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女体注意報です!岳人・宍戸・滝が女の子です。苦手な方はご注意ください。
女の子なのに一人称は「俺」です。名前もそのまんまです。ムチャクチャです…!


岳人の受難 (忍×岳)

部活を終えシャワーを浴びた身体を拭こうとしていたら、一足先に上がった宍戸が驚いたように着替える手を止めた。
「どうした?」
不自然な体勢で止まった宍戸に声を掛けたら、
「滝!何だよそのエロい下着!」
宍戸は反対隣で着替える滝を指差してそう叫んだ。
「宍戸っ!」
滝が慌てて宍戸の口を塞ぐから、俺も興味が湧いてひょいっと覗き込む。
「わっ、本当だ!」
これは宍戸でなくたって驚きの声を上げちゃうよ!
「もー!岳人まで」
滝は恥ずかしそうにして少し背を向けた。
だって、だって。
すっごく高そうな黒いレースのブラだったんだ。女子中学生がつけるようなのじゃなくって、所々肌の色が透けて見えるようなHなの!
よくよく見ればショーツもお揃いの黒。
「…すっげー。それって彼の趣味?」
宍戸が目を丸くして滝に尋ねる。
「恥ずかしいから嫌だって言ったんだけど、彼が買ってきちゃって…」
「…おお、さすが年上の彼」
「確か社会人だもんな」
俺と宍戸が感心するように頷く横で、滝は隠すようにして制服のシャツを着込む。少し急いで見えるのは恥ずかしいのもあるだろうけど、きっとこの後彼とのデートなんだと思う。
「何だかんだ言ってもさ、彼のためにその下着つけてあげちゃってるんだろ?」
「岳人っ!」
滝ってば顔真っ赤にして超可愛い!
「でもさ、いいよなぁ」
宍戸は指をくわえるように、そんな滝の着替えを眺めながら呟いた。
「スタイルいいからそんな下着似合うんだよ」
宍戸の言葉に俺も納得してしまう。
「確かに。俺じゃそうはいかないや。滝って何カップだっけ?」
こんな質問は女同士なら恥ずかしくもなんとも無い。滝は躊躇いもせず「Dかな?」と言った。
その返事に、宍戸がまた「えー!?」と声を上げる。
「前聞いた時Cって言ってたじゃんか!」
そうなのか?二人で滝を見つめると、滝は視線を逸らして小さく呟く。
「…彼と付き合い始めたら、大きくなったみたい」
マジかよ!?
「超羨ましい!」
このスレンダーボディで、出る所はちゃんと出てるなんて本当羨ましすぎる。
「俺なんてAカップから一向に変化がねーぞ?」
宍戸は自分の胸元を悲しそうに見下ろした。でもさ、そんなのまだいいよ。
「俺なんてブラいらねーよ。母さんが形だけでも付けとけって言うからしてるけどさぁ」
大げさでなくてこれマジだから。サイズが小さすぎて滅多に売ってないくらいだから、いらないんだよねブラ。
「でも、付けてた方が形良くなるって言うしね」
滝がフォローしてくれたって、なぁ?
そんな会話に華を咲かせていたら、鍵を掛け締め切っている脱衣所のドアに「バンっ」と何かが当たる音がする。
「な、何だ!?」
3人でビクッとしてそちらを振り返れば、飛んできたのは怒りに任せた跡部の声。
「てめーら話が筒抜けなんだよ!少しは恥じらいを知れ!」
わー。怒ってる…。
「ごめんなさーい」
俺たちは声を揃えて謝った。

ここは氷帝学園中等部テニス部のレギュラー用部室。
ちなみに俺たちは女子テニス同好会。
メンバーが5人に満たない部活は「部活」としては認められてなくって、同好会として活動してるんだ。ちなみに今のメンバーは俺に宍戸に滝の3人。よって部活としては認められず、男子テニス部の温情により間借り活動を送ってるんだ。
コートも部室もシャワールームも、男子の端っこを使わせてもらってる。

