忍者ブログ
★初めてお越しの方は、お手数ですが「はじめに」を必ずお読みください。★
[251]  [250]  [249]  [248]  [247]  [246]  [245]  [244]  [243]  [242]  [241
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

お久しぶりの更新です。

今回は連作(?)の予定です。
塚不二ベースながらも、おまけ的に新しいCPを試してみようと思っています。
ますますマニアック度を増すこと請け合いですが、もう今更ですね☆

因みに、塚不二といいながら今回は手塚出てません。そして少々長めです。色々すみません…。



置き去りの季節1(不二&氷帝)

不二がようやく休日を持て余さなくなったのはここ1年半くらいだ。
それこそ10年以上、休みとなればテニス、テニステニス…。誰に強要された訳でもなかったけれど、それが一番自然で、すべき事で、何よりも楽しかった。
それは兄弟での習いごとから、いつしか仲間たちとの絆を築いた、熱く濃い夏に集約されていったけれど、変わらず不二の生活の中心である事は確かだった。

「じゃあ、今日は遅くなると思うから」
そう言って、玄関のたたきで革靴に足を通しがてら振り返れば、あの頃より少しだけ歳をとった母が微笑んだ。
「今日は忍足君と?」
「そうだね。多分途中で誰かしら合流するだろうから、流れで飲みに行くと思う」
「楽しそうね。忍足君も久しぶりに息抜き出来るんじゃない?」
医学部に通う忍足とは、いつもドタキャンを繰り返された挙げ句に、そう、3回に1回会えれば良い方だった。
忍足が、そんな忙しい生活の中ようやく空いた週末を一緒に過ごす相手に不二を選ぶのは、今となっては何の不思議も感じられない。
「そうだね。じゃ、行ってきます」
トートを肩に掛け不二は扉を開ける。一気に降り注ぐ日差しはもうそこまで夏が来ているのかと感じさせる強さだ。
「行ってらっしゃい」
穏やかな声を背に通りに出れば、空には雲ひとつ浮かんでいない。これから梅雨の時期がやってくるなんて嘘のようだ。
昔よりも軽くなった肩の荷物にも、もう違和感は感じない。
あの頃は、よくもまあ…と感心するくらい、どこに行くにもラケットを抱えて出かけたものだ。小柄だった越前など、後ろから見ればまるで荷物につぶれてしまいそうな勢いで…。
「懐かしい…」
小さく口にしてから、腕時計を覗く。
「あ、急がないと」
掛け出す足元がスニーカーでなくなったのも、大学に上がってからだ。

あの頃の仲間たちは自然と、テニスから離れていった。
まずはタカさん。最初から決めていたとおり、稼業を継ぐために中学の大会終了と同時にラケットを置いた。
次は、誰だったろうか?
大石が大学受験に照準を合わせた生活になると、自然に英二もテニスから遠ざかり、そういえば、乾はもう少し前からデータ分析が中心になっていた。その姿は、どこぞの女監督のコーディネーションを思い出させたものだった。
そして越前は、国内外を行ったり来たりだった生活に終止符を打ち、高校生活の半ばでアメリカに居住を置いた。小さかった身体は、高校に上がる頃にはすっかり不二を追い越し、懐かない猫みたいだった性格も、父から受け継いだ生来の明るさが顔を出し始め、日本を発つ時には、不二の頬に口付けて笑いを取ったものだった。
桃城と海堂は高校大会の終了後も部活に残り、最後まで青学テニス部を牽引し続けた。実は大学受験の準備から逃れたいが為の現実逃避なのじゃないかと、荒井がこっそりと教えてくれたっけ。
そして手塚は…。

ホームに着けば、ちょうど電車が滑りこんでくる。
「セーフ」
軽やかに乗り込めば、息の上がっていない自分に気付く。まだ、あの頃のストックは生きているようだ。
この程度の全力疾走では、その涼しい表情を崩す事などなかった。
窓越しに見上げる空は、胸を刺すほど青い。どうしたってあの夏を思い出してしまう。
楽しくて一生懸命で、ときどき悔しくて。あんな充実した季節はもうやって来ないだろうと確信する。
青春ってやつだ。
「あっちは、もっと青いのかな」
手塚が日本を発ってもう2年になる。最初はドイツへ、そして今はどの地の土を踏むのか、不二は知らない。

