戸惑い～休息５～（跡×宍） 2008/03/10 (Mon)

休息シリーズ。
今回は跡部視点で。

戸惑い～休息５～（跡×宍）

「重い…！」
思わず声を上げて、抱えた体をベッドに放り投げる。
ドサッと弾むように、宍戸の体は見慣れたベッドに横たわった。
やはり相当に熱っぽい。その頬が火照っているのもそうだが、今までそこにあったぬくもりで、跡部の腕は軽く汗ばんでいる。
「景吾さま、すぐに氷枕をご用意いたします」
「…ああ」
漸く「御坊ちゃま」と呼ぶのを止めてくれた執事は、それでもやはり小さな子供を見守るような優しい瞳で一言言うと部屋を後にする。
玄関の車止めから、使用人の手を断ってまで宍戸を抱きかかえてきた自分を、執事はやたら嬉しそうな表情で見つめていた。いつもなら、誰より先にこの手から荷物を取り上げようとする執事がだ。

「…ん」
姿の消えた扉を見つめる俺を呼ぶように、宍戸が小さく声を上げる。
慌てて視線を戻せば、その体は心地よさそうに寝返りを打った。
その体の下から掛け布団を引っ張り出すと、制服を着たままの宍戸の上に掛けてやる。
本当は堅苦しい制服など脱がせてやった方がいいのは分かっているが、執事が氷枕を置いて出てからにしよう。何となく、宍戸の介抱をする自分を想像されるのが気恥ずかしい。相手は病人なのに、変な事が気になってしまう。
跡部は自分の上着を脱ぐと、手近の椅子を引きその背に掛けた。そして自分も腰かける。
傍で跡部が物音を立てようが、宍戸は全く気にならないようだ。その鈍感さがうらやましいやら呆れるやら。少しの物音でも目覚めてしまう自分とは大違いだと、跡部は小さく笑った。
けれどすぐに、その表情は真顔に返り、そして次第に何とも言えない表情に変化していく。表現するなら「照れる」というのが一番近いだろうか？
「こいつ、俺の事起こさねえように、相当気を使ったんだろうな…」
跡部の眠りの浅さは部員全員が知る所だ。合宿ともなれば、皆が進んで一人部屋を宛がう程に、跡部は同時に寝起きも最悪だった。
自分を膝枕し、目覚めるまで待っていた宍戸を思い描く。きっと、痺れる脚に顔を顰めて、少し舌打ちなんかして、その短くなった髪をガシガシと掻きむしった事だろう。手に取るように分かる。
「宍戸…」
広いベッドは、宍戸一人が横になった位ではいっぱいにはならない。傍らに肘を付くと、跡部はその寝顔を覗きこんだ。
「俺も、お前みたいな目をしているか？」
瞳を閉じずとも、目覚めた自分を見下ろしていた宍戸の表情が思い出せる。
口では「ようやくお目覚めかよ」と悪態をついて見せたが、その瞳は。
その瞳は、とても安心したような、優しげな色をしていた。
「くそっ…」
跡部は熱くなった頬に気づいて舌打ちする。
「宍戸、どうやら俺は、」
認めたくはないが、あの時の胸に広がった温かさは。
「俺は…」
枕元で軽く握られた宍戸の手を、自分の両手でそっと包み込む。
「やっぱり俺は…」
全身をひたひたと満たしていく、甘い痺れのような心地よさ。
「宍戸、お前が」
赤子のように火照った拳に、額を押し付ける。

「景吾御坊ちゃま」
その時、部屋の扉が小さな音を立てて開いた。
もう言わないと約束した「御坊ちゃま」の言葉にも気付かない位、跡部は慌てて宍戸の手を放す。
「氷枕と、お飲物をお持ちしました」
「ああ、悪いな」
離した手がとても残念だと感じる自分に、戸惑う。