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!注意!
・R-18です
・ショタ&パラレル入ってます
・長いです
2009.4発行(完売) コピー誌「可愛い子」より。
こちらもほぼ手直しなし。PC入れ替えを機にデータの保存も兼ねてUPします。
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・長いです
2009.4発行(完売) コピー誌「可愛い子」より。
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可愛い子(跡宍)
「!」
足元でうごめく黒い塊に、跡部は足を止めた。
止めた、なら格好もつくが、本当のところ竦み上がって動けなくなった。
「どうした?跡部」
「…何でもねえ、先行ってろ」
「はあ!?お前場所分かるの?」
気が急いて随分前を歩いていた岳人が、勘弁してくれよと言わんばかりに振り返る。
「子供じゃねえんだ、地図見りゃ分かる。先行ってろ」
「ホントだろうな?今度こそお前連れてかなきゃ、俺女どもに袋叩きだぜ!?」
「ああ分かってる。必ず行く」
「…ったく。なるべく早く来いよ」
「…ああ」
この足元のこいつをどうにか出来たら、行ってやらないでもない。
けれど、どうにも岳人の袋叩きを阻止できるような自信はなかった。
出たくもないコンパを断り続けて早半年。
流石に「俺の顔を立ててくれと」頭を下げてきた岳人をこれ以上無視もできなくなり、跡部は漸く重い腰を上げて新宿まで出てきていた。
某私鉄からJRに乗り換える人波に乗って、鼻につく腐臭を放つ裏路地を通りかかったその時。
足元で黒い塊が蠢いた。
一瞬、背中が黒くテカった触角の気味悪い例の節足動物を想像したが、それにしてはデカ過ぎだ。
「っ!」
また、その塊が蠢いた。
飲食店の勝手口に出されたポリバケツの影で、そいつは小さく縮こまった。
裏道は嫌になるほどの人に溢れているのに、ゴミの山の横で足を止める跡部を気に掛ける者もいなければ、当然そんな塊に気づく者もいない。
跡部の視線を感じるのか、ますます体を丸くして陰に隠れようとするソレに、跡部は仕方なく手を伸ばした。
「…なんで俺様がこんな」
ゴミを素手で掴むような、こんな事をしなければならないのか。
ごみ箱に向かって愚痴る跡部を、通りかかった男性が気味悪げに盗み見て、足早に通り過ぎる。
「これきりだからな。二度目はねえ」
誰に言うでもなく吐き捨てると、跡部はむんずとその塊を掴んだ。
そして、引きずり出す。
すると、今まで必死に息を殺して跡部が行き過ぎるのを待っていたソレは、急に暴れ出す。
「おら、暴れるな」
その手が不器用に掴み上げたのは、真っ黒な毛並みのうさぎだった。耳の垂れたロップイヤー。
ロップイヤーにしては小柄なのは、まだ子供だからかそれとも品種改良によってか。
汚らしい街並みの隅にある、とても環境が良いとは言えないペットショップを振り返ると、悪質な後者と思えてならない。
「暴れんな、こんな体で」
慌てて支えた跡部の左手に、べったりと血が付いた。
量としては少ないかもしれないが、この体から流れたのかと思えば決して軽い怪我とは言えないだろう。
「ちっ」
跡部は少し悩んだ末に、その小さな塊をコートのポケットに突っ込んだ。
最初は暴れていた塊が、次第に大人しくなり、そしてそのうち丸まって動かなくなる。
上質なカシミアのぬくもりは、母親の温かさに通じるものがあるのだろうか。
跡部が顔を上げると、見慣れたリムジンが無理やり裏路地に滑り込んでくる。
驚きに目を剥いて飛び退く通行人をよそに、跡部は悠然とその車に乗り込んだ。
***
一週間後。
跡部はなかなか止まない岳人の文句に閉口していた。
「ったく、跡部が来ねーから、俺散々だったんだからな!」
「あーあー、悪かった。お前が女子たちに総スカンくってるのは俺のせいだろ?悪かった」
「そーだよ!そう言ってるのに、あいつら全部俺の所為にしてさ」
跡部は大きくため息をついた。
「…しつこいぞ岳人。本当に急用だったんだ、今日こそ顔出すからそれでいいだろ?」
「本当だな!?今度こそ、絶対!店に入るまで引っ張ってくからな」
「あーそうかよ」
もう何回言われたか知れない小言に耳を塞ぎたくなる思いで、跡部は顔を背けた。
偶然、ふと目に入った誰かのストラップに、あの日のウサギを思い出す。
「怪我が治ったら、元気に飛び出して行っちゃいましたよ。あの気の強さなら、きっと大丈夫です」
そう言って苦笑していた執事。
結局、拾った翌日に姿を見ただけで、あのウサギはどこかへ逃げて行ってしまったのだ。
「…拾ってやった恩も忘れて」
あの柔らかい毛並みを、もう少し撫でてみたかったと思う。綺麗に洗って梳いた体は、きっと上質なカシミヤにも負けない触り心地だったろう。あの黒は、もっと艶やかだったろう。
「何か言ったか?跡部?」
「…いや、何でもない」
跡部はバカげた考えを振り払う様に、小さく首を振った。
漸く岳人との約束を果たした跡部は、夜中一時を過ぎてやっと帰宅を許された。
脱いだコートの下から、さっきまで張りついていた女たちの、化粧や香水の残り香が臭い、嫌な気分を思い出させる。
「ちっ」
やはり碌な目に合わない。あんな女どもの気を引きたがる岳人や、その他の男たちの気がしれない。跡部が参加したところで、彼女たちの興味は岳人たちに向くどころか、跡部がその視線を全て集めてしまったのだ。最初から最後まで、跡部は女に囲まれて質問攻めに晒された。
「二度度行くものか。胸糞悪い」
一人きりの部屋でそう吐き捨てると、手にしたコートを荒々しく床に叩きつける。
― ガタっ!
その拍子に、何かが動く音がする。
「…何だ?」
跡部は訝しげに眉を寄せる。
この部屋は誰も入れないことになっている。掃除をするメイドだけが、入室を許可されていた。長年勤める執事ですら、跡部の許しがなければ足を踏み入れることはない。
泥棒?いや違う。
恐らく、日本、いや世界トップレベルのセキュリティを誇る跡部家だ。たかだか泥棒ごときがこの敷地に入れるはずがない。
それなら…?
― ガタガタっ!
ベッドの向こうの、ナイトテーブルが揺れる。
跡部は素早くそちらに移動した。そして、震えるその影を掴み引き摺り上げる。
「何なんだ、手前は!」
「っ!」
「…子供?」
跡部の声に怯えて首を竦めるのは、まだ子供っぽさの残る少年だった。
掴まれた真っ白な腕は跡部の力に震え、その瞼は恐怖に揺れる。
のぞく瞳は真っ黒で、その髪も見事なまでの黒髪だった。抑えた間接照明にも艶やかに輝いている。
「ご、めんなさい。勝手に入って」
「…何者だ、お前は」
殊勝に謝る姿にも、跡部は力を緩めない。
か弱い振りをして腹の中が真っ黒な人間を、ついさっき大勢目にしてきた。
「俺、亮って、言うんだ」
「亮?知らねえな」
聞き覚えのない名前だ。
「俺!あんたに助けてもらったから!俺…」
「…助けた?俺がか?」
こくこくと頷く少年に、跡部は首を傾げる。その姿は、優れた記憶力を持つ跡部にも覚えのない顔だ。
それに、こう言っては何だが、人助けには全く興味がない。よって、助けてやった覚えもなかった。
「俺、すげえ嬉しかったから」
「そんな覚えは無いな。人違いだろ」
「違わない!」
「今なら黙って見逃してやる。さっさと出て行け」
窓際まで引き摺って行こうとする跡部に、少年は慌てたように抱き縋る。
両脚の動きを封じられた跡部は、むっとして小さな体を見下ろした。
「…俺が甘い顔見せてるうちに逃げた方が利口だぜ」
「いやだ!俺、何かお礼がしたいんだよ」
「はあ?お礼だって?残念ながら、俺様はお前にして欲しいことは一つもない」
「何でもいいんだよ!」
「お前ごときに何が出来る?」
「っでも!」
「…ウザってえ奴だなァ」
いよいよ警備員を呼ぼうと警報器に手を伸ばしたところで、跡部はその動きを止めた。
必死にしがみつく少年の大きすぎるパンツのウエストから、ありえない物が見え隠れする。
数センチしかないその黒い塊は、ふわふわの毛に覆われて、ぴくぴくと動いているのだ。
まさかとは思うが、それはどう見ても…。
― 尻尾?
