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!注意!
・R-18です
・長いです
2008.10発行(完売) いちごさんとの合同誌「Lies and Truth」より。
ほぼ手直しなしにUPします。
読み返すと、恥ずかしいのもさることながら当時の己の熱意に感心します。
長さとか、Hの書き込み方とか(笑)
先日同様、PC入れ替えを機にデータの保存も兼ねてUPします。
いちごさん、UPをお許しいただきどうもありがとう!
・R-18です
・長いです
2008.10発行(完売) いちごさんとの合同誌「Lies and Truth」より。
ほぼ手直しなしにUPします。
読み返すと、恥ずかしいのもさることながら当時の己の熱意に感心します。
長さとか、Hの書き込み方とか(笑)
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いちごさん、UPをお許しいただきどうもありがとう!
見栄っ張りの行方(べカミ)
そんなの聞いてなかった。だって俺、いつも深司と一緒に行動してたし、深司だってそんな素振り見せなかったし。橘さんだってそうさ。俺達みんなを分け隔てなく指導してくれたし、隙をみせたり油断すれば、俺はもちろん深司だって怒鳴り飛ばしてたさ。
だから、こんなの納得いかない。
担任の先生が、実は一人だけ贔屓してたみたいな。でもまあ、所詮先生だって人間だもんなァ…みたいな、がっかり感。
深司と橘さんが付き合ってたなんて。
しかも、俺以外のみんながそれに気づいてただなんて。
深司にはもちろん、橘さんにも仲間にも裏切られた感じだ。
「何で教えてくれなかったんだよ…」
みんなが俺のこと見てるのを感じて、どんな顔をすればいいのか分からない。顔を上げたら、すごく見っともない表情なんだろうな。きっと今にも泣きそうな顔してるんだろう。だって、鼻の奥がツンってするんだ。
「アキラ…」
石田の困ったような声が聞こえる。
そうだよな、そりゃあ言いづらいよな。
まるで俺、邪魔者みたいじゃん。きっとさ、深司だって橘さんだって、二人で帰ったりデートしたりしたかっただろうし。なのに俺、休日は深司と過ごすのが当たり前だって思ってたし。深司は俺の一番の親友で、橘さんは俺が一番尊敬できる人で、二人とも俺にとっての一番で。
でも、二人からすれば。深司の一番は橘さんで、橘さんの一番は深司で。
そうだよな、言いづらいよな。「お前は邪魔者なんだ」なんて。「少しは遠慮しろよ」なんて。だって、俺の一番は深司で、橘さんで…。
「…神尾?」
「やめろよ!」
深司のそんな困ったみたいな声聞きたくない。お前はいつだって憮然とした表情で、文句ばっかりぼやいてればいいんだよ。そんな、他人行儀な声聞きたくなかったんだ。
「済まない、神尾」
「…っ」
橘さんまで。
分かってるよ。別に二人は何も悪くなくて、皆も俺にだけ内緒にしてた訳じゃなくて。それぞれが敏感に二人の空気を感じ取っただけなんだ。なにも大会中にそんな事言いだす必要もないし、それどころでもなかったし。みんなが俺に教えてくれなかった事に、別に深い理由はないんだ。
俺だけが、ただ鈍感なだけだったんだ。
頬を伝った涙が熱かった。何だかむしょうに悔しかった。
その後のことを、俺は何となくしか覚えていない。ただ、一人知らなかったことが悔しくて悔しくて悔しくて、寂しくて。とんでもないセリフを吐いてた。
「別に、いいんじゃねえの?二人で仲良くすれば?」
投げやりな言葉に、深司はどう思っただろう。
「俺が、邪魔なら邪魔って言えばいいのに!」
橘さんは呆れたみたいに溜息ついただろうか?
「俺だって、恋人くらいいるし!遠慮しないで付き合えるってもんだぜ!」
「…神尾、そんな奴いたの?」
深司に恐る恐るって感じで聞き返されるのが空しくて、情けない。「見栄を張るなよ」って言われてるみたいで…。
だから、俺は頭の中フル回転で考えてた。
橘さんに匹敵する強さをもって、橘さんと並んでも見劣りしない人。お前らなんかいなくても、俺にはこんな素敵な恋人がいるんだって胸張れるような人。
手塚さん、真田さん、千石さん…。たくさんいるはずなのに。不二さん、千歳さん、幸村さん…。なのに。
「俺、跡部さんと付き合ってるし!」
思わず口をついて出てた。出まかせ言うにしたって、何で、よりによって跡部?あまりに嘘くさい。
自分でもそう思ったんだ、みんなもそう思ったに違いない。すごく、同情するような空気が居たたまれなかった。
俺は、部室を飛び出してた。
ああ、情けない。まるで小さな子どものようだ。明らかな嘘を、負け惜しみを吐き捨てて。認めたくない現実に背を向けて逃げ出した。
何で、あんな事言っちゃったんだろう。嫌々来てしまった氷帝学園の前で、もう何度目か分からない溜息をつく。
だって、あの跡部だ。ストテニで無視されて、その後試合会場で俺が無視して。向こうから見たって、覚えがイイはずないんだよ。ましてや「恋人になってくれ」だなんて、正気の沙汰ではない。
「あ~、もう」
自分の吐いた嘘で、前にも後ろにも進めなくなってしまった。
今日、部活を休んじゃったことで、益々みんなにも会いにくいし。
もう、叫んで泣きだしてしまいたい。あんな事になる前まで、時間が戻ってしまえばいいのに…!
「きみ、不動峰の神尾くん?」
「…え?」
頭抱え込んで唸ってた俺に、話しかける声。このイントネーションは、
「忍足、さん?」
「そうやけど。どないしたの?こんな所で座り込んで。めっちゃ注目の的やけど?」
「す、すんません!」
俺は慌てて立ち上がる。考え込んでたら、つい自分の状況を忘れてしまった。
「や、それはエエけど。テニス部に何か用?」
「あ…」
制服姿の忍足さんに言われて、俺は漸く気づいた。
そうだ、不動峰と違って部員の多い氷帝テニス部の三年は、もう引退してるんだ。それじゃ…。
「あ、跡部、さんは?」
「跡部?神尾くん跡部に用があるん?なら、すぐ来るで。ほら」
そう言って振り返った瀟洒な造りの校門から、跡部が他の三年部員と連れだって出てくる。
「良かったな。いつもなら迎えの車で帰ってまうところ、今日はみんなでお茶でもしてこってなってな。おーい、跡部」
「あーん?」
…跡部!
跡部は明るい前髪をかき上げて、その隙間から睨むようにして視線を向けた。
「お客さんやで」
「…あァ?」
凄く不審そうな顔だ。
「…俺にか?」
「そうらしいで?」
「ふーん…」
ゆっくり歩み寄った跡部は、俺の頭のてっぺんから足先までさらっと視線を流すと、何も言わずに歩き出す。
「ほら、神尾くん。付いて来いやって」
「え?今ので?!」
どう考えても、軽くシカトされた風なんだけど。
でも、跡部と一緒に連れ立ってきた向日さんとかが「客なら仕方ないな」って顔で、さっさと別方向に歩き始めたから、俺は慌てて跡部の後を追った。
それで?と言ったきり、跡部は腕を組んで黙ってしまった。
そりゃ、俺が誘ったんだし当然なんだろうけど、跡部の発する威圧感に、俺はタダでも言い出しにくいお願いが益々言いづらくなる。
あっさりと通された跡部の部屋は今まで見たこと無いくらい豪華で、さっき通った玄関(って言うのか?)だけでも、俺の家がすっぽり入ってしまう広さだ。吹き抜けに螺旋階段、首が痛くなるくらい見上げなきゃいけない天井にはシャンデリアがキラキラしてて、どこかのお城みたいだ。
目の前で詰まらなそうな顔をしてる跡部は、王子様とお姫様の時代みたいな無駄に曲がった脚の椅子に腰かけて、映画みたいに優雅に足を組み替えた。
「いつまで顰め面で黙ってるつもりだ?」
「…」
ゆっくり姿勢を崩して肘掛に体を預け、指先で顎をなぞる姿が凄く様になって、まるで貴族のよう。
その端正で長い指を見ていると、俺は何て場違いな所に場違いなお願いをしに来ちゃったんだろうって思う。元々乗り気じゃなかったのもあって、今はどうやって何も無かった振りして帰ろうかって、そればかりが頭を占める。
「ここまで来て、やっぱり何でもありませんでした、とは言わせないぜ?」
「あ、その…」
俺の考えが分かったみたいに、跡部は鼻で嗤って言う。
「俺様は珍しく暇を持て余してるんだ。こうやって、お前が百面相しているのを眺めて時間を潰すくらいにな」
「ひゃ、くめんそう…?」
「気づいてねェのか?お前、随分愉快な顔してるぜ?」
「…すんませんね。愉快な顔で」
むっとして言ったら、それすらも可笑しいという様に跡部は白い歯を零して頬を緩めた。
「ははっ、喋れるじゃねえか。その調子で言ってみろよ。今なら、どんな無理難題でも聞いてやれる気がするほど暇なんだ」
「…ホントっすか?」
「嘘ついてどうする。こんな事滅多にないぜ?愉しい話なら猶の事大歓迎だ」
楽しい、かは分からないけど。随分な無理難題な事は確かだ。
でも、手塚さんにお願いするよりはよっぽど、跡部さんの方が面白半分につき合ってくれそうな気がする。気がするったって、1%か10%かくらいの違いだろうけど、俺はもう引っ込みがつかないし、結局跡部に頼るしかないんだろう。
「すっごい無理なお願いしてもいいっすか?」
「はン?俺の手にかかれば何て事ないだろう。言ってみろよ?」
そこまで言うなら叶えてみせろよ!なんて。あんまりに自信満々だから、その鼻っ柱を折ってやりたくなってしまう。何考えてるんだかな。俺はお願いする立場なんだ。多少面白くなくたって、頭下げなきゃいけない立場なんだ。
「じゃあ、言います。俺と付き合ってください」
「…」
流石の跡部も、ぐっと息を呑んだ。
度肝を抜いてやれたか?ちょっといい気味だ、何て。ほくそ笑んでる場合ではない。
ここは何が何でも聞き入れて貰わなければ。
「やっぱ、無理っすか?」
「…いや」
流石は跡部。あっさり持ち直すと、これ以上ない位満面の笑みを浮かべる。
「理由がありそうだな?まあ、それは知ったこっちゃないが、なかなか愉しそうだ」
「…はあ」
くっくっく…と、喉の奥で嗤う跡部は何だか知らない生物みたいで、まるで異星人か、そう、悪魔とか。
「じゃあ手始めに、俺のこと『景吾』って呼んでみろよ?」
「『景吾』!?それは、ちょっと…」
「ふん、何を照れてる」
「…せめて、苗字呼び捨てくらいで」
「まあ、良いだろう」
焦る俺を見て、跡部は仕方なさそうに頷いた。
何にしても、了承してもらえたようだ。相手を間違えたような気がしないでもないけど…。
昼休みになった。
俺はいつものように、弁当持って深司の教室にやってきた。
「…神尾」
少し驚いてる。深司は元々表情が乏しいし、他の奴はあまり分からないかもしれないけど、俺には分かった。
昨日部活サボって、今日も休み時間中一回も顔を出さなかった。そんな俺が弁当の時間だけ普通にやってきたから、いつもは涼しげな眼が少しだけ大きく見開かれた。
「…食わないの?」
俺もちょっと、どんな顔していいか分からなくて、ぶっきら棒な言い方になる。
「食べるよ」
でも、深司はすぐにいつもの深司に戻った。
昼休みにはいつも不在になる前の席を借りて、向かい合わせで弁当を開く。
「…今日は?練習出るの?」
「ん。出る」
「そう」
「おう」
別に、喧嘩をしたかった訳じゃない。悔しいし寂しいけど、このまま喧嘩別れみたいになるつもりは更々ない。ただ、少しぐらい強がってみたいじゃないか。
だから、今日の帰り、跡部に迎えに来てくれるように頼んだ。
昨日は何だかんだで「つき合ってくれ」なんて跡部に言っちゃったけど、元々咄嗟に口をついて出ただけの強がりだし、一度こうやって迎えに来てもらえるだけで十分だ。みんなを騙すみたいで気が重いのもあるし、何より、いくら面白がってくれたとしても、跡部をずっとこんな茶番につき合わせる訳には行かない。まあ、跡部の事だからすぐに飽きるんだろうけど。俺にとっての金持ちってそんなイメージ。
「…橘さん」
深司がボソっと唇を動かした。
「え?」
あまりに小さい声だったから、少し顔を近づけて聞き返す。
「橘さん、心配してる。顔見せてあげれば…」
「ああ。後で行く」
言い難そうな深司に、俺はわざといつもみたいに返事した、つもりだ。出来てたかな?だって、深司の顔見て、今になってようやく気付いたんだ。俺の言葉の所為で、二人がギクシャクしたらどうしよう?いや、普通ならしちゃうよな?