俺たちが制服に着替えてロッカールームに戻れば、先にシャワーを浴び終えたレギュラーメンバーが帰り支度を終えた頃だった。
「宍戸さん。俺胸の大きさなんて気にしませんから!」
以前から宍戸にアタックを続けている鳳はそう言って、宍戸に見当違いの励ましを贈る。
あんな話聞かなかった振りしとけばいいのに、こうやって面と向かって言ってしまうあたりが鳳のバカな所だ。案の定宍戸の鋭い視線を浴びて「うるせー」と一言返される。しゅん…と肩を落とす鳳。ホント不器用なヤツ。
「滝ー。俺、いつでも待ってるから。彼と別れたら教えてね?」
滝のHな下着でも思い浮かべてるのか、ジローはニコニコと笑いながら滝に声を掛けてる。
「もう!バカっ!」
図らずしも自分のバストサイズを知られてしまった滝は、真っ赤になって伸ばされたジローの手を叩いてる。
ジローも結構前から滝に言い寄ってるんだけど、滝にとってジローはかわいい弟くらいにしか映らないみたい。結構お似合いだと思うんだけどな?
「全くてめーは…。少しは恥じらいを持てってんだ」
前を通ろうとした宍戸にそう声を掛けたのは跡部だ。
「うるせーな!」
跡部っていつもはそんな事ないのに、宍戸にだけはこうやって突っかかる。宍戸だって相手にしなきゃいいのに跡部の言葉にだけは敏感に反応するんだ。今だって足を止めて跡部を睨みつけてる。
「こっちは温情で部室を使わせてやってるのに、聞きたくもない話を聞かされたらたまんねーんだよ」
ほら。やっぱり跡部ってば必要以上に宍戸に突っかかる。
「聞きたくねーなら耳塞いどけ!」
あー…。宍戸もどうしてすぐ頭に血上らせるかなぁ。この二人が喧嘩すると止めるのが大変なんだよ。跡部の言葉は容赦ないし、宍戸はすぐに手が出るし。
でも、こーゆー時止められるのって俺しかいないんだよなぁ。2年は困ったような顔をしてそんな二人を眺めてるだけだし。
「はいはい、お二人さん。ここまでにしときー」
…ああ、コイツもいたっけ。
俺が止めに入ろうとした所で、一足早く声をかけたのは忍足だ。
こいつは大体がへらへら笑ってて温和で、まあ一般的にはイイ奴だと思うんだよな。女にもモテるし。
でもそれは、ある一人にだけは別みたいなんだ。
「まーまー跡部も落ち着いて。亮ちゃんのサイズみんなに知られちゃったんは悔しいだろうけど、亮ちゃんもちょこーっと油断しとっただけやん。大目に見たり」
「忍足!」
まるで跡部が宍戸を好きだ…みたいな言い方に、二人はそろって忍足を睨むけど、肝心の忍足はもう二人のことは見ていなかった。
こちらに視線を寄越した忍足は、今までとは別人みたいに、バカにしたような冷たい口調で俺を流し見る。
「…それに。どっかの誰かさんは、よっぽど貧相なサイズを堂々と暴露しとったしなぁ」
「…このっ!」
忍足の言葉にさすがの俺も一瞬言い返しそうになる。自分で「貧相」って言うのはいいけど、男に言われるとムカつくんだ!
そう。忍足が唯一冷たく当たるのは俺に対してだけ。
別に何した訳でもねーし、話すならよっぽど2年の方が多いくらいなんだけど、一体何が気に食わないんだか。
ムカツクから俺はわざと無視をして自分のロッカーの前まで行った。
「岳人っ」
宍戸が慌てて追いかけてくる。
「岳人…。忍足も悪気はねーんだよ」
悪気の無いヤツが、あんな事言う訳がねーだろ。
あんまりに腹が立って、宍戸の言葉にも返事をせず荷物を整理し始めたら、滝が小さく声を掛けてきた。