猫や、犬のような長いものではない。ただの毛玉に見えるその塊は。
― ウサギの尻尾か?
急に動きを止めた跡部を、亮は不思議そうに見上げる。
その瞳は涙を溜めてうるうると揺れている。
「…ウサギは寂しいと死んじまうんだっけ?」
いつか耳にした、くだらない迷信を思い出した。
鶴の恩返し。
跡部は手にした絵本のページをつまらなそうに捲る。
絵本はなかったか?という突然の質問に、嬉々として昔の蔵書を漁った執事が持って来てくれたのは、裏表紙に幼い字で「あと部けい吾」と書かれた古めかしい本だった。
自分が子供のころ読んでいたものが大事に保管されていたのもくすぐったい話だが、何よりこの名前だ。
「何で中途半端に漢字交じりなんだ」
きっと、覚えたての漢字を披露したかったのだろう自分の姿が想像できる。せめて、全て書けるようになってから使えばいいものを…。
「恥ずかしい奴だな」
自分自身に突っ込みを入れる。
そんな跡部の後で、飼い猫のエリザベスと遊ぶのは、昨夜転がり込んできた亮だ。
「わっ!エリザベスやったな!」
猫パンチを喰らわされた亮は、楽しそうに大きな体の猫を抱き上げる。
もともと大きな種類の猫だが、その長い毛で余計に大きく感じる。
抱き上げる亮が随分華奢だから、特にそう思えるのかもしれない。
穏やかな気質のエリザベスは、黙って亮のやりたいようにさせていた。亮からすれば猫と遊んであげているつもりだろうが、完全に猫に御守されている状態だ。
「お話にならねえな…」
手にした絵本をパタンと閉じる。
恩返し、なんて。殊勝な柄ではなさそうだ。
昨夜あんな必至に食い下がって来た亮だったが、今では、何が目的でここへ来たのかも忘れているようだ。
まったく非常識な話だが、この亮と名乗った少年は、あの日助けたウサギだろうと跡部は確信している。
第一に、人様に感謝されるような行いがあるとすれば、あの日ぐらいしか思い出せない。
第二に、あのウサギであれば、跡部家のセキュリティが作動しなかったのが納得いくのだ。亮は外から侵入したのではない。あの日跡部のポケットに入れられたまま敷地に入り、そのまま庭のどこか、若しくは空き部屋にでも潜んでいたのだろう。宍戸が身につけている服がいい証拠だ。よくぞまあ見つけたものだと感心してしまうそれらは、昔跡部が身につけていた物ばかりだ。一着ずつ刺繍されたイニシャルは隠しようもない。
「よくこんな物取っといたもんだ」
絵本といい、服といい、物持ちの良さに呆れてしまう。嬉しそうに片付ける執事の顔が、目に浮かぶようだ。
「何か言ったか?」
振り返る亮は、好奇心たっぷりに瞳を輝かせる。
「…いや」
やはり、恩返しは言い訳だったとしか思えない。ここにいれば取りあえずは雨風をしのげるのだから。
「バカバカしい」
少し、ほんの少しだけ、見つめるその表情が可愛いだなどと思ってしまった自分に呆れる。
父になるには早いし、子供を可愛がるなんて柄でもない。ましてや恋愛にだなんて…。
「ありえねェな」
きょとんとした眼で自分の姿を追う亮を残して、跡部は立ち上がる。そして何か言いたげな亮には見向きもせず、部屋を出て行ってしまう。
残されたのは、跡部の膝から滑り落ちた絵本だけだった。
***
久し振りのテニスクラブでは散々だった。
「何や、珍しいな?」
ネットの向こうの忍足が目を丸くした。
跡部家が所有するテニススクールでアルバイトをする忍足と軽く練習をするのはよくある事だが、ダブルフォルトを連発するなど一体いつ振りだろう。
「心ここにあらずって感じやね?誰か待たせてるんと違うか?」
忍足の勘の鋭さには、ドキリとさせられる事がある。
「そんなんじゃねえ」
「ふーん?何や、歯切れが悪いな?」
転がるボールを拾いつつ、忍足はベンチを示す。
軽く息を吐くと、落ちる前髪をかき上げながら跡部も後に続いた。
「昨日は散々だったって?がっくんに聞いたで?」
「…ああ」
忍足に手渡されたドリンクを口にするが、水分を必要とする程動いてもいない。軽く含んだ程度でベンチに置いた。
「がっくんしつこかったやろ?合コンなんて、跡部連れてったら引き立て役になるだけやろって言ったんやけどな」
「ったく、何が楽しいんだか」
「ほな、イイ子はお持ち帰り出来なかったんか?」
意外そうな声に、跡部は顔を顰める。
「お前ならどうだ?あんな、下心に目ギラギラさせた女に興味あるのか?」
「はは…、それは勘弁やな」
「だろ?」
背もたれに体を預けると、晴れ渡った空が広がっている。時折吹きぬける風が酷く冷たく感じるのは、中途半端にしか身体を動かさなかった所為だろうか。
ふと、柔らかな毛並みを思い出す。
「あ、その顔」
忍足は、急に驚いたような声を上げた。
「は?」
覗き込む様な忍足の視線に、跡部は訝しげな顔をする。
「そんな顔、するようになったんやなァって」
「そんな顔って、どんな顔だよ」
「気づいてへんの?めっちゃ優しい顔しとる」
「…優しい?」
「だから、イイ子でも出来たのかなってな。がっくんの合コンもたまには役に立ったかと思ったんやけど…違う?」
忍足はまだ、跡部が合コンでお持ち帰りしたものだと信じているようだ。興味津々な忍足の顔に、跡部は苦笑する。
「いい子、か。まあ、持ち帰ったと言えば持ち帰ったことになるのかもな…」
小さな毛玉をポケットに入れて、持ち帰ったと言えば言えるだろう。
「ほら!やっぱりなァ~。水くさいで、聞かせろや!」
「また今度な」
「ええ~」
残念そうな忍足の、盛大な溜息がコートに響き渡った。
結局忍足は、ニヤニヤと嗤って跡部を追い帰した。
「今度来る時は、跡部のお眼鏡に適った可愛い子、連れておいでな?」
「…可愛い子ねえ」
可愛いと言えば可愛いのだろう。
一般的に見て整った顔立ちだとは思う。…ウサギだが。
色白で目も大きく、素直そうだ。…半分ウサギだが。
きっと、エリザベスにも相手をされなくなって、暇を持て余しているだろう姿が想像できる。腹を空かせて泣いているかもしれない。気の利く執事が、そこは上手くやっているだろうが…。
待っている者がいるというのは、こんなにも不思議な気持ちにさせるものなのだろうか。跡部は知らず知らず早足になる。
そして、エンジンが温まるのも待たず、愛車を発進させた。
***
「亮?」
自室の扉を開けば、置いて行ったはずの姿が無い。
「…エリザベス」
主の帰りを出迎えて擦り寄るのは、大人しい愛猫だけだ。
「あいつは何処だ?エリザベス」
頭の良い猫は跡部の言葉を理解したのか、その視線をクロゼットに向けた。出掛けに開けっ放しにして行ったはずの扉は、何故だかしっかりと閉められている。
「あそこか?」
見下ろすと、肯定するようにエリザベスが身をよじって足に絡み付いた。
「…フン」
置いて行かれたのを根に持って、立てこもっているのだろうか?少なく見積もっても十歳は過ぎていそうな少年にしては、随分子供っぽい行動だ。
「おい、亮。いるのか?」
最初は閉じられた扉をノックしてみる。しかし、返事どころか物音一つしない。
「おい、亮」
今度は強く叩いてみる。少し荒らげた声に、微かな物音が帰ってくる。
「開けるぞ」
自分しか使わないクロゼットだ。鍵など面倒で付けなかった。
ゆっくりと引き扉を開けば、そこは電気も付いておらず薄暗いままだ。六畳ほどのそこは綺麗に整頓された服が下がり靴が並び、何も変わったように見えない。
「おい、亮。いないのか?」
当てが外れて足元の猫を見遣るが、エリザベスは迷いもなくその奥へと歩いて行く。
「エリザベス?」
部屋の奥で、愛猫の長い尻尾がぴたりと止まった。
貴金属を納めたキャビネットの後ろだった。歩み寄れば、暗がりに紛れるようにして、上半身裸の亮が蹲っている。
「亮、お前こんな所で」
「来るな!」
跡部の声に怯えるように、亮は尻で後ずさる。
「てめェ」
顔すら上げず怯えたようなその姿に、何故だかカチンとくる。
「おら、さっさと外出ろ」
膝を丸めてしゃがみこむ姿に跡部は呆れて手を伸ばすが、亮は尚も逃げるように背中を向けた。
「見るな!出て行け!」
「見るなだと?勝手に人の部屋押し掛けておいて、何て言い草だ」
両膝の間に額を押し付けて身を縮める亮に、跡部は無性に腹が立つ。その苛立ちを隠そうともせずに手を伸ばし、乱暴に亮の二の腕を取った。
「立て!」
「いたっ」
「…あ?」
咄嗟に出た声を飲み込む亮だが、跡部は聞き逃さない。
そして、すぐにその手を離した。
「お前…」
音もたてず歩み寄ったエリザベスが、遠慮がちに亮の腕を舐め始めた。
「何だってそんな傷…」
薄暗い部屋でも、亮の腕のあちらこちらに擦り傷があるのが見える。
まさか、家の人間が?
