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カテゴリー内、「猫宍シリーズ(跡宍)」の1話から順にお読み下さい。


山吹と一緒① (跡×宍)
~猫宍シリーズ18~

跡部と迎える初めてのお正月。
去年までの跡部は冬休みは海外で過ごしていたから、俺は暇なメンバーと遊ぶか家でゆっくり過ごすかだった。
跡部と2人っきりで静かに過ごすなんて、すげぇ恋人同士って感じで、実は俺ソワソワしてたんだけど、やっぱりそうは問屋が卸さなかった。
「明けましておめでとう」と挨拶を交わす間もなく、跡部が日本で過ごすと聞きつけたメンバーが朝早くから訪ねて来て、あれよあれよという間に上がり込んだのだ。

例年通り使用人にも休暇を与えてしまった今、エプロン持参でやって来た滝は1人キッチンに立っている。シェフが作っておいてくれた御節だけじゃ、量的にみんなが満足できないのは明らかだからな。
「ちょっと!雑煮が食べたいって言ったの忍足でしょ?どうしてコートなんて着てるの!?」
「あー滝、後で食べるし!がっくんが初詣行きたいって」
「あ、俺のせいにすんなよ!」
「滝も早く~」
仁王立ちでお玉を振り回す滝を他所に、ジローと岳人もいそいそとコートを羽織る。
こいつらが勝手気儘なのはいつもの事で、滝に雑煮が食べたいと強請った30分後にはもうじっとしてられないで立ち上がる。
「もう、勝手なんだから!…跡部、いいの?」
我侭なあいつ等に腹を立てながらも滝が心配そうに跡部を振り返るのは、俺を連れて行って平気かって心配しての事だ。
「仕方ねーだろ。あいつらは言い出したら聞かないからな」
跡部も付き合いの長さから反対するのは無駄だと知ってて、諦めたように手にしたティーカップを置いた。
跡部と滝は本当に心配性なんだ。すごくありがたいけどな。
「滝、跡部がこれ買ってくれたから平気だぜ」
俺はウォークインクロゼットから跡部にプレゼントされたニット帽を取り出す。
「あ、可愛いね!フワフワで」
この前クリスマスの時、パーカーのフードを被っただけでは耳の動きがバレてしまったから、跡部が厚手のニット帽を買ってくれたんだ。これだけモコモコしてたら少しぐらい動いても平気だろうってさ。
「じゃ、心配いらなそうだね」
そう言って滝がつけていたエプロンを外したら、ジローたちは喜んで外へ飛び出して行く。
2人きりも良いけど、やっぱり賑やかなのは楽しいな。
コート着て、マフラー巻いて、帽子被って。跡部の手を握ったら、跡部は苦笑いしつつも俺の手を握り返した。
本当は人ごみなんて嫌なんだろうけど、俺も出かける気満々だから困りつつも付き合ってくれる。
「この前みたいな事にはなんねーよ」
俺がそう言っても、跡部はやっぱり苦笑いだ。

「で?どこまで行くんだ?」
跡部は実にやる気のなさそうな声で聞く。
10メートル以上前でじゃれ合いながら先導する岳人たちは、何処へ行くのか説明しないまま当然のように歩いていく。
「聞いてないけど、多分駅に向かう途中の水天宮だと思う」
俺たち地元のヤツはよく行く所で、初詣って言えば当然そこだ。
日本で正月を過ごすことがなかった跡部は、初めて行くのかもしれない。俺は七五三もそこだったけどな。
「あそこって元旦は無料で甘酒配ってるんだよね。岳人ってば毎年それを楽しみにしてて」
跡部と反対隣を歩く滝がクスクスと笑う。
「…甘酒くらい家で飲めばいいだろーが」
憮然とする跡部。
でもさ、遠足で食べる「おにぎり」がいつも以上に美味しく感じるみたいに、正月の雰囲気を味わいながら紙コップで歩き飲む甘酒ってのがイイんだよな。きっと岳人はそういう雰囲気が好きなんだと思う。
「せっかくだしさ」
俺が跡部のポケットの中に手を入れて、跡部の手をキュって握ったら「分かったよ」って、すごくクスぐったそうに微笑んだ。

