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注意!女体モノです。

苦手な方はご注意を。


プールサイド 2(忍×岳)
~女体シリーズ8~

「岳人、泳いできなよ」
滝はそう言って、ビーチパラソルの影に入ると手にした小さなバッグのファスナーを開ける。
「え?滝は何すんだよ?」
折角大人っぽい水着買ったのに泳がなけりゃ意味無いじゃん…と岳人は思うのだが、滝は楽しそうに化粧品を取り出す。
「何それ?」
「日焼け止めクリームだよ」
「日焼け止め?」
泳いだら焼ける。それは当然のことだと思っている岳人は首を傾げる。
でもそう言えば、滝は部活前にも陽に当たる部分には丁寧にクリームを塗っていた気がする。
「そう、日焼け止め。岳人みたいに綺麗に焼ければいいんだけど、僕の場合、真っ赤になったり水膨れになって、最悪の場合シミになっちゃったりしてさ。大変なんだ色々と」
「そうなんだ」
「だから、岳人は楽しんできて?」
宍戸は不二と話し込んでいるし、一人きりはちょっと寂しいけれど、プールが大好きな岳人は早く泳ぎたくて仕方が無い。
「おう、分かった!また後で来るな」
岳人はプールサイドを駆け出した。


カタチばかりの準備体操を済ませると、岳人は飛び込み台の上に立つ。
青学メンバーは反対側で固まっているから大丈夫だし、ジローたちはプールの真ん中で何やら賑やかだ。
「本当は高飛び込みと行きたいところだけど…」
当然そんな飛び込み台がある訳もなく、岳人は学校のプールと同じ造りの飛び込み台に立つ。そして軽く足を開くと指をかけた。
「向日岳人、いっきまーす!」
誰かとぶつかっては危ないから大きく声を掛け、そして跳び出した。
身体中のバネを使って、一度羽ばたくのではないかというくらい大きく飛び上がり、そして、指の先から滑りこむように静かに水の中へと吸い込まれる。
無駄な音も、無駄な水飛沫も上がらない。
だから、遠くにいた青学メンバーは岳人が飛び込んだのにも気づかないくらいだ。
けれど、そんな芸術的な飛び込みを見知っている氷帝メンバーは、岳人が水面に浮かび上がって来ると同時に拍手をする。
「さっすが、向日先輩!相変わらず綺麗な飛び込み」
背中にジローを背負いながら、鳳は拍手する。
「何だか、人間じゃないみたいですよね…」
そんな日吉の溜息も勿論褒め言葉だ。
「がっくん、かっこE!」
ジローも鳳の上で興奮して暴れる。
「ちょ、先輩、大人しくしてくださいって!」
鳳は慌てたように、そんなジローを背負いなおす。傍で見ていた日吉も慌ててジローの身体を支える。
「がっくん、水の妖精みたいやな?」
ジローたちがまた賑やかに遊びだすのを待っていたかのように、何処からともなく現れたのは忍足だ。
「…侑士」
忍足は岳人の身体を抱き上げる。
「ちょ、泳げるって」
両の脇に手を入れられ、まるで赤子を抱き上げるような仕草に、岳人は驚いて頬を染める。
「泳げるのは知っとるよ。ただ、背届かないやろ?ずっと泳ぎ続けるのも何やし、こうしておしゃべりしよ?」
忍足は、岳人をラッコの子のように抱き上げて、後ろ向きにゆっくりと歩きだす。背泳ぎのような格好で、岳人は引っ張られていく。
「へへ、気持ちイイや」
岳人は全身の力を抜いて、体中に水の流れを感じる。目を瞑れば、瞼の裏が太陽の光に暖かく、明るい。
本当のことを言えば、こんな風に忍足と触れ合うことが少し怖かった。
自分が本当に忍足のことを男性として好きなのか、それとも友達として好きなのか、分からないままに抱かれたのはついこの間の事だ。
自分を特別扱いしてくれるのが嬉しくって、でもだからって「愛して」いるのかなんて良くわからなくって。
自分が所謂「恋愛」ってことに関わるのは、もっと何年も後とか未来の話だと思っていたから、何だかピンと来ない。
いつもなら宍戸や滝に相談して、わーっと話すとスッキリするのだけれど、今回ばかりは誰にも話すことが出来なかった。岳人だって自分で痛いほど分かっていた。好きかどうか分からないのに、流されるままHするなんて褒められたことじゃないと。
自信過剰に思われるかもしれないけれど、きっと、忍足には相当期待をさせてしまっているだろうと岳人は思う。でも決して、焦らして愉しんでいる訳ではない。
ただ、全てを委ねる勇気はないのだ。
それは酷く未知の世界で、後戻りができない複雑な道のようで、怖い。
こんな気持ちのまま、でも優しくされるのは心地良いだなんて、まるで人の心を弄ぶ嫌な女みたいで。だから、忍足とは距離を置きたかったのだ。
けれど、何も知らない宍戸からのプールの誘いを上手に断ることができなかった。
こうして抱きかかえられて全てを預け、忍足の気持ちも、自分のこんなズルイ心も、何も知らなかった頃に戻れたら…なんて。叶うはずもない願いに溜息を吐く。
「がっくん?疲れた?溜息なんてついて」
プール好きやろ?と心配そうに上から覗き込む忍足の視線。
「侑士…」
静かに見つめ合うと、自分にだけ向けられるこんな暖かな視線を無くしたくないと思ってしまう。
「がっくんが元気ないと俺心配や。何でも言って?俺、がっくんのタメだったら何だって出来るで?」
「ばーか」
こんな歯の浮くような気障な台詞。これが冗談じゃなくて本気で言っているのだと気づくのには、そんなに時間がかからなかった。
優しくてカッコイイと、跡部と人気を二分するこの忍足が、こんな言葉を真剣に口にするなんて。つい、頬が緩んでしまう。
「あ、がっくんやっと笑った」
「侑士、恥ずかしすぎ」
「何がや?」
「台詞」
「台詞…?がっくんのタメなら何でも出来るって?だって本気やもん」
「…だから、ハズいってば」
「本気なんやから仕方ないやろ?」
忍足はクスクス笑いながら、歩くスピードを速めていく。
流れるプールに浮かんでいるみたいで気持ちがいい。ちょっとしたアトラクションのようだ。
「侑士、これ面白い」
「そうやろ?もっとスピード上げるで?」
「わあっ!?」
益々上がったスピードに驚いて支える忍足の腕にしがみ付いたら、忍足は目を細めて本当に幸せそうに微笑んだ。
いつも見慣れた眼鏡が無い所為か、その微笑みが大人びて見えて、岳人の胸がドキンと高鳴る。
やっぱり、何も知らなかった頃になんて戻れない。こんな風に見守られる幸せを忘れてしまいたくなんてない。