いや、そんな事がある筈もない。そんな低俗な使用人は跡部家には存在しなかった。
「来い」
傍らに屈んだ跡部は、細い体を軽がると抱き上げる。
「跡部っ」
「痛むかもしれねえが、少し我慢しろよ」
抱えられた亮は、最初は驚きに目を見開いていたが、今度は思い出したように自分の身を縮めて素肌を隠す。
「…この、馬鹿が」
跡部は眉間に皺を刻んで呟く。
その言葉に、亮の顔は泣きそうに歪んで益々俯いた。
後に続くエリザベスの足元には、その豊かな毛とは色の違った、漆黒の柔らかそうな毛玉がいくつも、 ふわふわと漂っていた。
暗がりではよく分からなかった傷は、腕だけではなく、胸元にも腹にも、脚にも。自分の手が届く範囲に広がっていた。一つずつは酷くなくても、その数の多さに跡部は顔を顰めた。
「…絵本を読んだのか?」
跡部の言葉に亮は何度も首を横に振るが、そんなのは嘘に決まっている。部屋を出る時に放ったままにした本は、大事そうに跡部のデスクに戻されていた。
跡部は執事に持って来させた救急箱から消毒液を取り出すと、傷の一つ一つに吹きかけていく。
「っ!」
痛みに眉を寄せる亮の幼い表情に、跡部は一瞬胸苦しくなる。
この少年は一体どんな表情で、自分の艶やかな毛を毟ったのだろう。微かな吐息にさえふわふわと飛んでしまいそうな柔らかなそれで、何を贈ってくれようとしたのか。
鶴の恩返し。
絵本を置きっ放しにして行った事を後悔する。
「我慢しなくてもいい。痛けりゃ泣いていいんだ」
幼い子供が必死に涙をこらえるのは、その傷と同じくらい痛々しい。
「別に、痛くなんかねェ!」
「じゃあ、なんでそんな顔をする?」
奥歯を噛みしめた唇は小さく震えて、その眦からは今にも大きな滴が零れ落ちそうだ。
「痛いんじゃない!…俺は、何もできない」
「ああ?」
聞き返す跡部の声に、とうとう大粒の涙が伝い落ちた。
「跡部の言う通りだった。俺なんか、跡部にしてやれることは何にも無いんだ!」
「亮」
「俺が持ってるのはこの体一つなのに。なのに、こんな小さな体じゃマフラーの一つだって編めやしない!」
悔しそうに歪められた唇から、小さく嗚咽が漏れる。
こんな子供が、自分の全でもって跡部に何かをしたいと言う。恩返しをしたいのに…と泣き崩れる。
「亮…」
かつて、ここまで全てを差し出されたことがあっただろうか?あなたの役に立ちたいと、泣かれたことがあっただろうか?
昨夜飲み会で出会った女性たちを思い浮かべる。どの顔もおぼろげで一人として思い出せないが、跡部の名と外見だけに群がる強欲なオーラだけは記憶に焼き付いていた。
そんな奴らと比べてしまう所為だろうか。
亮の健気さが、苦しい位に甘く胸を打つ。
「亮?顔を上げろ」
「あとべ?」
亮の幼い鼻声に、腹の奥底にアツイ熱が宿った気がする。
「亮」
すくい上げた顎から頬のラインは、まだ子供の丸みを帯びていて、つるんと形良い額が幼くて愛らしい。涙に濡れて重そうな睫毛が、瞬きの度に自分を誘っているようだ。
「亮?お前に出来ることならあるぜ?」
「本当か?」
躊躇いは勿論ある。けれど、自分に向けられるこんな真っ直ぐな視線を、どうして掴むことができる?
「ずっと、俺の傍にいろ」
「ずっと?」
「ああ、ずっとだ。お前に出来るか?」
その言葉に、亮の瞳が生き生きと輝く。
「いいのか?俺、跡部の傍にいていいのか?」
「ああ、それがお前に出来る事だ」
「いる!俺、跡部とずっと一緒にいるぜ!だって、俺はあの時跡部に拾われなかったら死んでたんだ。あの時から俺は、跡部の願いなら何でも聞けるって思ったんだ」
「何でも?」
「何でも!」
子供の言う何でもなんてタカが知れているだろうに、素直に嬉しいと思ってしまう。
「じゃあ、約束だ。あの昔話みたいに、クロゼットを開けてしまった俺の許から、逃げ出すなんて許さないからな」
そう言って、傷だらけの体を優しく抱きしめれば、亮はきょとんとして首を傾げた。
「鶴は、逃げちゃったのか?」
「お前、もしかして最後まで読んでないのか?」
細い体が一瞬強張ったから、跡部は思わず吹き出した。
「だ、だって!跡部が帰るまでに暖かいマフラー作らなきゃって焦ってたし!」
「そうか」
「笑うなよ、跡部!」
ククク、と肩を揺らす跡部に、亮は恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「笑ってねえよ」
「嘘だ!」
「…笑ってねェ」
亮は照れくささを隠すように舌打ちをするが、跡部はそんな亮から隠れるようにして、溢れそうになる涙を堪えていた。
「読まなくていい。あんな本は読まなくていいから、ただ俺と一緒にいればいい」
「ああ、居るよ。跡部と一緒に」
首に回された幼い両腕は、跡部の知るどんなマフラーよりも暖かかく、極上の肌触りだ。
その感触を十分に堪能して、跡部はしがみ付く小さな体をそっと離した。
「跡部?」
「亮、ちゃんとした約束をしよう」
「約束?するよ。何があっても一緒にいるって」
強い瞳は、自信に溢れていて揺るがない。
「俺は、お前みたく強くない。だから、お前の気持ちをちゃんと確認させてくれ」
「いいけど、どうやって?」
「こうやって」
軽く開かれたままの唇に、そっと口づける。
「跡部!?」
「できるか?」
「で、できるに決まってる」
そんな強がりが、どうしようもなく愛おしい。
亮の華奢な身体は、片腕でも抱き上げてしまえそうだ。
けれど跡部は、傷ついた亮をこれ以上なく丁寧に抱き上げ、ベッドまで歩み寄る。
半ズボンだけ身につけた亮は、その羽根布団に埋もれるようにして下ろされる。
「跡部?」
無垢な瞳は、不思議そうに跡部を見上げた。
「ここまで来ても、そんな目をするんだな。悪いことをしている気分だ」
「悪いことするのか?」
「…まいったな」
跡部は苦笑いを浮かべる。そして、そのまま亮の上に覆いかぶさっていく。
細い体に負担をかけないように、その傷を刺激しないように。
額を隠す絹糸のように繊細な髪をかき上げてやると、亮はくすぐったそうに眼を細めた。少年らしく短く整えられた髪は、跡部の指の間をあっという間に滑り落ちる。
「綺麗な髪だ。これからは伸ばせよ」
「跡部がその方が好きなら、伸ばす」
「ったく」
真っ直ぐ見詰める瞳に、跡部はらしくもなく照れくさくなってしまう。
そんな気持ちを隠すように、亮の瞼にキスを落とす。
「わっ」
亮は小さく声を上げた。
「こんなんで驚いてたら、これから持たないぜ?」
そう言って、今度は薄く開いた唇にゆっくりと口づける。驚かせないように、ただ重ねるだけの優しいキスだ。
「跡部!」
亮は小さな両の拳で、跡部の胸を押し返す。
「嫌か?」
「違くって!俺、知ってるぜ!これってキスだよ。恋人同士がする事だ」
「ああ、そうだな」
どんな重大な事を言われるのかと思えばそんな事かと、跡部は笑った。
