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!!CP注意!!
『置き去りの季節1~4(塚不二)』の二バージョンです。
忍不二を楽しみたい方は(いるのか?)、置き去りの季節1~3を読んだ後、この話をお読みください。
塚不二以外ノーサンキューという方はスルーしてくださいね。


やっと書きあがりました。予告とおりに忍不二バージョンです。
これまた需要の少なそうなCPですけど、少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。


置き去りの季節(忍不二バージョン)

心の蟠りが解けた後は、不思議と景色も鮮やかに見える。
星空だって、こうして見上げるのは何時ぶりだか、不二にはもう思いだせなかった。

緊張しながら入った高級ホテルの一室。
相変わらずポーカーフェイスの手塚が、不二の姿を捉えた瞬間ほんの少しだけ安堵の笑みを見せ、もうそれだけで分かり合えた気がした。
旅立ちを告げられなかったのは、高みに憧れつつも、心地良い関係を崩すのが怖かったからだと、知ってしまえば何て事ない。
ごく当然な感情を想像できなかったのは、自分ばかりが手塚を追い掛けていたという思い込みのせいで…。
あの頃の手塚も同じように感じてくれていたならば、やっと、あの季節から卒業出来る。

そして何より、手塚に会って初めて気づかされた、自分を包む新しく大切な世界。
不二が抱えた蟠りごと包み込んでくれていた、穏やかな日々。あたたかな存在。

「忍足っ!」
不二は、小さいけれど確信を持った声で、自室のベランダから見下ろす通りに声を掛ける。
「不二…」
決まり悪そうに電柱の陰から姿を現す忍足は、こんな時間だと言うのに大きな鞄を肩から提げたままだ。
大学の帰りに寄ったのだろう。きっと夕飯も食べていないはずだ。
「上がりなよ」
そう声を掛ける不二を、忍足はどこか泣きだしそうな顔で見上げ、小さく頷いた。

***

夜10時を回ってからの訪問だというのに、不二の家族は笑顔で忍足を迎え入れてくれた。
母親など喜んで夜食を用意する。
温かな湯気を上げるクリームシチューをスプーンに載せて冷ましながら、忍足は不二を見上げた。
ベッドに腰掛けて忍足を見下ろす不二の表情は、先日新宿で別れた時よりも明らかにスッキリしている。
最近見かけることの少なかった悪戯っぽい笑みは、中学時代コートの向こう側で良く見た表情だ。
あの頃に、戻ってしまったのだろうか?
忍足は、そんな疑問を口にできない。

あの夜は確かに、不二と青学メンバーとの再会を喜んで後押ししたはずだった。
けれど、まさか手塚に会うなんて。
正直、かなり動揺している。
何故。乾や菊丸に会うのなら、あんなに素直に背中を押せたのに。
「随分複雑な表情で食べるね?美味しくない?」
「ンな訳あるか」
不二の母親の料理は絶品だ。
そうではなくて…。
「聞いたんだね。手塚と会った事」
何てこと無いみたいに言うから、忍足は不意を突かれてスプーンを落とし、小さく皿を鳴らした。
「手塚と話、したんか?」
「まあね」
微笑みの意図が読めず、忍足は戸惑いながらも食事を再開する。
―淡い恋心を成就させたのか?―
何度も聞きかけて、そのたびに誤魔化すようにシチューを口へと運ぶ。
不二からは直接聞く事が無かった、きっと胸に秘め続けていただろうその想い。
けれど電気店での不二を見てしまえば、それは恋心以外の何物でもなかった。
今の時代、去って行った人をあんなに一途に想える人は稀なのかもしれない。
そんな不二を誇らしく感じる半面、忍足は胸を覆う苦い感情にそっと溜め息を吐く。
なんて事だろうと、新宿の電気店で手塚の姿を見せた事を、ほんの少し後悔していた。
そう、不二の涙で、忍足は自分の気持ちに気付かされてしまった。
この数年間、自分でも分からない感情に押しつぶされそうになりながら生活する不二を、忍足はどこかで感じていた。
器用な不二は、如才なく人付き合いをこなす。けれど決して、自分からは近づかない、誘わない。
そんな中「会おうよ」と連絡する相手は自分しかいない事を、忍足は知っていた。
あの頃のメンバーの中では、一番不二と近しく接して来た自負がある。
簡単に言ってしまえば、今さら思い出したように帰って来た手塚に、不二を渡すことは出来ないのだ。
今まで、不二が誰かに会いたくなった時、真っ先に声を掛けてくれたのは自分だった。忍足は、そのポジションを「はい、どうぞ」と譲ってやるつもりなど毛頭無かった。

