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CP注意!忍足×宍戸ですよ。


山手線ろまんす (忍×宍)

「亮ちゃん!帰りに渋谷行かない?岳人と買い物行くんだけど」
昼休みの終わり際のジローの誘いに、俺はいつも通りOKしようとして開きかけた口を噤む。
「わりぃ、今日は予定あるんだ」
「ふーん…」
どこに行くのか聞きたそうな素振りのジローだったが、教室に響く本鈴に慌てて席に着く。
俺自身ジローに誘われるまですっかり忘れていたけれど、今日の放課後は忍足に誘われていたのだ。何処へ行くとも言わなかった忍足は、他のメンバーを誘っていないようである。…いったい何処に行くつもりなんだろ?

忍足の、皆と話す時と違う、きっと自分にしか向けられる事がないのであろう瞳を思い出す。みんなで笑いあう合間に見せる意味深な視線。いつも瞬間だけ見せる暖かな視線は、自惚れるわけではないけれどもとても大切に想われていることを感じる。
ジローや跡部みたいに、ストレートに愛情表現をされれば「バカ言ってんなよ」ってその頭を小突いて終われるのだけれど。
…まいったなぁ。
二人きりの放課後に、少し憂鬱な気分になる。もし真剣に想いを告げられるようなことがあれば、俺はどうしたらいいんだろう。みんな大切で大好きなメンバーだから、この輪が壊れるようなことはしたくないんだけれど。

「待たせたな、ほな行こか」
人もまばらになった教室へ忍足が迎えに来る。
「おう」
行く先は聞いてなかったけれど、とりあえずその背中を追う。
学校を出て真っ直ぐ駅に向かった忍足は、俺を待たせて切符を買いに行く。
「池袋、付き合ってな」
「池袋?」
いつもの自分らの行動範囲ではない駅。不思議そうに俺が尋ねても忍足はただ微笑んでいるだけだ。

「ここや」
「…プラネタリウム?」
駅を降りて人並みに逆らわず歩いてきたここは、かの有名な60階ビルである。
池袋と言えばと聞かれればとりあえず頭に浮かぶ場所だけれど、実際来たのは初めてだ。
平日の午後、他に誰もいないエレベーターは俺の耳をキン…とさせて上へと昇っていく。
「お前プラネタリウム好きなの?」
「そやね、プログラム変わるごとに取りあえずチェックするくらいには、な」
「…それって相当好きなんじゃん」
「そうかもしれへんな」
ニコニコ答える忍足の横顔には、変な意気込みなんて感じられない。
真っ暗なプラネタリウムで隣り合い、手など握られたらどうしよう…なんて心の隅で思っていた自分が恥ずかしい。
「どないした?顔赤いけど…」
「べつに…」

結論から言うと、俺は上映開始3分後には落ちていた。そう、とても深い眠りに。
上映終了後、満足そうに伸びをする忍足は横目に俺を捉えながら、その唇の端は可笑しそうに上がっている。
「…悪かったって」
奢ってもらったのに、上映内容を把握する前に眠ってしまって俺はさすがにばつが悪い。でも、忍足はそんな俺の表情すらあの穏やかな視線で見つめている。
「気にせんといて。そんな予感はしてたしな」
「……」
そんな予感がしてたなら、こーゆー場所に俺を誘うなっての。自分自身、恋愛映画でなきゃ眠らずにいられるだろうと思っていんだけど、その認識は改めなきゃいけないみたいだ。

プラネタリウムの隣には水族館があったり、階を変えればちょっとしたテーマパークなんかもあるのに、忍足はさっき来た道をただ折り返して行く。
「次は何処いくんだ?」
せっかく池袋まで来たのにこのままでは駅に戻ってしまう。でも、さっきのこともあって俺は強く出られずにやっぱり付いて歩くだけだ。
「次は何処へ行くってより、一緒にやって欲しい事があるんやけど」
「何だよ?」
「山手線一周」
「山手線一周…?」
「たまにはボーっとするのもええよ」
「はあっ!?まさか乗ったまま一周?」
「そうや。乗ったまま一周」
「…へんなヤツ」
俺はまた眠っちまいそうだ。

池袋から乗り込んだ山手線は、平日の午後だってのにそれなりの混雑っぷりだ。いかにも遊びに行きますっていう格好の若者たちは(俺のほうが若いけど)一体何者なんだろう?学生でもなさそうだし当然サラリーマンでもなさそうだ。これだけの人間がどこから集まってくるんだろうなんて、自分のことは棚に上げて思ってしまう。
「平日なのに、人だらけやな…」
同じことを考えていたのか、忍足が声を抑えてつぶやく。
俺たちが乗り込んだのが内回りか外回りかは知らないが、しばらくすると新宿でどっと人が減り、原宿を過ぎたころには若い人がだいぶいなくなった。
そういえばジローと岳人は渋谷に来てるんだっけ…。意外と緑の多い原宿駅の景色を眺めながら思いに耽っていると、俺の制服のひじ辺りを忍足が引っ張る。
「あっち、座ろか」
渋谷を過ぎて急にガランとした車内の端に空いた3人掛け。俺は促されるまま壁際に座った。