「俺、跡部と恋人になるのか?」
「俺はそのつもりだけどな?怖いか?」
「こ、怖くない…」
相当の負けず嫌いなのだろう。何も知らなくて怖くないはずがないだろうに、亮は咄嗟にそう口にした。
「そうか、じゃあ、こんなのもいいよな?」
「…え?」
尖った顎をすくい上げると、跡部は角度をつけて唇を重ねる。今度は深く、その柔らかな唇を吸い上げて、舌先で歯列を割った。
「!」
再び押し返そうとする腕を簡単に片手で制すると、尚も深くその口腔を占領する。
「ンっ!」
その深さに驚いたように、亮の肩が震えた。
跡部は、拘束を緩めてその姿を見下ろす。
「…耳」
「あっ!」
亮の小さな頭から、あの夜目にしたのと同じような耳が、ペタリと垂れている。
黒い艶やかな毛並みのウサギの耳。特徴的な垂れ耳だ。
「お、驚くと、出ちゃって…」
慌てて両手で押さえるが、当然隠れる訳もない。
「こんな姿の俺なんて、嫌、だよな…?」
不安気に尋ねるその瞳は、答えを恐れるように閉じられてしまう。
耳を抑える指が、小刻みに震えている。
「バカだな」
跡部は呟き、喉で笑った。
「跡部?」
「今更だ。そんな事気にしちゃいない」
「…本当か?」
恐る恐る目を開く亮の眦にも、小さく口づける。
「本当だ。ただ、この後俺がする事に驚いて、ウサギの姿になっちまわないように気を付けてくれよ」
キスだけでこの驚きようでは、先が思いやられる。
幼い恋人を大切にしたいと思いつつも、我慢する気は更々なかった。
何も知らない身体を宥め賺しながら、結局は無理やりに組み敷いた。
「や、あァっ」
強引に割入る灼熱に苦しそうな声を出しながらも、亮は跡部の全てを受け入れる。
「亮」
「跡部!あとべっ」
零れる涙を啜って、胸で紅く艶立つ尖りを吸い上げて。
「やあっ!」
身じろぐ度に、狭く充血した入口は跡部の中心を締め上げる。
驚きと怯えの強かった声が、次第に色を含み始めたのを、跡部は聞き逃さない。
先に一度解放させた花芯は、再び熱を持ち始めている。
小さなそれを、跡部は優しく握ってやった。
「あ、はァ…ん」
背筋を震わせて、亮の先端は赤味を増す。
「気持ちいいか?」
「あ、んン、いい、イイ…」
熱に浮かされたように、亮は喘いだ。
「どっちがイイんだ?前か?それとも、中か?」
悪戯する様に腰を揺らせば、一際高い嬌声が上がる。
感じる部分を強く刺激したようだ。
「ここ、か」
跡部はもう一度、同じ場所を突き上げた。
「ひ、いいっ!」
跡部の剛直を含んだまま、亮の体が跳ねる。跡部は息を呑んだ。
「少し緩めろ…って、言っても無駄か」
抱きしめた体は熱く火照り、その瞳は蕩けてしまったように焦点が合っていない。
「あとべ、あとべ…」
亮は、ただ跡部だけを求めてしがみ付いている。
握った先端を指で擦ってやれば、本人の意識を余所に、とろりと粘液が溢れる。
小さな身体には、刺激が過ぎたかもしれない。
「まいったな、壊しちまいそうだ」
跡部は、自分の動きに合わせて揺す振られる細い体を痛々しく思いつつも、恍惚と見入ってしまうのも確かだった。
無理やり拓いた入口は、きつく跡部を締め上げ続ける。正直、そろそろ限界だ。
跡部は、名残惜しむ様に、もう一度腰をグラインドさせる。
「ん、ふゥ…」
亮が固く目を瞑った。
反り返った胸でツンと尖った二つの先端に、交互にしゃぶり付く。
ちゅ、ちゅ…と音が漏れれば、亮は身をくねらせる。
「あァ…ん」
「…亮」
もう一度、その細腰を抱え直す。触れた柔らかな尻尾は汗で湿っている。
跡部は最後にもう一度、荒い息を吐く唇を奪い、低く囁いた。
「絶対に、離さないからな」
そして、頂点を目指し激しく腰を突き上げる。
「あと、べ…、あとべ!ああっ」
揺すり立てる振動に、亮の未熟な花芯は呆気なく昇り詰めた。
「く、」
同時に跡部も、溢れる奔流を幼い体に注ぎこむ。
「あ、あァ、あ…」
流れ込むマグマを感じて小さく声を漏らし、亮はそのまま目を閉じる。
「亮?」
亮は、熱い飛沫を受け止めると、その意識を手放した。
力の抜けた細い身体を抱きしめ、跡部は何度も何度も撫でてやる。
「亮」
優しい声に答えるように、小さな尻尾がぴくんと揺れた。
***
「へえ、その子が跡部の可愛い子なんか?」
睦ましい二人の姿に、忍足はニヤニヤと笑って声を掛けた。
跡部は、亮に真新しい子供用のラケットを手渡すと、その背中をそっと押す。
亮はコートに飛び出し、その手には大きく感じるボールを好きなように弾ませ、はしゃいだ声を上げる。
そこまで見守ると、跡部はようやく忍足を振り返った。
「笑っちまうだろ?あんな子供に、全部持って行かれちまった」
跡部は、自分の胸を指差し苦笑する。
言葉以上に幸せそうなのは、言わずもがなだ。
「ええんやないの?いかにもなお嬢様連れて来るより、よっぽど跡部らしいわ」
「そうかよ」
素っ気ない跡部の返事に苦笑すると、忍足は羽織ったジャージを脱ぎ捨てた。
「ほなら、跡部の大事な子に、特別コーチしましょか」
「ああ、頼む。お子様相手はお前の方が得意だろ?」
「お褒めに与り光栄ですわ。しっかり務めんとな」
視線の先では、何も教わっていないはずの亮が、それなりにラケットを振っている。
「…強くなりそうやな」
呟く忍足に、跡部は「そうか」と小さく笑った。
そんな二人に、退屈した亮が振り返る。
「なあ!テニス教えろよ!」
呼びよせる手はまだ小さく、風に踊る髪も子供特有の柔らかさだ。
「…あんな子供なのにな」
その全てを捧げられた。そして、あっという間に気持ちの全てを奪われた。
「跡部!」
「ああ、すぐにこの似非関西人が教えてくれるぜ」
「エセってな…、まあええわ。亮ちゃん、おいちゃんがテニス教えてやるで~」
忍足は、にっこり笑うとコートに向かう。
向こうで亮が「よろしくお願いします!」と元気に頭を下げた。
あまりにも穏やかな気持ちに、跡部は苦笑する。
「亮…」
急に現れた、何よりも大切な存在。
人か、ウサギか。どちらが本当の姿かなんて、二の次の話だった。
「手放せねェよな」
それだけだ。
見守るコートから、亮の楽しそうな声が響いた。
「!」
足元でうごめく黒い塊に、跡部は足を止めた。
止めた、なら格好もつくが、本当のところ竦み上がって動けなくなった。
「どうした?跡部」
「…何でもねえ、先行ってろ」
「はあ!?お前場所分かるの?」
気が急いて随分前を歩いていた岳人が、勘弁してくれよと言わんばかりに振り返る。
「子供じゃねえんだ、地図見りゃ分かる。先行ってろ」
「ホントだろうな?今度こそお前連れてかなきゃ、俺女どもに袋叩きだぜ!?」
「ああ分かってる。必ず行く」
「…ったく。なるべく早く来いよ」
「…ああ」
この足元のこいつをどうにか出来たら、行ってやらないでもない。
けれど、どうにも岳人の袋叩きを阻止できるような自信はなかった。