(…なあ、これって『好き』って事なのか?)

「どうや?がっくん楽しいか?」
「ああ、楽しい!」
真っ直ぐだけでなく蛇行し始める忍足。すると、それを見ていたジローが食いついてくる。
「あ、忍足!俺も俺も!それやってー」
「ええ!?鳳にやってもらいー」
「もう、疲れましたよ…」
散々遊び相手をさせられた鳳の声は疲労困憊といった感じに擦れている。
「ほらー!忍足ってばぁ!」
「嫌や。ジロー暴れるんやもん。重たいし」
「重くねえって!水の中だから平気!」
ザバザバと水をかき分けてきたジローが、忍足の片腕に飛びつく。
「わっ!ジロー、顔に水かかるだろ!?」
支えられていた身体が急に沈んで、岳人は危うく水を飲んでしまうところだった。
「がっくん、二人いっぺんに引っ張ってもらおうぜ!」
ジローの無理な提案に、忍足は「ええ?」と嫌そうな声を上げる。
「よーし、侑士頑張れ!」
「酷いわぁ、がっくんまで」
ジローと並んで仰向けば、結局諦めたように引っ張り出す忍足。
「おーとり!お前も責任持ってジローの面倒見いや~」
「えぇ~」
嫌そうな顔をする鳳の背を、日吉が無言で押し出す。
「レッツゴー!」
「ゴー!」
はしゃいだ声を上げるジロー。岳人も一緒になって忍足の腕をつかんだ。

(ねえ、侑士?もしかしたら俺、お前のことが好きなのかもしれない)