「ご馳走さん」
忍足は、スプーンを置いて両手を合わす。
何時だって美味しい不二家の手料理も、正直今夜だけは味が分からなかった。
その事を心で詫びながら、忍足は冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干す。
忍足は、不二と手塚の再会について根掘り葉掘り尋ねるつもりはない。
ただ、この想いを告げるだけだ。
それは、酷く子供じみた押しつけかもしれない。
けれど、自分は手塚とは違う。その想いが強い。
きっと、あんな顔はさせない。
ふとした瞬間に空を見上げる不二は、いつだって迷子にでもなったような不安げな横顔だった。
心に空いてしまった穴を少しずつ埋めて、癒して、もしも手塚が去って行ったあの頃より微笑む回数が増えたのだとすれば、それは多少なりとも自分の存在が影響しているのではないか、なんて。
そう思い込みたいだけなのかも知れないけれど。
何にしても、不二を置き去りにするなんて、絶対にない。
気づけば、片時も離れたく無くて。授業の合間に、講義の移動の間に、電車の待ち時間や、シャワーを浴びている途中に、不二の事ばかり考えている。
置き去りにするどころか、いつの間にか離れられなくなっていたのは忍足の方だった。

「なあ、不二?」
忍足の言葉に、空いた皿をトレーに乗せた不二は、部屋を出ようとしていた足を止めた。
「なに?」
振り向く柔らかな笑顔は、手塚と再開を果たしたお陰かもしれない。
それなら猶の事、もうこのまま帰れない。
「ちと、こっちおいで」
食事を終え、いつものように不二のベッドに腰掛けた忍足は、自分は一歩も立ち上がることなく不二を手招きする。
「もう」
そんな態度に不二は態とらしく怒った素振りを見せるが、すぐに破顔して手にしたトレーをローテーブルに下ろす。
そしてすぐ横に腰掛けた不二は、もうシャワーを浴び終えたのだろう。甘いシャンプーの香りが忍足の鼻先を掠めた。
母親が用意するシャンプーを文句も言わず使う不二はいつだってそんな甘い香りで、そのうち満員電車で痴漢に遭ってしまうぞなどと、笑って話していた時も確かにあったのに。
「これからは、俺が用意したシャンプー使ってな?」
「何の事?」
不思議そうに首を傾げる不二を、やはり誰にも渡せないと確信する。
「…そういえば、俺は」
そう呟いて、忍足は自分の衣服を見下ろす。
今日は昼前から大学へ行き、7時過ぎにレポートから解放された。帰りがてら駅前の本屋に寄って読みたかった本を買い、漸く喫茶店で一休みしていた時、跡部からメールが来たのだ。
そう、不二が手塚に会ったらしいと。
乾たちと会うのは勿論知っていた。
けれど、まさか手塚が日本に帰ってきているなんて。
思った以上のショックに、一度帰ってシャワーを浴びて来るなんて気は回らず、ただ居ても立っても居られずに不二の家へと向っていた。
「…俺はシャワーも浴びてへんけどなァ」
まあ仕方がない、といった感じの忍足の言葉尻にいつもと違う空気を感じたのか、不二の身体が僅かに動いた。
けれど立ち上がろうとしない不二に、忍足は寄り添うように腰掛け直す。
二人の腕が触れ、もう一度不二の身体が微かに揺らぐが、決して離れようとはしなかった。
期待をしてもいいだろうか?
そんな思いが忍足の脳裏を過る。
いや、そうでなくても、もうこのまま帰らないと決めた。
忍足は、右手を不二の肩に回し、少し強引に引き寄せる。
不二の身体は小さな頭を忍足の肩に預けるように傾き、その表情を確かめるように、忍足は不二の髪をかき上げた。
一瞬目元を隠した髪が除けられれば、不二は戸惑うように視線を落とす。
忍足は、僅かに色付いた不二の頬にそっと唇を寄せ、掠める距離で囁いた。
「なあ、不二。お前が好きなんや」
「っ、」
不二は声に成らないほど小さく息を呑むが、忍足は気づかぬ振りをしてゆっくりと不二の身体をベッドに押し倒す。
体重を掛け過ぎないように、でも決して逃がさない。
「手塚には渡さへんよ」
見下ろすように拘束し顔を近づければ、忍足の長めの髪が外界を遮断して、二人の間の空気をぐっと濃密にする。
「…ええな?」
低く言い聞かす忍足の声。
不二はほんの少しだけ戸惑うように視線を泳がすだけで、何も答えない。
けれど、そんな事は覚悟していた事だ。
いつもならば、もう少し不二の出方を待っただろうか。けれど今日だけは、そんな余裕がない。
逃げられないうちにと、素早く唇を寄せる。
だから忍足は、漸く不二が頷くように瞳を閉じた、恥じらうような表情を残念ながら見逃した。
奪うような口付けは、初めてにしてはあまりにも濃密で、それによって箍が外れたように忍足の感情が溢れだす。
触れて、なぞって、吸い上げて。
合間の濡れた音に、胸の中の甘く熱い欲望が大きく膨らんで、忍足はもう限界だった。
「全部、俺のものになれ」
部屋着の裾から滑り込んだ忍足の熱い手に、初めて、不二が甘く啼いた。