「…深司」
「何?」
「あー、いや。何でもない」
「…ふーん」
何となく、深司には言いにくかった。「俺の言った事なんて気にしないで、橘さんと仲良くしろよ?」なんて。なんだか、それこそ嫌味か負け惜しみかって感じだ。後で橘さんに伝えよう。
ライン際で滑って、左手をついてしまう。
「おい、アキラ大丈夫か?」
石田が気にして駆け寄ってくる。
「悪ィ、平気!」
「本当か?何だか調子悪そうだが…」
「いや、そういうんじゃねえし」
一昨日の騒ぎで、俺がやり辛いんじゃないかって、みんなが気遣ってくれるのが凄く分かる。何だか申し訳ない。深司の奴も、自分の練習しながらちらちらこっち見てて、橘さんに怒られてた。
練習に入る前、橘さんを捕まえて頭を下げてきた。別に橘さんの所為じゃないのに、でもきっと深司が言ってきたくらいだから、相当自分を責めちゃったんだろうなって思って。
考えたら橘さんはたった一歳しか年が変わらないのに、俺、凄い神聖視しちゃってるっていういか。橘さんは先輩であって、俺たちの先生でも親でもないのに、俺、依存しすぎてるなって。
「寂しい思いをさせて済まなかった。けれど、お前も可愛い後輩に違いないんだ。分ってくれるか?」
そう言った橘さんが、何だか必死で可愛かった。それに、嬉しかった。
「俺こそごめんなさい。ちょっと驚いただけなんです。深司と、その、喧嘩みたいになってないっすか?」
「ああ、平気だ」
本当は、何かあったのかもしれない。微笑みが少し苦笑いだった。
「深司の事、よろしくお願いします。俺が言うのも変だけど、本当に大事な親友なんです。あいつを泣かせたりしないでくださいね?」
「それはもちろん。それより、俺の方こそ深司を頼んだぞ?あいつ相当凹んでたからな」
「すんません」
やっと笑えた。
落ち着いたら、何て事なく思える。認めてしまったら、めでたいことなんだって素直に思えた。俺が、深司か橘さんを恋愛感情で好きだったなら話は別だろうけど、二人とも大事な親友であって、先輩であって。大事な人同士が好き合って幸せなら、こんな良いことはないじゃないか。全然知らない誰かに夢中になって、テニス部から離れて行く訳でもないんだ。今まで通り仲間として過ごせるんだ。下手な女子生徒とくっつかれるよりよっぽどイイ。
今になって、そんな気持ちになれたけど時すでに遅しっていうか。
跡部が、当然のような顔でフェンス越しに練習を見学している。
そんな訳で、俺が調子悪いのは深司と橘さんの所為ではない。跡部の所為だ。
だって、迎えに来てって言っただけなのに!何もこんなに早く来て、そんな偉そうに練習見学しなくても…!でも、橘さんがOKしちゃったから仕方がない。
そして、全員に指示を出して落ち着くと、橘さんは跡部に歩み寄った。
「神尾と付き合ってるんだってな?」
って。ええ?!
何か橘さんだけは、強がりで言った俺の言葉を鵜呑みにしちゃってるみたいだ。きっと他のみんなは半信半疑だと思うんだけど。「あれ?神尾の奴、見栄張ってただけじゃないの…?」みたいな。
「神尾はウチのエースだからな。遊び半分の付き合いなら俺が許さないぞ」
その言葉に、跡部はニヤリと笑う。
「アーン?俺はそんな暇人じゃねえからな。本気じゃないなら付き合わない」
「…ならいいが」
橘さん、不信感たっぷりだ。
そりゃ、そうだろう。だって全部ウソだもん。跡部、暇つぶしにつき合ってくれてるだけだし。
昨日までの俺なら、ノリノリの跡部の演技に感謝だったんだろうけど、一日で結構状況が変わっちゃったんだよな。俺、二人の関係に納得いっちゃったら、こんな強がりどうでも良くなってきちゃった。…なんて。今更、跡部には言えないよなぁ。
「おい、神尾!あんまり腑抜けたテニスしてんじゃねえぞ!」
跡部が楽しそうに言う。
「う、うるせえ!」
全部跡部の所為だよ!まあ、突き詰めれば自業自得なんだけど。
跡部の視線を感じながらの着替えは、何だか凄く複雑な作業をするみたいに緊張しちゃって、結局最後になってしまう。
「じゃあな神尾、先に帰るぞ」
橘さんがそう言って、俺の肩をポンと叩いた。いつもはあっさり帰ってしまうんだけど、跡部の存在が気になるらしく、最後まで威嚇するみたいに鋭い視線を投げていた。
「おつかれっす」
「じゃあね、神尾」
「おう」
深司も、そんな橘さんの後から部室を出て行く。
いつも深司は俺と帰ってたんだけど、連れ立って行く橘さんと深司の背中がすごく自然で、きっと俺の知らない所で何度も二人で会ってたんだろうなって思う。俺と歩く時深司は右隣って決まってるけど、橘さんとの時は深司が左側なんだな。戸惑いもせず並んで歩き出す二人に、また少し、胸の奥がきゅっとした。
納得はしたし、幸せになって欲しいけど、やっぱり寂しいのは隠せない。手にしたユニフォームをぎゅっと握った。
「…ったく、何て顔してるんだ」
「あ、跡部!」
すっかり存在を忘れていた。
「来い」
「…え?」
腕を、ぐいっと引かれる。俺は、上半身裸のまま跡部の胸に抱きこまれた。
「ちょ、」
「人恋しい時は、こうするのが一番なんじゃねえの?」
「跡部…」
「仲間はずれされたみたいに、泣きそうな目しやがって」
「っ別に…!」
「ふん。強がるな」
何だか、恥ずかしいな。俺、そんなあからさまに顔に出てたかな?
「理由は分かった。しばらく付き合うぜ?」
「別に、もういいよ。今日来てくれただけで十分だ」
「だから、強がるなっての」
「…」
強がってる訳じゃないし、本当にもう十分だから「有難うございました」って終わらせようとしてたのに。
俺は、そろそろと腕を伸ばし、跡部の背中に回した。吸いこんだ初めての香りに、胸の奥がいっぱいになる。
もう、へっちゃらだと思ってたのに、涙がこぼれた。
「…う、ゥ」
嗚咽が、溢れて止まらない。
「ばーか。無理すんなって」
跡部が背中を撫でてくれる。
「ふっ、うゥ…」
俺は、声を上げて泣いた。シャツが涙でびしゃびしゃに濡れても、跡部は文句も言わずにそうしていてくれた。
俯く頭に軽く乗せられた跡部の顎が小さく揺れて、「仕方ない奴」と、優しく笑った気がした。
***
今日も跡部が迎えに来る。
「…氷帝って、そんなに暇なの?」
呟いた俺の声に、神尾は耳聡く反論してくる。
「んな訳あるかよ。跡部だぜ?ったく無理すんなって言ってるのに」
並んで部室に引き上げる途中、神尾は慌てて駈け出した。
「悪い、深司!先行く」
「はいはい」
もう慣れっこだった。あの日から殆ど日参し続ける跡部に、神尾は振り回されっぱなしだ。焦った背中が手にしたタオルを落とし、苛立つようにそれを拾う。その姿がかったるそうだったら、こんな気持ちにはならなかっただろうか?部室を出て行く後姿が嫌々なら、こんな複雑な気分にはならなかっただろうか。
でも、神尾は何だかんだ言っても凄く楽しそうで。段々、俺たちと一緒に過ごす時間が減って来ている。今日も俺は、何も言わずに二人の姿を見送った。
「…深司?帰るか」
「あ、はい」
肩を叩かれて振り返る。橘さんが少し寂しそうに微笑んでる。
俺が左で橘さんが右。もう、それが自然で意識もしないくらいの時間を俺達は二人で過ごしてきた。
「不思議なもんだな」
「橘さん?」
すっかり見慣れた金髪をかき上げて、橘さんは苦笑する。
「神尾が誰と付き合おうがそんなの俺達が口出すことじゃないのに、何だか…寂しいもんだな。あ、別に変な意味じゃないぞ」
「分かってます」
ぽっかりと心に空いた見知らぬ空間は、やはり「寂しい」と呼ぶものなのかもしれない。神尾は何をするにも俺と橘さんが優先だったから、振り返ってそこに広がる静寂に未だに慣れない。
「勝手なものだな」
「そうですね」
橘さんと付き合いだした頃は、正直いつでも着いてきて離れない神尾に苛立つこともあった。二人きりの時間が取れなくて、神尾に見つからない場所で抱き合った日もあった。
「深司と付き合えるようになったのに、神尾を取られて寂しいなんて」
「ホント、俺らは自分勝手だ」
橘さんも同じ気持ちだったんだ。俺は、そっと橘さんの手を取った。
「深司?!」
俺は滅多に外でこんな事をしないから、橘さんが慌てたように廻りを窺う。
「大丈夫です、もう薄暗いから」
「ま、な」
橘さんは照れたように鼻の下を擦って、ギュッと握った手に力を込める。
「少し、こうしてたいんです」
「深司…」
通りの向こうから、聞きなれた神尾の声がする。
「跡部!お前、俺のことバカにしすぎっ」
「…ああ?本当のことを言ったまでだぜ?」
ぎゃあぎゃあ怒鳴る神尾が、跡部を後から蹴る真似をする。跡部は可笑しそうに笑って、神尾の頭を叩き落した。
アイスを片手にじゃれ合う姿はとても楽しそうで、まるで本当の恋人同士のようだ。
俺は気づいてたんだ、跡部と付き合ってるってのが神尾の咄嗟の強がりだったなんて。勿論橘さんだって、皆だって気づいてた。だから最初は何とも感じなかったのに。
嘘から出た実って、こういう事を言うの?