ぶつくさ文句を言いながらジローの相手をする忍足の腕に、岳人はそっと擦り寄った。


一頻り遊んでプールサイドに上がった頃には、ジローはうとうととし始める。
「やだ、ジロー。こんな所で寝たら干からびるよ?」
滝がパラソルの下に引っ張り込もうとしても、少しも起きる気配はない。
「重い!長太郎手伝ってくれる?」
「あ、はい」
滝の言葉に、鳳は傍まで寄るとジローの片腕を取る。
右腕を滝、左腕を鳳が引きようやく日陰まで移動させると、滝は大きく息を付いてペタリと座り込んだ。
「寝入った子供は重いからなぁ」
忍足はそう笑って、ジローの額をデコピンする。
「ホントそうだね。長太郎ありがと、助かった」
ジローの傍らに両手を付いたまま、首だけで見上げて滝がお礼を言えば、長太郎は「あ、いえ。全然」と、急におどおどと視線を泳がせる。
「…?どうしたの。長太郎」
滝が首を傾げれば、そんな二人を見ていた忍足がククク…と楽しそうに笑った。
「滝がそんなセクシーな水着で見上げるからドキドキしたんや。なあ?鳳」
「いや!あのっ、その」
図星を指されて顔を赤くする鳳。
「宍戸には内緒にしといてやるから」
完全に遊ばれていると分かっているが、忍足の言葉に鳳は「お願いします」と消えそうな声で俯いた。
鳳は、宍戸が跡部と付き合っていると知っていても、それでも諦めずにアタックし続けているのだ。滝の水着姿にドキドキしてしまったなんてバレたら、ただでも0に近い可能性が完全に0になってしまう。
おろおろする鳳が可笑しくて、可愛くて、岳人も思わず微笑んだ。
「皆さん大人の人みたいに、その、色っぽい水着で。何だかどこ見ていいのか分からないです…」
鳳は、照れたように笑いながら頭を掻いた。
「確かにそうやな。滝なんてプールの授業嫌だって言ってたやないか。その割りに気合入った水着やな?」
忍足の言葉に、滝は「当然」といった表情で胸を張る。
「学校で全然知らない奴に不躾な視線向けられるのが嫌なだけ。お洒落は好きだもの。毎年水着買ってるんだから」
「そうなの?」
岳人の言葉に、滝はにっこりと頷く。
「母さんが好きだからって言うのもあるんだけどね。この水着も今年の人気デザインなんだよ。黒一色だけど、レース使いが大人っぽいでしょ?」
胸元を指差して近づけば、鳳は驚いたように飛び退いた。
「か、からかわないで下さいよぉ」
何とも情け無い声で、顔を覆う鳳。
「アハ、ごめんごめん。苛めすぎちゃった」
チラリと舌をのぞかせる滝に、忍足も可笑しそうに笑う。
そんな会話を、岳人は同じ輪の中にいながらも、とても遠くで聞いている気分になる。
今日の女性の水着は、みんな大人っぽい。
ビキニの割合が高いし、ワンピースの不二も淡いピンクでとても女らしいデザインだ。
岳人は自分の姿を見下ろす。
所謂タンキニと呼ばれるタイプの水着で、デザインも青やグリーンのストライプでボーイッシュなデザインだ。肌の露出は殆どなくて、腹の部分が数センチ程度。短パンもデニム風のデザインで、そのまま外を歩けそうなくらいだ。洋服だと言っても通じるだろう。
目の前の忍足は、鳳のように照れたりすることなく、滝の水着のデザインについて話している。
「このリボンが可愛いな?これ無いと、ちょっと近寄りがたいくらい大人な雰囲気になるんやけど、この外しがええわ」
「でしょ!?老け込むのは嫌だしね、そこは拘った所なんだ」
「宍戸は意外やったな。ビキニならもっとセクシー路線か、シンプルなんでくると思ったわ」
「そうそう!僕もびっくりしたの。でもね、跡部って意外とフリルとか好きみたい!『何でビキニなんだ!』って怒りながら、少し嬉しそうだったもん」
「いや、それにしても海堂にはびっくりやったわ…」
「すごくカッコイイよね!色っぽいんだけど、あの潔さが女女してなくていいの!」
二人の楽しそうな会話に、岳人は段々居たたまれなくなってくる。
どんな男性だって、やっぱり色っぽかったり、可愛らしいほうが好きなのだ。
勿論胸が大きいに越したことはない。いくら大きさは関係ないって言ったって、やっぱりどちらが好きかと聞かれたら大きい方だろう。

(侑士も、やっぱりそうだよね…?)

