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休息シリーズ完結です。

安らぎ~休息シリーズ6~(跡×宍)

「…」
体が温かい。何だか柔らかさに包まれて、ほっこりと心地よい。
薄く開いた視界の隅に、落ち着いた照明のオレンジ色が映る。
「…宍戸?」
「…ぁ」
見慣れない天井。そして。
「起きたか?宍戸」
少し掠れた跡部の声。

一瞬、ここがどこだか考える。
「俺の部屋だ」
頭の上で囁く跡部の声。
ぎこちない動きでそちらに目を向けると、宍戸の額から濡れタオルがずり落ちる。それを手に取り、傍らの洗面器に入れる跡部。もう片方の手は、宍戸の手をしっかりと握っている。
ボーっとした思考はその意味を考えるより先に、熱く湿った握りが、随分長い間そうしていたのだろうなと思った。
「熱があるんだ。もう少し寝ていろ」
「…俺、どうして?」
「部室で意識失くしたんだ」
「そっか」
「ああ」
跡部は枕もとに肘をつき、当たり前のようにその手を握り締めたままだ。
蒼の瞳は軽く細められて、宍戸を見守っている。
「跡部…」
「何だ?」
まだ虚ろなままの宍戸は、跡部の瞳を真っ直ぐと見つめる。その無垢な視線に、跡部は益々瞳を細めた。
「跡部、俺は」
「ああ」
「俺は。俺も…そんな目してたか?」
寝ぼけたような声での質問。
「跡部、すごく、嬉しそうだ」
「…ああ、そうだな。きっとお前もこんな目してた」
まさか、自分が感じたのと同じ事を宍戸も思うだなんて。跡部は眼を丸くする。
「そっかぁ。やっぱそうなんだよな」
漸く目覚めてきたのか、手の甲で目元を擦りながら、宍戸の声はいつもの歯切れの良いものへと変化していく。
そして、何度も「あーあ」とため息をつくようにボヤキながら、宍戸はその頭をかき回す。ただでも寝乱れた髪は、あっちこっちへ跳ねるが、そんな事は気にならない。
宍戸はじきに、覚悟を決めたような強い視線で、見下ろす跡部を見つめ返す。
「跡部」
「何だ?」
「跡部に言いたい事がある」
そう言って体を起こそうとする宍戸。
しかし跡部は、その肩を押し返すようにしてそれを許さない。
「俺も、お前に言いたい事がある」
「あ?俺が先だよ」
「いや、俺に先に言わせろ」
「ああ?俺が先に言ったんだろーが」
「うるせえ。俺の方が急ぎだ」
「はあ!?…まーいいや。何だよ?言えよ」
「…ああ」
先を譲ったは良いが、その割には口ごもってしまう跡部。
「何なんだよ」
「…そう急かすな。物には準備、というか覚悟というか」
「ああ!?なら後にしろよ。俺の話から」
「黙れ。俺が先だ!」
「お前じれったいんだよ!」
宍戸は癇癪を起したように飛び起きる。

「俺は!跡部が!」
「宍戸が好きだ!」

「…っ!?」
もう一度力任せに宍戸を寝かせた跡部は、その体が起き上がれないよう押し付けながら、まるで怒鳴るようにして吐き捨てた。
「…好き?」
「ああ」
まるで喧嘩のようだ。甘い雰囲気など欠片もない、投げつけるような告白。
不思議そうな眼差しで聞き返す宍戸に、今更照れくさくなって、跡部はそっぽを向く。
すると宍戸は、小さくその肩を震わせる。まるで密かに涙するように。
「宍戸…?」
跡部は慌ててその顔を覗き込む。
しかし、その瞳には一粒の涙さえも浮かんでいない。
「宍戸?」
その表情は、何かに耐え忍ぶように眉間に皺が寄せられているかと思えば、眼尻は優しく下がり、驚いたように頬が引き攣りつつも、その唇は微笑んでいる。
「…お前、変な顔してるぞ?」
思わず素直な感想を述べれば、スパンっとその頭を叩かれる。
「痛てーよ!何しやがる」
ムッとした跡部が同じようにやり返そうと手を伸ばせば、それを避けるように宍戸は自分の頭を両腕でガードした。
「てめえ!」
すっぽりと頭を隠した宍戸の腕を剥がしにかかれば、宍戸は逃げるように横向きになりながらクスクスと笑いを洩らす。
「逃げるな!」
跡部は追いかけるように、自分もベッドによじ登る。

「好きだよ」

「…あ?」
背中での告白。
跡部は何の事だか分らず、一瞬動きを止めた。
「だから、俺も跡部が好きなんだって。俺が先に言おうとしたのにお前が言っちまうし」
随分素っ気なく言い放って、宍戸は相変わらず背を向けたままだ。
そのまま黙ってしまうから、跡部は何だか返事をし損ねてしまう。
「…」
「…」
「そ、そうか」
随分たって、ようやく跡部はそう言った。
あまりに間が開いたものだから、もう何に対する返事だかよく分からない。
跡部は少し考えた末に、どんな顔をしているのかさっぱり分からない宍戸の背中に、張り付くようにして横になった。そして掛け布団をしっかり首元まで掛けると瞳を閉じ、黙ったままの背中に言う。
「お前、俺様に好かれるなんて、すげェ幸せ者だぜ」
そんな言葉に、宍戸はブブっと噴き出す。
「ちょっと告った事後悔しそう」
笑ってそう言うものだから、跡部は首を絞めるように腕を回す。
「俺様に向かって、随分な言い草だな」
「わあ、マジに絞めるなよ!?」
「ばーか。絞めるかよ」
今度は跡部がくすくすと笑って、そのまま宍戸の体を抱きこんだ。
「…跡部」
宍戸の耳が薄らと染まる。
「首なんか絞めるかよ。どうやら俺様は、お前なんかが大切らしい」
「…なんかって」
そう言って不貞腐れる宍戸。跡部は益々楽しそうに笑って、その腕を強めた。
そして、小さく尋ねる。
「しばらく、こうしてていいか?」
まだ熱っぽい項に押し付けられる、跡部の柔らかな前髪。
「…ああ」
宍戸は小さく頷いた。


 

休息シリーズこれにて完結です。私的休息シリーズのテーマは「中学生らしく」だったので、あえてピュアピュアのまま完結します。
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