「岳人、宍戸。俺先行くね?」
いつもは乾かしていく髪もそのままに、滝は荷物を抱える。
「あ、彼氏?」
社会人の彼は当然車を持っていて、きっともう校門まで迎えに来てるんだろう。
「二人とも送ってこうか?」
滝が気を使って言ってくれるけど、俺たちは揃って首を振る。
「ほら、チャリあるし」
「あ、そっか」
滝は頷くと「それじゃ、お先」と言って部室を出て行く。
「また明日ねー♪」と明るく響くジローの声で、さっきまでのギスギスした空気が一気に和んだ気がした。
俺と宍戸も滝が部室を出るのを見送ると、ロッカーから自分のドライヤーを取り出す。
ここの部室ってさすが氷帝って言いたくなるくらい設備はいいんだけど、唯一残念なのがドレッサーがないところ。まあ、男子テニス部なんだから当然なんだけどな。俺たちは髪を乾かさないと帰れないから、毎日部室内のテーブルに自分の鏡を置いて乾かしてる。
そんな事をやり始める頃には男子はみんな帰ってしまって、最後に残ってるのは鍵当番だけ。遅くまでつき合わせて悪いなぁとは思うんだけど、こればっかりはな。しかも、その事も条件に入れて顧問と部長の跡部がOK出してくれたんだから、俺たちは遠慮せず居させてもらっている。
もう3人だけになってしまった部室で、鍵当番の忍足は宍戸が座る後ろに立つ。
「亮ちゃん。俺、乾かしたるわ」
そう言って、宍戸の手からドライヤーを奪い取ると背中まで届く髪に手を触れる。
「こんなん跡部がいない時しか出来へんし」
「いいってば…」
困ったように振り向く宍戸に「ええから、ええから」と笑いかけると、忍足はドライヤーのスイッチを入れる。ブオーっとターボ音が鳴り出すと、もう二人の会話は聞き取れない。多分忍足の事だから、わざと小さな声で宍戸の耳元で話してるんだ。宍戸は忍足の言葉に返事を返しながらも、時々困ったように俺を見る。
…すっげー感じ悪い。もちろん宍戸じゃないぜ?忍足がだよ。
別に宍戸がモテるのは知ってるし、忍足が宍戸を狙ってるっぽいのも、日ごろ宍戸に見せる優しさからすれば気づかないでもないけどさぁ。わざわざ俺だけハブにするみたいにしなくてもいいと思うわけよ。
いつもならカチンときても、それを表に出さないように気を付けるけど(宍戸が気にするから…)、今日はさっきの忍足のセリフもあって我慢の限界だった。
「俺先帰るわ」
ドライヤーのスイッチも入れないまま片付けを始める俺に、宍戸が不安そうに「えっ?」と振り返るけど、俺は見ない振りして鞄に荷物を詰める。宍戸も後を追って片付けようとするけど、忍足はにこやかに微笑みながらも、そんな宍戸が動けないように髪を乾かし続ける。俺の方なんてチラリとも見ないで。
あーもー!ムカツク。
別に忍足なんて好きでもないしどうでもいいんだけど、ここまであからさまに嫌がらせされるとマジむかつくよな。
宍戸には負けるけど、それだってカッとしやすい俺は、いつもなら腹ん中ぶちまけて文句の一つでも言ってるところだけど、忍足にだけはしたくない。
実は好きだからとかじゃないぜ?こーゆー陰湿なヤツってお近づきになりたくねーんだよ。やり方がいやらしいよな。
「じゃ、お先」
俺はもう二人を振り返らないまま部室のドアを閉めた。
歩き始めたら、中から宍戸が「忍足!」と怒鳴る声が聞こえる。宍戸にとってはいい迷惑だよな。後で「ごめんね」ってメールしよう。