「悪い!待たせたか?」
新宿の大型書店で待ち合わせるのは毎度の事で、不二は手にした新刊を書籍の山に戻した。
「大丈夫。チェックしたい本もあったし」
「悪いな~。出掛けに従兄弟から電話来てもうて」
手を合わせる忍足に気にするなと笑って、不二は先に歩きだす。
「従兄弟って四天宝寺にいた?」
「そうそう。あいつも勉強勉強で欲求不満みたいや」
「ああ、忍足の所はお医者さん一族だもんね」
「全く、何も素直に親の後追う事もなかったんかなァ」
それは最近の忍足の口癖だ。きっと、従兄弟君も同じような壁にぶつかる時期なのだろう。
「でも、忍足に白衣って似合いそうだよ」
「そうかァ?それなら不二んとこの、あれ!アイツの方が似合いそうやないか」
「もしかして、乾?」
忍足は「そうそう」と頷く。
「だめだよ、あれは。医者ってよりマッドサイエンティストって感じ。子供なんて泣いて逃げ出すよ」
「まあ、そうかもしれんな」
そう言って、くつくつと彼らしく喉の奥で笑うと、全く縮まる事のなかった身長差で、のしかかるように不二の肩に腕をまわす。
「で?不二くんは目指す道は決まったんか?」
「あ~、嫌な話題!最近みんなそれで持ち切りなんだよね」
「そやかて、これだけの『氷河期』やろ?3年ったらもう就職活動始めるやろ」
「まあねェ」
人より長い学生生活の待っている忍足は、そのあたりがまだ遠い話なのだろう。口にはしないが、きっと親の関係でその後の道も無難に用意される事だろうと不二は思っている。
それに甘んじるかどうか、そこは忍足の性格からして微妙な所だが。
「そや、さっき宍戸からメールきたで」
忍足はジャケットのポケットの上から携帯を弄び、思い出したように言う。
「どうだって?」
「流石に跡部は無理かも言うてたけど、岳人もジローも顔出すって」
「良かった、久しぶりに会えるじゃないか。この前忍足がドタキャンしたから、芥川君不機嫌になっちゃって大変だったんだから」
「あ~?ジローのヤツいっつも寝てるくせして、何言ってるんや」
「だって、その前の時彼は来られなかったから、もう半年近く会ってないんじゃないの?」
忍足は少し考えるようにして空を仰いだ。
つられて顔を上げれば、新宿の空は小さく、数々の看板が降るほどの勢いで視界に飛び込んでくる。
「せやなァ、そのくらい経ったかも。でも、ジローの奴、メールしても返事けえへんし、跡部くらいマメやったらそんな没交渉にもならへんのに」
不二は「そうだね」と微笑みながら、ボヤく忍足の腕を引く。
「ねえ、イヤホン買い換えるって言ってなかった?」
「せやせや」
気を取り直したかのように、忍足は大型電気店に足を向ける。
その時、ちらりと視界に入った忍足の足元も、当たり前のように革靴で、あの頃のテニスシューズ姿はもうしばらく見ていないなと、不二は目を細めた。
でも、考えれば、忍足達元氷帝メンバーと親しくし始めたのは高校の大会が終わってからだったから、ジャージ姿で会う機会は大会や合宿先でしか無かったはずだ。
「そりゃ、思いだせないか」
「何や?」
小さな呟きに忍足が振り返るけれど、不二は「何でもない」と首を振ってその後に続いた。
「忍足、歩くの早いよ」
「あ?すまんなァ。コンパスの違いやわ」
歯を見せてからかうように笑うその背を軽く小突くと、忍足は大げさに痛がる振りをした。
「痛っ!不二、意外と凶暴やから」
「そんな事ないよ。向日君に比べれば」
「…あれは規格外や」
げんなりとした表情に、不二はケラケラと声を上げて笑う。

今ならば、見上げるその眼鏡の横顔に、手塚を思い出して息を呑むことも無くなった。
見慣れてしまえば、手塚と忍足は全く似ていない。
眼鏡の形は勿論、鼻の形も頬の高さも。何より、その目が違っていた。
忍足は冷静そうに見られがちだが、瞳に彼の野心家ぶりが滲み出ている。
頼もしくて、少し危険な香りがして。女性にもてるのが良く分かる。
手塚は、どうだったろうか?
あれだけ熱い性根を知っているにも関わらず、その目だけを見れば、あの戦いの日々が嘘のような静かな色だった。
本当は誰よりも熱く、夢を追い続けている男なはずなのに、高校卒業を待たずにドイツへ発つと聞いた時は「何で?」と聞き返してしまったくらいだ。
今思えば、それほど彼を理解していなかったという事なのだろうけれど。