角に消えたシルエットは、あの日よりも確実に距離が縮まっている。
「深司、平気か?」
橘さんが心配そうに俺を振り返る。俺はいつの間にか立ち止まって二人をただ見つめてた。
俺達は恋人同士なのに、なんだか可笑しい。二人して神尾の事を考えてる。
「ああ、そうか。弟が手元から離れた、みたいな…?」
「…深司。それは流石に神尾には言うなよ?」
苦笑する橘さんに頭を小突かれる。
***
あれから、もうどれだけ経っただろう。
「神尾、遅い!」
「ちょっと待てってば!」
「ァーン?それが頼む態度か?」
「もー!待ってください!」
俺は慌ただしく着替える。脱ぎ捨てたTシャツがカバンから零れて、制汗スプレーがロッカーから落ちる。
「…ちょっと、少しは落ち着いたら?」
深司が呆れたように言うけど、これ以上跡部を待たせると煩いからさ。
跡部がこうして不動峰まで迎えに来るのは、もう慣れた光景となった。もちろん忙しい人だし、勉強と後輩指導の間を縫ってだけど、相当時間を割いてくれてるのが分かる。
本当は「もう大丈夫だから」、そう言わなきゃいけないのは分かってる。
あの日、泣き出した俺を放っておけなくなった跡部に、暫く落ち着くまでは…と俺は甘え続けた。何故だか律儀に付き合ってくれた跡部は、俺が元気を取り戻しても変わらず迎えに来てくれる。
もう、甘えちゃいけないなって思うんだけど。
俺達は友達じゃない。もちろん恋人でもない。
俺の依頼に、暇を持て余していた跡部が付き合ってくれただけなんだ。でも、今の跡部はどう見ても暇には見えない。
時には、跡部が走り込んで来た事もある。「悪い、遅れた」だなんて、跡部はそんなことする必要もないのに。
息を切らせて部室に駆け込んできた姿を見た時、俺は初めて、これからもずっと跡部とこうして過ごして行く事が出来ないかと真剣に考えた。
もう、大丈夫だから、その一言が言えない。跡部が来なくなってしまうのが、寂しいんだ。
「じゃ、お疲れ」
並んで帰って行く橘さんと深司の姿も、もう見慣れたものとなった。時々俺も混ぜてもらって一緒に帰るけど、二人を冷やかしてからかっているくらいで、あの時の寂しさが嘘のようだ。
それもすべて跡部のお陰なんだ。ふ…と寂しくなった時、跡部は自然と手を差し伸べてくれた。それは別に、女の子みたいに優しく抱きしめてくれるとかじゃなくて、気落ちしたのを見計らうようにからかってきたり、頭を小突いて来たり。急に我儘を言って俺を振り回したり。そんなのに付き合ってる内に、二人を思って寂しくなることは無くなっていた。っていうか、考える時間を奪っていったのだ、跡部は。
「何、馬鹿が真剣な顔して考えてるんだ?」
「…馬鹿は余計だけど?」
「フン。馬鹿は馬鹿だ」
「…」
今では試験勉強まで見てもらっているから、本当に馬鹿なのはバレている。
「バカがいくら考えても、碌な事になんねえぞ?」
「…バカバカ煩いなぁ」
「バーカ。だから言ってみろって言ってるんだ」
「…え?」
見上げると、跡部が嘲笑うみたいに見下してた。「見おろす」じゃないよ。まさに「見くだす」って顔。
「お前は、無い脳みそで色々考えすぎなんだ。そういう馬鹿は思った事を口にしてりゃあいいんだよ。そうすりゃ、俺様みたいな出来のイイ奴が何とかしてやるから」
すっげえ偉そうな言い方。でも、
「跡部って、実は超優しいよな」
「今頃気づいたか」
「うん。ごめん」
嘘。本当はずっと気づいてた。跡部は最初から凄く優しい。
こんな偉そうな態度だからさ、ちょっとわかり辛いけどな。でも、部員200人を率いてただけの事はある。包容力がね、凄いんだ。今もこうやって跡部に甘えそうになっちゃう。跡部の言葉に乗せられて「じゃあ、ずっと一緒にいてよ」って言いそうになっちゃう。
でも、いくら馬鹿な俺でも、そんなに甘えてばかりいられないって事は分かる。跡部には凄く感謝してるし、凄く好きだけど。
…そう、好きなんだ。どうしようもなく、いつのまにか本当に好きになってた。
ただの強がりで、みんなに見栄を張るために「つき合って」なんて言ってたのが、いつの間にか本当に好きになってた。
本当に好きになるとさ、おいそれと「つき合って」なんて言えないんだよ。だって、相手の事を考える。跡部にとっての「俺」を考えると、乗りかかった船的に「放っておけない奴」みたいな存在だと思うんだ。
俺は気持ちがいいよ。跡部はいつでも俺の気持ちをくみ取って、何て事ないみたいな顔して助けてくれるんだ。でもさ、俺はどうよ?跡部の役に立ってる?いや、役に立つどころか、面倒掛けてるだけじゃないか。そういうのってさ、ダメだと思うんだよ。
「ねえ、跡部」
「ああ?」
仰ぎ見た跡部は、初めて会った時よりずっと高くに顔がある。俺の背がなかなか伸びないから、その差は広がるばかりだ。
真冬の空は澄み渡って、痛い。鼻の頭が赤いのは寒さの所為だって思ってくれるかな?
「跡部、俺もう大丈夫。今まで有難う」
跡部が、ちらりと俺を見る。
「で?」
素っ気ない返事が残念なようで、でもちょっと気が軽くなった。
「うん。だからもう付き合ってくれなくても平気」
「そうかよ」
「…うん」
あともう少しで俺の家だ。
何か月かな。あれ?良く考えたら、まだたった5ヶ月しか経ってないんだな。でも、今まで生きてきた内で一番幸せな5ヶ月だったなって思う。わくわくする楽しいなら、そりゃテニスが一番だけど、こんな安心して全てを晒して受け止めてもらえて、甘やかされた日々は無かった。
今までで一番短く感じる、玄関までの残り50メートル。あそこで、跡部とさよならなんだな。
どうしよう俺。毎日ここを通るたび、跡部とのさよならを思い出しちまう。
大人になって、いつかこの家を出て行くその日まで、俺は跡部を思い出し続けるかな?
「じゃあ、今まで有難う」
50メートルなんてあっという間だった。
「ああ、俺もまあイイ暇つぶしになったぜ」
跡部は平気な顔して言った。
「そう…」
どうなんだろ?恩着せがましくならないようにそんな言い方してるのか、本当にそう思ってるのか。跡部は大人過ぎて、ガキの俺にはさっぱり読めない。
ただ、跡部は凄く優しかった。凄く助けられた。
凄く、好き。それだけ。
「元気でな」
跡部が、そう言って俺の頭をぽんって叩いた。いつもと同じだ。でも言葉が違う。いつもは「またな」って、そう言った。
「…跡部も、元気で」
涙がこみ上げて、鼻が詰まる。
「ああ」
でも、跡部はいつもと同じ声の高さ。
だから、俺は顔を見られないように背中を向けた。泣き出して跡部を困らせたくない…なんて、そんな殊勝な心がけじゃない。
悔しいじゃん。俺だけが、今までの日々を特別大切にしてたみたいで。跡部が本当に最後まで暇つぶしにつき合ってくれてたとしたら、俺、すっげー悔しい。
「じゃね!」
錆ついて、ガタがきている門扉に手を掛けた。
「バーカ」
呆れたような声と同時に、肩を強く引かれる。指先に鉄の冷たさを感じる間もなかった。
「わっ」
たった二段しかない階段を踏み外し、背中から落ちる。
「ったく、いつになったら素直になるかと思えば…」
「あ、跡部?」
倒れそうな体を支えられた。
「バカは思ったことを言ってりゃいいんだよ」
「な、だから!」
「本気だってのか?」
「あ、」
「俺ともう会わないって、本気でそう思ってるのかと聞いてる」
強く抱きしめられる。あの日の、部室と同じだ。
「…だって!」
「だってもくそもない。俺と会わなくて平気かと聞いてる」
「跡部…」
跡部の香りがする。あの日初めて知った香りは、いつのまにか当たり前に感じる香りになっていて、とても落ち着くんだ。
「神尾?」
なあ、もう少しいいかな?やっぱり無理だよ。寂しいんだ。
深司と橘さんの時みたいな、強烈なショックとは違うんだけど、心の中にぽっかり穴が空いたみたいな寂しさなんだ。穴が大きすぎて心の全部が持ってかれて、体が半分に、くしゃ…って折れてしまうみたいに、何も無くなっちゃう。
「ごめん、跡部。やっぱ、無理…」
「何が無理なんだ?」
「…跡部いないと、無理」
ああ、言っちゃった。
「そうか」
「うん」
跡部が、ぎゅってしてくれる。あの日以来、こんな風に抱きしめられるのは初めてだ。だって俺たちは友達でも、恋人でもなかったんだ。
「なあ、神尾。そういうのを何て言うんだ?」
「あとべ…」
優しい手が、ゆっくりと背中を撫でる。
どうして俺、5ヶ月もの間これを我慢出来たんだろう?
