過去拍手10 2008/11/03 (Mon)

跡宍＆千神　1本ずつです。

scene涙（跡×宍）

「宍戸…」
「なっ」
俺は慌てて目許を擦った。泣いてるの見られるなんて恥ずかしいじゃん。
「てめっ、馬鹿が」
「は…？」
跡部は急いで、涙を拭った俺の腕を引っぺがす。
制服の袖口は濡れて色を変え、跡部はソレを見て不満そうに息をついた。
「何だよ！別に、今日ぐらい…」
だって、今日は卒業式だ。
そりゃ、隣の校舎に移動するだけだし、メンバーだって殆ど変わらないぜ、ほぼ全員持ち上がりだし。
でもさ、このメンバーでのテニス部ってきっともう無くって、夏の大会を思えばやっぱり特別だったんだよ。
だからさ、少し感傷に浸って泣いたって、そんな恥ずかしい事じゃないだろ？
見ろよ、ジローなんか号泣だぜ。
「違う、そういう意味じゃねえ」
跡部は憮然と吐き捨てて、身を屈めた。
「跡部…？」
端正な造りの顔が素っ気なく近づく。
あまりに自然にあっさりと近づくから、俺は目の前で柔らかく揺れるブラウンの髪が近すぎてぼやけても、バカみたいに立ち尽くしてた。
「跡、」
生暖かい感触が、眼の際をなぞった。反射的に目を閉じたら、眦に残った滴が押し出される。
それは、頬を伝うことなく姿を消した。
「…勿体ねェ」
囁くのは跡部の声。その度に頬に触れる感触は…。
跡部の、唇。

「…は？」

俺は、跡部に抱きしめられている？
そして、零した涙を、舐められた？

「粗末にすんな。無駄に流すなら俺に寄こせ」
「…へ？」

なあ、跡部？
よくわかんねェけど。ジローが泣きやんだみたいだ。
周りが、凄く静かだよ。

俺、死んだふりしても、イイかな…？

 

 

scene素顔（千×神）

「見て、ほら。これ俺がこの前まで着てた制服。神尾君にはまだ少し大きいかなァ？」
「…千石さん」
「俺さ、ボクシングしちゃっただろ？意外と胸囲がデカくなっちゃって」
「千石さん！」
目の前の千石さんは、楽しそうにクロゼットを漁っている。ベッドに放られたままの俺は、後ろ手に縛ったシーツが滅茶苦茶に絡まり、もがけばもがく程動けなくなる。
「半年もしないで卒業なのに、結局買い換える破目になってさ」
「ねえ、千石さん…」
「ほら、やっぱり！神尾くんこれなら着られるね。まだちょっと大きいけど…」
「千石さん！」
自分でも驚くほど大きな声が出た。
なのに千石さんは視線一つ寄こさない。俺の胸の前で見慣れた白い制服を合わせて、嬉しそうに笑う。
「やっぱり、神尾くんはこっちの制服の方が似合うよ。…あんな制服、もういらない」
「…」
汚らわしい物でも見るように睨むのは、不動峰の制服。気慣れた制服は乱雑に脱ぎ棄てられ、ゴミのように部屋の隅に追いやられていた。
「どうしちゃったの？千石さん」
ちょっと、オカシイよ…とは言えなかった。
心のバランスを崩した千石さんを、俺自身が認めたくなかった。
「ごめんね神尾くん。俺、神尾くんのこと困らせてるよね？」
「…なんで」
「何で…。何でだろうね？ただどうしようもなく、神尾君が傍にいないのが嫌なんだ」
「そんな、」
俺たちは、出会った時から違う学校の学生だ。そんなの今更じゃないか。
「どうしてかな。当たり前に一緒に登下校して、お弁当食べて、部活して…。何でそれが俺じゃないんだろ？」
何か、もう何を言っていいのか分からない。
軽い気持ちで発した言葉に、千石さんがどんな反応をするのか…。
もう、俺はどうしていいか分からない。
ただじっと、いつもの千石さんに戻るのを待つだけ。
「ねえ、神尾君。イイこと教えたげる」
「…いいこと？」
「そう。ずっとね、内緒にしてたんだけど…」
千石さんは、掠れる声でそっと耳打ちする。

「こっちが本当の俺。ごめんね、騙してて」

Tシャツの裾から滑り込んだ指先が、すーっと俺の背筋をなぞる。
体が粟立った。

「ねえ、期待した？落ち着けばいつもの俺に戻ると思った？」
込み上げる笑いを堪えながら、千石さんは俺の目を覗き込む。

「単純で、迂闊な神尾くんが大好き。君はもう、帰れないんだよ？」

耳元の嗤いはいつまでも続く。
どこまでも迂闊な俺は、ここへ来たことを誰にも告げていない事に気づく。

「後の祭りっていうんだ、そういうの」
千石さんの声はとても、幸せそうだった。