出たくもないコンパを断り続けて早半年。
流石に「俺の顔を立ててくれと」頭を下げてきた岳人をこれ以上無視もできなくなり、跡部は漸く重い腰を上げて新宿まで出てきていた。
某私鉄からJRに乗り換える人波に乗って、鼻につく腐臭を放つ裏路地を通りかかったその時。
足元で黒い塊が蠢いた。
一瞬、背中が黒くテカった触角の気味悪い例の節足動物を想像したが、それにしてはデカ過ぎだ。
「っ!」
また、その塊が蠢いた。
飲食店の勝手口に出されたポリバケツの影で、そいつは小さく縮こまった。
裏道は嫌になるほどの人に溢れているのに、ゴミの山の横で足を止める跡部を気に掛ける者もいなければ、当然そんな塊に気づく者もいない。
跡部の視線を感じるのか、ますます体を丸くして陰に隠れようとするソレに、跡部は仕方なく手を伸ばした。
「…なんで俺様がこんな」
ゴミを素手で掴むような、こんな事をしなければならないのか。
ごみ箱に向かって愚痴る跡部を、通りかかった男性が気味悪げに盗み見て、足早に通り過ぎる。
「これきりだからな。二度目はねえ」
誰に言うでもなく吐き捨てると、跡部はむんずとその塊を掴んだ。
そして、引きずり出す。
すると、今まで必死に息を殺して跡部が行き過ぎるのを待っていたソレは、急に暴れ出す。
「おら、暴れるな」
その手が不器用に掴み上げたのは、真っ黒な毛並みのうさぎだった。耳の垂れたロップイヤー。
ロップイヤーにしては小柄なのは、まだ子供だからかそれとも品種改良によってか。
汚らしい街並みの隅にある、とても環境が良いとは言えないペットショップを振り返ると、悪質な後者と思えてならない。
「暴れんな、こんな体で」
慌てて支えた跡部の左手に、べったりと血が付いた。
量としては少ないかもしれないが、この体から流れたのかと思えば決して軽い怪我とは言えないだろう。
「ちっ」
跡部は少し悩んだ末に、その小さな塊をコートのポケットに突っ込んだ。
最初は暴れていた塊が、次第に大人しくなり、そしてそのうち丸まって動かなくなる。
上質なカシミアのぬくもりは、母親の温かさに通じるものがあるのだろうか。
跡部が顔を上げると、見慣れたリムジンが無理やり裏路地に滑り込んでくる。
驚きに目を剥いて飛び退く通行人をよそに、跡部は悠然とその車に乗り込んだ。
***
一週間後。
跡部はなかなか止まない岳人の文句に閉口していた。
「ったく、跡部が来ねーから、俺散々だったんだからな!」
「あーあー、悪かった。お前が女子たちに総スカンくってるのは俺のせいだろ?悪かった」
「そーだよ!そう言ってるのに、あいつら全部俺の所為にしてさ」
跡部は大きくため息をついた。
「…しつこいぞ岳人。本当に急用だったんだ、今日こそ顔出すからそれでいいだろ?」
「本当だな!?今度こそ、絶対!店に入るまで引っ張ってくからな」
「あーそうかよ」
もう何回言われたか知れない小言に耳を塞ぎたくなる思いで、跡部は顔を背けた。
偶然、ふと目に入った誰かのストラップに、あの日のウサギを思い出す。
「怪我が治ったら、元気に飛び出して行っちゃいましたよ。あの気の強さなら、きっと大丈夫です」
そう言って苦笑していた執事。
結局、拾った翌日に姿を見ただけで、あのウサギはどこかへ逃げて行ってしまったのだ。
「…拾ってやった恩も忘れて」
あの柔らかい毛並みを、もう少し撫でてみたかったと思う。綺麗に洗って梳いた体は、きっと上質なカシミヤにも負けない触り心地だったろう。あの黒は、もっと艶やかだったろう。
「何か言ったか?跡部?」
「…いや、何でもない」
跡部はバカげた考えを振り払う様に、小さく首を振った。
漸く岳人との約束を果たした跡部は、夜中一時を過ぎてやっと帰宅を許された。
脱いだコートの下から、さっきまで張りついていた女たちの、化粧や香水の残り香が臭い、嫌な気分を思い出させる。
「ちっ」
やはり碌な目に合わない。あんな女どもの気を引きたがる岳人や、その他の男たちの気がしれない。跡部が参加したところで、彼女たちの興味は岳人たちに向くどころか、跡部がその視線を全て集めてしまったのだ。最初から最後まで、跡部は女に囲まれて質問攻めに晒された。
「二度度行くものか。胸糞悪い」
一人きりの部屋でそう吐き捨てると、手にしたコートを荒々しく床に叩きつける。
― ガタっ!
その拍子に、何かが動く音がする。
「…何だ?」
跡部は訝しげに眉を寄せる。
この部屋は誰も入れないことになっている。掃除をするメイドだけが、入室を許可されていた。長年勤める執事ですら、跡部の許しがなければ足を踏み入れることはない。
泥棒?いや違う。
恐らく、日本、いや世界トップレベルのセキュリティを誇る跡部家だ。たかだか泥棒ごときがこの敷地に入れるはずがない。
それなら…?
― ガタガタっ!
ベッドの向こうの、ナイトテーブルが揺れる。
跡部は素早くそちらに移動した。そして、震えるその影を掴み引き摺り上げる。
「何なんだ、手前は!」
「っ!」
「…子供?」
跡部の声に怯えて首を竦めるのは、まだ子供っぽさの残る少年だった。
掴まれた真っ白な腕は跡部の力に震え、その瞼は恐怖に揺れる。
のぞく瞳は真っ黒で、その髪も見事なまでの黒髪だった。抑えた間接照明にも艶やかに輝いている。
「ご、めんなさい。勝手に入って」
「…何者だ、お前は」
殊勝に謝る姿にも、跡部は力を緩めない。
か弱い振りをして腹の中が真っ黒な人間を、ついさっき大勢目にしてきた。
「俺、亮って、言うんだ」
「亮?知らねえな」
聞き覚えのない名前だ。
「俺!あんたに助けてもらったから!俺…」
「…助けた?俺がか?」
こくこくと頷く少年に、跡部は首を傾げる。その姿は、優れた記憶力を持つ跡部にも覚えのない顔だ。
それに、こう言っては何だが、人助けには全く興味がない。よって、助けてやった覚えもなかった。
「俺、すげえ嬉しかったから」
「そんな覚えは無いな。人違いだろ」
「違わない!」
「今なら黙って見逃してやる。さっさと出て行け」
窓際まで引き摺って行こうとする跡部に、少年は慌てたように抱き縋る。
両脚の動きを封じられた跡部は、むっとして小さな体を見下ろした。
「…俺が甘い顔見せてるうちに逃げた方が利口だぜ」
「いやだ!俺、何かお礼がしたいんだよ」
「はあ?お礼だって?残念ながら、俺様はお前にして欲しいことは一つもない」
「何でもいいんだよ!」
「お前ごときに何が出来る?」
「っでも!」
「…ウザってえ奴だなァ」
いよいよ警備員を呼ぼうと警報器に手を伸ばしたところで、跡部はその動きを止めた。
必死にしがみつく少年の大きすぎるパンツのウエストから、ありえない物が見え隠れする。
数センチしかないその黒い塊は、ふわふわの毛に覆われて、ぴくぴくと動いているのだ。
まさかとは思うが、それはどう見ても…。
― 尻尾?