「…好き」
「あ?聞こえねえ。もう一度」
「好き」
「…もう一度」
「好き。跡部が好き」
「もう一度…」
「好きだよ、跡部。…いつの間にか、好きになっちゃったよォ」
涙を拭くみたいに頬を押し付けたら、跡部がつぶれそうなくらい強く抱きしめる。
「ったく、さっさとそう言えばいいんだよ」
「…跡部は?」
「ああ?」
「…言ってくれないの?」
「バカには、難しい言葉は理解出来ねえしな…」
「え?」
「愛してる」
耳元で、囁くみたいに。たった一言。
何だよ。俺は難しい言葉は理解できないって?「好き」より字数増えてるじゃん。でも確かに、どんな言葉よりストレートに、俺の心は持ってかれた。
そして、はじめてキスをする。
俺の顔は涙でぐちゃぐちゃで、跡部は「汚ねェ顔」と楽しそうに笑った。
***
幼児のように、俺たちは我慢が出来なかった。俺達というのは間違いかもしれない、俺は我慢出来なかったと言うべきだろうか。
もう目の前が神尾の家だというのに、俺は戸惑うその手を掴んで踵を返した。
「跡部っ」
涙に濡れた頬のまま、神尾は俺に引きずられる。
「なあ、跡部?」
「俺の家へ行く。いいだろ?」
携帯で車を呼びながら振り返りもせずに言えば、神尾が驚いたように息を呑んだのが分かる。そしてすぐに「ん、」と小さな返事が返ってきた。
早く、自分の部屋に帰りたかった。すぐにでも、神尾の冷え切った体を抱きしめたかった。
部屋に入ると、程良く温まった空気に神尾はハァと安堵の息を吐く。そして、急に温まったのとさっき泣いたせいもあって、小さく鼻をすすった。
「ほら、コート脱げ」
差し出すハンガーを受け取る神尾は、照れくさそうに、でも真っ直ぐ俺を見てはにかんだ。そんな幼い笑顔に後ろめたさを感じるけれど、ここまで来て引き下がれる訳もない。
上着を脱いだ神尾は、少し迷ってから部屋のソファーに腰掛ける。まだ慣れない部屋だから、何度も座り直す様に腰を浮かし、きょろきょろと辺りを窺いながら俺の動きを気にする。
「ばーか。何ソワソワしてんだよ」
「だっ、て。部屋入るの最初の時以来じゃん」
「確かにな」
膝に乗せたこぶしがギュッと握られていて笑える。借りてきた猫のようで、まるでいつもの勢いが無い。かといって、これから自分の身に降りかかる事が理解出来ているのかと言えば、それはどうだろう。分っていれば、こんな素直について来たりするだろうか?
「神尾、もう少し寄れ」
隣に座ると、ソファの端に遠慮がちに腰掛ける神尾を引き寄せる。
「え?ああ」
その手を払いもせず素直に従う横顔は、変な気負いも見えない。
こういう何事も深読みしない神尾に俺がどれだけ癒されているか、コイツは分かっていないんだろう。大勢の大人に囲まれて育ち、氷帝学園という特殊な学校に通う中、相手の言葉の裏を探り合うのなど日常茶飯事だ。それはテニスにしたって同じ事で、もしかしたら神尾にとってはこの真っ直ぐさが弱点になるのかもしれないが、俺にとっては掛けがえのない愛すべき姿だ。
「お前、さっきの意味分かってんのか?」
「意味?」
「言ったろ?愛してるって」
「な、それは!…分かるよ」
驚いたように顔を上げてから、俺と目が合うと恥ずかしそうに俯いた。そっと手を重ねれば緊張したように肩を跳ねさせ、けれどそっと、俺の指を握り込む。
そんな事だけで、神尾の心臓が飛び出してしまいそうな位ドキドキしているのが分かる。寄り添っただけでも、その鼓動が腕に伝わった。
「ったく、分かっててそれなら、お前耐えられるか?」
「耐えるって?」
きょとんとした顔はまるで小学生のガキみたいで、俺は涙の跡が残る頬を親指の腹で拭ってやる。どうせ、すぐにまた濡れてしまうのだろうけど。
神尾の肩をぐっと押す。
「わ、っ」
不意な力に、神尾は呆気なくひっくり返った。大きなソファから転がり落ちるのは免れたが、片足のずり落ちた色気のない姿だ。
「…何で、こんなのに惚れちまったかなァ」
「う、うるさい!こんなの言うな!」
「だってよ、相当無残な姿だぜ?」
「それは!跡部が、急に押すから」
「ま、いいや」
目を白黒させる姿が、まるで漫画のようで可笑しい。
こんな、どこからどう見てもただの中学生の男子を好きになってしまったのは自分だ。飛びぬけて綺麗なわけでもない、飛びぬけてテニスが上手いわけでも、頭がいい訳でもない。そんな神尾が、たまらなく欲しい。
俺は、転がったままの神尾を抱き上げる。
「わ、跡部?!」
「暴れるな、落とすぞ」
一喝すると、神尾はしゅんと静になった。自分は何も悪い事をしていないのにだ。そんな単純さが、どうにも手放せなくなってしまった。
「悪いな、神尾。泣かせるかもしれねえ」
「…何で?」
ベッドに放られてもやっぱり何も分かっていない瞳。ここまで来ると同情してしまう。
「先に謝る。すまない、神尾」
「え、何なに?跡部が謝るなんて超レアじゃん!」
…まったく、無邪気な奴だ。
俺は、その体を縫いつけるように抑え込み、ぽかんと開いた口に吸いついた。
「…え?やだ!何で」
「ここまで来て何が嫌だ」
案の定暴れる体を、俺は全体重で押しつぶす。顔を反らして逃れた唇が唾液で濡れ、部屋の明かりを反射した。その艶めかしさに、火が付いたように体が火照る。
「だって、そんな」
「そんな?今日の今日でってか?」
「そ、そう」
抱かれるのが嫌というわけでは無さそうだ。ただ、覚悟が決まらないと言いたいのか。けれど、そんな覚悟が決まるのを悠長に待ってやれる余裕はなかった。
「随分待ったんだぜ?俺の気の長さに感謝して欲しいくらいだ」
「そんな事言われても!」
「大丈夫だ。俺がお前の嫌がることしたことあったか?」
神尾は口を噤む。勝ち、だな。
俺は、大人しくなった神尾の制服に手をかける。
学ランを脱がすのは、なんだってこうもエロティックなんだろう。ストイックな襟元から覗く健康的な肌に唇を寄せる。
「…あ、」
思わず洩れた声を、神尾は飲み込んだ。
「抑えるなよ。聞かせろ」
ボタンを一つ一つ外せば、神尾の胸が不規則に上下する。俺は、仰ぐ様に息を継ぐその頬をそっと撫でてやる。
「そんな緊張するな。俺がついてるだろ?」
「ん…」
はだけた胸は、照度を落とした照明に青白く浮いて見える。日に当たらない部分は意外にも真っ白で、吸い寄せられるように顔を寄せる。
鎖骨の下に口づけると、神尾の体が跳ねる。
俺はそのまま唇を滑らせ、薄く浮いた肋骨を丹念になぞり、淡く色づく乳首を軽く啄ばむ。
「そんなっ、」
神尾が驚いたように体を起こそうとするのを片手で制し、俺は続けた。音を立てて強く吸い上げ、舌先で先を擽る。
「や、あ」
刺激を受けた乳首はつんと立ち上がった。俺はそこをしつこいぐらいに弄って、犬歯で甘噛みする。
「あァ…」
神尾の腰がわずかに揺らぐ。
俺は、苦しそうな神尾のズボンを、蹴り落とす様に脱がしてしまう。
「跡部っ、」
「バカ、顔隠すな」
恥ずかしさに顔を覆った手を剥がしながら、膝で神尾の体を割って行く。その中心は熱く起ち上がっている。
そっと手のひらで包めば、もう我慢が利かなかった。
「や、ああっ!」
「っく、力抜け」
「あァ、痛っ」
固く閉ざした入口を無理に開かせた。
「息を吐け、俺の背中に手、回しとけ」
「あ、やあっ、」
小刻みに腰を進める。慣らしたローションと汗とが混ざって、ぐちゅ…と音が漏れる。
「すぐ、良くなるからな」
「や、あ…だめ」
「っく」
逃げてずり上がろうとする体を引き寄せ、腰を突き上げる。
「あああっ!」
「…神尾?」
神尾の全身が、驚いたように大きく震えた。
「や、なに?」
「ここか?」
もう一度、同じ場所を突いてやった。
「やああっ!」
甘い悲鳴が上がる。
「ここだな?」
「ダメ、だめ、そん、な」
見つけたポイントを何度も攻める。神尾の体の強張りが解けて、表情もとろりと蕩け始めた。
「…いいか?」
ピストンする腰に細い脚が絡み付き、俺の動きに合わせて神尾も揺れる。華奢な体は折れてしまいそうなのに、強引な俺の動きを神尾は全て受け止める。
「いいぜ、神尾」
「跡部、跡部っ!」
熱い内壁は俺の昂りを絞るように締め上げる。俺は汗で滑る体を抱え直し、一際強く穿つ。
「ァあ!やっ」
「…かみ、お」
「イや!も、だめっ、だめ…!」
「だめじゃねーだ、ろ?」
「あ、あ、もうっ」
神尾の中心を握り、その先端を指先で擦ってやる。
「イけよ」
「や、あああァっ!」
神尾はガクガクと体を揺らして、白濁を放った。
「っく」
同時に、俺も我慢していた精を神尾の奥深くに注ぎこむ。
***
やっぱり涙に濡れてしまった頬を、俺はシーツで拭ってやる。
「…ん」
神尾は小さく声を洩らすだけで、目覚めはしない。
「神尾」
あんな始まりだったから、まさか神尾という人間がこんなにも掛けがえのない存在になるなんて思いもしなかった。
「神尾?」
仰向いた体が、ころんと転がりこちらを向く。そして、隣で横たわる俺の腕に擦り寄った。
「寒いか?」
俺は、部屋の温度を上げようとして手を止める。そして、手にしたリモコンを放り投げると、神尾の体を抱き寄せた。そのまま、すっぽりと胸の中に抱きこむ。
神尾は温もりを求めるように体を預け、また穏やかな寝息が聞こえてくる。
「神尾、これでやっと…」
恋人だと、胸を張って言える。あんな恋人ごっこはもう卒業だから。
俺もようやく、安心して目を閉じた。
そんなの聞いてなかった。だって俺、いつも深司と一緒に行動してたし、深司だってそんな素振り見せなかったし。橘さんだってそうさ。俺達みんなを分け隔てなく指導してくれたし、隙をみせたり油断すれば、俺はもちろん深司だって怒鳴り飛ばしてたさ。
だから、こんなの納得いかない。
担任の先生が、実は一人だけ贔屓してたみたいな。でもまあ、所詮先生だって人間だもんなァ…みたいな、がっかり感。
深司と橘さんが付き合ってたなんて。
しかも、俺以外のみんながそれに気づいてただなんて。
深司にはもちろん、橘さんにも仲間にも裏切られた感じだ。
「何で教えてくれなかったんだよ…」
みんなが俺のこと見てるのを感じて、どんな顔をすればいいのか分からない。顔を上げたら、すごく見っともない表情なんだろうな。きっと今にも泣きそうな顔してるんだろう。だって、鼻の奥がツンってするんだ。
「アキラ…」
石田の困ったような声が聞こえる。
