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少し早いですが、不二誕生日おめでとう!の短文です。

2月のGOLD(リョ不二)
 

「ねえ、どこ行くんスか?ここはあんたの部屋なのに」
「…越前」

熟睡していると感じたのは、それを期待するあまりの思い込みだったようだ。
不二は小さく息を吐いて、薄暗い部屋の中振り返る。
たった今抜け出たばかりのベッドで越前が半身を起こしている。バランス良く覆う筋肉が綺麗な影をつくり、昨夜の熱が不二の脳裏によみがえった。
肌を合わす度に逞しくなる越前の躰。その背に腕を回すと、不二は自分の躰が縮んだのかと勘違いするほどだ。

「ねえ」
真っ直ぐ差し出される日焼けした腕。
「うん…」
不二は小さく頷き、まだ温かい隣に滑り込んだ。

視線の端を捉えた時計はAM4:18。
外はまだ暗い。

「どこ行こうとしたんスか?」
お手洗いに…なんて、今更白々しい言いわけだ。
「…どこかな。君のいない所かな」
「何それ」
小さく笑うその声は、不二の呟きを些細な言葉遊び程にしか受け止めていないようだ。
それ以上問い詰める事もなく、ただギュッと不二を抱きしめる。

半分本当で、半分嘘だった。
越前のいない所へ。
そうしないと、きっと彼を苦しめる事になってしまう。そんな気がする。
けれど、そんな事が出来ないのも分かりきっていた。
何年たっても薄れないこの感情。
少女の様だった彼が、本気を出せば不二など片手で操れるくらい逞しくなった今でも、この想いが変わる事は無かった。
いつか消えて無くなれと願っていたのに。その想いは青い憧れ…なんて、そんな簡単なものではなかった。

「誕生日、おめでとう」
突如、包み込むように響く心地よい低音。
「あ、ありがと…」
昨夜は、熱に浮かされるように自我を手放し、気づけば日付が変わっていた。

壁にかけたカレンダーに29日は、ない。
けれど、越前は4大大会の1つを終えた後、膝の僅かな痛みを理由に日本に帰って来た。
こんな事、越前にとって良い訳がない。
例年だったら、その後行われるアメリカの某トーナメントに出場しているはずだ。
長すぎる休息が、プロにとってプラスになる訳は無い。
それなのに、それを喜んでいる自分を不二は嫌悪する。

「また変なこと考えてる」
「…え?」
「やっとね、分かるようになったんだ。そんな顔する時はろくな事考えてない」
「ろくな事って…」

抱きしめた腕を解き、越前は不二の顔を覗きこむ。
頬に散った栗色の髪をそっと分けて、遮るものの無くなった瞳を真っ直ぐ見つめる強い視
線は、ただ優しい。
いつの間に、自分は甘やかされることに慣れてしまった。

「いつか、僕を捨ててね」
囁く不二に、越前は目を細める。
ただただ、優しく。
「…きっと足手まといになるから」
越前はプロのテニスプレイヤーで、自分はただの大学生。それは当たり前の事で、テニス
で生きる事など少しも考えなかった自分の道に、後悔した事などないのだけれど。

見透かすような視線から逃れるように、シーツに頬を埋め目を瞑る。
そんな不二を、越前は改めて強く抱きしめた。
「あんたがそんな事言ってくれるなんて、何年も待った甲斐があった」
笑みを含む声には、怒りも呆れも戸惑いも無い。
「…どういう意味?」
そっと目を開けば、越前の形良い唇が近づいてくる。
片方の口角だけ上げる皮肉屋な笑い方は、初めて会った時から変わらない。
瞼に触れた熱は、いつものように不二の胸の芯を甘く鷲掴んだ。

本当はずっと、どうにでもしてくれと思っていた。
あんな子供のころから、自信家で生意気な越前に振りまわされる自分を思っては陶酔していた。

「あんた、何年付き合っても俺の事どう思ってるのか良く分からないし。素直じゃないのも可愛いっスけど、あんまりポーカーフェイスが板につきすぎるのも困りモノってやつだよ。不安になってテニスどころじゃない」
「テニスどころ…って」
それではまるで、越前にとっての一番が不二で、二番目にテニスって感じだ。
呆れたように大きく瞬きする不二に、越前は破顔する。
「だって、そういう事なんだよ。テニスはね、たとえ俺の中で二番目だって、いつか絶対トップに立ってやるよ。でも、あんたはね、全てを掛けて捕まえとかないと絶対逃げられる気がする」
「…そんな事ない。っていうか、プロってそんな甘いモノじゃないだろ?」
「そうだよ、甘くないね。だからさ、それ以上にアンタは難しいってこと」
「…」

「そろそろ俺を安心させてくれない?」
強く囚われた手に、不二は一瞬バランスを崩した。
「え?」
見下ろされる様に仰向けになると、黒く輝く越前の瞳が逸れる。
そして、不意に引かれた左手に触れる冷やりとした感触。
越前は、不二の薬指にはめたリングを瞬きもせず見つめる。そして、恭しく唇を寄せた。

「絶対外さないで。約束して。意味、分かるよね?」

薬指に輝くのは、シンプルなゴールドのリング。
「…うん」
自然と頷いていた。
そして、差し出された越前の左手にそっと唇で触れる。
随分前からはめていたのだろう。温もりを感じるリングはまるで越前の熱い思いで溢れているようで。

自分で思う以上に不安になっていたのかもしれない。
微笑む視線と、自分の体温で温もり始めたリングに、いつのまにか心を覆っていた靄が晴れて行くのを感じる。

まだこんなにも、付き合い始めた頃の様に不安に苛まれる自分がいて、そして、不二自身が気づく前にその想いを汲み取ってくれる越前がいて。

「何か…」
すごく、幸せ、と。
相変わらず、肝心な事を言葉に出来ない不二に、越前は満足そうに口付けた。

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