「不二?」
少し遅れをとった不二に、忍足が不思議そうに振り返る。
「何でも無い」
そう微笑む自分は、あの頃と変わっただろうか。
不自然な笑いにならなかったかと危惧する不二に、忍足は何の疑問も持たなかったようで、すぐに目的地へと意識を戻した。
「ああ、ここでええか。ポイントカード持ってたはずやし」
そして、嬉々として店内に向かう。

大型家電店というのは、意外と商品の置き方が違うものだ。
馴染みの量販店はあまり広くない間口の為か、どこの店舗の入り口も「取りあえず」といった感じに小さな携帯電話で占領されていた。そして少し入るとデジカメが見えてきたりと、小型の商品が入り口付近を占めていた。
忍足が選んだ店は、広い百貨店の跡に建てられた為か、行き慣れた店よりも断然に広く感じる。
だからだろうか、一歩踏み込んだ途端に迎えるテレビの台数に少々圧倒された。
「すごいね。テレビだらけ」
思わず呟く不二に、忍足は「ああ」と相槌を打つ。
「エコポイントのせいと違う?」
「なるほどね」
そう言えば、不二の部屋のテレビも先月買い換えられたばかりだ。あまり興味のない不二は、弟の裕太に全て任せっきりで、特別な希望も言わなかったのですっかり忘れていた。
「相変わらずやな」
「何が?」
苦笑いの言葉に首を傾げれば、忍足は「いや」と口ごもる。
「何だよ」
そう言われると聞きたくなるのが人間の性というものだろう。
横っ腹を突かれて、忍足は「別に大したことやない」と、瞳を細め不二の頭をポンとひとつ叩くように撫でた。
「不二はもうすっかりテニスから離れてもうたんやなァって、な」
「え?」
不思議そうな顔に、忍足は続ける。
「昔さ、俺らの年代ってテニス全盛期やったろ?色んな大会のビデオ探して、貸し合って、よう見たやないか」
「そうだね」
そう、そうだった。
地上波の番組しか見られない仲間たちが休日に集まって、不二の家でCS放送される大会を一緒に見たりしたものだ。
たかだか中学生が、プロ選手のプレイについて真顔で分析したり、批判したり。今思えば恥ずかしいというか可愛いというか。
「俺な、今でも意外と見るんやで。テニス番組」
「そうなの?」
思いもしなかった話に、不二は珍しく目を丸くした。
「そないに驚く事か?」
「いや、だって、忍足忙しそうだから」
「そやけど、テレビ見る時間くらいあるわ。みんなでテニスしに行きましょ言うたら、なかなか難しいけどな。録画した番組を飯食いながら見るとか、その程度なら出来るわ」
「そっか、そうなんだ」
「宍戸たちは、たまに打ちに行く言うとったよ。それこそ、今やっとかな就職してもうたらしばらく出来ひんしな」
「…そうだね」
そうか、そうなんだ。
何だか不思議だった。
不二の中では想い出となってしまったテニスを、まだ皆は離れがたく思っているなんて。
そう素直に口にすれば、忍足が困ったように眉根を寄せる。
「そないに不思議か?ウチらで完全にテニス止めてもうたのって、滝と、跡部と、まあ俺はやりたいけど時間が無いって感じや。あとの奴は遊び程度にはやっとるで?俺からしてみれば、不二程の奴が高校ですっぱりテニス止めてもうた事の方が不思議やわ」
「そうなの?」
「そうや」
そう言えば、不二がテニスを止めてからしばらくの間、母は寂しそうな顔をしていた気がする。もともと大学に上がるのに困るほどの成績でもなかったのだから、続ける事も出来たはずだ。
けれど、一番身近にいた菊丸が、大石が、そして手塚が。形はそれぞれでも青学でのテニスから離れてしまった時に、自分のテニスも当たり前のように終わるものだと感じていた。
「何や理由があるっぽいから触れないでいたんやけど、宍戸たちは不二とテニスしたがっとるで?」
「言ってくれればいいのに、別に特別理由があるわけでもないし。ラケットだって勿論あるよ?」
「ほんまか?」
「うん」
そう。別に何が嫌になって止めたわけでも無かった。
周りが当たり前のように受験体制になって、部活動は夏の大会までって空気だったから。それだけだった。
落ち着いたらみんなでテニスしようね、なんて。そんなの社交辞令で、きっと叶わない事だろうと分かっていて、それでも口にしていた日々。そしてやっぱり、それが叶う事はなかった。
越前や手塚のようにプロを目指すのは、やはり特別な事であって、そこに自分が含まれない事は当然のことだと思っていたし、テニスに生涯を捧げようとまでは思えなかったというのが正直なところだ。
「まあ、テニスに嫌な思い出が無いんやったら良かった。…きっと不二は知らないんやろな、と思ってな」
そう言うと、忍足は展示されているテレビの一つへと歩み寄った。
休日の混雑の中、多くの人が付きっぱなしのテレビを鑑賞しているが、奥の展示品には誰も注目していない。
再放送のドラマを映すそのテレビのリモコンに、忍足は手を伸ばした。
少し間をおいて、番組が切り替えられる。
「…あ、」
42インチの画面が、その姿を映し出した。