そうだよな、そりゃあ言いづらいよな。
まるで俺、邪魔者みたいじゃん。きっとさ、深司だって橘さんだって、二人で帰ったりデートしたりしたかっただろうし。なのに俺、休日は深司と過ごすのが当たり前だって思ってたし。深司は俺の一番の親友で、橘さんは俺が一番尊敬できる人で、二人とも俺にとっての一番で。
でも、二人からすれば。深司の一番は橘さんで、橘さんの一番は深司で。
そうだよな、言いづらいよな。「お前は邪魔者なんだ」なんて。「少しは遠慮しろよ」なんて。だって、俺の一番は深司で、橘さんで…。
「…神尾?」
「やめろよ!」
深司のそんな困ったみたいな声聞きたくない。お前はいつだって憮然とした表情で、文句ばっかりぼやいてればいいんだよ。そんな、他人行儀な声聞きたくなかったんだ。
「済まない、神尾」
「…っ」
橘さんまで。
分かってるよ。別に二人は何も悪くなくて、皆も俺にだけ内緒にしてた訳じゃなくて。それぞれが敏感に二人の空気を感じ取っただけなんだ。なにも大会中にそんな事言いだす必要もないし、それどころでもなかったし。みんなが俺に教えてくれなかった事に、別に深い理由はないんだ。
俺だけが、ただ鈍感なだけだったんだ。
頬を伝った涙が熱かった。何だかむしょうに悔しかった。
その後のことを、俺は何となくしか覚えていない。ただ、一人知らなかったことが悔しくて悔しくて悔しくて、寂しくて。とんでもないセリフを吐いてた。
「別に、いいんじゃねえの?二人で仲良くすれば?」
投げやりな言葉に、深司はどう思っただろう。
「俺が、邪魔なら邪魔って言えばいいのに!」
橘さんは呆れたみたいに溜息ついただろうか?
「俺だって、恋人くらいいるし!遠慮しないで付き合えるってもんだぜ!」
「…神尾、そんな奴いたの?」
深司に恐る恐るって感じで聞き返されるのが空しくて、情けない。「見栄を張るなよ」って言われてるみたいで…。
だから、俺は頭の中フル回転で考えてた。
橘さんに匹敵する強さをもって、橘さんと並んでも見劣りしない人。お前らなんかいなくても、俺にはこんな素敵な恋人がいるんだって胸張れるような人。
手塚さん、真田さん、千石さん…。たくさんいるはずなのに。不二さん、千歳さん、幸村さん…。なのに。
「俺、跡部さんと付き合ってるし!」
思わず口をついて出てた。出まかせ言うにしたって、何で、よりによって跡部?あまりに嘘くさい。
自分でもそう思ったんだ、みんなもそう思ったに違いない。すごく、同情するような空気が居たたまれなかった。
俺は、部室を飛び出してた。
ああ、情けない。まるで小さな子どものようだ。明らかな嘘を、負け惜しみを吐き捨てて。認めたくない現実に背を向けて逃げ出した。
何で、あんな事言っちゃったんだろう。嫌々来てしまった氷帝学園の前で、もう何度目か分からない溜息をつく。
だって、あの跡部だ。ストテニで無視されて、その後試合会場で俺が無視して。向こうから見たって、覚えがイイはずないんだよ。ましてや「恋人になってくれ」だなんて、正気の沙汰ではない。
「あ~、もう」
自分の吐いた嘘で、前にも後ろにも進めなくなってしまった。
今日、部活を休んじゃったことで、益々みんなにも会いにくいし。
もう、叫んで泣きだしてしまいたい。あんな事になる前まで、時間が戻ってしまえばいいのに…!
「きみ、不動峰の神尾くん?」
「…え?」
頭抱え込んで唸ってた俺に、話しかける声。このイントネーションは、
「忍足、さん?」
「そうやけど。どないしたの?こんな所で座り込んで。めっちゃ注目の的やけど?」
「す、すんません!」
俺は慌てて立ち上がる。考え込んでたら、つい自分の状況を忘れてしまった。
「や、それはエエけど。テニス部に何か用?」
「あ…」
制服姿の忍足さんに言われて、俺は漸く気づいた。
そうだ、不動峰と違って部員の多い氷帝テニス部の三年は、もう引退してるんだ。それじゃ…。
「あ、跡部、さんは?」
「跡部?神尾くん跡部に用があるん?なら、すぐ来るで。ほら」
そう言って振り返った瀟洒な造りの校門から、跡部が他の三年部員と連れだって出てくる。
「良かったな。いつもなら迎えの車で帰ってまうところ、今日はみんなでお茶でもしてこってなってな。おーい、跡部」
「あーん?」
…跡部!
跡部は明るい前髪をかき上げて、その隙間から睨むようにして視線を向けた。
「お客さんやで」
「…あァ?」
凄く不審そうな顔だ。
「…俺にか?」
「そうらしいで?」
「ふーん…」
ゆっくり歩み寄った跡部は、俺の頭のてっぺんから足先までさらっと視線を流すと、何も言わずに歩き出す。
「ほら、神尾くん。付いて来いやって」
「え?今ので?!」
どう考えても、軽くシカトされた風なんだけど。
でも、跡部と一緒に連れ立ってきた向日さんとかが「客なら仕方ないな」って顔で、さっさと別方向に歩き始めたから、俺は慌てて跡部の後を追った。
それで?と言ったきり、跡部は腕を組んで黙ってしまった。
そりゃ、俺が誘ったんだし当然なんだろうけど、跡部の発する威圧感に、俺はタダでも言い出しにくいお願いが益々言いづらくなる。
あっさりと通された跡部の部屋は今まで見たこと無いくらい豪華で、さっき通った玄関(って言うのか?)だけでも、俺の家がすっぽり入ってしまう広さだ。吹き抜けに螺旋階段、首が痛くなるくらい見上げなきゃいけない天井にはシャンデリアがキラキラしてて、どこかのお城みたいだ。
目の前で詰まらなそうな顔をしてる跡部は、王子様とお姫様の時代みたいな無駄に曲がった脚の椅子に腰かけて、映画みたいに優雅に足を組み替えた。
「いつまで顰め面で黙ってるつもりだ?」
「…」
ゆっくり姿勢を崩して肘掛に体を預け、指先で顎をなぞる姿が凄く様になって、まるで貴族のよう。
その端正で長い指を見ていると、俺は何て場違いな所に場違いなお願いをしに来ちゃったんだろうって思う。元々乗り気じゃなかったのもあって、今はどうやって何も無かった振りして帰ろうかって、そればかりが頭を占める。
「ここまで来て、やっぱり何でもありませんでした、とは言わせないぜ?」
「あ、その…」
俺の考えが分かったみたいに、跡部は鼻で嗤って言う。
「俺様は珍しく暇を持て余してるんだ。こうやって、お前が百面相しているのを眺めて時間を潰すくらいにな」
「ひゃ、くめんそう…?」
「気づいてねェのか?お前、随分愉快な顔してるぜ?」
「…すんませんね。愉快な顔で」
むっとして言ったら、それすらも可笑しいという様に跡部は白い歯を零して頬を緩めた。
「ははっ、喋れるじゃねえか。その調子で言ってみろよ。今なら、どんな無理難題でも聞いてやれる気がするほど暇なんだ」
「…ホントっすか?」
「嘘ついてどうする。こんな事滅多にないぜ?愉しい話なら猶の事大歓迎だ」
楽しい、かは分からないけど。随分な無理難題な事は確かだ。
でも、手塚さんにお願いするよりはよっぽど、跡部さんの方が面白半分につき合ってくれそうな気がする。気がするったって、1%か10%かくらいの違いだろうけど、俺はもう引っ込みがつかないし、結局跡部に頼るしかないんだろう。
「すっごい無理なお願いしてもいいっすか?」
「はン?俺の手にかかれば何て事ないだろう。言ってみろよ?」
そこまで言うなら叶えてみせろよ!なんて。あんまりに自信満々だから、その鼻っ柱を折ってやりたくなってしまう。何考えてるんだかな。俺はお願いする立場なんだ。多少面白くなくたって、頭下げなきゃいけない立場なんだ。
「じゃあ、言います。俺と付き合ってください」
「…」
流石の跡部も、ぐっと息を呑んだ。
度肝を抜いてやれたか?ちょっといい気味だ、何て。ほくそ笑んでる場合ではない。
ここは何が何でも聞き入れて貰わなければ。
「やっぱ、無理っすか?」
「…いや」
流石は跡部。あっさり持ち直すと、これ以上ない位満面の笑みを浮かべる。
「理由がありそうだな?まあ、それは知ったこっちゃないが、なかなか愉しそうだ」
「…はあ」
くっくっく…と、喉の奥で嗤う跡部は何だか知らない生物みたいで、まるで異星人か、そう、悪魔とか。
「じゃあ手始めに、俺のこと『景吾』って呼んでみろよ?」
「『景吾』!?それは、ちょっと…」
「ふん、何を照れてる」
「…せめて、苗字呼び捨てくらいで」
「まあ、良いだろう」
焦る俺を見て、跡部は仕方なさそうに頷いた。
何にしても、了承してもらえたようだ。相手を間違えたような気がしないでもないけど…。
昼休みになった。
俺はいつものように、弁当持って深司の教室にやってきた。
「…神尾」
少し驚いてる。深司は元々表情が乏しいし、他の奴はあまり分からないかもしれないけど、俺には分かった。
昨日部活サボって、今日も休み時間中一回も顔を出さなかった。そんな俺が弁当の時間だけ普通にやってきたから、いつもは涼しげな眼が少しだけ大きく見開かれた。
「…食わないの?」
俺もちょっと、どんな顔していいか分からなくて、ぶっきら棒な言い方になる。
「食べるよ」
でも、深司はすぐにいつもの深司に戻った。
昼休みにはいつも不在になる前の席を借りて、向かい合わせで弁当を開く。
「…今日は?練習出るの?」
「ん。出る」
「そう」
「おう」
別に、喧嘩をしたかった訳じゃない。悔しいし寂しいけど、このまま喧嘩別れみたいになるつもりは更々ない。ただ、少しぐらい強がってみたいじゃないか。
だから、今日の帰り、跡部に迎えに来てくれるように頼んだ。
昨日は何だかんだで「つき合ってくれ」なんて跡部に言っちゃったけど、元々咄嗟に口をついて出ただけの強がりだし、一度こうやって迎えに来てもらえるだけで十分だ。みんなを騙すみたいで気が重いのもあるし、何より、いくら面白がってくれたとしても、跡部をずっとこんな茶番につき合わせる訳には行かない。まあ、跡部の事だからすぐに飽きるんだろうけど。俺にとっての金持ちってそんなイメージ。
「…橘さん」
深司がボソっと唇を動かした。
「え?」
あまりに小さい声だったから、少し顔を近づけて聞き返す。
「橘さん、心配してる。顔見せてあげれば…」
「ああ。後で行く」
言い難そうな深司に、俺はわざといつもみたいに返事した、つもりだ。出来てたかな?だって、深司の顔見て、今になってようやく気付いたんだ。俺の言葉の所為で、二人がギクシャクしたらどうしよう?いや、普通ならしちゃうよな?