猫や、犬のような長いものではない。ただの毛玉に見えるその塊は。
― ウサギの尻尾か?
急に動きを止めた跡部を、亮は不思議そうに見上げる。
その瞳は涙を溜めてうるうると揺れている。
「…ウサギは寂しいと死んじまうんだっけ?」
いつか耳にした、くだらない迷信を思い出した。
鶴の恩返し。
跡部は手にした絵本のページをつまらなそうに捲る。
絵本はなかったか?という突然の質問に、嬉々として昔の蔵書を漁った執事が持って来てくれたのは、裏表紙に幼い字で「あと部けい吾」と書かれた古めかしい本だった。
自分が子供のころ読んでいたものが大事に保管されていたのもくすぐったい話だが、何よりこの名前だ。
「何で中途半端に漢字交じりなんだ」
きっと、覚えたての漢字を披露したかったのだろう自分の姿が想像できる。せめて、全て書けるようになってから使えばいいものを…。
「恥ずかしい奴だな」
自分自身に突っ込みを入れる。
そんな跡部の後で、飼い猫のエリザベスと遊ぶのは、昨夜転がり込んできた亮だ。
「わっ!エリザベスやったな!」
猫パンチを喰らわされた亮は、楽しそうに大きな体の猫を抱き上げる。
もともと大きな種類の猫だが、その長い毛で余計に大きく感じる。
抱き上げる亮が随分華奢だから、特にそう思えるのかもしれない。
穏やかな気質のエリザベスは、黙って亮のやりたいようにさせていた。亮からすれば猫と遊んであげているつもりだろうが、完全に猫に御守されている状態だ。
「お話にならねえな…」
手にした絵本をパタンと閉じる。
恩返し、なんて。殊勝な柄ではなさそうだ。
昨夜あんな必至に食い下がって来た亮だったが、今では、何が目的でここへ来たのかも忘れているようだ。
まったく非常識な話だが、この亮と名乗った少年は、あの日助けたウサギだろうと跡部は確信している。
第一に、人様に感謝されるような行いがあるとすれば、あの日ぐらいしか思い出せない。
第二に、あのウサギであれば、跡部家のセキュリティが作動しなかったのが納得いくのだ。亮は外から侵入したのではない。あの日跡部のポケットに入れられたまま敷地に入り、そのまま庭のどこか、若しくは空き部屋にでも潜んでいたのだろう。宍戸が身につけている服がいい証拠だ。よくぞまあ見つけたものだと感心してしまうそれらは、昔跡部が身につけていた物ばかりだ。一着ずつ刺繍されたイニシャルは隠しようもない。
「よくこんな物取っといたもんだ」
絵本といい、服といい、物持ちの良さに呆れてしまう。嬉しそうに片付ける執事の顔が、目に浮かぶようだ。
「何か言ったか?」
振り返る亮は、好奇心たっぷりに瞳を輝かせる。
「…いや」
やはり、恩返しは言い訳だったとしか思えない。ここにいれば取りあえずは雨風をしのげるのだから。
「バカバカしい」
少し、ほんの少しだけ、見つめるその表情が可愛いだなどと思ってしまった自分に呆れる。
父になるには早いし、子供を可愛がるなんて柄でもない。ましてや恋愛にだなんて…。
「ありえねェな」
きょとんとした眼で自分の姿を追う亮を残して、跡部は立ち上がる。そして何か言いたげな亮には見向きもせず、部屋を出て行ってしまう。
残されたのは、跡部の膝から滑り落ちた絵本だけだった。
***
久し振りのテニスクラブでは散々だった。
「何や、珍しいな?」
ネットの向こうの忍足が目を丸くした。
跡部家が所有するテニススクールでアルバイトをする忍足と軽く練習をするのはよくある事だが、ダブルフォルトを連発するなど一体いつ振りだろう。
「心ここにあらずって感じやね?誰か待たせてるんと違うか?」
忍足の勘の鋭さには、ドキリとさせられる事がある。
「そんなんじゃねえ」
「ふーん?何や、歯切れが悪いな?」
転がるボールを拾いつつ、忍足はベンチを示す。
軽く息を吐くと、落ちる前髪をかき上げながら跡部も後に続いた。
「昨日は散々だったって?がっくんに聞いたで?」
「…ああ」
忍足に手渡されたドリンクを口にするが、水分を必要とする程動いてもいない。軽く含んだ程度でベンチに置いた。
「がっくんしつこかったやろ?合コンなんて、跡部連れてったら引き立て役になるだけやろって言ったんやけどな」
「ったく、何が楽しいんだか」
「ほな、イイ子はお持ち帰り出来なかったんか?」
意外そうな声に、跡部は顔を顰める。
「お前ならどうだ?あんな、下心に目ギラギラさせた女に興味あるのか?」
「はは…、それは勘弁やな」
「だろ?」
背もたれに体を預けると、晴れ渡った空が広がっている。時折吹きぬける風が酷く冷たく感じるのは、中途半端にしか身体を動かさなかった所為だろうか。
ふと、柔らかな毛並みを思い出す。
「あ、その顔」
忍足は、急に驚いたような声を上げた。
「は?」
覗き込む様な忍足の視線に、跡部は訝しげな顔をする。
「そんな顔、するようになったんやなァって」
「そんな顔って、どんな顔だよ」
「気づいてへんの?めっちゃ優しい顔しとる」
「…優しい?」
「だから、イイ子でも出来たのかなってな。がっくんの合コンもたまには役に立ったかと思ったんやけど…違う?」
忍足はまだ、跡部が合コンでお持ち帰りしたものだと信じているようだ。興味津々な忍足の顔に、跡部は苦笑する。
「いい子、か。まあ、持ち帰ったと言えば持ち帰ったことになるのかもな…」
小さな毛玉をポケットに入れて、持ち帰ったと言えば言えるだろう。
「ほら!やっぱりなァ~。水くさいで、聞かせろや!」
「また今度な」
「ええ~」
残念そうな忍足の、盛大な溜息がコートに響き渡った。
結局忍足は、ニヤニヤと嗤って跡部を追い帰した。
「今度来る時は、跡部のお眼鏡に適った可愛い子、連れておいでな?」
「…可愛い子ねえ」
可愛いと言えば可愛いのだろう。
一般的に見て整った顔立ちだとは思う。…ウサギだが。
色白で目も大きく、素直そうだ。…半分ウサギだが。
きっと、エリザベスにも相手をされなくなって、暇を持て余しているだろう姿が想像できる。腹を空かせて泣いているかもしれない。気の利く執事が、そこは上手くやっているだろうが…。
待っている者がいるというのは、こんなにも不思議な気持ちにさせるものなのだろうか。跡部は知らず知らず早足になる。
そして、エンジンが温まるのも待たず、愛車を発進させた。
***
「亮?」
自室の扉を開けば、置いて行ったはずの姿が無い。
「…エリザベス」
主の帰りを出迎えて擦り寄るのは、大人しい愛猫だけだ。
「あいつは何処だ?エリザベス」
頭の良い猫は跡部の言葉を理解したのか、その視線をクロゼットに向けた。出掛けに開けっ放しにして行ったはずの扉は、何故だかしっかりと閉められている。
「あそこか?」
見下ろすと、肯定するようにエリザベスが身をよじって足に絡み付いた。
「…フン」
置いて行かれたのを根に持って、立てこもっているのだろうか?少なく見積もっても十歳は過ぎていそうな少年にしては、随分子供っぽい行動だ。
「おい、亮。いるのか?」
最初は閉じられた扉をノックしてみる。しかし、返事どころか物音一つしない。
「おい、亮」
今度は強く叩いてみる。少し荒らげた声に、微かな物音が帰ってくる。
「開けるぞ」
自分しか使わないクロゼットだ。鍵など面倒で付けなかった。
ゆっくりと引き扉を開けば、そこは電気も付いておらず薄暗いままだ。六畳ほどのそこは綺麗に整頓された服が下がり靴が並び、何も変わったように見えない。
「おい、亮。いないのか?」
当てが外れて足元の猫を見遣るが、エリザベスは迷いもなくその奥へと歩いて行く。
「エリザベス?」
部屋の奥で、愛猫の長い尻尾がぴたりと止まった。
貴金属を納めたキャビネットの後ろだった。歩み寄れば、暗がりに紛れるようにして、上半身裸の亮が蹲っている。
「亮、お前こんな所で」
「来るな!」
跡部の声に怯えるように、亮は尻で後ずさる。
「てめェ」
顔すら上げず怯えたようなその姿に、何故だかカチンとくる。
「おら、さっさと外出ろ」
膝を丸めてしゃがみこむ姿に跡部は呆れて手を伸ばすが、亮は尚も逃げるように背中を向けた。
「見るな!出て行け!」
「見るなだと?勝手に人の部屋押し掛けておいて、何て言い草だ」
両膝の間に額を押し付けて身を縮める亮に、跡部は無性に腹が立つ。その苛立ちを隠そうともせずに手を伸ばし、乱暴に亮の二の腕を取った。
「立て!」
「いたっ」
「…あ?」
咄嗟に出た声を飲み込む亮だが、跡部は聞き逃さない。
そして、すぐにその手を離した。
「お前…」
音もたてず歩み寄ったエリザベスが、遠慮がちに亮の腕を舐め始めた。
「何だってそんな傷…」
薄暗い部屋でも、亮の腕のあちらこちらに擦り傷があるのが見える。
まさか、家の人間が?