ゆっくりと、冬の朝のキンとした空気を味わうようにして20分くらいの道のりを歩くと、もうすぐ入り口って所で先を行く3人が立ち止まるのが見える。
まだ7時だし、そんなに混んでる時間じゃないけど、あれじゃあ通行の妨げだ。
両隣を歩く跡部と滝も不思議そうに顔を見合わせる。
3人は誰かに話しかけられているようだ。
渋々といった感じに岳人が振り返ると、俺たちの方を指差している。
「…げ、千石」
3人の後ろから俺たちを覗き込んでいるのは、山吹中の千石だ。あとテニス部の何人か。
「やほー♪跡部くん。明けましておめでと!」
離れたところからでもよく聞こえる、呑気な千石の声。
選抜でも顔を合わせてる跡部は、一番千石との面識があるだろう。
「ったく…」
跡部は、苦虫を潰したような表情をしながらも、片手を上げて返事を返している。
「跡部、きっと今日は大丈夫だよ」
滝は真っ直ぐ前を見たまま、跡部を宥めるように呟いた。
俺の方を見て、変に注目を集めないようにするためだろう。
「ああ、多分な」
跡部も自分に言い聞かせるように頷く。
今日の俺はフワフワのニット帽を目深に被ってるだけじゃなく、真っ赤なマフラーを鼻の下までぐるぐるに巻いている。
この冬、跡部が用意してくれたオレンジのダッフルコートは、俺ですら「女の子」みたいだなって思うようなデザイン。だからきっと大丈夫だろう。
「奇遇だねー」
追いついた俺たちに、千石はニコニコと話しかける。
後ろには南&東方のダブルスコンビもいるし、小柄な壇は、跡部以上にこの場に似つかわしくない亜久津の隣で頭を下げる。亜久津はそっぽを向いてタバコを吹かしてた。
千石は俺たちメンバーをぐるりと見渡して、一瞬「あれ?」って顔をするから、俺たちは一様に緊張する。でも、すぐににっこり笑うと「あ、そうか」と手を叩いた。
「今日は2年メンバーはいないんだね!何だか人数が足りないなぁって思って」
その言葉に忍足は小さく息をついて、胡散臭い笑みを浮かべる。
「ま、後輩には後輩のお付き合いがあるしな。今日は宍戸も用事あるって言うてたし」
「そうそう!なかなか全員は揃えないよな!」
必死で「俺」が居ない事を強調する忍足と岳人。
「へえ、そうか」って、南は人の良さそうな笑顔で相槌を打ってる。
「…で?そこの小さいのは跡部の女か?」
「!?」
今まで俺たちになんて興味無さそうにしてた亜久津が、ニヤっと笑って口を挟んでくる。
「ああ、婚約者だ」
跡部は顔色一つ変えずに、サラリと言ってのけた。
た、確かに嘘はついてないよな。
何だか全てを見透かすような亜久津の視線が気味悪くて、避けるようにして跡部の背に隠れたら、ヤツはクク…って嗤って次のタバコに火をつける。
「へェー、婚約者か。さすが『跡部家』だな」
まだ中学生なのになって、東方は驚いている。
…とりあえず危機は逃れたって感じか?

手を振って離れて行く山吹のメンバーを見送ると、言い出しっぺの岳人は大きく息を吐く。
「あー、焦った」
「ごめんね?宍戸。まさか山吹がこんな所まで来るなんて思わなかったCー」
ジローも情けない顔をして俺に謝る。
「大丈夫。気づかれてないみたいだから」
ちょっと緊張したけど、それはみんなも一緒だしな。
「何にしても、早めに切り上げるか」
跡部の言葉に、一同大きく頷いた。