「…深司」
「何?」
「あー、いや。何でもない」
「…ふーん」
何となく、深司には言いにくかった。「俺の言った事なんて気にしないで、橘さんと仲良くしろよ?」なんて。なんだか、それこそ嫌味か負け惜しみかって感じだ。後で橘さんに伝えよう。
ライン際で滑って、左手をついてしまう。
「おい、アキラ大丈夫か?」
石田が気にして駆け寄ってくる。
「悪ィ、平気!」
「本当か?何だか調子悪そうだが…」
「いや、そういうんじゃねえし」
一昨日の騒ぎで、俺がやり辛いんじゃないかって、みんなが気遣ってくれるのが凄く分かる。何だか申し訳ない。深司の奴も、自分の練習しながらちらちらこっち見てて、橘さんに怒られてた。
練習に入る前、橘さんを捕まえて頭を下げてきた。別に橘さんの所為じゃないのに、でもきっと深司が言ってきたくらいだから、相当自分を責めちゃったんだろうなって思って。
考えたら橘さんはたった一歳しか年が変わらないのに、俺、凄い神聖視しちゃってるっていういか。橘さんは先輩であって、俺たちの先生でも親でもないのに、俺、依存しすぎてるなって。
「寂しい思いをさせて済まなかった。けれど、お前も可愛い後輩に違いないんだ。分ってくれるか?」
そう言った橘さんが、何だか必死で可愛かった。それに、嬉しかった。
「俺こそごめんなさい。ちょっと驚いただけなんです。深司と、その、喧嘩みたいになってないっすか?」
「ああ、平気だ」
本当は、何かあったのかもしれない。微笑みが少し苦笑いだった。
「深司の事、よろしくお願いします。俺が言うのも変だけど、本当に大事な親友なんです。あいつを泣かせたりしないでくださいね?」
「それはもちろん。それより、俺の方こそ深司を頼んだぞ?あいつ相当凹んでたからな」
「すんません」
やっと笑えた。
落ち着いたら、何て事なく思える。認めてしまったら、めでたいことなんだって素直に思えた。俺が、深司か橘さんを恋愛感情で好きだったなら話は別だろうけど、二人とも大事な親友であって、先輩であって。大事な人同士が好き合って幸せなら、こんな良いことはないじゃないか。全然知らない誰かに夢中になって、テニス部から離れて行く訳でもないんだ。今まで通り仲間として過ごせるんだ。下手な女子生徒とくっつかれるよりよっぽどイイ。
今になって、そんな気持ちになれたけど時すでに遅しっていうか。
跡部が、当然のような顔でフェンス越しに練習を見学している。
そんな訳で、俺が調子悪いのは深司と橘さんの所為ではない。跡部の所為だ。
だって、迎えに来てって言っただけなのに!何もこんなに早く来て、そんな偉そうに練習見学しなくても…!でも、橘さんがOKしちゃったから仕方がない。
そして、全員に指示を出して落ち着くと、橘さんは跡部に歩み寄った。
「神尾と付き合ってるんだってな?」
って。ええ?!
何か橘さんだけは、強がりで言った俺の言葉を鵜呑みにしちゃってるみたいだ。きっと他のみんなは半信半疑だと思うんだけど。「あれ?神尾の奴、見栄張ってただけじゃないの…?」みたいな。
「神尾はウチのエースだからな。遊び半分の付き合いなら俺が許さないぞ」
その言葉に、跡部はニヤリと笑う。
「アーン?俺はそんな暇人じゃねえからな。本気じゃないなら付き合わない」
「…ならいいが」
橘さん、不信感たっぷりだ。
そりゃ、そうだろう。だって全部ウソだもん。跡部、暇つぶしにつき合ってくれてるだけだし。
昨日までの俺なら、ノリノリの跡部の演技に感謝だったんだろうけど、一日で結構状況が変わっちゃったんだよな。俺、二人の関係に納得いっちゃったら、こんな強がりどうでも良くなってきちゃった。…なんて。今更、跡部には言えないよなぁ。
「おい、神尾!あんまり腑抜けたテニスしてんじゃねえぞ!」
跡部が楽しそうに言う。
「う、うるせえ!」
全部跡部の所為だよ!まあ、突き詰めれば自業自得なんだけど。
跡部の視線を感じながらの着替えは、何だか凄く複雑な作業をするみたいに緊張しちゃって、結局最後になってしまう。
「じゃあな神尾、先に帰るぞ」
橘さんがそう言って、俺の肩をポンと叩いた。いつもはあっさり帰ってしまうんだけど、跡部の存在が気になるらしく、最後まで威嚇するみたいに鋭い視線を投げていた。
「おつかれっす」
「じゃあね、神尾」
「おう」
深司も、そんな橘さんの後から部室を出て行く。
いつも深司は俺と帰ってたんだけど、連れ立って行く橘さんと深司の背中がすごく自然で、きっと俺の知らない所で何度も二人で会ってたんだろうなって思う。俺と歩く時深司は右隣って決まってるけど、橘さんとの時は深司が左側なんだな。戸惑いもせず並んで歩き出す二人に、また少し、胸の奥がきゅっとした。
納得はしたし、幸せになって欲しいけど、やっぱり寂しいのは隠せない。手にしたユニフォームをぎゅっと握った。
「…ったく、何て顔してるんだ」
「あ、跡部!」
すっかり存在を忘れていた。
「来い」
「…え?」
腕を、ぐいっと引かれる。俺は、上半身裸のまま跡部の胸に抱きこまれた。
「ちょ、」
「人恋しい時は、こうするのが一番なんじゃねえの?」
「跡部…」
「仲間はずれされたみたいに、泣きそうな目しやがって」
「っ別に…!」
「ふん。強がるな」
何だか、恥ずかしいな。俺、そんなあからさまに顔に出てたかな?
「理由は分かった。しばらく付き合うぜ?」
「別に、もういいよ。今日来てくれただけで十分だ」
「だから、強がるなっての」
「…」
強がってる訳じゃないし、本当にもう十分だから「有難うございました」って終わらせようとしてたのに。
俺は、そろそろと腕を伸ばし、跡部の背中に回した。吸いこんだ初めての香りに、胸の奥がいっぱいになる。
もう、へっちゃらだと思ってたのに、涙がこぼれた。
「…う、ゥ」
嗚咽が、溢れて止まらない。
「ばーか。無理すんなって」
跡部が背中を撫でてくれる。
「ふっ、うゥ…」
俺は、声を上げて泣いた。シャツが涙でびしゃびしゃに濡れても、跡部は文句も言わずにそうしていてくれた。
俯く頭に軽く乗せられた跡部の顎が小さく揺れて、「仕方ない奴」と、優しく笑った気がした。
***
今日も跡部が迎えに来る。
「…氷帝って、そんなに暇なの?」
呟いた俺の声に、神尾は耳聡く反論してくる。
「んな訳あるかよ。跡部だぜ?ったく無理すんなって言ってるのに」
並んで部室に引き上げる途中、神尾は慌てて駈け出した。
「悪い、深司!先行く」
「はいはい」
もう慣れっこだった。あの日から殆ど日参し続ける跡部に、神尾は振り回されっぱなしだ。焦った背中が手にしたタオルを落とし、苛立つようにそれを拾う。その姿がかったるそうだったら、こんな気持ちにはならなかっただろうか?部室を出て行く後姿が嫌々なら、こんな複雑な気分にはならなかっただろうか。
でも、神尾は何だかんだ言っても凄く楽しそうで。段々、俺たちと一緒に過ごす時間が減って来ている。今日も俺は、何も言わずに二人の姿を見送った。
「…深司?帰るか」
「あ、はい」
肩を叩かれて振り返る。橘さんが少し寂しそうに微笑んでる。
俺が左で橘さんが右。もう、それが自然で意識もしないくらいの時間を俺達は二人で過ごしてきた。
「不思議なもんだな」
「橘さん?」
すっかり見慣れた金髪をかき上げて、橘さんは苦笑する。
「神尾が誰と付き合おうがそんなの俺達が口出すことじゃないのに、何だか…寂しいもんだな。あ、別に変な意味じゃないぞ」
「分かってます」
ぽっかりと心に空いた見知らぬ空間は、やはり「寂しい」と呼ぶものなのかもしれない。神尾は何をするにも俺と橘さんが優先だったから、振り返ってそこに広がる静寂に未だに慣れない。
「勝手なものだな」
「そうですね」
橘さんと付き合いだした頃は、正直いつでも着いてきて離れない神尾に苛立つこともあった。二人きりの時間が取れなくて、神尾に見つからない場所で抱き合った日もあった。
「深司と付き合えるようになったのに、神尾を取られて寂しいなんて」
「ホント、俺らは自分勝手だ」
橘さんも同じ気持ちだったんだ。俺は、そっと橘さんの手を取った。
「深司?!」
俺は滅多に外でこんな事をしないから、橘さんが慌てたように廻りを窺う。
「大丈夫です、もう薄暗いから」
「ま、な」
橘さんは照れたように鼻の下を擦って、ギュッと握った手に力を込める。
「少し、こうしてたいんです」
「深司…」
通りの向こうから、聞きなれた神尾の声がする。
「跡部!お前、俺のことバカにしすぎっ」
「…ああ?本当のことを言ったまでだぜ?」
ぎゃあぎゃあ怒鳴る神尾が、跡部を後から蹴る真似をする。跡部は可笑しそうに笑って、神尾の頭を叩き落した。
アイスを片手にじゃれ合う姿はとても楽しそうで、まるで本当の恋人同士のようだ。
俺は気づいてたんだ、跡部と付き合ってるってのが神尾の咄嗟の強がりだったなんて。勿論橘さんだって、皆だって気づいてた。だから最初は何とも感じなかったのに。
嘘から出た実って、こういう事を言うの?