駐輪場までの道のりはもう真っ暗だ。
グラウンドを使う部活も、こんな春先からは夜まで残っての練習はしないから、人の姿すら見えない。
俺は等間隔に立てられた電灯の下を歩きながら、少し後ろを振り返ったりしてみる。テニス部室から駐輪場までってちょっと遠くて、木々も多いから夜は怖いんだよな。何か幽霊とか出そうな雰囲気で…。宍戸は俺がよくそう言って回りを警戒するのを知ってるからこそ、さっきあんな心配そうな表情してたのかも…。

「…向日先輩?」
「わーっ!」
ビックリした!急に背中に掛けられた声に文字通り飛び上がって、俺は振り向く。
「何だ、日吉かよ…」
超驚いた…。
「すみませんね。俺なんかで」
「…別にそーゆー意味じゃねーって」
こいつって人の言葉を真っ直ぐ受け取らないで、やたら突っかかってくるんだよなぁ。まあ、年下な分「可愛い」で済ませられるけどさ。
「先輩、髪乾かしてないんですか?」
電灯の下だから、日吉はまだ濡れたままの俺の髪に気づいたみたいだ。
「まーな。ちょっと訳あって」
「あー。忍足さんと宍戸さんですか」
今日の鍵当番を思い出したらしく、日吉はなるほどと頷いた。
「忍足のヤツ何でああかな?邪魔者な俺はさっさと帰って来ましたよ…」
忍足の俺に対する態度はレギュラーメンバーみんなが知ってるから、俺のおどけたセリフに日吉は少し苦笑した。
「…忍足さんも不器用な人ですね」
…はあ?日吉のヤツ何言ってるんだ?
「ちょっと待ってくださいね」
謎な言葉にきょとんとする俺にそう言うと、まるで何もなかったかのように日吉は自分のバックを下ろし、中から大きめのタオルを取り出す。
「これ、まだ使ってないやつなんで綺麗ですから」
そう言って、俺の濡れた髪をガシガシと拭き出した。
「え!?いいって!平気だし」
後輩にこんな気使わせる訳にはいかねーよ。俺は慌てて断るけど、日吉は少し怒ったような口調で言う。
「何が平気ですか。まだ夜は冷えるのにこんな頭で。しかもちゃんと拭きもしなかったでしょう?シャツの襟元まで濡れてますよ!」
「あー…」
確かにイライラしながら帰りの用意してたから、肩にタオル掛けとくのも忘れてた。
俺が黙り込んだら、日吉はしつこいくらいに髪を拭き続ける。
あんまり感情を出さないヤツだけど、これだけ強く言われたんだから実は相当怒ってるのかもしれない。
俺なんてただの先輩なのに。しかも正確には部活の先輩には当たらないのに。こんなに真剣に心配してくれて…。
「お前優しいのな?」
そう言ったら、ぐいっと頭を下に向かされた。きっと照れてるんだぜ、こいつ。
「…何笑ってるんです?」
「あ?」
バレちゃった?あんまり可愛いからつい、ね。
「ま、いいですよ。それじゃあこれから『優しい』後輩が、アナタを家まで送りましょう」
「はあ!?」
何言ってるんだか。こいつの家は全く反対方向で、しかもバス通学だぜ?「送る」の意味が分からない。
「何、分からないって顔してるんですか。この髪で自転車なんて漕いだら一発で風邪ひきますよ?俺が漕ぎますから後ろに乗って下さい」
「お前は!その後どうするんだよ?」
手を引く日吉に驚いて聞けば「ああ、そうでしたね」だって。意外と後先考えないヤツだな、おい!?
「そうですね。先輩を送った後、俺はこの自転車を借りて帰ります。それで明日、朝練前に迎えに行けば問題ないでしょう?」
問題ないでしょう?って。問題大有りだろうが!
「いいって!そんなんじゃお前が大変だろ?」
だって朝練前に迎えに来るって、相当早起きしなきゃだぜ?
そんな俺の心配もよそに、日吉はさらりと言ってのけた。
「俺、毎朝5時には起きてますから。少し早めに家を出るなんて問題ないんです」
「5時!?」
どんな中学生だよ!?爺さんじゃねーんだから。
本当は褒めてやる所なんだろうけど、つい呆れて言葉を失った俺の手を、日吉はもう一度強く掴み今度こそ駐輪場に向かった。