不二の両脇を大きな風が吹き抜けた気がして、あの夏の、コートの熱さを思い出す。
何故、忘れていたのだろう?
ただ楽しかったのだ。彼らと戦う事が。
小さなボールを追うのに、あんなにもワクワクした。
瞳を閉じると、青学コールが響いてくる。
皆の声が聞こえる。
彼らの声に守られて、何も怖くなかった。
ダブルスだろうがシングルスだろうが、戦うのは皆一緒だったから。
英二、大石、乾、タカさん。桃、海堂、越前。

-ねえ、手塚。君も楽しかったかい?

見つめれば、そこには変わらず涼しげでいて野心的な彼が、ラケットを握っていた。
「手塚…」
変わっていない。
いや、やっぱり少し大人びて、逞しくなった手塚。
黄金の左腕は、躊躇することなくサーブを放った。

「やっぱり、全然見てへんかったんやな?」
「忍足?」
急に、夏のコートから冷房の利いた店内に意識を引き戻される。
青学コールが、買い物客の喧騒へと変わっていった。
「手塚、ようやく怪我が治ってな。ランキングはウナギ登りや」
「怪我、してたの?」
「何や、何も知らんのか?」
まさかそこまで、と。忍足は呆れたような声を出す。
「うん、何も。ドイツに行ってから何してたのか、全く」
「ほんま?」
「え、うん。だって、受験時期にドイツ渡っちゃって、みんな登校も少なくなってたし、忙しくてたまに会えても自分たちの進路の話ばかりしてたよ」
大石と英二は神奈川の大学へ進学するのに合わせて、地元を離れた。
乾とはテニスを離れれば全く接点が無くなり、たまにメールを交換する程度だったが、今ではそれさえ無くなった
「越前だって、ガンバっとるで?その内手塚とも当たるんやないか?今までは、お互い怪我に泣かされたからな」
「そう、越前も…」
不二の視線は、再び手塚の姿に釘付けになる。

尻切れになる不二の声に忍足は溜め息を吐き、あの頃、ネット越しに見たのと変わらない細い肩を抱き寄せた。
ほんの少し周りの客がざわめくのも、忍足は気にしない。
良い大人の男性が、友を抱きしめたくなる事だってあるのだ。
こんな風に、泣かれたら。
「こんなんやから、皆、お前には話さなかったんやろな、テニスの事」
不二は、いつもは穏やかに細められた瞳をぽかりと開け、人形のような大きな瞬きと共に、ぱたぱたと涙を零していた。
自分が泣いている事にも、まるで気付いていない。
夢中というのは、こういう事をいうのだろうという位、不二は逸らすことなく手塚の姿を見つめていた。

そう、まるで夢の中だ。
今まで思い出す事も無かった手塚の表情が、勢い良く不二の記憶を駆け巡った、走馬灯のようにというには激しすぎる。まるで嵐のように、無くしていた場面が蘇るようだ。
いつも眉間に皺をよせて、油断せずに行こう、と。
「少し油断でもしてくれなきゃ、誰も君には近づけないよ」と。からかって彼を困らせた事もあった。
冷静だけど頑固過ぎて、口をへの字に結ぶ手塚の姿が時々子供っぽく見えるのは、不二と乾だけの秘密だった。
いつだって青学を引っ張ってくれた手塚の背中。
彼がいるだけで、みんな心強くて。彼が居るだけで何だか強気になっちゃって。
そう、そんな手塚の隣にいるのを、当たり前のように見られていたのは不二だった。
そして不二だって、いつかそれが当たり前のように感じていたのに。