いや、そんな事がある筈もない。そんな低俗な使用人は跡部家には存在しなかった。
「来い」
傍らに屈んだ跡部は、細い体を軽がると抱き上げる。
「跡部っ」
「痛むかもしれねえが、少し我慢しろよ」
抱えられた亮は、最初は驚きに目を見開いていたが、今度は思い出したように自分の身を縮めて素肌を隠す。
「…この、馬鹿が」
跡部は眉間に皺を刻んで呟く。
その言葉に、亮の顔は泣きそうに歪んで益々俯いた。
後に続くエリザベスの足元には、その豊かな毛とは色の違った、漆黒の柔らかそうな毛玉がいくつも、 ふわふわと漂っていた。
暗がりではよく分からなかった傷は、腕だけではなく、胸元にも腹にも、脚にも。自分の手が届く範囲に広がっていた。一つずつは酷くなくても、その数の多さに跡部は顔を顰めた。
「…絵本を読んだのか?」
跡部の言葉に亮は何度も首を横に振るが、そんなのは嘘に決まっている。部屋を出る時に放ったままにした本は、大事そうに跡部のデスクに戻されていた。
跡部は執事に持って来させた救急箱から消毒液を取り出すと、傷の一つ一つに吹きかけていく。
「っ!」
痛みに眉を寄せる亮の幼い表情に、跡部は一瞬胸苦しくなる。
この少年は一体どんな表情で、自分の艶やかな毛を毟ったのだろう。微かな吐息にさえふわふわと飛んでしまいそうな柔らかなそれで、何を贈ってくれようとしたのか。
鶴の恩返し。
絵本を置きっ放しにして行った事を後悔する。
「我慢しなくてもいい。痛けりゃ泣いていいんだ」
幼い子供が必死に涙をこらえるのは、その傷と同じくらい痛々しい。
「別に、痛くなんかねェ!」
「じゃあ、なんでそんな顔をする?」
奥歯を噛みしめた唇は小さく震えて、その眦からは今にも大きな滴が零れ落ちそうだ。
「痛いんじゃない!…俺は、何もできない」
「ああ?」
聞き返す跡部の声に、とうとう大粒の涙が伝い落ちた。
「跡部の言う通りだった。俺なんか、跡部にしてやれることは何にも無いんだ!」
「亮」
「俺が持ってるのはこの体一つなのに。なのに、こんな小さな体じゃマフラーの一つだって編めやしない!」
悔しそうに歪められた唇から、小さく嗚咽が漏れる。
こんな子供が、自分の全でもって跡部に何かをしたいと言う。恩返しをしたいのに…と泣き崩れる。
「亮…」
かつて、ここまで全てを差し出されたことがあっただろうか?あなたの役に立ちたいと、泣かれたことがあっただろうか?
昨夜飲み会で出会った女性たちを思い浮かべる。どの顔もおぼろげで一人として思い出せないが、跡部の名と外見だけに群がる強欲なオーラだけは記憶に焼き付いていた。
そんな奴らと比べてしまう所為だろうか。
亮の健気さが、苦しい位に甘く胸を打つ。
「亮?顔を上げろ」
「あとべ?」
亮の幼い鼻声に、腹の奥底にアツイ熱が宿った気がする。
「亮」
すくい上げた顎から頬のラインは、まだ子供の丸みを帯びていて、つるんと形良い額が幼くて愛らしい。涙に濡れて重そうな睫毛が、瞬きの度に自分を誘っているようだ。
「亮?お前に出来ることならあるぜ?」
「本当か?」
躊躇いは勿論ある。けれど、自分に向けられるこんな真っ直ぐな視線を、どうして掴むことができる?
「ずっと、俺の傍にいろ」
「ずっと?」
「ああ、ずっとだ。お前に出来るか?」
その言葉に、亮の瞳が生き生きと輝く。
「いいのか?俺、跡部の傍にいていいのか?」
「ああ、それがお前に出来る事だ」
「いる!俺、跡部とずっと一緒にいるぜ!だって、俺はあの時跡部に拾われなかったら死んでたんだ。あの時から俺は、跡部の願いなら何でも聞けるって思ったんだ」
「何でも?」
「何でも!」
子供の言う何でもなんてタカが知れているだろうに、素直に嬉しいと思ってしまう。
「じゃあ、約束だ。あの昔話みたいに、クロゼットを開けてしまった俺の許から、逃げ出すなんて許さないからな」
そう言って、傷だらけの体を優しく抱きしめれば、亮はきょとんとして首を傾げた。
「鶴は、逃げちゃったのか?」
「お前、もしかして最後まで読んでないのか?」
細い体が一瞬強張ったから、跡部は思わず吹き出した。
「だ、だって!跡部が帰るまでに暖かいマフラー作らなきゃって焦ってたし!」
「そうか」
「笑うなよ、跡部!」
ククク、と肩を揺らす跡部に、亮は恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「笑ってねえよ」
「嘘だ!」
「…笑ってねェ」
亮は照れくささを隠すように舌打ちをするが、跡部はそんな亮から隠れるようにして、溢れそうになる涙を堪えていた。
「読まなくていい。あんな本は読まなくていいから、ただ俺と一緒にいればいい」
「ああ、居るよ。跡部と一緒に」
首に回された幼い両腕は、跡部の知るどんなマフラーよりも暖かかく、極上の肌触りだ。
その感触を十分に堪能して、跡部はしがみ付く小さな体をそっと離した。
「跡部?」
「亮、ちゃんとした約束をしよう」
「約束?するよ。何があっても一緒にいるって」
強い瞳は、自信に溢れていて揺るがない。
「俺は、お前みたく強くない。だから、お前の気持ちをちゃんと確認させてくれ」
「いいけど、どうやって?」
「こうやって」
軽く開かれたままの唇に、そっと口づける。
「跡部!?」
「できるか?」
「で、できるに決まってる」
そんな強がりが、どうしようもなく愛おしい。
亮の華奢な身体は、片腕でも抱き上げてしまえそうだ。
けれど跡部は、傷ついた亮をこれ以上なく丁寧に抱き上げ、ベッドまで歩み寄る。
半ズボンだけ身につけた亮は、その羽根布団に埋もれるようにして下ろされる。
「跡部?」
無垢な瞳は、不思議そうに跡部を見上げた。
「ここまで来ても、そんな目をするんだな。悪いことをしている気分だ」
「悪いことするのか?」
「…まいったな」
跡部は苦笑いを浮かべる。そして、そのまま亮の上に覆いかぶさっていく。
細い体に負担をかけないように、その傷を刺激しないように。
額を隠す絹糸のように繊細な髪をかき上げてやると、亮はくすぐったそうに眼を細めた。少年らしく短く整えられた髪は、跡部の指の間をあっという間に滑り落ちる。
「綺麗な髪だ。これからは伸ばせよ」
「跡部がその方が好きなら、伸ばす」
「ったく」
真っ直ぐ見詰める瞳に、跡部はらしくもなく照れくさくなってしまう。
そんな気持ちを隠すように、亮の瞼にキスを落とす。
「わっ」
亮は小さく声を上げた。
「こんなんで驚いてたら、これから持たないぜ?」
そう言って、今度は薄く開いた唇にゆっくりと口づける。驚かせないように、ただ重ねるだけの優しいキスだ。
「跡部!」
亮は小さな両の拳で、跡部の胸を押し返す。
「嫌か?」
「違くって!俺、知ってるぜ!これってキスだよ。恋人同士がする事だ」