「サンキューな。じゃ、明日悪いけど…」
「はい。迎えにきますね」
日吉は小さく頭を下げると、俺の自転車に跨って住宅街の角を曲がっていく。
そして残された頭のタオル。

帰る途中「意外と重いですねアンタ」なんて、失礼なことを言った日吉を叩こうと手を伸ばしたら、その手を掴まれて日吉の腰に回された。
「片手で俺に掴まって、もう片手で髪冷やさないようにタオルで覆ってください」
初めて自転車の後ろに横座りで乗って、何だか、凄く女扱いされた気がした。
今までは二人乗りっていったら宍戸の後ろで、当然跨るようにして座るか立ち乗りかだったから、よくスカートの中が丸見えだって跡部に怒られたっけ。そう言えばそんな時も忍足はバカにしたような目で見てたなぁ。
ま、いーや。
せっかく日吉と話して嫌な気分忘れられてたのに、アイツの事は考えないようにしよう!

翌朝、約束通り俺を迎えに来た日吉と二人で部室に入ると、レギュラーメンバー全員が驚いたように俺たちを振り向いた。
「…あ?えーと、おはよう?」
一斉に浴びる視線に、俺が何か悪い事でもしちゃった気になって、ついつい挨拶も小さくなる。
えー?何だろ?何かしたかな、俺?
急ぎ足で自分のロッカーまで行くとバックを放り込み、着替えだけを持ってパーテーションで区切られた一角へ入って行く。着替える時だけこうやって壁を作ってもらってるんだ。
「はよー」
「おはよ」
俺が挨拶すると、もう着替え終わっている滝が声を返す。
「…岳人」
そして着替途中の宍戸は、何故か不安気な表情で俺の名を呼ぶ。
「どうしたんだ?宍戸」
なんだか凄く暗い表情…。そんな宍戸を見て俺は思い出した。
「そうだ!宍戸昨日はごめん。メールしようとして忘れてた!」
俺がへそ曲げて帰っちゃったまま連絡寄越さなかったから、宍戸のヤツ一晩中悩んじゃったかもしれない。
「ごめんな、宍戸。別にお前に怒ってた訳じゃねーんだよ。忍足が…」
そこまで言って声のトーンを落とした。この薄い壁1枚隔てた向こうにアイツがいるんだもんな。
「いや、それはいいんだけど…」
あれ?
俺の考えはハズレだったみたい。宍戸は小さく首を振る。
まーそれもそうか。忍足の嫌がらせはそれこそ何ヶ月も続いていて、俺が切れたって不思議はないもんな。
じゃあ何がそんなに?
「なあ岳人?昨日日吉と帰った?今朝も日吉と来たのか?」
へ?何で知ってるんだろう。
「ああ、そうだけど?何で?」
俺の答えに、宍戸と滝は渋い表情で顔を見合す。
え?何だろ。何かマズかった?
何も分からない俺に、宍戸と滝は大きく溜息を吐く。
「岳人。今日は忍足に近づくなよ?」
宍戸のやつ何言ってるんだ?
「放課後の部活は休んだ方がいいかもね」
滝まで、小さくそう呟いた。
何なんだかな?まあ、忍足に近づく気も理由もないけどな?