どんなに優しくしてくれたって、本当は「もう少し女性らしかったらな」と思っているのかもしれない。いくら好きだと言ってくれたって…。
岳人は、楽しそうな忍足の顔が見ていられなくて、とうとう俯いてしまう。
けれど、二人は水着談議に話が弾んでそんな岳人に気が付かない。
「なあ、がっくん?がっくんは何でビキニにせえへんかったの?派手なプリント柄のとか似合いそうやけど?」
話に入ってこない岳人に気を使ったのか、忍足はそう言って声をかける。
「…忍足」
その言葉には、さすがに滝も困ったような顔をする。
岳人が自分の胸の大きさを気にして合う下着が無いと悩んでいるのを知っているから、同じ女性の滝は、水着ではもっと探すのが大変なことも分かっていた。
忍足はきっと、深い意味をもって尋ねたのではないことは分かっている。
でも、岳人はショックで何も言えなかった。
胸が無いからビキニなんて着れないんだよ!なんて。きっと他の人になら笑って言えたのに、忍足には言えない。

(…なんだ、やっぱり忍足も胸が大きいほうがいいんじゃん)

「…がっくん?」
ようやく岳人の様子がおかしい事に気づいた忍足は、そっと肩に手を伸ばした。
「…!?」
その指先が触れる前に、岳人はビクンと退く。
「…がっくん?」
「ご、ごめん!ちょっと上着取ってくる」
日焼けなんて気にしない岳人は、本当は上着なんて必要なかったけれども、咄嗟にそう言いさっき来たバルコニーに向かって踵を返した。
「え?がっくん!?」
慌てた忍足の声にも振り返らない。ペタペタと濡れた足跡を残して走り去って行く。
「岳人!」
心配して後を追おうとする滝と、既に一歩踏み出していた忍足。
そんな二人を押し留めたのは、少し離れた所で見守っていた日吉だった。
「あなた達が行ったんじゃ逆効果でしょう」
そう言って、日吉は小走りにバルコニーへと向かった。

「そんなところに座っていたら焼けちゃいますよ?」
プールが見えない位置に置かれたベンチに腰掛けた岳人は、取りに戻ったはずの上着は身につけていない。むき出しになった肩が赤く火照っている。
「日吉…」
まさか日吉が追ってくるとは思いもしなかったから、岳人は驚いて顔を上げる。
「でも、日に焼けたあなたは健康的で素敵ですけどね」
そう言って、珍しく穏やかな笑みを見せる日吉。
「な、に言ってるんだか」
らしくない台詞に、岳人の言葉が詰まる。
膝の上で拳を握り締めて、じっと俯く岳人。
日吉は迷う事無く隣に腰掛ける。そして背中から手を回し、岳人の肩を手のひらでそっと覆った。
「ほら、こんなに熱くなってる。焼けすぎて皮むけちゃうかもしれないですよ?」
もう片方の肩も手のひらに包まれると、小柄な岳人はすっぽりと抱きしめられるようになる。
「…別に。焼けたって構わないし」
投げやりに呟く岳人に、日吉はクスクスと笑う。
「そうですね。益々俺好みです」
「…よく言うよ。『清楚な人』が好みなんだろ?」
「あなたは清楚ですよ。清らかだ」
さらに抱き寄せられ、岳人は戸惑いつつ日吉を見つめる。
春に自転車で送ってもらったのを切っ掛けに、以前より会話する機会が増えたのは確かだけれど、こんな事を言われたのは初めてだ。
「冗談、だろ?」
「冗談?俺が冗談言うように見えますか?あなたは清楚だ」
「日吉…」
回された手に力が篭る。岳人は身体を堅くした。
意外なまでの強引さに、可愛かった後輩が急に知らない人のように感じてしまう。
けれど耳元で囁かれたのは、とても穏やかな言葉だった。
「そのままのあなたが一番素敵だ。他の人と比べて落ち込むことなんて何も無い」
「…俺が逃げてきたことに気づいてたんだ」
上着を取りにくるなどと、やっぱり無理な言い訳だったかなと岳人は苦笑する。
「俺は女性ではないから良く分かりませんが、でもこれだけは言える」
そこまで言って一度言葉を切った日吉を、岳人は腕の中から見上げる。
見つめる日吉の視線はいつものように冷静で、泳ぐことなく見つめ返すけれども、その頬は少し火照っているように見える。太陽の下だからだろうか?
「俺はっ、」
日吉は、岳人の身体を乱暴に抱きしめる。
「日吉!?」
「俺は、あなたが、」
「はい。そこまでや」
日吉の言葉を遮るように、口を挟んだのは忍足だ。
「…忍足先輩」
まるで舌打ちでもしかねない表情の日吉。
「まさか日吉がそこまで思い切るとは予想外やったな。でも、この先は邪魔させてもらうで?」
「…侑士」
岳人は無意識のうちに日吉の腕の中から抜け出した。
そんな岳人に微笑むと、忍足はつかつかと歩み寄って、その華奢な腕を取り強引に立たせる。
「がっくん、ちょっとおいで」
「え…?ちょ、」
引き摺られながら岳人が振り向けば、日吉は苦笑いで見送っている。
「向日さん。何かあったら、いつでも来て下さい」
「うるさいわ」
そう返事を返したのは忍足で、日吉はクククと笑いをかみ締めた。