「おい!向日。行くぞ」
跡部はなかなか付いてこない岳人を呼びつける。
折角来たからにはやっぱり甘酒を貰いたいみたいで、岳人とジローは「先行ってて!」と叫んで返しながら、出来始めた行列に並んでいる。
「もう。甘酒なんて家で温めてあげるのに!」
心配性な滝も、早く俺を連れて帰りたいみたいだ。
「3人は先に帰ってエエで。俺がアイツらに付き合ってやるし」
2人に乗せられて初詣に行こうと言い出した忍足も責任を感じているらしく、済まなそうな顔をして俺たちの背を押す。
悪いのはこんな姿になった俺なのに…。
何だか楽しい雰囲気に水を差した感じになって、俺は悲しくなってしまう。
「そんな顔せんといて。俺たちが『過保護』なだけやしな。先帰っとき」
そう言って忍足がポンポンって頭を叩くから、俺は小さく頷く。
「じゃあ後は頼んだぜ?」
跡部の言葉に、忍足は「了解」と笑った。

3人を置いてさっきの道まで戻ると、俺たちは直ぐに後悔した。こんな事なら、あいつらを待っていれば良かったって、跡部の横顔も「しまった」って感じに歪む。
まるで俺たちの帰りを待っていたかのように、入り口横のコンクリ塀に沿って山吹のメンバーが並んで立っていたんだ。壇は先に帰ったみたいだけど、それなら千石や亜久津に先帰ってもらいたかった。そうは言っても、こうして俺たちを待ち伏せようって言ったのは千石なんだろうけどな。
千石は楽しそうな顔して俺たちに駆け寄って来る。
「ねえ、跡部くん!せっかく会ったんだし一緒に食事でもどう?」
「…いや。家にいろいろ用意してあるからな。今日くらいはゆっくり過ごすさ」
それは嘘ではないから、跡部も自然な口調で断る。
「そうなの?じゃ、俺たちもお邪魔したい!滝君たちも行くんだろ?」
「はあ?」
不躾な言葉に跡部は呆れたような顔をする。まあ、普通は元旦からお邪魔しいていい?とは聞かないよな。日ごろ一緒にいる仲間でもないんだし。
「千石っ、図々しいぞ!」
常識人っぽい南と東方は慌てて千石を止める。きっとこいつらは、千石と亜久津だけを残したら何を仕出かすかわからないから付き添ったクチだろう。…苦労してそうだな。
「悪かったな。こいつの言う事は気にしないでくれ」
東方は文句を言おうとする千石を大きな身体で止めるようにして、俺たちに帰るように促した。
いつもだったら、跡部も気にせず皆で騒ぐんだろうけどな。やっぱり俺がこんな姿だから、折角の機会を逃すみたいで申し訳ない。
でも、こればっかりは仕方ないから…。
跡部は「悪いな」と苦笑いして、俺の手を取り歩き出す。
滝も「折角のお誘いだけど、ごめんね」と頭を下げる。
俺も何だか無視するのが忍びなくて、ぺこりと頭だけ下げて2人に手を引かれるまま背を向ける。
そうしたら、急に今まで黙ってた亜久津が声を上げたんだ。
「おい、宍戸。ちょっと待て」
「何?」
「!?」
…しまった!
まるで「落し物だぞ」って言うくらいに自然と呼ばれたから、つい振り返っちまった。しかも言い逃れができなくらい、はっきりと返事までしちゃったし。今更「弟です」って…そんな言い訳効かない、か。