朝の事なんてすっかり忘れてた俺は、昼休み、弁当を取り出そうとサブバッグを開いたところで、日吉に返し忘れたタオルに気づいた。
「あー、朝返そうと思ってたのに」
前の机を後ろに向けて、向かい合うようにして座った宍戸は、菓子パンを頬張りながら「何それ?」と聞く。
隣のクラスからやってきた滝も、弁当の蓋を開けながら不思議そうに覗き込む。
「タオル?」
勝手に日吉を俺の彼氏だと勘違いした母さんが、急いで洗濯してくれたうえにやたら可愛い袋に入れたから、何だか恥ずかしい。ちょっと見プレゼントみたいだしさ…。
「昨日日吉が貸してくれたんだよ。髪濡れたまんまだったから、わざわざ拭いてくれてさ…」
俺の言葉に二人は納得したように頷いた。
「あ、なるほどね。その時長太郎がお前たちを見たんだ」
「確かに、髪拭いてあげてたら遠くからはラブシーンに見えるかも…」
はい?ラブシーン!?
「何それ!?」
俺が驚けば、宍戸はホッとしたように笑った。
「やっぱり長太郎の早とちりかよ!あいつ朝練に来るなり『昨夜、向日先輩と日吉が抱き合ってた』って大声で叫ぶからよぉ」
…鳳、殺す。
「もー、忍足がフリーズするし大変だったんだから」
…あ?
「忍足がフリーズ?何で?」
俺が尋ねれば、二人は困ったように目配せする。
何だよ、一体。そういえば忍足の話になるといつもこうなんだよな?
「ねえ、岳人。忍足のやり方って少し子供っぽいけどさ…」
「そろそろ気づいてやれよ…」
「だから、何が?」
何だかはっきりしねーなぁ。
イライラして聞いたら、二人はやっと教えてくれる。
「忍足は岳人のことが好きなんだよ」
……。
何だよ。何を言い出すのかと思ったら、とんだガセネタじゃねーか。
「有り得ねーって」
馬鹿ばかしい。

俺はくだらない会話を打ち切るように、弁当の蓋も開けずに立ち上がった。
「先に日吉の所行って来る」
そして、やたらに派手な袋を持って席を立つ。
苦笑いの二人を残して、俺は教室を後にした。

「あいつって確か角のクラスだったよな…」
俺は怪しい記憶を辿って、教室を出ると廊下を左に進む。
それで一番端の階段を1階分上がれば…。よし。行って帰っても余裕で弁当食う時間残るな。
みんな食事中でまだ人気の少ない廊下を走ろうと、手にした袋を小脇に抱え直す。
そして、一歩踏み出したところで…。
「…そないに急いで、どこへ行くんや?」
「…え?」
隣の教室のドアに寄りかかって俺に声を掛けたのは忍足だった。
まるで誰かを待っているようなその姿。
…あ、そうか。
「何だよ。宍戸に用か?呼んでこようか?」
親切で言ってやったのに。
忍足は急に怒ったように俺を睨み付けた。

「ちょっ!何だよ?忍足!」
忍足は能面のように表情を無くして、俺の腕を引っ張って行く。
昼休み中に日吉にタオル返しちゃいたいのに!
忍足は俺の言葉には耳も貸さずに、腕を引っ張ったままどんどん校舎の奥へ進んでいく。
そのまま行ったら特別教室棟だぜ?
「ちょっと!俺用事あるんだけど」
「うるさい。少し黙っとき」
…何なんだよ、この態度!
宍戸たちが言ってた「好き」とかって、マジ有り得ないから!好きな子をこんな風に引きずる男なんて聞いたことない!
忍足は迷わずに進み、とうとうパソコンルームの扉を開けて俺を床に放り投げた。
「何すんだよ!?」
いくら床が絨毯張りったって痛いんだよ!
転がされた拍子に捲れたスカートの裾を直して、忍足を睨み上げる。
忍足はやっぱり何を考えてるんだか分からない瞳で、後ろ手に扉の鍵を閉めた。
「…え?」
確かにこの部屋は各学年午前中しか使わないから、サボるのにはもってこいかもしれないけど。何で鍵?
忍足は座り込んだ俺の前にしゃがみ込み、睨みつける俺の顎を取り上向かせる。
「…何だよ?」
少し声が震えてしまう。
すると忍足は、嬉しそうに嗤った。
そんな忍足の表情に、俺は今朝宍戸と滝に言われた言葉を思い出す。