「ああ、そうだな」
どんな重大な事を言われるのかと思えばそんな事かと、跡部は笑った。
「俺、跡部と恋人になるのか?」
「俺はそのつもりだけどな?怖いか?」
「こ、怖くない…」
相当の負けず嫌いなのだろう。何も知らなくて怖くないはずがないだろうに、亮は咄嗟にそう口にした。
「そうか、じゃあ、こんなのもいいよな?」
「…え?」
尖った顎をすくい上げると、跡部は角度をつけて唇を重ねる。今度は深く、その柔らかな唇を吸い上げて、舌先で歯列を割った。
「!」
再び押し返そうとする腕を簡単に片手で制すると、尚も深くその口腔を占領する。
「ンっ!」
その深さに驚いたように、亮の肩が震えた。
跡部は、拘束を緩めてその姿を見下ろす。
「…耳」
「あっ!」
亮の小さな頭から、あの夜目にしたのと同じような耳が、ペタリと垂れている。
黒い艶やかな毛並みのウサギの耳。特徴的な垂れ耳だ。
「お、驚くと、出ちゃって…」
慌てて両手で押さえるが、当然隠れる訳もない。
「こんな姿の俺なんて、嫌、だよな…?」
不安気に尋ねるその瞳は、答えを恐れるように閉じられてしまう。
耳を抑える指が、小刻みに震えている。
「バカだな」
跡部は呟き、喉で笑った。
「跡部?」
「今更だ。そんな事気にしちゃいない」
「…本当か?」
恐る恐る目を開く亮の眦にも、小さく口づける。
「本当だ。ただ、この後俺がする事に驚いて、ウサギの姿になっちまわないように気を付けてくれよ」
キスだけでこの驚きようでは、先が思いやられる。
幼い恋人を大切にしたいと思いつつも、我慢する気は更々なかった。
何も知らない身体を宥め賺しながら、結局は無理やりに組み敷いた。
「や、あァっ」
強引に割入る灼熱に苦しそうな声を出しながらも、亮は跡部の全てを受け入れる。
「亮」
「跡部!あとべっ」
零れる涙を啜って、胸で紅く艶立つ尖りを吸い上げて。
「やあっ!」
身じろぐ度に、狭く充血した入口は跡部の中心を締め上げる。
驚きと怯えの強かった声が、次第に色を含み始めたのを、跡部は聞き逃さない。
先に一度解放させた花芯は、再び熱を持ち始めている。
小さなそれを、跡部は優しく握ってやった。
「あ、はァ…ん」
背筋を震わせて、亮の先端は赤味を増す。
「気持ちいいか?」
「あ、んン、いい、イイ…」
熱に浮かされたように、亮は喘いだ。
「どっちがイイんだ?前か?それとも、中か?」
悪戯する様に腰を揺らせば、一際高い嬌声が上がる。
感じる部分を強く刺激したようだ。
「ここ、か」
跡部はもう一度、同じ場所を突き上げた。
「ひ、いいっ!」
跡部の剛直を含んだまま、亮の体が跳ねる。跡部は息を呑んだ。
「少し緩めろ…って、言っても無駄か」
抱きしめた体は熱く火照り、その瞳は蕩けてしまったように焦点が合っていない。
「あとべ、あとべ…」
亮は、ただ跡部だけを求めてしがみ付いている。
握った先端を指で擦ってやれば、本人の意識を余所に、とろりと粘液が溢れる。
小さな身体には、刺激が過ぎたかもしれない。
「まいったな、壊しちまいそうだ」
跡部は、自分の動きに合わせて揺す振られる細い体を痛々しく思いつつも、恍惚と見入ってしまうのも確かだった。
無理やり拓いた入口は、きつく跡部を締め上げ続ける。正直、そろそろ限界だ。
跡部は、名残惜しむ様に、もう一度腰をグラインドさせる。
「ん、ふゥ…」
亮が固く目を瞑った。
反り返った胸でツンと尖った二つの先端に、交互にしゃぶり付く。
ちゅ、ちゅ…と音が漏れれば、亮は身をくねらせる。
「あァ…ん」
「…亮」
もう一度、その細腰を抱え直す。触れた柔らかな尻尾は汗で湿っている。
跡部は最後にもう一度、荒い息を吐く唇を奪い、低く囁いた。
「絶対に、離さないからな」
そして、頂点を目指し激しく腰を突き上げる。
「あと、べ…、あとべ!ああっ」
揺すり立てる振動に、亮の未熟な花芯は呆気なく昇り詰めた。
「く、」
同時に跡部も、溢れる奔流を幼い体に注ぎこむ。
「あ、あァ、あ…」
流れ込むマグマを感じて小さく声を漏らし、亮はそのまま目を閉じる。
「亮?」
亮は、熱い飛沫を受け止めると、その意識を手放した。
力の抜けた細い身体を抱きしめ、跡部は何度も何度も撫でてやる。
「亮」
優しい声に答えるように、小さな尻尾がぴくんと揺れた。
***
「へえ、その子が跡部の可愛い子なんか?」
睦ましい二人の姿に、忍足はニヤニヤと笑って声を掛けた。
跡部は、亮に真新しい子供用のラケットを手渡すと、その背中をそっと押す。
亮はコートに飛び出し、その手には大きく感じるボールを好きなように弾ませ、はしゃいだ声を上げる。
そこまで見守ると、跡部はようやく忍足を振り返った。
「笑っちまうだろ?あんな子供に、全部持って行かれちまった」
跡部は、自分の胸を指差し苦笑する。
言葉以上に幸せそうなのは、言わずもがなだ。
「ええんやないの?いかにもなお嬢様連れて来るより、よっぽど跡部らしいわ」
「そうかよ」
素っ気ない跡部の返事に苦笑すると、忍足は羽織ったジャージを脱ぎ捨てた。
「ほなら、跡部の大事な子に、特別コーチしましょか」
「ああ、頼む。お子様相手はお前の方が得意だろ?」
「お褒めに与り光栄ですわ。しっかり務めんとな」
視線の先では、何も教わっていないはずの亮が、それなりにラケットを振っている。
「…強くなりそうやな」
呟く忍足に、跡部は「そうか」と小さく笑った。
そんな二人に、退屈した亮が振り返る。
「なあ!テニス教えろよ!」
呼びよせる手はまだ小さく、風に踊る髪も子供特有の柔らかさだ。
「…あんな子供なのにな」
その全てを捧げられた。そして、あっという間に気持ちの全てを奪われた。
「跡部!」
「ああ、すぐにこの似非関西人が教えてくれるぜ」
「エセってな…、まあええわ。亮ちゃん、おいちゃんがテニス教えてやるで~」
忍足は、にっこり笑うとコートに向かう。
向こうで亮が「よろしくお願いします!」と元気に頭を下げた。
あまりにも穏やかな気持ちに、跡部は苦笑する。
「亮…」
急に現れた、何よりも大切な存在。
人か、ウサギか。どちらが本当の姿かなんて、二の次の話だった。
「手放せねェよな」
それだけだ。
見守るコートから、亮の楽しそうな声が響いた。
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戸坂名きゆ実
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自己紹介:
私、戸坂名は大のパソコン音痴でございます。こ洒落た事が出来ない代わりに、ひたすら作品数を増やそうと精進する日々です。宜しくお付き合いください。