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忍足視点。

いつか穏やかなsquare 6

いつまでもこないな事してる訳にいかんって、頭では分かってる。
レポートしてるなんて言い訳で、俺はもう何日もアパートに籠ってる。
同じゼミの奴には気づかれんかったけど、跡部は呆れたみたいにドアを蹴とばして帰ってった。
「手前がそんなんじゃ、宍戸も報われねえな」
手酷い一言や。
一番考えたくない言葉を、平気で吐いて行く。
それなら、どないすればいい?
俺は、岳人を急かしに行けばいい?
思ってもいない慰めの言葉を、宍戸に伝えろと?
「勝手な事言いなや…」
跡部が、すごく俺達の事を気にしてるのは分かる。
あの唯我独尊男が、俺達を心配して、俺のアパートまで足を伸ばすなんて、今までなら無かったことや。
もしかしたら、岳人の所にも行ったのかもしれない。
そうか。そう考えたら、引き止めてでも話を聞くべきやったか?
いや。
…俺は女々しい。
宍戸を傷つけてもいいって、覚悟決めたやないか。
どれもこれも欲しいなんて、そんなん我儘や。
だから、決めたやろ?
なのに、俺は…。

ピーっ!と甲高い音が響きわたる。
「…ああ」
そうや。湯沸かしてたんやった。
俺は、慌てて台所へ行く。
玄関も台所も一緒くたな狭いアパートやから、コンロの火を止めても、充満してしまった湯気で辺り一面がじっとりとしている。
随分沸騰させてもうた。
換気扇のスイッチを入れると、空気を吸い込む低い音が響く。
「もう…」
何をやっても、岳人の事が頭を離れない。
あれからずっと、こんな感じや。
歩き去る時、岳人はどんな顔しとったんやろか?
泣いてた?怒ってた?笑ってた?
あの行為を、どう思ったんやろ?
「くそっ…」
乱暴に下ろした薬缶が、嫌な音を立てた。
耳障りな音に顔を顰めた時、アパートの扉の前で誰かの足音が止まる。
…跡部?
いや、昨日の今日でまさか来ないやろう。それはゼミの仲間も一緒や。

「侑士…?侑士!」
名前を呼ばれる。
そんな、まさか…。

「…が、くと…?」

「おい!居るんだろ?侑士!」
乱暴にドアが叩かれた。
「が、岳人!?」
「そうだっての、開けろ!」
「あ、ああ…」
俺は、慌ててドアに手を伸ばす。
肘がぶつかって、今入れたばかりのインスタントコーヒーがひっくり返る。
「う、ァ熱っ」
「どうした?」
「や、何でもあらへん」
相当焦ってんな、俺。
気ばかりが急いて、チェーンが上手く外れない。
それでも何とか、覚束ない手で鍵を開けた。
「侑士!」
「っわ」
ドアが開ききるのも待たず、隙間から岳人が飛び込んできた。
「ど、どないしたん急に」
「お前が待ってるって言ったんだろ?だから来たよ」
確かに、待ってるって言うたけど…。

― 岳人が、笑っている。
あの時あんな別れ方をしたから、まさか岳人がこんなに早く、こんな風に微笑みかけてくれるなんて…。
「岳人…」
まさか、こんな風に駆け込んで来るとは思わんかった。

「侑士、ちゃんと食べてるか?」
「…は?ああ、食ってるよ」
「寝てるか?」
「え?あ、まぁ…」
それは、ちょっと怪しい所や。正直、どうにも成らない事考えてばかりで、寝付けんかったんや。
「俺もだよ、侑士」
「へ?」
「俺も、あんまり眠れなかった。こんな隈作りやがって…」
「岳人」
岳人は、そっと俺の目の縁を撫でた。眼鏡がずれて片耳の蔓が落ちる。
「待たせたな、侑士」
「が、くと?」
「何だよ、聞かないのか?俺の出した結論を」
「そ、な…え?」
だって、その笑顔はきっと。…そう思うてもエエのか?
でも…。
「宍戸は?」
思わず口をついて出たら、岳人は顔を顰めた。
「お前な、何で俺の答えを聞く前に、宍戸の事よ…」
「ごめ…」
「ま、いいって」
岳人は笑う。そして、自分の胸を叩いた。
「これは、俺の恋愛だ。宍戸は関係ない」
「岳人…」
吹っ切れたような笑顔は、俺の大好きな、太陽のような眩しさだ。
「侑士、俺はお前が好きだよ。誰にも、何も言わせねえ!」
「岳人」
「何だよ、もっと喜べよな」
岳人は、ちょっと不貞腐れたような顔をする。
嬉しいさ、勿論喜んでる。
でも、何だか急で…。
「ったく、何ぼーっとしてるんだか」
岳人は、蹴り飛ばす様に自分の靴を脱ぎ捨てた。そして、俺の手を引き、部屋へと入って行く。
眼鏡が落ちる。
台所で零れたままのコーヒーが、やけに甘く香った。
「ごめんな?お前にばっか、辛い決断させたよな?」
「岳人…」
「俺も同じだ。お前がいい!」
「岳人」
まだ夢みたいで…、岳人。
何だか、信じられないんや。
俺は、恐る恐るその頬に触れる。
走って来たのか、頬がとても冷たい。耳も、真っ赤で痛々しい。
「抱き締めても、エエか?」
「当たり前だろ?」
そう言って、岳人は自分から俺に抱きついた。
コートを着てもこもこだから、何だか上手く抱き合えない。
それでも、必死に抱きついた。
岳人も、俺の胸に額を押し付ける。
「…好きだ、侑士」
「岳人ォ…」
情けないけど、涙に目が霞んだ。
こんなに嬉しい事が、この世界には存在したんだ。
ありがとう、岳人。
お前が笑ってくれて、本当に良かった。

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