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CP注意!! リョ不二です。

ある日の「かわむらすし」4 リョ不二

「越前、昨日は本当に悪かったね。今日は奢るから」
「いいっスよ。気にしないで下さい」
「そういう訳にはいかないよ」
もう、何度目の会話だろう。何だか可笑しくて、河村はつい噴き出してしまった。
「…タカさん?」
こんなきょとんとした不二の表情は、あまりお目にかかれるものではない。
「ああ、ごめんごめん。何か仲良しだなって思ってさ」
河村の言葉に、越前は「仲良しって、子供じゃあるまいし…」とそっぽを向いてしまう。
「いいんじゃない?越前、ご馳走になっておけば。ほら、そうでもなきゃ、不二だって先輩としてのメンツがたたないだろう?」
河村の合いの手に、不二はうんうんと小さく頷いた。
「そうしてよ、越前。僕、あんな酔い方したの初めてだよ…。あー本当恥ずかしい」
先程から、思い出しては赤面するの繰り返しの不二は、両手で顔を覆ってしまう。
「そっスか?」
「そうそう、僕の為にぜひ」
「…じゃあ、ご馳走になります」
いつもは大抵スマートに物事をこなす不二が、徐々に年相応の表情を覗かせる。
後輩の越前から見ると、それは随分と新鮮な事の様だ。
河村達同級生にとっては、天才不二とて所詮同じ学生だった訳だから、照れる顔や困った顔、時には焦った表情だって目にすることがあった。
後輩な上、日本に居る時間が圧倒的に短い越前は、試合の外で見せる不二の様々な表情を目の当たりにする機会はあまり無かっただろう。
新鮮だから?物珍しいから?
そんな理由で、この店での不二との鉢合せを狙っているならば、河村はとっくに忠告していた。
けれど、越前の目はいつも真剣で、不二の一つ一つに仕草に見入っている。いや、見惚れていると言った方がしっくり来る。
そんな越前が、不二の仕草を盗み見ていた視線を逸らして、壁に掛けられたカレンダーを見据える。
「…ああ、今日は連休前だから」
その言葉に、不二もあたりを見回した。
いつもは回転の良い客層のため混雑した感じを受けない店内も、今日ばかりは注文の声があちらこちらから飛び交っている。
「席を占領したら申し訳ないッスね」
「だね、早々に退散しようか」
不二も頷くと「ちょっとだけ」と言って、席を立つ。
客に呼ばれた河村はそちらへ移動し、一人、洗面所へ立った不二の背中を目で追っていた越前は、急に何かを思い立ったように立ち上がる。
「河村先輩!」
いつにない大声に、河村は慌てて振り返る。客へ鮨を差し出したその足で、越前の前に歩み寄った。
「どうした?」
「会計、いいですか?不二先輩の分も一緒に」
「え?良いのかい?」
河村は、まだ戻らない不二の姿を探す。
これでは、さっきの話と違う。
不二のメンツが…なんて、口をはさんだのは自分だったのに、と困り顔の河村に、越前は何か企むような表情で手を合わせる。
「協力してくれません?河村先輩。俺、不二先輩からのお礼は、今日じゃなくて明後日貰いたいんスよね」
「越前?」
河村は「明後日」の言葉に、反射的にカレンダーに目をやった。
今日が22日、明後日は…。
「24日。イブだね」
「そう。そんで、俺の誕生日」
「あ、そうか」
越前は何時だって強気な視線で、若干先輩を先輩と思わない傍若無人な面があるけれど、そこに悪だくみというか、策略というか、何らかの罠が加われば…。
益々、その嫌いが増す。
「…越前。あれだよね、あの日の試合の続きを申し込むんだよね?」
それは、そうであって欲しいという河村の願望だった。
「え?あ、まあ。じゃあ、そういう事で」
ニヤリと笑む越前の表情は、残念ながら、その答えが違っている事を表しているようで。
しかし、それはそれ。
二人の間に口を挟むつもりは無いし、恐らく越前は耳を貸さないし。というわけで、河村は手早く越前の会計を済ましてしまう。
「ま、まァ、頑張って」
そんな中途半端な河村の応援をどう受け取ったかは分からないが、越前は「それじゃ」と背中越しに手を上げる。
「俺、いつもの道先行ってますんで」
「りょ、了解」
それは、戻った不二に伝えろとの合図。
河村は、席に戻って来る不二を、困ったような表情で迎えた。

「越前!」
予想通り、公園に差し掛かったところで不二は越前の背中を見つけた。
「こら!今日は僕の奢りだって言っただろう?」
越前は振り返る。
小走りで追い掛けて来たのだろう、少し息を弾ませた不二が追いつくように、越前は歩調を緩める。
「すんません。何か店が混んできたし、待ってる人がいたから早く席譲った方が良いと思って。河村先輩に迷惑かけたくないし」
そう言われてしまっては、不二は何も言えない。
「ま、そうだけどね」
分かってはいるけれど、結局約束を果たせぬままの不二は、何だか不満げだ。
「何スか?何か文句あり気」
「だって、これじゃ僕の気が済まないよ。これから場所移す?」
「もう、腹いっぱいッスよ」
「…だよね」
当然の答えに、不二ががっかりして返せば、越前は「ああ」と妙案が浮かんだかのように声のトーンを上げた。
「なら先輩、明後日暇っすか?」
「え?ああ。夜なら。バイトが終われば空いてるよ」
今日が何日で、明後日が何日で、なんて。今の不二にとってはどうでも良い事だった。明後日が休日で、バイトの予定がある、それが不二にとって重要なスケジュールだ。
その答えに越前は気分を良くしたように、念を押した。
「本当?絶対ッスよ!キャンセルは無しだから。先輩のメンツに誓って?」
「ええ?そんな大ごと?別にキャンセルなんてしないから。バイトしか予定無いし」
「約束っスよ」
「分かったから。で、希望は?タカさんの所で良いの?」
何の疑問も持たない不二に、越前は益々面白そうに目を細めた。
「いえ、ちょっと場所変えましょうか。駅前に7時、OK?」
「大丈夫だけど」
「じゃ、明後日!」
越前はそう言い残して駆けだした。
意表を突くスタートダッシュに、不二は追いかける事が出来ない。
「…同じ方向なのに、なんで先行っちゃうかな」

不二がその理由に気付いたのは、帰宅し、アドレス帳に予定を書き込もうとした時だ。
「明後日…って。イブじゃないか。って、越前の誕生日!?」
だから駆けだしたあの背中。
きっと、この事実に不二が気づいてしまう前に姿を消してしまおうという算段だったのだろう。そしてきっと、明後日駅前に行くまでは連絡が取れないはず。
絶対キャンセルさせないと言い切ったからには、先輩の電話を無視するくらい平気で仕出かす後輩なのだから。
「一体、何を強請られるんだろ」
過るのは、あの雨の日の試合。
けれど、ラケットを持って来いとは一言も言っていなかったのを思えば…。
「…考えるのやめておこう」
ほんの少し脳裏を掠める可能性を、不二は頭を振ることで打ち消した。
考えたくない…、いや、もう少し楽しみたいから。
どこかワクワクする自分に呆れるように、不二は溜め息をついてアドレス帳を仕舞った。

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