最初はうろうろとプール周りを歩き回った忍足だったが、二人きりになれる場所が無いとわかると、岳人を抱き上げ庭園へと歩き始めた。
「なあ、侑士ってば!」
ビーチサンダルを履いていない岳人の足を汚さないためだと分かっていても、やっぱり恥ずかしい。こんな姿だから、嫌でもこの前の出来事が思い出される。
心配そうに遠くから見つめる滝の視線が、余計に羞恥心を煽る。
岳人の声も無視して、忍足は植物園の扉を開いた。跡部家の植物園は個人宅のものであるからそう大きくないとは言っても、それでも数々の木や花々に囲まれて外の景色は見えなくなる。
園の中ほどに置かれたベンチに、忍足は岳人を抱きかかえたまま腰掛けた。
「下ろせってば」
岳人はその腕から抜け出そうとするが、忍足は許さない。
「ダメや。がっくん何か誤解してるみたいやし、ちゃんと話聞いてくれるまでは離さないで?」
「誤解って…」
「さっきの会話。俺が色っぽい女が好きだって思ったんか?」
「…」
問い詰めるような口調に、岳人はつい口を噤んでしまう。
「岳人にビキニ着て欲しいって、俺がそう思ってるって勘違いしたんか?」
「…勘違い?」
だって、さっきそう言ったよな…と、岳人は恐る恐る忍足の顔を見上げる。
質問攻めの口調とは裏腹に、その表情はとても優しかった。
「俺が言いたかったんは、自分のスタイルにコンプレックスを感じてないで、好きなものを着た方がええんやないかって事やで?」
「…え?」
きょとんと目を丸くする岳人。忍足はまだ濡れたままの赤い髪に頬を寄せる。
「がっくん、前に遊びに来た時雑誌見てたやろ?原色の派手なプリント水着のページチェックいれてたやろ?」
「あ…」
まだ梅雨の最中、忍足の部屋に遊びに行った日を思い出す。テレビを見る忍足の傍らで、確かに岳人はファッション雑誌をチェックしていたのだ。新作水着のページだった。
「覚えてたのか?」
「もちろん。がっくんの後ろから覗き込んで、似合いそうだなって思ったんや」
「そっか」
確かに可愛いと思ってチェックしていた。でもそれは自分が着たいとかそういう意味ではなかったのだ。このスタイルでビキニは有り得ない。
「がっくんは自分のスタイル気にしてるみたいやけど、そんなんどうとでもなるやろ?パット入れたりみんなしてるやろ?俺はがっくんが着たいと思ったモノを身につけて、楽しそうに笑って欲しかっただけや。別に水着はビキニじゃなきゃとか思ってるわけやないで?」
「…そう?」
「そうや。それに、ずっと言っておきたい事があったんや。男は胸の大きさで誰かを好きになるんやない。そりゃ好みはあるだろうけど、女の子が思うほどには気にして無いと思うで?俺がいい例や」
忍足はにっこり笑うと、岳人の頭を裸の胸に抱きこんだ。
「なあ、聞いて?すっごいドキドキ言ってるやろ?」
「…うん」
すっかり乾いた肌に耳を寄せると、ドキドキと力強い音が聞こえる。飛び出してしまいそうな激しさとその速さに、岳人は心配にさえなってくる。
「がっくんは、そりゃお世辞にも胸が大きいとは言えないやろ?」
「うん」
それはもちろんそうだから、素直に頷いた。
「でも俺はこんなにドキドキしてるんや。チラってのぞいたお腹とか、すっきり伸びた脚とか、健康的に焼けた肌とか見て、俺はすっごくドキドキしてる」
「…うん」
忍足は強く抱きしめて岳人を逃がさない。
「なあ、ええんやろ?岳人も俺のこと好いてくれてるって思ってもええよな?」
「そ、それは…」