跡部と滝は驚いて息を呑んだ後、がっくりと肩を落とす。
振り返って見た亜久津と千石は「やっぱり」って顔で、楽しそうにニヤニヤ笑ってる。
「ほらな。最初見た時にそうじゃねーかと思ったんだ」
「あっくん凄いねェ。こんなに小さいのに良く分かったね?」
「宍戸の特徴はその目だろ?それを隠さなきゃ誤魔化せねーぜ?」
傍らに立つ跡部は、何だか複雑な表情だ。怒ってる訳ではないけど、凄く警戒してるって感じ。つないだ手に力が篭る。
結局いつも、こうやってバレちゃうのって俺の所為なんだ。この前の青学の時だって、俺が誤魔化しきれなくて…。
「…ごめんな、跡部」
俺は跡部の横顔を見上げる。
その視線に気づいた跡部は、苦笑いで俺の頭をポンって撫でた。
「仕方ねーって。で?亜久津、何が目的だ?」
久しぶりに見る鋭い跡部の視線。
「おいおい、そんな怖い目すんなって。仲良くお食事でもしましょうって事よ」
そう言って近づいて来た亜久津は、俺の前で腰を屈める。
「ふん。小さくてもイイ目するじゃねーか」
「!?」
そう言って俺の方に手を伸ばすから、慌てて跡部の後ろに回ろうとしたら、それよりも早く跡部が俺を背中に隠した。
「簡単に触らないでもらおうか?婚約者って言ったろ?」
「あ?マジなのか?」
言い逃れるための嘘だと思ってたのか、亜久津は初めて驚いたような顔をする。そして、チッと小さく舌を鳴らした。
「あーあ。あっくん失恋しちゃったね」
はあ?何言ってんだか。
千石は亜久津を見てケラケラ笑ってる。
「ったく、2人ともガラ悪いぞ。いい加減にしろ?跡部悪いな。こいつらも悪気がある訳じゃねーんだよ」
さすがに南が口を挟んでくる。
確かにな。跡部と亜久津が睨みあってる様って、凄く不穏な雰囲気なんだよ。893の睨み合いじゃねーけど、ただ事でない感じ。参拝を終えた家族連れは、俺たちを避けるように道路の端を早足に過ぎて行く。
「別に、何があって宍戸がそんな姿なのかは詮索しないし…。ただ、こいつらの好奇心が満足すればすぐにお暇するから、悪いけどちょっとだけ付き合ってやってくれないか?」
東方は済まなそうな顔をして、跡部にそう言った。
…やっぱり苦労してそう、こいつら。困ったように眉を下げる二人の表情は山吹の父と母って感じ。出来の悪い息子たちで申し訳ありません、とでも言い出しそうだ。
「…お前らが謝る必要ねーよ。幸い今日は仲間内だけの集まりだしな、好きなだけ休んでいけよ」
溜息ながらに跡部が妥協すれば、千石は「バンザーイ」と両手を挙げる。
「但し、宍戸に手出したら無事に帰れるとは思うなよ?」
跡部の威嚇するような睨みに、フンっとそっぽを向いたのは亜久津だ。
何だ?こいつらの間は相変わらずピリピリしてる。
そんな不穏なやり取りをする俺たちに、甘酒を手にした3人がようやく追いついてくる。
「あれ?どしたのー?」
暢気なジローな声。
緊迫した空気をそがれて、俺たちは揃って苦笑いした。