「急にドイツに行くって。経緯なんて何も言ってくれなくて、ただ、報告だけで…」
「せやったのか」
最後の瞬きで、小さな粒になった不二の涙は、全て消えていた。
「うん。僕バカみたいに『何で?』なんて聞いちゃって。何でも何も、プロに転身するに決まってるのに、何言ってるんだか」
「…寂しかったな」
「…うん」
そう、寂しかったのだ。
不二は、手塚の姿を映し出す画面に歩み寄ると、リモコンを手にしてチャンネルを戻す。
また、一瞬の間を置いて手塚の姿は消えた。
「買い物、行こうか?」
「せやったな」
不二のいつもの微笑みに、忍足もいつも通り頷いた。

まだ時間の早い居酒屋は、男だらけのむさ苦しい団体のために、ゆったりとしたお座敷席を用意してくれた。
一人くらい彼女を連れて来たって良いものなのに、そこは男の友情を優先…と見せかけて、実は皆が皆揃って独り者だ。
いや、宍戸を除いて。
乾杯の後、一気に生中を半ばまで飲み干した宍戸は、大きく息を吐くと「かーっ、旨い!」と豪快に笑った。
「…おっさんか」と忍足に突っ込まれても「お前には言われたくない」と歯牙にもかけない。
そして、忍足の横で微笑む不二に声をかける。
「久しぶりだな、不二」
「そうだね、3ヶ月くらい会って無かったかな?」
「俺なんて、オッシーと会うの半年ぶりだよ!付き合い悪ィよな~」
割り込むジローに、忍足は顔を顰めた。
「せやから、ジローはメール無視するから!時間空いた時連絡したって、それじゃ会えへんやん」
「だってー」
頬を膨らませるジローを押遣ると、今度は岳人が身を乗り出した。
「なあなあ、それより!テニス見たか?!」
その言葉に、宍戸は「しまった」という顔をするが、後の祭りだ。
「手塚凄くね?!久しぶりに見たけど、やっぱりすげェよな!あの零式は、なかなか破れないぜ!」
「岳人っ」
少し黙れと言うように宍戸が腕を取ると、岳人は漸く気付いたように「あっ…」と言葉を呑んで眉を下げた。
「悪ィ、不二ってテニスの話、したく無かった?」
恐る恐る見上げる岳人に、不二はきょとんとして首を傾げる。
岳人も、宍戸も、ジローも、何だか悪戯を怒られている小学生のように首をすくめ、不二を見つめているのだ。
不二が隣の忍足を見上げれば、その目は「ほらな」というように苦笑している。
「ごめんね、そんなに気を使わせてたんだ、僕」
返って謝られた岳人は、「え?え?」と、答えを求めるようにして、忍足に視線を投げる。
「さっきな、ちょうどその話してた所なんや」
「そうなのか?」
心配そうに不二を見つめる宍戸たちの優しさに、不二は何だか申し訳なくなってくる。
「僕自身は別にテニスが嫌いになったわけでも、特別嫌な思い出があるわけでも無いんだよ。でも、きっとみんなに気を使わせちゃうくらい、嫌な素振りを見せてたんだろうね?」
そういって頭を下げれば、今度は宍戸が大きく首を振り「顔をあげろよ」と困った表情を見せる。
「なあ?」と宍戸に話を振られ、岳人は「ああ」と答える。
そんな中、ジローはどこか不思議顔だ。人差し指で顎先をなぞりながら、答えを探すような素振りで口を開いた。
「俺さ、ずっと分からなかったんだけど、不二がテニスの話題を避けてるって言いだしたのって誰だ?」
ジローの言葉に、不二本人は勿論、忍足も宍戸も、そして岳人も首を傾げた。
「俺たちが不二と遊び出したのって、もうテニス引退してからじゃん?その時には、不二の前ではテニスの話を控えてくれって、そういう空気だったんだよな。何でだろ?」
ジローが数年前を思い出すようにして言葉を紡ぐが、やはり集まったメンバーはそれぞれ不思議そうに顔を見合わせるばかりだ。
そんな首をひねるメンバーに、聞き慣れたようで、でも懐かしい声が割って入る。
「俺だ」
驚いて振り返る皆の視線を集めながら、会話に割入った男は当然のように座敷席へやって来る。
そして、舌打ちしながら革靴のひもを解いた。
「面倒くせェな、何で靴脱がなきゃなんねェんだよ」
ブツブツ言う本人は、皆が目を丸くしている事に気がつかない。
「あ、跡部?!」
「ああ?何だよ」
指をさし、大声を上げた岳人の頭に拳骨を落とすと「ほら詰めろ」と、当然のように宍戸の隣に座る。
「来れたんだ?」
そう言って、からかうような笑顔でメニューを差し出す宍戸に、跡部は「来ちゃ悪いか」と憮然とする。
忙しくて無理そうだと宍戸伝手で連絡を貰っていた忍足は、店員が持って来たおしぼりを投げてやりながら「平気なんか?」と尋ねる。
跡部は丁寧に手を拭いおしぼりを畳むと、ようやく一息吐いて皆を見まわした。
「大丈夫だ。必要な事はやってきたからな」
「そんなら、良かった」
事も無げに言う跡部が、実は結構頑張って様々な用件を片付けてきた事を知るのは宍戸だけだ。そして、それが先日からスポーツ界を賑わせている手塚の活躍に、居てもたってもいられなくなったのが理由だなんて。
宍戸が笑いを噛み殺せば、それに気付いた跡部は小さく舌を打った。
「どうせ来るなら、夕飯作らなかったのに。明日食えよ」
そう言って宍戸は、運ばれてきたお通しの和えものを跡部の前に置いてやる。
「朝食うから残しておけよ」
「へいへい」
実は、こんな会話はいつもの事で、今さら誰も突っ込まない。
大学入学と同時に二人が同棲を始めたのは、メンバーにとってはごくごく自然な事だったのだ。
そんな二人が何故だか眩しくて、不二はほんの少し視線を逸らした。