「だって、俺が色っぽい水着の方が好きだって勘違いして逃げ出したんやろ?それって、俺に嫌われたらショックってことだよな?ってことは俺を好きって事になるやろ?」
「そんなこと…」
岳人は急な展開に、戸惑って俯いてしまう。
ついさっき、やっと自覚し始めたばかりなのだ。忍足の事が好きなのかな…?と。自信を持って「そうです」と言えるほど、自分の気持ちの整理はついていない。
「そうなんやって。認めろや、がっくん」
逃げ腰な岳人を、忍足は益々強く抱きしめる。
「そんな、」
そして忍足は、岳人の濡れた前髪をかき上げ形良い額に口付ける。
「なんにも怖いことなんて無いんやで?」
「…そんなの、分からないじゃねーか」
忍足は学園の一位二位を争う人気だ。きっとこれからも色んな女性から言い寄られて、自分はその度に不安な思いをするのだろうと容易に想像がつく。それに、忍足のファンからは相当嫉妬されることだろう。それに…。
岳人は、無理やり色々な不安要素を思い浮かべ、溜息を吐いた。そして、自分の左胸にそっと手のひらを乗せて諦めたように苦笑いを浮かべる。
きっと、忍足の言うとおりなのだろう。
岳人の胸は、もう認めるしかないくらいに高鳴っていた。素肌の胸に抱きしめられて、こんなにもドキドキしている。
それは、日吉に抱き寄せられたと時の感じとは違っていて、酷く甘く、苦しく締め付ける。そう、きゅん…ってするのだ。
「本当は待とうって思ったんや。こないだ抱いた時、がっくんが好きになってくれるまでゆっくり待とうと思ったんや。でもダメやった。日吉に邪魔されてまで我慢できん」
「わっ、侑士!」
勢いよく立ち上がった忍足は、膝に乗せていた岳人をベンチに横たえる。
「なあ、ええやろ?こんな格好で抱き合って、我慢できるほど大人やないんや」
「え?嘘!?」
忍足は岳人の許可を得る気など更々無く、覆いかぶさるようにして口付ける。
「ちょ、ン…!」
岳人は首を捻って逃げようとする。
けれど忍足は、その頭を強引に押さえつけ、もう一度喰らい付くように唇を奪う。
「好きや、好きや好きや。もう、我慢できひん」
性急に太股をなぞる手に、岳人は呆れたように微笑んだ。
「どうしようもないヤツ」
「ああ、そうや。どうしようもない位、お前に惚れてるんや。好きなんや」
忍足の言葉に、岳人は何だか泣いてしまいそうになって、そっと瞳を閉じた。
そして、消え入りそうな微かな声で囁く。
「…俺も、すき」
「がっくん…!」


「あ、岳人!やっと戻ってきた~」
滝はパラソルの下うろうろと歩き回っていた足を止め、ホッとしたように言う。
「あ、滝さっきごめんな?」
気恥ずかしそうに岳人が微笑んで言えば、滝は「全然」と首を振った。
「良かった、元気になって。それに…どっかの誰かさんは嫌にスッキリした顔していなさるし?幸せそうでなによりです」
滝は、岳人の隣にぴったりと着いて離れない忍足を横目で見ながら、呆れたように呟いた。
そしてプールの中からは、日吉が珍しく大きな声を上げる。
「感謝してくださいよ、忍足先輩!」
「フン。別にお前のお陰やないし?俺たちはこうして結ばれる運命だったんや」
日吉の言葉に面白く無さそうに横を向いた忍足は、「運命」などと恥ずかしげもなく言ってのける。
そして岳人は、顔を真っ赤にして忍足の背中を蹴り上げた。

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