大人数でぞろぞろと家に帰ってくる頃には、もともと懐っこい岳人やジローは千石と笑い合い、南や忍足はテニスの話で盛り上がっている。
えらい執着を見せたはずの亜久津は、その輪には入らず最後尾からタバコを吹かして付いてくる。でもそれはいつもの事みたいで、山吹のメンバーは気にもしない。
何だか皆楽しそうで、その空気を壊すのが嫌っだったから、俺は無理して笑って相槌打ってたけど、跡部と滝はそんな事には気づいてて、慰めるように頭を撫でてくれる。
だって、部屋に帰ってコート脱いだら、帽子外さないのってオカシイだろ?背が小さくなった事よりももっと衝撃的な猫耳を晒すことになる。それでも、こんな温和に笑って済ませてくれるのか?山吹のメンバーは。
青学の奴らは、驚きながらも、秘密は守ると約束してくれたけど…。
チラリと振り返れば、亜久津が視線に気づき眉を上げてニヤッと嗤った。
…千石は平気そうだけど、亜久津がなぁ。何言い出すか不安だよ。

氷帝メンバーは慣れた足取りで家に上がりこみ、リビングに入って行く。
「滝っ!雑煮食いたい」
ジローと岳人は広げたままの御節を突きながら、テーブルを叩いて滝を急かす。
「…はいはい」
滝は呆れたような顔をしながらも、エプロンを付けてキッチンへ入って行く。
「跡部、お邪魔しておいて図々しいんだが、テレビ見せてもらっていいか?」
南は脱いだコートを片手に跡部に尋ねる。
「構わねーよ。好きにしてくれ」
滅多に見ることはないが、リビングには大きな液晶テレビが据えられている。どちらかといえばシアタールームで映画を見ることの方が多いから、テレビを見るのは久々だ。
「駅伝を見たくてね」
なるほど。正月って行ったらニューイヤー駅伝に箱根駅伝だよな。
「あ、俺も」
「エエね。俺も見よ」
南の言葉に東方と忍足も乗って、テレビに近いソファに腰掛ける。
跡部はあれこれと掛けられる声に返事して、俺の傍を離れて行く。テレビのリモコンを用意してやったり、千石の要求でムッとしながらもハンガーを取りに行ったり。滝が御椀を探して声をかければ「俺が知るか」って家人とは思えない返事をしている。
テレビに注目する者、食べるのに集中する者。
誰も、俺と亜久津の間の只ならぬ気配に気づかない。
「…おい、宍戸?いつまでそんな格好してるんだ?」
みんなそれぞれ寛ぎ始めたのに、まだコートを脱がない俺を亜久津はからかうようにして見遣る。
「別に。もう脱ぐよ」
俺はクロゼットへ向かおうとする。ウォークインクロゼットで上着を脱いで、部屋着のフード付きニットに着替えようと思って。そうしたら耳も少しは隠せるだろうし。
でも、亜久津が手を伸ばしてそれを止める。
「ここでいいじゃねーか。俺が脱がせてやるよ」
「えっ!?いいって」
俺が止めるのも聞かないで、亜久津は俺の帽子に手を伸ばす。
さっきから思ってたんだけど、コイツ俺の耳に勘付いてるんじゃねーか?何が切っ掛けかは分からないけど、そうとしか思えない。
だって、でもなきゃ真っ先に帽子に手は伸ばさないだろ?一番はコートか、顔を覆ってしまってるマフラーだろ?
「ちょっ、マジいいから!」
俺が少し声を荒げたら、跡部が慌てて振り返るのが見える。
滝もエプロン姿のままキッチンから飛び出してきた。
岳人たちも忍足も、ようやく事態に気づいたらしく腰を上げるけど、もう遅かった。
亜久津の手は、押さえる俺の腕の隙間から器用に帽子を奪い取った。
「えっ!?」
テレビの前の南と東方、そして御節を突いていた千石が驚いた声を上げる。
「…耳」
南はそう言ったまま、口を閉じるのも忘れちまったみたいだ。
「成る程な。テメエらが隠そうとしてたのはこれか。…可愛いじゃねーの」
亜久津だけはやっぱり驚いてなくって、立ち尽くす俺の身体を乱暴に抱き寄せる。
「!?」
俺はビックリしちゃって何も言い返せない。
「てめーっ!」
その代わり、怒りのあまり声を荒げて駆け寄ってきたのは跡部だ。
ソファセットを飛び越えて近づくと、ベリッと俺から亜久津を引き剥がす。
「手出したら只じゃ済まさないって言ったよな?」
俺たちだったら震え上がるような跡部の凄んだ声にも、さすが亜久津と言うか、全く気にするでもなくいい放った。
「別に手出す気はねーよ。ただし交換条件だ。黙ってて欲しかったら、今日だけこいつと遊ばせろ」
「何!?」
驚いたのは跡部だけじゃない。俺もその言葉には流石にビビッて跡部にしがみ付く。
だって、遊ぶって、遊ぶって!?何されるんだ!?
さっきまで楽しそうに笑ってたジローたちも、険しい表情で見守る。
そんな氷帝メンバーに、千石は場違いなほどのんびりと声をかけた。
「みんなが心配するような『遊び』じゃないよ。あっくんね、大の猫好きなだけだから」
「…はあ?」
事態が飲み込めない俺たちを他所に、千石は続ける。
「でもね、あっくん。流石に猫じゃらしにはじゃれないと思うよ、宍戸くんは」
その言葉に、亜久津はうっすらと頬を染めて呟いた。
「…それくらい分かってる」