― 忍足には近づくなよ。

でも、俺が近づいたんじゃねーし!
こんな風に連れ込まれたら俺逆らえねーよ。こいつ細そうに見えるけど、意外と力強いし。しかもタッパあるし…。
いつもは俺ばかり目の敵にする陰険なヤツとしか思わなかったけど、こうやって近づかれると、怖い。
何だか、すごく男なんだって意識しちゃって怖い。
俺なんかを女として見てるヤツなんていないだろうから、今まで気にしたことなかったけど…。密室に異性と二人きりってこんなに怖いものなんだ。
俺が強張った表情で見上げると、忍足はようやく口を開く。
「…やっと、俺を男として意識したか?」
…え?
聞き返そうとしたら、そんな暇さえくれずに俺は床に押し倒される。
嘘!?…やだ!
「…やっ!」
圧し掛かる身体を押し返すけれど、力じゃ全然敵わなくて。
「やめ、ろ!」
殴ってやろうと腕を振り上げたら、それもかわされて逆に手首を床に張り付けるようにして抑え込まれる。
「何で!」
「…何で、やて?」
うっそりと微笑むその瞳は少しも笑っていない。
「何で、か。お前はほんまに何も気づいてへんのやなぁ。廊下ですれ違う男がお前をどんな目ェで見てるかも、日吉がどんな想いでお前の髪を拭いたかも」
「…忍足?」

「…俺が、どんだけお前が好きなのかも」

う、そ…?
忍足は呆然とする俺の唇を荒々しく奪った。

「…あ、ン」
まるで寄せてはかえす波のように、一度離れても何度も重なる唇に、俺は苦しくって喘ぐように息をする。
「や、ぁ」
苦しくて、怖い。
こんな忍足は見たこともないし、こんなの…キスなんて、したことないんだ。
俺がそんな経験がないのなんて分かりそうなものなのに、息が出来なくてパニックをおこした俺に、忍足はとても嬉しそうに微笑んだ。
俺が始めて見る、俺に向けた、忍足の笑顔だった。
「…岳人、岳人」
忍足は名前を呼んで、俺の頭を抱きしめる。
その手は凄く優しくて、温かくて。
ゆっくりと俺の髪を撫でる手に、俺はふと昨日の忍足と宍戸の姿を思い出す。
そういえば…。
「…忍足は、宍戸が好きなんじゃないのか?」
少し気になって言ってみただけなのに、その途端忍足は悲しそうに眉を寄せた。
「…そないな意地悪、言わんといて」
…意地悪?なんで意地悪?
だって、今までずっと跡部の邪魔するみたいに宍戸にちょっかい出して、昨日みたいに優しくしてたじゃねーか。誰が見たって宍戸のことが好きなんだろうって思うよな?
そんな俺の心を読んだみたいに、忍足は苦笑いする。
「俺が宍戸のこと好きだなんて思うてるんは岳人だけや。他のみんなは気づいとったよ。俺が岳人の気ぃ引きたくて、宍戸にちょっかい出してたんを」
「…そんな」
あぁ、そっか。だから昨日日吉は忍足のことを「不器用」って言ったんだ。
俺が日吉との会話を思い出していたことを知ってか知らずか、忍足はまた何も考えられないような激しい口づけを降らせる。
「岳人、岳人。俺にしときって。大事にするし」
強く抱きしめる腕を痛いと感じるのが、何だかちゃんと「女」みたいで。ほんの少しだけ嬉しかった。