「んで?何で跡部が、不二の前でテニスの話をするなって広めたの?」
跡部がビールを一口二口飲み、グラスを置いたタイミングで会話を引き戻したのはジローだった。
「ああ、そうだったな」
跡部が言い、不二を含むメンバーも「そうだった」と頷いて話を促す。
「まあ、俺っていうか、正しくは乾なんだけどな」
「乾?!」
意外な言葉に、思わず声を上げたのは不二だけではない。跡部とは近しい宍戸も、初めて聞いたかのように驚いた顔をしている。
「つーか、跡部って乾と仲いいのか?」
そう聞く岳人に皆が同調する。
「お前、乾と会ってたのか?」
宍戸の言葉に、跡部は呆れたように視線を投げた。
「別に会わなくたって会話くらい出来るだろうよ。電話もメールもあるんだからよ」
「…まあ、せやな。連絡先くらいどうとでもなるか」
忍足が頷けば、跡部は「そういう事だ」と言い、もう一口ビールを煽った。
「乾は、元気なの?」
不二の言葉に、跡部は優しげな苦笑を浮かべる。
「本当に連絡取ってないんだな?皆心配してるって言ってたぜ?菊丸も、大石も、河村も。勿論乾もだ」
「そっか…」
不二は、初めて知るその事実に困惑して跡部を見つめる。
答えを急かされるように見つめられた跡部は、困ったように続ける。
「俺も詳しくは聞かなかったんだ。乾も理由は聞かないでくれって雰囲気だったからな。ただ、不二が青学のメンバーから離れて行こうとしているのは感じていたし、乾なりにはその理由に気付いているようだったぜ。ただ不二と直接話した訳ではないから、憶測で物を言うのは控えておく、とな。あいつらしいぜ」
跡部の言葉に、不二は寧ろ、乾らしくないと思えた。
乾ならば、パーセンテージを弾き出して、考えを述べそうなものなのに。「不二が…な確立、…パーセント」と。
懐かしい乾の声が蘇る。
そう、手塚が発ってから暫くは、物静かな乾の隣が居心地良くて、何も言わず傍について歩いた日々もあったのに。
そこで、漸く思い出した。
記憶に残る、乾との最後の会話。
「そっか。結局最後まで僕のデータは取れなかたって、乾言ってた」
だから、パーセンテージもなにも無かったのだ。
「そう言う事だ」
どこまで知っているのか、跡部は少し悲しそうな表情を滲ませた。
「本当に、乾は不二の事を心配してるぜ。今もな」
何と言って、乾は跡部とメール連絡を取り続けているのだろう?