***

ふと目覚めると、不二は自分の身体が優しく抱きしめられているのに気付いた。
カーテンから零れる陽射しは、外の暑さを思わせる眩しさだ。着実に夏へと近づいている。
細い陽射しのラインは、健やかな寝息を零す忍足の肩に差し掛かり、もうしばらくしたら眩しくて目覚めてしまうだろう。
「何時だろ…」
不二は、忍足を起こしてしまわないように腰に回った腕を下ろしてやり、身体を起こす。
すると、昨日片付け損ねたシチュー皿が目に入り、何だか気恥しくなった。

昨日、手塚に会ったあの時から、不二も気が付いていた。
数年ぶりに会う手塚を前に、勿論嬉しくて、凍った氷が解けて行くように、やっと自分の心の片隅に在り続けた蟠りが消えて行ったのを感じた。
久しぶりの会話にお互い少し緊張して、それでも昔のまま誠実な手塚に安心し喜びを噛みしめる中で、「ああ、違ったんだ」と初めて気付かされたこの感情。
手塚が日本を去り、忍足たち氷帝メンバーと会う機会が増えた当初、不二は確かに、隣に立つ忍足に手塚の横顔を重ねていた。
けれど、今は違う。
そう、初恋のように焦がれていたはずの手塚に、不二は忍足を重ねて見ていた。
見つめて話して、少し笑って。
そんな手塚の表情一つ一つに忍足の表情を重ねた。
細められる眼差しや、笑った時の口角の上がり方、眼鏡を押し上げる姿も、違う。もう不二にとっては忍足の仕草が何より自然で、誰より安心出来て。
そう、今すぐ会いたいと。
手塚との再会の最中なのに、その想いに捕らわれた。
帰宅して夕飯を食べた後、いつもより早い時間にシャワーを済ませたのは、不二自身も気付かない無意識の願かけだったのかも知れない。
忍足に会いたい。
休みも関わらず大学へ行かねばならないと零していたのも勿論覚えていたのに、ほんの僅かな時間でも、その顔が見れたらと願ってしまった。
それはただ、ロマンチックな想像に過ぎないはずだったのに。
昨夜諦めきれずにベランダへ出た不二を、きまり悪そうな表情で見上げた忍足は、もう誰よりも大切な人だった。

「…不二?」
「忍足…」
眠りの浅い忍足は、不二のちょっとした動きに目を覚ましてしまったようだ。
そういえば「眠りが浅いと」とは聞いていたが、それを目の当たりにするのは当然初めてで、不二は急に跳ね上がった鼓動に焦る。
「なんや、そないに初々しい顔したらあかんよ。また離せなくなるやろ」
「バカ」
そう、あの後、忍足は激しくも優しく不二の身体を暴いて行った。
隣の部屋の裕太が不在で本当に良かったと、今日ばかりは感謝してしまう。
空が白け出すまで、忍足は不二を抱き続けた。
最後の頃はただ抱きしめて、額に瞼に、鼻先に首筋に、もう触れていない場所は無いというくらい飽きずに口付けて、不二はそれを微睡みながらも甘く受け入れた。
「もう昼やな」
枕元の腕時計と取り上げて、忍足は呟く。
「忍足は今日予定無かったの?僕目覚ましかけ忘れちゃって」
「ん?俺は元々不二が空いてたら押し掛けよう思うてたしな。青学メンバーとの話も聞きたかったし」
「そっか、それなら良かった」
多忙を極める忍足が、少ない空き時間を自分に割いてくれる事が、不二にとっては何よりも嬉しい。
零れる笑顔に、忍足も微笑んだ。
「そうや、でもその前に」
忍足はそう言うと、自分も上半身を起こして、不二の身体を抱き寄せる。
互いの素肌が照れくさくて、不二は視線を逸らそうとするが、忍足の長い指がそれを阻止した。
「あかん。こっちむいて」
少し強引に、頬を引き寄せ、眼鏡を掛けない素顔の瞳を近づける。
「もう一度、ちゃんと聞かせて。俺のことが好きやって」
「忍足…」
もう恥ずかしいくらい何度も伝えたのに。
嵐に呑まれたような快感の中、幸せなけだるさの中、もう何回も。
「なあ、頼むから。じゃないと手塚の話聞いたら嫉妬してしまいそうや」
「馬鹿だな、忍足は」
嬉しくて胸がいっぱいになる。
思わず涙が転がり落ちてしまう前に、不二は満面の笑みで忍足に抱きついた。
「好き。忍足の事が誰よりも好きだよ」
最後は鼻声になった告白に、忍足も強く抱きしめ返す。
「俺もや、不二。愛してる」
忍足の腕に包まれて、その幸せに、とうとう涙の滴が不二の頬を濡らした。

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