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「眼鏡をはずす夜」3本目は塚不二です。

何だか、テーマがだんだん眼鏡から遠ざかってる気がします…。


眼鏡をはずす夜(塚×不二バージョン)

「来ちゃった」
夜の10時。
不二の突然の訪問を、手塚は複雑な表情で出迎えた。
シャワーを浴びたばかりなのか、濡れた髪をバスタオルで拭きながら、下はジーンズを引っ掛けて上は裸のまま。
思わぬ来訪に慌てて飛び出してきたのがありありと分かる。
「…ごめん。急に」
手塚の無表情はいつもの事だけれど、流石に申し訳なく思い、不二は文句を言われる前に謝ってしまう。
「…別に怒ってはいない。どうせ明日には連絡しようと思っていた」
「そっか」

手塚が帰国したのは昨夜の事だ。
日本での治療を担当しているのは大石の伯父さんという事もあって、誰より早くその情報を得た大石がいつものように連絡を寄こしたのだ。
「怪我、大丈夫なの?」
不二は通された居間のテーブルに手土産のワインをおろしながら尋ねる。
爆弾を抱えた肘を騙し騙しのプロ生活も、もう4年になる。
「別に怪我をしている訳ではない、メンテナンスといったところだ」
「なら良かった」
そんな状態でも、頂点に上り詰める目標が絵空事とはならない実力を思えば、古傷さえ無ければと思ってしまうのが人情だ。
けれど手塚は淡々と、それも実力の内と言ってのける。
「相変わらずで良かった」
不二が微笑めば、手塚はそれと分からない程微かに眉根を寄せ、大きく息を吐く。
「お前も相変わらずだな」
「え?何が」
羽織ったパーカーを脱ぎ終えた不二は、いつものように大きめのクッションを抱えてフローリングにぺたりと座ったところだ。
確かに、いつもの場所、いつもと同じクッションを抱きこむその仕草。
何時だって不二は、すっかり慣れた手塚の部屋で当たり前のように寛ぐのだ。
「覚えているか?前回会った時に行った言葉を」
「前回…?」
そう、前回と言えば。
年明けの帰省の際、自分のマンションだというのに3日間しか滞在できなかった手塚の元に、不二は丸2日間居座り続けた。
そして帰り間際、次来る時は他にも誰か連れて来いと言われたのだった。
「ああ…」
「思い出したか?」
「…たった今ね」
そう言って、不二は軽く頬を膨らます。
拗ねるような視線に、手塚は軽く片眉を上げた。
「何だ?」
「…すみませんね、今日も僕一人で。迷惑ならそう言ってくれれば来ないのに」
本当はそんなつもりで言ったのではないと分かっている。
手塚は、迷惑ならばはっきりと言う男だ。
純粋に、皆に会いたいという思いから出た言葉だと分かっていても、一も二も無く飛んできた不二からすれば面白くは無い。
それなのに、手塚は呆れたような顔をして、わざとらしくため息をついて見せる。ついでに、駄目押しとばかりに大きく首まで振って見せた。

「まさかとは思ったが、本当に意味を理解していないのだな」
「…え?」

すっと、不二の視界が遮られた。
しかしそれは一瞬で、その暗い影が消え再び視界が戻った時、不二は自分を見下ろす手塚の視線に捕らわれる。
蛍光灯の眩さを背に背負って、手塚は強い眼差しで不二を見つめていた。
陰となった表情と眼鏡の向こうの鋭い瞳が相まって、手塚の凄みはいつもの数段増しだ。
そう、気づけば不二は、手塚に押し倒されていた。

「な、に?」

いつも穏やかに細められている不二の瞳も、今ばかりは驚きに見開かれる。
そんな不二の表情に、手塚は珍しく諦めに似た微笑みを漏らした。でもそれだけで、一言も声を発しない。
身じろぎするのも躊躇われる、息苦しい程の沈黙。
そんな中、音も無く手塚の濡れ髪の先から滴が落ち、不二の頬を滑り落ちて行く。

ひとつ。
ふたつ。
みっつ…。

そして、四つ目の滴が落ちるのと同時に、手塚が動いた。
長くて神経質そうなその指が、水滴で視界の悪くなった眼鏡を乱暴に外し、フローリングに放る。カチャン、と音を立て、フレームレスのレンズが小さく弾んだ。
いつもより荒々しい手塚の仕草に、簡単に拭いただけの髪は乱れ、その間から覗く目が苛立っているように感じるのは、組み敷かれているという状態の所為だろうか?
いや、それだけではないはず。
そう確信した時、近づいた手塚の前髪が瞼を撫で、不二は反射的に目を瞑る。

それは、図らずしも肯定の合図となった。

手塚の唇が、そっと不二の唇に重なる。
この緊張感とは程遠い、優しく触れるだけの感触。
突然の事に頭の中は真っ白になり、不二は動くことも出来ずにただ静かに受け入れるだけだ。
やがて、ゆっくりと離れて行くその温かさ。
名残惜しく不二が瞳を開けば、手塚はいつもの静かな眼差しで不二を真っ直ぐに見詰めていた。

「…分かったか?」
「…うん」

二人きりになったら、触れずにはいられないと。
この自制心の塊のような男が無言で語っている。
心地よい独占欲に、不二は目を細めた。

「ねえ、手塚。やっぱり僕は一人で来る事にするよ。…いいでしょ?」

そう言って伸ばした手は、手塚の素肌の背に回される。
手塚は、困ったように微笑んだ。

「全く、お前には振り回されてばかりだ」

振り回しているつもりはないけれど…。
不二の言い分は、手塚の唇に呑みこまれる。

今度は、激しく。

今まで溜めていた感情を解き離したかのような強さで不二は抱きこまれ、何度も何度も繰り返される口付け。

「ァ、て…づか」
紡がれる言葉はもう擦れて、手塚は満足そうに口角を上げた。

「何度も諦めようとしたのに、近づいてきたのはお前だ。こうなったらもう覚悟を決めてもらおう」
「覚、悟…?」
「そう。一生離してやる気は無いからな」
「手塚、」

唇を、瞼を、こめかみを、耳たぶを…。
熱い吐息をともに降るキスの雨。

「あァ…」
火照り出した身体に戸惑い、不二は甘く甘く、その声を震わせた。
 

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