡部と共に見守ってくれている、こいつ等にしか尋ねられないんだよ。
だから俺は、恥を忍んで聞いてみる。
「こんな姿になった俺は、怖くて抱けないと思うか?」
俺の言葉に、岳人は動きを凍らせる。
…岳人向きの相談じゃなかったか?
俺は急速に熱くなる頬を手のひらで扇ぐようにして、顔を俯ける。
いくら俺たちの仲を全部知ってる岳人だからって、質問が生なましすぎたらしい。
岳人は恥ずかしそうに視線を逸らすけれど、それでも律儀に答えてくれようとする。
「…な、なるほど。それで『壊しちゃいそう』ね…。うーん確かに。今までの宍戸に比べたら随分華奢になっちゃったし、少し戸惑ってるだけじゃないか?だって、女性ならそれくらい小柄な人って結構いるだろう?」
岳人は顔を扇いでいた俺の右手を取り、急に引き寄せ真っ直ぐ見つめてくる。
「…岳人?」
「俺なら!そんなの気にしねーよ。や、優しくするしっ」
「…ハイっ!?」
何だ!?
ただの相談が、ちょっと違う方向へ進んでないか!?
びっくりして俺が仰け反ったら、俺たちの上に落ちる人影に気づく。
「…跡部」
岳人の、バツが悪そうな声。
「…向日。変な気を起こさない方が身のためだ」
ビリビリ震えるような低音の声に、岳人は素直に頭を下げる。
「…ごめんなさーい」
そう言うと、岳人はそそくさと立ち上がった。
「どうぞごゆっくり~」
へらっと笑いながら去る後姿に、跡部は俺の肩から奪った岳人のジャケットを投げつける。
「…まったく。油断ならねーな」
跡部は大きく溜息をついた。

「で?お前はそんなくだらない心配をしていたわけか」
今度は跡部が自分の上着を掛けてくれて、隣に腰を下ろす。
「…くだらなくない」
跡部が何てことないみたいに言うから、俺はつい怒り口調になってしまう。
だって、この姿になってから一度も抱かれてないんだ。変化する前はあんなに嫌だって言っても無理やり抱いたくせに…。
もう2ヶ月近く経つんだぜ?
拗ねて俺が俯くと、跡部は苦笑いして俺の肩を抱き寄せる。
「お前の小さな脳みそのキャパを考えて、遠慮してたんだがな?」
「ち、小さな…!?」
失礼なヤツだな。確かに頭も小さくなっただろうけど、そんなにバカになった訳じゃねー!…いや。元々の頭をバカにされてんのか?
ま、何でもいい。
「取りあえず…!」
そう力んで跡部に食って掛かると、跡部は愉しそうに「取りあえず?」と聞き返す。
「…えーと」
ここまで言ったら続きは「俺を抱け」ってなるんだろうけど…。
見つめる跡部の瞳が、イタズラに細められた。
…こいつっ!俺から言わせるのが目的だったのか!?
「…人のことからかいやがって!」
けれど、俺の言葉なんて聞いちゃいない。
「取りあえず?」
跡部はしつこく、さっきの言葉の続きを促す。
あー、もー!
そんなに聞きたきゃ、言ってやるよ!
「俺を抱けっ!」
頭にきて叫んだら、跡部は「了解」と答えて立ち上がる。
俺は当然のようにお姫様抱っこだ。
ま、まさか?
「よし。家に帰るぞ」
ああっ、やっぱり!
「跡部っ、そんな急じゃなくても!授業!」
「気にすんな」
「ええー!?」
生徒会長ともあろう方が、なんて不謹慎な言葉。
でも、跡部は止まらない。
ずんずん歩いて、昼休み終了間際の教室から俺の荷物を持ち出す。
「跡部!?」
驚いたような岳人の声に振り返ることもなく、今度は自分の荷物を取りに行く。
廊下の窓から見える校門には、もう車が迎えに来ていて…。
俺は大勢の生徒に見守られる中、このお姫様抱っこの状態で運ばれる。
そして、校庭を横切りながら校舎を振り向けば…。
「…わあっ!」
窓という窓から、生徒たちが乗り出して俺たちを見物している。
「学校中の人間に見送られて、気分イイんじゃねーの?」
跡部はククっと喉の奥で笑った。
「そんな訳あるか!」
激恥ずかしいっての!マジむかつく。
「跡部のバカヤロー!」
仕返しのようにそう叫んだら、跡部のやつ俺の猫耳に噛り付きやがった…!
痛てーよ、バカ!

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