「岳人っ!」
バタバタと足音が聞こえて、宍戸と滝の呼ぶ声がする。
「跡部、こっち!」
「わーったよ…」
宍戸の催促する声に呆れたような跡部の声。
そしてコンピュータールームの鍵が開かれた。
真っ先に飛び込んできた宍戸は、俺を抱きしめたまま床に座る忍足に近づくとその頭を引っ叩く。
「いったー!」
忍足がそう声を上げるのも頷けるくらい、宍戸は本気で叩いていた。もし忍足が立ってたら絶対ビンタするつもりだったぜ宍戸のヤツ。
「岳人!大丈夫?」
滝はしゃがみ込んで俺を抱き寄せようとするけれど、それに気づいた忍足はぎゅっと抱く腕に力を込めて俺を放さない。
「おーしーたーりー!」
久しぶりに聞く滝の怒った声。
いっつも怒鳴り散らしてる宍戸より、本気で怒ったら一番怖い滝だから、俺も忍足に手を放すように目で訴える。マジ殴られるだけじゃ済まないって!
でも忍足は頑として腕を緩めなかった。
「ふーん。そう。こんな事しておいてまだ逆らうの?」
こ、怖い!滝の目が段々据わってくる。
「…忍足!」
俺が腕を突けば、余計頑なに俺を抱きこむ。
…何なんだよこいつ、急に子供みたいに。仕方ねーなぁ。
「滝、俺何もされてないから大丈夫だよ?」
助け舟を出したつもりなんだけど、滝は呆れたように俺の顔を覗き込む。
「ふーん?こんな紅く腫れた唇をして?」
えっ!?キスすると唇腫れるの!?
慌てて手の甲で擦ったら、忍足を叩いて少し気が済んだみたいな宍戸が溜息ながらに言う。
「制服も崩れてないし、大丈夫だろ?岳人の方が困ってるから勘弁してやれよ」
「…しょーがないな」
緊張を解く滝にホッとして、俺はみんなを見回す。
何でここが分かったんだろう?
すると、呆れたように事の次第を傍観していた跡部が、かったるそうに口を開く。
「ま、忍足悪く思うなよ?てめえがサボるのはここか部室か体育倉庫かって決まってるからな。宍戸にせがまれたら俺も無下にはできねえんだよ」
「…わかっとる。正直止めてくれて助かったわ。これ以上二人きりやったら自分止められなかったわ」
「…なっ!?」
忍足の言葉に俺は慌てて腕をすり抜ける。
俺が自分から逃げると思ってなかったのか、不意をつかれた忍足はびっくりしたように立ち上がった俺を見る。
「どないしたん?岳人」
…どうしたって言われても。
「俺、別に忍足と付き合う気ないし。その先なんて全然嫌だし!お前俺のこと『貧相』って言ってたじゃねーか。そんなヤツと付き合えるかっての!」
胸を張って言えば、宍戸と滝が可笑しそうに噴出した。
「ほーら、忍足。バチが当たったんだよ!」
滝はざまー見ろというように忍足を指差す。
「そうそう!あんだけ岳人に酷い事言ったんだから、そう簡単に上手くいくかっての」
宍戸もそう言って手を叩いて笑う。
「…みんな酷いわぁ」
忍足は情けない顔をするけど…。
そうだよ。俺、相当嫌がらせされたぜ?根が忘れっぽい俺でさえこれだけ色々覚えてるんだ。
「子供みたいな気の引き方してるからこんな事になるんだ。男として見てもらえるようになっただけ良しとしろよ?」
友達の跡部にさえそんな事を言われる始末。
そうだよな!やっぱり俺ってかなり苛められてたよ。
うんうんと頷く俺の手を、忍足はそっと握って縋るように呟いた。
「岳人。俺ずっと待つから。一つだけお願いがあるんや」
見上げる忍足は、散々の言われように相当凹んで見える。何だか少し可哀想かな…?そう思って俺は、その願いは聞いてやろうかって気になった。
「…何だよ?」
そう言うと、忍足は嬉しそうに微笑む。
何だ。こんな顔できるなら最初から見せとけばいいのに。あんな面倒な回り道しなくたって男として意識したかもしれねーのに。ま、今は言ってやらないけど。
「なあ、岳人。これから俺のこと名前で呼んで?侑士って」
ふーん。
ま、それくらいならいいか。
「ああ、わかったよ。侑士」
「岳人!」
「…わあっ!」
急に抱きつくな!
ビックリしてその後頭部をぺしっと叩いたけど、全然効かないみたい。
「ばーか…」
早速絆されつつある自分に気づかない振りをして、俺は侑士の頭をそっと撫でてやった。


 第2弾「女体パラレル」です。
自分で書いときながら突っ込みどころは数知れず。でも何より声を大にして言いたいのは…。
「忍足のヘタレーっ!!」(笑)。

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戸坂名きゆ実
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私、戸坂名は大のパソコン音痴でございます。こ洒落た事が出来ない代わりに、ひたすら作品数を増やそうと精進する日々です。宜しくお付き合いください。
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