角に消えたシルエットは、あの日よりも確実に距離が縮まっている。
「深司、平気か?」
橘さんが心配そうに俺を振り返る。俺はいつの間にか立ち止まって二人をただ見つめてた。
俺達は恋人同士なのに、なんだか可笑しい。二人して神尾の事を考えてる。
「ああ、そうか。弟が手元から離れた、みたいな…?」
「…深司。それは流石に神尾には言うなよ?」
苦笑する橘さんに頭を小突かれる。
***
あれから、もうどれだけ経っただろう。
「神尾、遅い!」
「ちょっと待てってば!」
「ァーン?それが頼む態度か?」
「もー!待ってください!」
俺は慌ただしく着替える。脱ぎ捨てたTシャツがカバンから零れて、制汗スプレーがロッカーから落ちる。
「…ちょっと、少しは落ち着いたら?」
深司が呆れたように言うけど、これ以上跡部を待たせると煩いからさ。
跡部がこうして不動峰まで迎えに来るのは、もう慣れた光景となった。もちろん忙しい人だし、勉強と後輩指導の間を縫ってだけど、相当時間を割いてくれてるのが分かる。
本当は「もう大丈夫だから」、そう言わなきゃいけないのは分かってる。
あの日、泣き出した俺を放っておけなくなった跡部に、暫く落ち着くまでは…と俺は甘え続けた。何故だか律儀に付き合ってくれた跡部は、俺が元気を取り戻しても変わらず迎えに来てくれる。
もう、甘えちゃいけないなって思うんだけど。
俺達は友達じゃない。もちろん恋人でもない。
俺の依頼に、暇を持て余していた跡部が付き合ってくれただけなんだ。でも、今の跡部はどう見ても暇には見えない。
時には、跡部が走り込んで来た事もある。「悪い、遅れた」だなんて、跡部はそんなことする必要もないのに。
息を切らせて部室に駆け込んできた姿を見た時、俺は初めて、これからもずっと跡部とこうして過ごして行く事が出来ないかと真剣に考えた。
もう、大丈夫だから、その一言が言えない。跡部が来なくなってしまうのが、寂しいんだ。
「じゃ、お疲れ」
並んで帰って行く橘さんと深司の姿も、もう見慣れたものとなった。時々俺も混ぜてもらって一緒に帰るけど、二人を冷やかしてからかっているくらいで、あの時の寂しさが嘘のようだ。
それもすべて跡部のお陰なんだ。ふ…と寂しくなった時、跡部は自然と手を差し伸べてくれた。それは別に、女の子みたいに優しく抱きしめてくれるとかじゃなくて、気落ちしたのを見計らうようにからかってきたり、頭を小突いて来たり。急に我儘を言って俺を振り回したり。そんなのに付き合ってる内に、二人を思って寂しくなることは無くなっていた。っていうか、考える時間を奪っていったのだ、跡部は。
「何、馬鹿が真剣な顔して考えてるんだ?」
「…馬鹿は余計だけど?」
「フン。馬鹿は馬鹿だ」
「…」
今では試験勉強まで見てもらっているから、本当に馬鹿なのはバレている。
「バカがいくら考えても、碌な事になんねえぞ?」
「…バカバカ煩いなぁ」
「バーカ。だから言ってみろって言ってるんだ」
「…え?」
見上げると、跡部が嘲笑うみたいに見下してた。「見おろす」じゃないよ。まさに「見くだす」って顔。
「お前は、無い脳みそで色々考えすぎなんだ。そういう馬鹿は思った事を口にしてりゃあいいんだよ。そうすりゃ、俺様みたいな出来のイイ奴が何とかしてやるから」
すっげえ偉そうな言い方。でも、
「跡部って、実は超優しいよな」
「今頃気づいたか」
「うん。ごめん」
嘘。本当はずっと気づいてた。跡部は最初から凄く優しい。
こんな偉そうな態度だからさ、ちょっとわかり辛いけどな。でも、部員200人を率いてただけの事はある。包容力がね、凄いんだ。今もこうやって跡部に甘えそうになっちゃう。跡部の言葉に乗せられて「じゃあ、ずっと一緒にいてよ」って言いそうになっちゃう。
でも、いくら馬鹿な俺でも、そんなに甘えてばかりいられないって事は分かる。跡部には凄く感謝してるし、凄く好きだけど。
…そう、好きなんだ。どうしようもなく、いつのまにか本当に好きになってた。
ただの強がりで、みんなに見栄を張るために「つき合って」なんて言ってたのが、いつの間にか本当に好きになってた。
本当に好きになるとさ、おいそれと「つき合って」なんて言えないんだよ。だって、相手の事を考える。跡部にとっての「俺」を考えると、乗りかかった船的に「放っておけない奴」みたいな存在だと思うんだ。
俺は気持ちがいいよ。跡部はいつでも俺の気持ちをくみ取って、何て事ないみたいな顔して助けてくれるんだ。でもさ、俺はどうよ?跡部の役に立ってる?いや、役に立つどころか、面倒掛けてるだけじゃないか。そういうのってさ、ダメだと思うんだよ。
「ねえ、跡部」
「ああ?」
仰ぎ見た跡部は、初めて会った時よりずっと高くに顔がある。俺の背がなかなか伸びないから、その差は広がるばかりだ。
真冬の空は澄み渡って、痛い。鼻の頭が赤いのは寒さの所為だって思ってくれるかな?
「跡部、俺もう大丈夫。今まで有難う」
跡部が、ちらりと俺を見る。
「で?」
素っ気ない返事が残念なようで、でもちょっと気が軽くなった。
「うん。だからもう付き合ってくれなくても平気」
「そうかよ」
「…うん」
あともう少しで俺の家だ。
何か月かな。あれ?良く考えたら、まだたった5ヶ月しか経ってないんだな。でも、今まで生きてきた内で一番幸せな5ヶ月だったなって思う。わくわくする楽しいなら、そりゃテニスが一番だけど、こんな安心して全てを晒して受け止めてもらえて、甘やかされた日々は無かった。
今までで一番短く感じる、玄関までの残り50メートル。あそこで、跡部とさよならなんだな。
どうしよう俺。毎日ここを通るたび、跡部とのさよならを思い出しちまう。
大人になって、いつかこの家を出て行くその日まで、俺は跡部を思い出し続けるかな?
「じゃあ、今まで有難う」
50メートルなんてあっという間だった。
「ああ、俺もまあイイ暇つぶしになったぜ」
跡部は平気な顔して言った。
「そう…」
どうなんだろ?恩着せがましくならないようにそんな言い方してるのか、本当にそう思ってるのか。跡部は大人過ぎて、ガキの俺にはさっぱり読めない。
ただ、跡部は凄く優しかった。凄く助けられた。
凄く、好き。それだけ。
「元気でな」
跡部が、そう言って俺の頭をぽんって叩いた。いつもと同じだ。でも言葉が違う。いつもは「またな」って、そう言った。
「…跡部も、元気で」
涙がこみ上げて、鼻が詰まる。
「ああ」
でも、跡部はいつもと同じ声の高さ。
だから、俺は顔を見られないように背中を向けた。泣き出して跡部を困らせたくない…なんて、そんな殊勝な心がけじゃない。
悔しいじゃん。俺だけが、今までの日々を特別大切にしてたみたいで。跡部が本当に最後まで暇つぶしにつき合ってくれてたとしたら、俺、すっげー悔しい。
「じゃね!」
錆ついて、ガタがきている門扉に手を掛けた。
「バーカ」
呆れたような声と同時に、肩を強く引かれる。指先に鉄の冷たさを感じる間もなかった。
「わっ」
たった二段しかない階段を踏み外し、背中から落ちる。
「ったく、いつになったら素直になるかと思えば…」
「あ、跡部?」
倒れそうな体を支えられた。
「バカは思ったことを言ってりゃいいんだよ」
「な、だから!」
「本気だってのか?」
「あ、」
「俺ともう会わないって、本気でそう思ってるのかと聞いてる」
強く抱きしめられる。あの日の、部室と同じだ。
「…だって!」
「だってもくそもない。俺と会わなくて平気かと聞いてる」
「跡部…」
跡部の香りがする。あの日初めて知った香りは、いつのまにか当たり前に感じる香りになっていて、とても落ち着くんだ。
「神尾?」
なあ、もう少しいいかな?やっぱり無理だよ。寂しいんだ。
深司と橘さんの時みたいな、強烈なショックとは違うんだけど、心の中にぽっかり穴が空いたみたいな寂しさなんだ。穴が大きすぎて心の全部が持ってかれて、体が半分に、くしゃ…って折れてしまうみたいに、何も無くなっちゃう。
「ごめん、跡部。やっぱ、無理…」
「何が無理なんだ?」
「…跡部いないと、無理」
ああ、言っちゃった。
「そうか」
「うん」
跡部が、ぎゅってしてくれる。あの日以来、こんな風に抱きしめられるのは初めてだ。だって俺たちは友達でも、恋人でもなかったんだ。
「なあ、神尾。そういうのを何て言うんだ?」
「あとべ…」
優しい手が、ゆっくりと背中を撫でる。
どうして俺、5ヶ月もの間これを我慢出来たんだろう?