何の会話もなく、ただ流れる景色をぼーっと眺める。
品川を過ぎると、新宿辺りを走っていた時と同じ電車なのかと疑ってしまいそうなくらい閑散としている。
とうとう目の前の3人掛けに腰掛けていた最後のひとりが降り、俺たちの周りには他の乗客がいなくなった。隣の車両で眠りこけているおばあさん、同じ車両の反対端で携帯電話に頭を下げてるサラリーマンが目に入るくらいだ。

そんな時。
俺の右手を忍足の左手がゆっくりと握った。
長い指に節だった関節。そしてその容貌からも冷たそうに思われた忍足の手のひらは、意外なほど温かい。
驚いて、忍足…と声を掛けようとしたところで、電車は緩やかなカーブに入ったらしくスピードを落とす。そして、向かいの窓から少しずつ差し込んでくる夕陽。
高いビルを通り過ぎた車内は、急に橙色の世界になる。
「…すげぇな」
握った手はそのままに、思わず声が洩れる。
「綺麗やね…」
囁くように言う忍足。
ふと見上げた横顔には俺にだけ見せるあの優しさが溢れ、夕焼け色を浴びる頬が、まるで忍足が頬を染めているように錯覚させる。

学校を出る時には少し憂鬱だった俺。
プラネタリウムで手を握られたらどうしようなんて考えてた俺。
向けられる視線に、どう接していいのか戸惑ってた昨日までの俺。

全てがなんてこと無いと思えるくらいに、今の俺は不思議な気持ちに捕らわれている。
甘く締め上げられるような鼓動。
繋がった手から温かい何かが流れてきて、俺を満たしてくれているそんな感じ。
もう一度見上げた忍足の横顔はいつもと同じはずなのに、俺の心は忍足を今まで通りの友人とは映さなくなってしまった。

見つめる視線に気づいた忍足はこちらを向くと、反対の手で持っていた鞄で、そっと繋がったままの手を影にする。
「もう少しだけ、な?」
いつのまに開いたドアからは、また多くの人たちが乗り込みさっきの夕焼け色の世界はあっというまに消えていた。たった一駅の不思議な世界だった。

地元の駅に帰り改札を出ると、さすがに繋いだ手は離さなくてはならない。
あれからずっと、乗り換えで階段を上る時も手を繋いだままだった。
汗ばんだ手が何だか恥ずかしくても、俺は離す事ができなかった。

「ごめんな宍戸。俺お前が好きなんや」
電車が到着するごとに改札からあふれ出てくる人波を、何度見送った後だったろうか。忍足は小さくつぶやいた。
ジローや跡部の好意は嬉しいけれど、やっぱり困っていた俺を知っている忍足だからこその「ごめんな」なのかもしれない。
けれどもう、あの不思議な感情に心を捕らわれてしまった俺にはいらない「ごめん」だ。
あの暖かな橙の中で俺は、今まで知らなかった気持ちを知ってしまったのだから。
「きっと、俺も好きだから…。謝んなよ」
きっと…なんて曖昧な言葉はただの照れ隠しだ。たった1時間ちょっとの間に忍足を想う気持ちが変わってしまっただなんて、どこかの少女漫画の一目惚れみたいで恥ずかしかったから…。
「宍戸…」
最初は驚きに目を見張った忍足だが、すぐに嬉しそうに微笑んで俺を抱き寄せる。
その時、繋いだいた手は離れてしまったけれど、もっと大きくもっと暖かい忍足の胸に頬を寄せて俺は背中に腕を回す。

学校を出るときには欠片も考えなかったこんな展開。
どこかで耳にしたあの台詞「恋はするものじゃない、落ちるものだ」って。まさに今の俺の状況だ。
「…こーゆーのって、お前の好きなロマンスってやつ?」
ふと思いついて言ってみると、くくっと笑った忍足は抱きしめる腕に力を込める。
「そうやな。山手線ロマンスや」

駅前で抱き合う男子中学生を不思議そうに見つめる人々の中に、渋谷帰りの岳人がいたことを知るのは次の日のこと。
岳人に話を聞いたジローと跡部が大騒ぎするのは、またべつのお話である。 

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