結局俺は、ソファに腰掛けた亜久津の脚の間に座ってる。
向かいからイライラしたように睨む跡部を、隣の滝が苦笑しながら宥めてる。
「ほら跡部。そんな心配しなくても亜久津は何もしないから。雑煮でも食べて?」
差し出された御椀を、跡部は視線を向けることもなく受け取ると、怒りをぶつける様にして餅に食らい付く。…そして、咽る。
「もう、跡部ってば」
滝は呆れたように跡部の背中を擦ってやる。
俺なんかより、跡部のほうがよっぽど心配だよ。
「おら、そっぽ見て餅痞えるなよ?」
亜久津は驚くばかりのまめまめしさで、俺に雑煮を食わせてくれる。
自分で食べられるし、よっぽど食べ辛くて嫌なんだけど、これが亜久津の「遊ぶ」なんだってさ。ようするに俺を構っていたいらしい。
「茶飲むか?」
「…うん」
跡部に凝視されながら、こうして亜久津に構われるのは本当に心臓に悪い。
あんまり亜久津のするがままに任せてると跡部が爆発しそうだし、かといって亜久津の傍から離れる訳にもいかねーし。
俺が困ってるのに見かねたのか、向こうに座った岳人とジローが跡部を呼ぶ。
「あとベー!宍戸は亜久津に任せて、こっちで麻雀やろうぜ!人数足りないんだよ」
「俺が見てるし、行ってくれば?」
麻雀が出来ない滝は、そう言って跡部を促す。
自分の所為で空気が緊迫してるのに気づいていた跡部は、小さく溜息を吐くと腰を上げる。
「じゃあ、滝。頼むぞ」
「はいはい」
滝は苦笑いで返事する。
そして跡部は、釘を刺すことも忘れない。
「亜久津。あんまり出すぎた事すんなよ」
「何もしねーよ。しつこいヤツだな」
亜久津はククク…と喉で嗤った。

亜久津は本当に何もしない。ただ静かに俺の耳を撫でたり、尻尾の毛並みを整えたり。
俺もおしゃべりな方じゃないから、無駄に話しかけられるよりは全然楽だ。
コイツは大の猫好きだって千石が言ってたけど、きっと猫もこういうヤツには懐くと思う。だいたいジローや岳人みたいに追っかけまわして無理やり抱っこするような子供は、猫には嫌われるんだ。
「眠いか?」
「え?」
気づけば、俺の身体はゆらゆらと揺れていた。
跡部の膝以外で、こんなに寛いでしまうなんて初めてだ。背中から感じる程よい暖かさと規則的な鼓動が、陽のあたる電車に揺られてるみたいで気持ちいい。
病的なほど真っ白で神経質そうに見えた亜久津の手が俺の前で組まれると、俺の身体が前のめりに落ちてしまわないように支えてくれる。
「猫は1日の大半を寝て過ごすもんだ。気にしねーで寝ちまえ」
…俺、別に猫じゃねーし。
そう言おうと思ったけど、その前に眠気に負けた瞼がゆっくりと下りて来てしまう。
「宍戸って、ガラが悪いヤツがタイプだよね」
亜久津本人を前にした滝の大胆な発言は、周りのメンバーを凍らせたらしいが、幸いなことに眠りに落ちた俺の耳に届くことは無かった。


 

今回は山吹です。何故って亜久津と跡部のガラ悪いコンビを書きたかったから!
亜久津はみんなと仲良く初詣になんて行かないとか、宍戸の事を知ってるの?とか、そんなのは言いっこなしです。それでは話が始まらないのです(笑)

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