「…好き」
「あ?聞こえねえ。もう一度」
「好き」
「…もう一度」
「好き。跡部が好き」
「もう一度…」
「好きだよ、跡部。…いつの間にか、好きになっちゃったよォ」
涙を拭くみたいに頬を押し付けたら、跡部がつぶれそうなくらい強く抱きしめる。
「ったく、さっさとそう言えばいいんだよ」
「…跡部は?」
「ああ?」
「…言ってくれないの?」
「バカには、難しい言葉は理解出来ねえしな…」
「え?」
「愛してる」
耳元で、囁くみたいに。たった一言。
何だよ。俺は難しい言葉は理解できないって?「好き」より字数増えてるじゃん。でも確かに、どんな言葉よりストレートに、俺の心は持ってかれた。
そして、はじめてキスをする。
俺の顔は涙でぐちゃぐちゃで、跡部は「汚ねェ顔」と楽しそうに笑った。
***
幼児のように、俺たちは我慢が出来なかった。俺達というのは間違いかもしれない、俺は我慢出来なかったと言うべきだろうか。
もう目の前が神尾の家だというのに、俺は戸惑うその手を掴んで踵を返した。
「跡部っ」
涙に濡れた頬のまま、神尾は俺に引きずられる。
「なあ、跡部?」
「俺の家へ行く。いいだろ?」
携帯で車を呼びながら振り返りもせずに言えば、神尾が驚いたように息を呑んだのが分かる。そしてすぐに「ん、」と小さな返事が返ってきた。
早く、自分の部屋に帰りたかった。すぐにでも、神尾の冷え切った体を抱きしめたかった。
部屋に入ると、程良く温まった空気に神尾はハァと安堵の息を吐く。そして、急に温まったのとさっき泣いたせいもあって、小さく鼻をすすった。
「ほら、コート脱げ」
差し出すハンガーを受け取る神尾は、照れくさそうに、でも真っ直ぐ俺を見てはにかんだ。そんな幼い笑顔に後ろめたさを感じるけれど、ここまで来て引き下がれる訳もない。
上着を脱いだ神尾は、少し迷ってから部屋のソファーに腰掛ける。まだ慣れない部屋だから、何度も座り直す様に腰を浮かし、きょろきょろと辺りを窺いながら俺の動きを気にする。
「ばーか。何ソワソワしてんだよ」
「だっ、て。部屋入るの最初の時以来じゃん」
「確かにな」
膝に乗せたこぶしがギュッと握られていて笑える。借りてきた猫のようで、まるでいつもの勢いが無い。かといって、これから自分の身に降りかかる事が理解出来ているのかと言えば、それはどうだろう。分っていれば、こんな素直について来たりするだろうか?
「神尾、もう少し寄れ」
隣に座ると、ソファの端に遠慮がちに腰掛ける神尾を引き寄せる。
「え?ああ」
その手を払いもせず素直に従う横顔は、変な気負いも見えない。
こういう何事も深読みしない神尾に俺がどれだけ癒されているか、コイツは分かっていないんだろう。大勢の大人に囲まれて育ち、氷帝学園という特殊な学校に通う中、相手の言葉の裏を探り合うのなど日常茶飯事だ。それはテニスにしたって同じ事で、もしかしたら神尾にとってはこの真っ直ぐさが弱点になるのかもしれないが、俺にとっては掛けがえのない愛すべき姿だ。
「お前、さっきの意味分かってんのか?」
「意味?」
「言ったろ?愛してるって」
「な、それは!…分かるよ」
驚いたように顔を上げてから、俺と目が合うと恥ずかしそうに俯いた。そっと手を重ねれば緊張したように肩を跳ねさせ、けれどそっと、俺の指を握り込む。
そんな事だけで、神尾の心臓が飛び出してしまいそうな位ドキドキしているのが分かる。寄り添っただけでも、その鼓動が腕に伝わった。
「ったく、分かっててそれなら、お前耐えられるか?」
「耐えるって?」
きょとんとした顔はまるで小学生のガキみたいで、俺は涙の跡が残る頬を親指の腹で拭ってやる。どうせ、すぐにまた濡れてしまうのだろうけど。
神尾の肩をぐっと押す。
「わ、っ」
不意な力に、神尾は呆気なくひっくり返った。大きなソファから転がり落ちるのは免れたが、片足のずり落ちた色気のない姿だ。
「…何で、こんなのに惚れちまったかなァ」
「う、うるさい!こんなの言うな!」
「だってよ、相当無残な姿だぜ?」
「それは!跡部が、急に押すから」
「ま、いいや」
目を白黒させる姿が、まるで漫画のようで可笑しい。
こんな、どこからどう見てもただの中学生の男子を好きになってしまったのは自分だ。飛びぬけて綺麗なわけでもない、飛びぬけてテニスが上手いわけでも、頭がいい訳でもない。そんな神尾が、たまらなく欲しい。
俺は、転がったままの神尾を抱き上げる。
「わ、跡部?!」
「暴れるな、落とすぞ」
一喝すると、神尾はしゅんと静になった。自分は何も悪い事をしていないのにだ。そんな単純さが、どうにも手放せなくなってしまった。
「悪いな、神尾。泣かせるかもしれねえ」
「…何で?」
ベッドに放られてもやっぱり何も分かっていない瞳。ここまで来ると同情してしまう。
「先に謝る。すまない、神尾」
「え、何なに?跡部が謝るなんて超レアじゃん!」
…まったく、無邪気な奴だ。
俺は、その体を縫いつけるように抑え込み、ぽかんと開いた口に吸いついた。
「…え?やだ!何で」
「ここまで来て何が嫌だ」
案の定暴れる体を、俺は全体重で押しつぶす。顔を反らして逃れた唇が唾液で濡れ、部屋の明かりを反射した。その艶めかしさに、火が付いたように体が火照る。
「だって、そんな」
「そんな?今日の今日でってか?」
「そ、そう」
抱かれるのが嫌というわけでは無さそうだ。ただ、覚悟が決まらないと言いたいのか。けれど、そんな覚悟が決まるのを悠長に待ってやれる余裕はなかった。
「随分待ったんだぜ?俺の気の長さに感謝して欲しいくらいだ」
「そんな事言われても!」
「大丈夫だ。俺がお前の嫌がることしたことあったか?」
神尾は口を噤む。勝ち、だな。
俺は、大人しくなった神尾の制服に手をかける。
学ランを脱がすのは、なんだってこうもエロティックなんだろう。ストイックな襟元から覗く健康的な肌に唇を寄せる。
「…あ、」
思わず洩れた声を、神尾は飲み込んだ。
「抑えるなよ。聞かせろ」
ボタンを一つ一つ外せば、神尾の胸が不規則に上下する。俺は、仰ぐ様に息を継ぐその頬をそっと撫でてやる。
「そんな緊張するな。俺がついてるだろ?」
「ん…」
はだけた胸は、照度を落とした照明に青白く浮いて見える。日に当たらない部分は意外にも真っ白で、吸い寄せられるように顔を寄せる。
鎖骨の下に口づけると、神尾の体が跳ねる。
俺はそのまま唇を滑らせ、薄く浮いた肋骨を丹念になぞり、淡く色づく乳首を軽く啄ばむ。
「そんなっ、」
神尾が驚いたように体を起こそうとするのを片手で制し、俺は続けた。音を立てて強く吸い上げ、舌先で先を擽る。
「や、あ」
刺激を受けた乳首はつんと立ち上がった。俺はそこをしつこいぐらいに弄って、犬歯で甘噛みする。
「あァ…」
神尾の腰がわずかに揺らぐ。
俺は、苦しそうな神尾のズボンを、蹴り落とす様に脱がしてしまう。
「跡部っ、」
「バカ、顔隠すな」
恥ずかしさに顔を覆った手を剥がしながら、膝で神尾の体を割って行く。その中心は熱く起ち上がっている。
そっと手のひらで包めば、もう我慢が利かなかった。
「や、ああっ!」
「っく、力抜け」
「あァ、痛っ」
固く閉ざした入口を無理に開かせた。
「息を吐け、俺の背中に手、回しとけ」
「あ、やあっ、」
小刻みに腰を進める。慣らしたローションと汗とが混ざって、ぐちゅ…と音が漏れる。
「すぐ、良くなるからな」
「や、あ…だめ」
「っく」
逃げてずり上がろうとする体を引き寄せ、腰を突き上げる。
「あああっ!」
「…神尾?」
神尾の全身が、驚いたように大きく震えた。
「や、なに?」
「ここか?」
もう一度、同じ場所を突いてやった。
「やああっ!」
甘い悲鳴が上がる。
「ここだな?」
「ダメ、だめ、そん、な」
見つけたポイントを何度も攻める。神尾の体の強張りが解けて、表情もとろりと蕩け始めた。
「…いいか?」
ピストンする腰に細い脚が絡み付き、俺の動きに合わせて神尾も揺れる。華奢な体は折れてしまいそうなのに、強引な俺の動きを神尾は全て受け止める。
「いいぜ、神尾」
「跡部、跡部っ!」
熱い内壁は俺の昂りを絞るように締め上げる。俺は汗で滑る体を抱え直し、一際強く穿つ。
「ァあ!やっ」
「…かみ、お」
「イや!も、だめっ、だめ…!」
「だめじゃねーだ、ろ?」
「あ、あ、もうっ」
神尾の中心を握り、その先端を指先で擦ってやる。
「イけよ」
「や、あああァっ!」
神尾はガクガクと体を揺らして、白濁を放った。
「っく」
同時に、俺も我慢していた精を神尾の奥深くに注ぎこむ。
***
やっぱり涙に濡れてしまった頬を、俺はシーツで拭ってやる。
「…ん」
神尾は小さく声を洩らすだけで、目覚めはしない。
「神尾」
あんな始まりだったから、まさか神尾という人間がこんなにも掛けがえのない存在になるなんて思いもしなかった。
「神尾?」
仰向いた体が、ころんと転がりこちらを向く。そして、隣で横たわる俺の腕に擦り寄った。
「寒いか?」
俺は、部屋の温度を上げようとして手を止める。そして、手にしたリモコンを放り投げると、神尾の体を抱き寄せた。そのまま、すっぽりと胸の中に抱きこむ。
神尾は温もりを求めるように体を預け、また穏やかな寝息が聞こえてくる。
「神尾、これでやっと…」
恋人だと、胸を張って言える。あんな恋人ごっこはもう卒業だから。
俺もようやく、安心して目を閉じた。
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