そう、手塚を見送った直後。
不二はほんの一瞬、乾の背中に隠れて涙を流した。
見送りのメンバーが空港を去ろうと歩き出した後も、その場を離れられずにいた不二を、隠すようにして立ち止まったのは乾の優しさだったのだろうか。
「さあ、行こうか」
蘇るのは、変わらず低く響く乾の声。

「…乾に、今まで有難うって、伝えてくれる?」
そう言う不二の擦れ声を、跡部は笑い飛ばした。
「してやるかよ。お前がするんだ、不二。自分でな」
「跡部…」
薄ら浮かんだ不二の涙に、宍戸と岳人、ジローの三人は、何故だか恥ずかしそうにして視線を逸らした。
忍足は促すように不二の背を撫でる。
「ほら、不二携帯出して?跡部、アドレス送ったってな」
「ああ」
そう言うと、あっという間に乾の連絡先が不二の携帯に表示される。
「ほな打とうか、不二」
「え?今?」
慌てる不二に、跡部も先を急かす。
「何だっていいんだよ。『元気です。近いうちに会いましょう』とかよ」
そんな跡部の言葉に、宍戸が噴き出した。
「何だか堅苦しいなァ。仲間だろ?もう少し砕けた感じにしろよ」
「良いんだ何だって。早く連絡してやらねえと、乾の奴その内、俺らの家に押し掛けてくるぜ」
その台詞から、乾がどれだけ心配しているのかが窺える。
不二が慌てて新規メール画面を開けば、今度は宍戸も乗っかって、不二を急かしにかかる。
「不二、何でもいいから連絡してやれって!もう『会いたい』でいいよ」
跡部よりよっぽどなセリフに、岳人が呆れたように溜め息を吐く。
「それじゃ、告白みたいじゃん」
「結局跡部と宍戸は、乾に押し掛けてきて欲しくないって事だね~」
呑気なジローに「当たり前だ!」と宍戸が食ってかかる。
「怪しいドリンクでも持って来られたらたまんねェよ…!」
「まだ作っとんのかいな…」
賑やかな氷帝メンバーにつられるように笑って、不二はやっと、あの頃から一歩進む事が出来た。

『乾、元気?
心配掛けてごめんね、僕は元気だよ。
久しぶりに会いたいな。』

あの季節を取り戻せるだろうか?

メールの内容を知りたがる面々を押しのけて、不二は漸く携帯を閉じる。
この2年間が嘘のように、早くみんなに会いたかった。
 

PR
はじめに
ようこそお越し下さいました!「ハコニワ‘07」はテニスの王子様、跡宍メインのテキストサイトです。妄想力に任せて好き勝手書き散らしている自己満足サイトですので、下記の点にご注意くださいませ。
■R-18作品、猫化・女体等のパラレルがオープンに並び、CPもかなり節操なく多岐にわたります。表題に「CP」や「R-18」など注意を明記しておりますので、必ずご確認の上18歳未満の方、苦手なCPのある方は避けてお読みください。また、お読みになる際は「自己責任」でお願い致します。気分を害する恐れがあります…!
これらに関する苦情の拍手コメントはスルーさせて頂きますのでご了承ください。
■連絡事項などがありましたら拍手ボタンからお願い致します。
■当サイト文書の無断転載はご遠慮ください。
■当サイトはリンク・アンリンクフリーです。管理人PC音痴の為バナーのご用意はございませんので、貴方様に全てを委ねます(面目ない…)。        
   
カレンダー
10 2024/11 12
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
通販申込
現在、通販は行っておりません。申し訳ございません

・その頬は桜色に染まる(跡宍)400円
・社会科準備室(跡宍)500円


※詳しい内容は「カテゴリー」の「発行物」からご確認ください。

◆通販フォームはこちら◆
拍手ボタン
カウンター
お世話様です!サーチ様
ブログ内検索
プロフィール
HN:
戸坂名きゆ実
性別:
女性
自己紹介:
私、戸坂名は大のパソコン音痴でございます。こ洒落た事が出来ない代わりに、ひたすら作品数を増やそうと精進する日々です。宜しくお付き合いください。
忍者ブログ [PR]

photo byAnghel. 
◎ Template by hanamaru.